OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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それぞれの黄金

 月光が優しく大地を照らし、生き物はその役割を変える。

 

 夜鳥の声のみが響く空間を、一人の女性が鼻歌を奏でながら楽しげに歩いていた。人間の女性で、年齢は二十歳前後と思われる。

 

 足並みは、まるでステップを踏む様に軽く、それはダンスを踊っている様に見えた。

 

 ただ、この女が歩く場所が、城塞都市エ・ランテルの一画にある墓地で無ければだ。

 

 ボブカットの金髪はふわふわと揺れ、マントで隠された、瑞々しい贅肉の少ない引き締まった体は、それを包むビキニアーマーかと思えるほど面積の少ない革鎧に、幾つも括り付けられた金属プレートによって、カチャカチャとリズムを刻む。

 

 その者は、墓地の最奥にある霊廟に到達すると、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 

「ほーい、しょっと」

 

 軽口の様な、人を舐め切った様な甘い声色で呟くと、霊廟の岩扉を開け放つ。中からは、カビ臭い匂いが漂って来たが、ただそれだけだった。これの意味する物は、誰かが定期的にこの霊廟に出入りしている事を示していた。

 

 女は、臆する事無く霊廟へと足を踏み入れる。

 

 屋内には死者を安置する石台だけがあった。その他の装飾は一切無く、がらんどうの空間が広がる。

 

 女はゆっくりと石台へと歩を進めると、石台の下の方にある装飾へと手を伸ばす。そしてその装飾に手を這わせると、ゆっくりと力を込めていった。装飾は沈み込み、一瞬後にガコンと言う歯車がかみ合った様な音を響かせる。その後、僅かに遅れてゴリゴリと石台が動き出した。

 

 そこに現れたのは地下へと続く階段。

 

「はいるよー」

 

 まるで、友達の家に遊びに来た時の様な口調で言葉を投げかけ、女は階段を下って行く。

 

 女は気配を探り、周りに目を向ける。誰も居ない? そう感じた瞬間、女の鋭敏な感覚は通路の奥の微かな音を捉えた。姿勢を低くし、腰に下げたスティレット(刺殺武器)を握る。そして、それと同時に地面を蹴った。風、とでも表現すれば良いのだろうか、それほどに女の駆ける速度は速かった。

 

 一瞬の内に音の発生源との距離を詰め、スティレットを喉元へと突き付ける。音の正体、それは黒いローブを纏った若い男だった。女は男には興味は無いと、一方的な質問を口にする。

 

「あのさー、カジッちゃん、いる?」

 

 そう言われるが、男は冷汗を流し体が震えている為、答える事が出来ない。

 

「ふふっ。べつにさー、答えてくれなくてもいいんだよー。わたしはさぁ……殺すのも大好きだから」

 

 そう耳元で囁くとスティレットの先端に力を込めて行く。

 

 喉元の皮膚が鋭角に陥没した瞬間、プツリ、と言う僅かな音を残して皮膚はその役目を終える。男の喉元からは、赤い体液が一筋流れ出す。さらに奥へ、スティレットに力を込めようとした時

 

「止めんか」

 

 奥から声が響く。

 

 女は舌をペロリと出すと、茶目っ毛たっぷりに

 

「じょーだん、じょーだん。バイバイねー」

 

 そう言って男を解放し、奥を目指して歩き出した。

 

 霊廟の地下に創られた秘密部屋、その最奥にその男は居た。

 

 名はカジット・デイル・バダンテール。その体躯は、アンデッドを思わせる、痩せた、痩せこけたと言って良い物で、その骨の様な顔には一切の体毛が無かった。髪の毛も眉毛も髭も無く、唯一確認出来るのは、僅かに残ったまつ毛ぐらいだ。年齢は中年と言われる程の者だが、その見た目により、何百年も生きて来たように見える。

 

「それで、何をしに来た、クインティアの片割れ」

 

「ぶー、ひどいなぁ。デイルたん」

 

「デイルは止せ。すでに捨てた洗礼名だ。今さら六大神何ぞに興味は無い」

 

