~エモット家~
「大変だったね」
「うん」
ンフィーレアの労いの呟きに、エンリは小さな囁きで答える。
現在、エンリはあの夜の事についての事柄を、語り終えた所だ。何故、あの事を語ったのか、語りたくは無い悲しい事件を。それは、どうしても確認したい事象が、今、起こっているからだった。
だから、もう少し語らなくてはならない。
悲しみよりも、驚きが多く占める、この後の出来事を。
「それでね、私とネム、ううん、村の人達全員が恐怖の中、倉庫に集まっていたの。」
「うん、それで?」
「その後、急に地面が揺れて…………お昼になったの」
「え? それは……雷、とかじゃ……」
「うーん。窓から見えたのは………………二匹のドラゴンだった。雷のドラゴン」
エンリの発言に、ンフィーレアは言葉を詰まらせる。
エンリの言葉を素直に受け取るならば、このカルネ村にドラゴンが襲来した事になる。それも、二匹。
しかし、ここが幾ら田舎の開拓村だとしても、そんなドラゴンが上空を飛行すれば、誰かが気づくはずだ。近くには、自分が生活する都市、エ・ランテルもあるが、騒ぎにはなっていない。
東は帝国領、南は法国領、西は王国の領地。北からの飛来、と言う可能性も無いわけでは無いが、北のアゼルリシア山脈には、フロストドラゴンが居る。
では、フロストドラゴンが飛来したのだろうか?違う、フロストドラゴンは、光もしなければ地面も揺らさない。
ならば、導き出される答えは?何らかの魔法、と言う事になる。
だが、どんな魔法なのか?雷の魔法には、ライトニングと言う魔法がある。だが、それは第三位階の魔法で、地面を揺らす事は出来ないし、周りを昼にも出来ない。
これでは堂々巡りだ。これに答えを付ければ、自然現象、落雷、と言うのが一番簡単だが、先ほどエンリに否定されている。
それでは何なのだろうか?最早、答えは一つだった。自分達の知らない高位の魔法と言う事だ。
だが、エンリの疑問はそこでは無いらしい。何でも、この村を救った英雄は三人。一人は先ほどエンリと一緒に居たビクトーリア様と言う人。もう一人は、仮面を付けた魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウン。最後の一人は、執事服を着た老人セバス・チャン。
その中の一人、アインズ・ウール・ゴウンなる人物の名を、ビクトーリア様が呼んだらしい。それが、自分と一緒にこの村へ来た、漆黒の鎧を着た者、モモンさんに対してだと言う。エンリはもう一度、お礼を言いたいが、ホントに彼がアインズ・ウール・ゴウンなる人物か確認が出来ない為、こうして相談しているのだと言う。
だが、此処でンフィーレアはさらなる驚きに襲われる。
もし、モモンとアインズ・ウール・ゴウンが同一人物ならば、たった三人でこの村を救える程の者達が、あの神の血をも所持していると言う事だ。
ンフィーレアの脳裏に、次々と疑問の言葉が浮かぶ。追及したいと言う欲求が、湧きあがって来るのを抑えられない。
だが、それ以上に、気持ちを寄せる女性を、エンリを救ってくれた事に感謝したい思いで一杯になっていた。
「エ、エンリ」
「なに?」
「ぼ、僕が一度聞いてみてあげるよ」
「ほんと!」
その瞬間、カルネ村を地響きが襲った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
村の入口付近、その場所にンフィーレアの馬車が置いてあり、その番でもするかの様に、チーム漆黒の剣の面々はその場でたむろっていた。
「ニニャが不機嫌であるようだな」
ドルイドのダインがポツリとそんな言葉を呟く。
「あー、多分あの貴族の美人さんが気に入らないんだろ」
「べ、別に!」
ルクルットの軽口に、ニニャは慌てて否定の言葉を口にする。
「しかし、ナーベちゃんが居るのに、またあんな美人さんと、モモンさんって実は女好き、とか?」
「いや、モモンさんが言っていた友達って、あの人の事じゃぁ」
続けざまに開かれる、ルクルットの軽口に、リーダーであるペテルが答えた。
だが、この言葉に、他の三人は懐疑的であった。まあ、普通に考えれば当然なのだが。
大体、異国の生まれだと思われるモモンが、何故この地の貴族と、友、と呼ぶほどの信頼関係を築けると言うのだろうか。それも異性、をだ。