「ふふっ。ならこっちも名前で呼んでほしいなぁ。クレマンティーヌって」

 

 元漆黒聖典 第九席次 疾風走破 クレマンティーヌ・クインティア。

 

「ふん、それで何をしに来た」

 

「ひぃどいなー。同郷の友達に会いに来たんじゃない。あ、これお土産ね」

 

 そう言って右手にぶら下げた物を差し出す。それは、非常に細い鎖の様な物だった。

 

 だが、それを見たカジットの表情は、一瞬は窪んだ瞳で驚きを顕にするが、すぐに呆れた物へと変化する。

 

「それは……叡者の額冠、か? しかし、そんなゴミみたいな物を持ち出して、面倒な事になるぞ」

 

 カジットのこの発言に、クレマンティーヌはキョトンとした表情を浮かべ

 

「あれー、あれれー。もっと喜んでくれるかと思ったのになー」

 

 と、不満を口にする。

 

 叡者の額冠、それはスレイン法国の至宝であり、人を超魔法を発動するマジックアイテムへと変える事が出来る物である。それを、カジットはゴミと言い切る。これには正当な理由があった。それは、叡者の額冠は扱える人間が非常に少ない、と言う事だ。つまりは、例えそれが強い力を持っていたとしても、自分が使えなければ、それはゴミなのだ。

 

 だが、カジットはそれが前置きである事を解っていた様に、クレマンティーヌへ向け口を開く。

 

「何度も言わすな。何をしに来た」

 

「ふーん、解っちゃうんだぁ。これも愛のなせる技かな?」

 

「ふん。解らん筈がなかろう。お主、自分の顔を鏡で見てみよ、まるで恋する乙女の様だぞ」

 

 カジットに図星を突かれ、クレマンティーヌは身体をくねらせる。

 

「ほんとぉ? でも、正解かもしんなーい。実はさぁ、法国の動きがおかしいんだよねぇ」

 

「法国、だと? 戦の準備でも始めたか?」

 

「うんんー。上の方の動きだねぇ。最高神官長の下に、次官が付いたみたいなんだよねぇ」

 

「次官だと。最高神官長の下には、各聖典の神官長達がおるではないか」

 

 そう、その通りだ。

 

 スレイン法国のトップは最高神官長であり、その下には各聖典の神官長、五人が控える。最高神官長が、その地位を去った場合は、五人の神官長から次の最高神官長が選ばれる。

 

 つまりは、ナンバーワンである最高神官長一人に次いで、ナンバーツーである神官長五人、と言うのがスレイン法国の体制だ。その下にはナンバースリー、ナンバーフォー、と地位はあるのだが、今はそれを語る場では無い。

 

 今大切なのは、ナンバーツーであるはずの神官長五人を差し置いて、その地位についた者が居ると言う事だ。

 

 古き歴史を重んじる、スレイン法国において、これは異常事態であるとクレマンティーヌは語る。

 

「それがさぁ、どうも次官に抜擢されたのは、陽光聖典の隊長みたいなんだよねぇ」

 

「何だと。漆黒の隊長ならば解らんでもないが、よりにもよって陽光だと?」

 

 カジットは此処まで言って、ふと言葉を止める。確かに、今クレマンティーヌが言った事は大きな事件かも知れない。だが、その事でこの雌猫が恥らう乙女の様になるはずは無いのだ。

 

 だからこそカジットは話の風向きを変える。

 

「で、重要な話は何だ」

 

「もー。カジッちゃんの早漏! 早すぎー! でもいっか。なんでもさぁ、法国に黄金が舞い降りたらしいんだよねぇ」

 

「何」

 

 カジットはその窪んだ瞳を大きく開き、先ほどと違い驚きを顕にする。

 

「黄金だと。ま、まさか雷の黄金神(いかずちのおうごんしん)の事か!」

 

「せーかーい!」

 

 

 雷の黄金神。

 

 王国を除く、法国、帝国、聖王国は六大神信仰である。だが、これは表向きの事で、実は法国、聖王国は七大神信仰でもある事は誰もが知っている事だった。では、消し去られた一柱は何なのだろうか?

 

 それは、黄金と呼ばれる神の事だ。

 

 王や皇帝を頂点に戴く王国や帝国に置いて、黄金とは富と権力を意味する。では、法国や聖王国などの宗教色の濃い国ではどうだろうか?この二つの国での黄金の意味する物は、欲と罪である。

 

 これは、法国最奥に位置する聖書庫に保管されている六冊の聖辞典、六大神が残したと言われる六冊の書籍の一つ、死と闇の書と言われるスルシャーナの残した本に寄る事になる。その書籍によると、雷の黄金神は光の白神によって追放された異形の者達を擁護し、光の白神に反逆した事が書かれていた。

 

 それによって、自らが信仰する神と敵対した黄金は法国、聖王国では不浄、とされる物へと変化して行った。そしてこれによって、力無き圧政に苦しむ者には反逆の象徴として、また、罪を犯した者達にとっては、異形、つまり罪を擁護する神として水面下での信仰を集める存在となっていた。

 

 無論、これが表に出れば、異端として処罰されるのだが。

 

 カジット、クレマンティーヌの所属する、秘密結社ズーラーノーンの信仰する神も黄金であり、また、生命の深淵へと手を伸ばす、禁忌を行おうとするカジットにとっては崇拝の対象である。そして、暗い幼少期を送ったクレマンティーヌにとっても憧れの信仰対象であり、幼き頃から自分を守ってくれていた救世主であった。

 

 

 そんな存在が現界したとなればどうだろうか?

 

 答えは、居ても立っても居られない、だろう。カジットは急に落ち着きを無くし、そわそわと貧乏揺すりをし始める。

 

「なーに、カジッちゃん。慌てすぎー。もしかして、童貞?」

 

 そう茶化すクレマンティーヌも、この情報を手に入れてから、下腹部が疼きっぱなしであった。

 

「バ、バカ者。ワシや帝国の死に損無いの様な者に取っては天啓だぞ! 雷の黄金、煉獄の王に会えるのなら、糞に塗れた靴でもベロベロと舐めてやるわ!」

 

 しかし、そうは言っても、相手は法国、お尋ね者の二人としては、直接会いに行く訳には行かない。

 

 さてどうした物か?

 

 最早二人の中には、ズーラーノーンなる矮小な組織の事など、すっぽりと抜け落ちていた。スレイン法国最高次官を笑えない状態だ。

 

 うーん、と言葉を発しながら纏まらない考えを二人は巡らせる。この状況の二人を端的に説明すれば、どうやってお小遣いを増やそうか悩む子供である。

 

 その時、クレマンティーヌの眼にある物が映る。

 

 カジットの目の前にある、水晶玉が。

 

「ねー、カジッちゃん。それ何?」

 

 問われたカジットは「うん」と短く相槌を打つと

 

「これか? これは死の宝珠。……そんな事は今は良い。今は雷の黄金」

 

「これ、使えない?」

 

「は?」

 

 クレマンティーヌの考えはこうだった。

 

 死の宝珠を使い、カジットの最初の計画であった死の螺旋で、このエ・ランテルをアンデッドの群れで埋め尽くす。そして、人的被害が甚大になれば、あの国、このエ・ランテル近くに国境を築く人類絶対主義国家、スレイン法国が出て来るのではないか?そして、法国が対処出来ない程の損害が出れば、雷の黄金が出て来るのではないか?と、言う物だ。

 

 だが、この意見にカジットは異議を唱える。現在の死の宝珠には、それほどの力は無いと。それを聞いた瞬間、クレマンティーヌの艶めかしい唇は半月を作る。

 

「その為のコレじゃなーい」

 

 そう言って、叡者の額冠を掲げた。

 

「しかし、使用者はどうする。法国から巫女を攫うのか?」

 

「だ-いじょうぶ。この街には特別なタレント持ちがいるから」

 

 そう言って極上な笑みをクレマンティーヌは漏らした。




スルシャーナ様、掲示板コピペしてたんでしょうね。

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