それに、モモン本人が言っていたでは無いか、ずっと近くに居てくれた、と。
だから、彼女では無いだろう、と言うのが漆黒の剣のメンバーが出した答えだった。
ならば、あの貴族令嬢は誰なのだろう。見たところ、馬車はおろか、護衛の者の姿も見えない。居るのはメイドが一人だけ。
そんな貴族令嬢などいるのだろうか?答えは、居ない、だ。
ここは、開拓村だ。近くにある都市は、城塞都市エ・ランテルのみ。その地から此処まで、あの貴族令嬢はどうやって来たのだろうか? 冒険者である自分達ですら、単独では決して来はしないだろう。
だが、あの者は此処にいる。ただ一つ思い当たるのは、何日か前に馬車できて、二人で滞在している可能性だ。
だが、だがだ、彼女の服装などから推測するに、かなりの地位を持った貴族の出だろうと思われる。そんな人物が、お世辞にも豊かとは言えない、このカルネ村で過ごせるであろうか?と言う疑問にも行きつく。
結局は結論など出無いのだ。
解らない事は、解らないのだった。
ただ一つ解った事は、ニニャが非常に不機嫌だ、と言うことだった。
一つの議題が終わりを迎えた。
次の世間話までの僅かな沈黙、その時……村が揺れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「な、なんなんだよ、なんなんだよ!お前は!」
城塞都市エ・ランテルの貧民街、それも、その裏路地で、男が尻もちを付きながら、ジリジリと後ずさって行く。
「べーつーにー」
男の前に立つ女は、男の行動を気にも留めず、舐め切った様な口調で言葉を返した。
男は
そして、女は男に対して、スティレットを指で遊ばせながら、ゆっくりと近づいて行く。
「なんでだよ! 仕事は受けるって言っただろうが!」
「あーれー、そうだったかなぁ。楽しすぎて忘れちゃってたぁ。仕事かぁ。じゃあ説明しとこっかぁなぁ」
そう言ってコロコロと笑う。
「有名なさぁー、薬師のお孫さんっているじゃなーい」
「ン、ンフィーレア・バレアレの、事か?」
「そーそー、そのンフィーレアくん。その子にちょーっと用があってさぁ。でも、ざぁーんねん。彼、留守なんだよねぇ」
此処まで言って、女はその猫の様な顔を男に近づける。
「それでさぁ、帰って来るまで監視、してくれるかなぁ?」
男は言葉を失う。
今、この女は何と言った?
監視? 監視と言ったのだ。
そのために、それだけの為に、この女はこれほどの事をしたのだ。男の驚愕の理由、それは、女の背後にあった。
悠々とした態度の女の後ろには、数体の刺殺体が転がっていた。その全てが、男の仲間である。
「か、監視? おまえ、それだけを頼む為に仲間を?」
「えー? だってぇ、秘密を知るのは少ない方がいいじゃん。私としては、お兄さん一人居れば良い訳だしぃ」
男は喉がヒリ付くのを感じた。
この女は、狂っているのだ。
常軌を逸し、常識を無くし、狂気に酔っているのだ。
血の匂いが、肉の感触が、そして、命の消える瞬間の情景が、この女にとっては媚薬なのだ。
「お前………………なんで……なんで、そんなに狂っているんだ?」
必死に絞り出された言葉に対し、女、クレマンティーヌはうっとりとした、とろける様な表情を浮かべ、その両手で首筋を、胸を、引き締まった腹を、女の部分を、そしてふとももを撫で降り
「黄金に会えるの……黄金に、私を見て貰えるの。ここも、ここも、ここも、黄金に捧げる事ができるの」
そう言って、艶めかしく濡れた舌は唇を濡らし、右腕は柔らかな乳房を揉み潰し、そして、左腕は女の部分を擦り上げた。その時、クレマンティーヌの女の部分は、微かにくちゅり、と言う濡れた音を奏でる。その姿は、最早自慰をしているかの様だった。
それほどまでに、クレマンティーヌと言う女は、黄金に酔って,寄って、依っているのだった。
「お、黄金? ……ラナー王女の事か?」
その瞬間、クレマンティーヌの、夢見心地の様な表情が一変した。
男の眉間にスティレットを突き付け、それをえぐる様に回しながら
「あんな偽物と、あんな臭くて汚ねー豚と一緒にするんじゃねーよ!………………あれ、死んじゃった? ククッ、まぁいーかぁ」
なんでクレマンティーヌ書いてると、楽しいんだろう?
まあ、がんばれクレマンティーヌ。