OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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怨嗟

 勢い良く、力強くビクトーリアは両大扉を開け放った。そこに見えた光景は、おびただしい数の異形の者達だった。

 

 足が震いだしそうになり、冷や汗が豊かな胸の谷間を滑り落ちて行く。

 

 ビクトーリアは、必死で先ほど聞いたモモンガの言葉を思い返していた。

 

 そして、何度も何度も心の中で反芻し一歩を踏み出した。威風堂々と、モモンガが言う通り神と見える様に。奥歯をギュッと噛み締め威厳に満ちた表情をしよう。優雅に、気品に満ちる様にゆっくりと異形がひしめく道を歩こう。

 

 大扉が開かれた瞬間、その音と空気の震えに反応し、ナザリック地下大墳墓玉座の間に集まったNPC達は全員振り向き戦闘態勢をとった。

 

 それは、力なきLV1の一般メイドも同様に。

 

 そして、全てのNPC達は息を飲んだ。

 

 今、自分達の前に現れた人物は、先ほど自分達の絶対的支配者が神と呼んだ人物と瓜二つだったからだ。

 

 ビクトーリアは歩を進める。進む先は、少しずつ、少しずつ左右に分かれて行き道を作った。踏鞴を踏む様に後ずさりながら。

 

 ゆっくりとゆっくりとドレスの裾を揺らしながら歩く。背筋を曲げぬ様に気を付けながら。ただ一点、前方に居るモモンガを見つめて。

 

 緊張がビクトーリアの身体を支配する中、気が付けばNPC達は左右に分かれ道を造っていた。

 

 緊張が緩みそうになる。威厳と気品、そんな言葉を何回も何回も繰り返し、自分に言い聞かせ、必死に折れそうになる精神とビクトーリアは戦っていた。

 

 気が付けば、異形な者達の道も半分程過ぎていた。だが、これからが本番だとビクトーリアの瞳に映る者達は無言で語る。

 

 今まで歩いて来た道の左右に居た者達は、ほとんどが姿形では個人を判別出来ない者達だった。それは、NPCとはいえそれほどのリソースを割かれていない者達だろうとビクトーリアは判断する。

 

 しかし、ここからは違う。一人一人が個性を持っている。それはつまり、ギルド アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達が、何かしら深く製作に関わっている物と容易に想像できたからだ。

 

 メイド達の間を過ぎる。悪魔達の間を過ぎた。あともう少し。ばらばらな、鎧の様な物を身に着けたメイド服を着こんだ者達の横を通り過ぎる。彼女らが戦闘メイド プレアデスなのだろう。小柄なダークエルフの横を通り過ぎる、アウラにマーレ、ぶくぶく茶釜の愛しい娘達。ボールガウンに身を包んだ小柄な少女が横に並ぶ、真祖シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 彼女らの視線がビクトーリアに突き刺さる。その視線は敵意で満ちていた。

 

 後少し、後少しで玉座に続く階段に。そう思った瞬間、行く手を塞がれた。

 

 赤いスーツを着込み、宝石の様な瞳をメガネで隠し、茨の様な尻尾を持つ悪魔、第七階層守護者デミウルゴス。冷気を漂わせる巨体に四本の腕を持つ蟲王、ヴァーミンロード、第五階層守護者コキュートス。

 

 その二人がビクトーリアの前に立ちはだかる。

 

 言葉にはしないが二人が漂わせる雰囲気はこう言っていた。

 

 絶対的支配者(モモンガ)の元へは行かせない。

 

 ビクトーリアは足を止め二人を見上げた。ビクトーリアに比べ、前に立つ二人の身長が高い為、必然的にこう言う図式になった。

 

 ビクトーリアとデミウルゴスの視線が交錯する。その視線からは、明らかな殺意がビクトーリアには感じられた。コキュートスの意思は解らないが、発する気迫からは敵意が滲み出ている。

 

 何故此処までなのか、ビクトーリアには解らなかった。

 

 じっとデミウルゴスの瞳を見続けながら、モモンガへとメッセージを飛ばしてみる。頭の中で書いた手紙を紙飛行機にして飛ばすイメージ。望んだだけでアイテムボックスが出現した事を鑑みそれを試してみる事にした。

 

『モモンガさん、聞こえます』

 

『え? ビ、ビッチさんですか』

 

 ビクトーリアは安堵した。

 繋がって良かったと。

 

『一体どうなっているんですか?』

 

 ビクトーリアが話すよりも先にモモンガが質問を口にした。

 

『私にも解りません。何故にこうまで私が怨まれているのか。外敵と言うだけのレベルではありませんね、これは』

 

『え、怨み? NPCが? 俺には一体?』

 

『モモンガさん、先ほど演説を聞かせて頂きましたが、最初から教えて頂けますか?』

 

 モモンガは『はい』と返事を返すと簡潔に演説の内容を説明した。

 

『成程、解りました。それはさぞかし私が憎いでしょうね』

 

『え?』

 

 ビクトーリアは納得した様だったが、モモンガには何を言っているのかがさっぱり解らなかった。

 

 ビクトーリアはゆっくりとまばたきをし、二人を睨みつける様に仰ぎ見る。その瞬間、ビクトーリアの瞳孔は爬虫類を思わせる様な縦型に変化した。

 

「妾を誰と心得る、道を開けよナザリックの階層守護者よ」

 

 いつものビクトーリアの声よりも一段低い声で告げる。それは、底冷えするほどの冷たく平坦な声だった。しかし二人の階層守護者はピクリとも動かない。

 

 この光景に一番あせっているのはモモンガだった。なぜNPCであるデミウルゴス、コキュートスがビクトーリアの前を塞いでいるのか。そしてビクトーリアは怨みと言った、それもNPC相手に。

 

「ほう、動かぬか……妾も舐められた物よな。ならばその首を落とし進むまでよ」

 

 ビクトーリアはそう言ってニヤリと笑う。その微笑みは邪悪で遙か高みから見降ろす絶対者の笑み。

 

 それに呼応する様に、その瞬間場の空気が一瞬のうちに凍りついた。デミウルゴス、コキュートス、そして場に居る全ての僕から殺気が吹き出したからだ。

 

 何故こうなったのか解らないが、居ても立っても居られずにモモンガは声を出した。

 

「鎮まれ! デミウルゴス、コキュートスよ、道を開けよ」

 

 絶対的支配者の言葉に二人は顔を見合わせると、今までの膠着は何だったのかと言う様にデミウルゴス、コキュートスは左右に分かれ道を作る。二人の心の内は知る由もないのだが。

 

 その間をビクトーリアは、ゆっくりと歩きながら玉座への階段を登って行く。壇上でモモンガが両手を広げビクトーリアを出迎えていた。

 

 その右手にビクトーリアは懐中時計を握らせると子声で囁く。

 

「モモンガさん、暫くの間私が注意を惹きます。その間にそれを確認して下さい」

 

 そう言うとビクトーリアは、モモンガの隣でNPC達と向き合い口を開いた。

 

「皆の者大義であった。妾が煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムである! 此処に居る瞑府が王モモンガを除く四十人が妾に命を捧げ、妾はその血肉を食らいこの地に舞い戻った」

 

 ビクトーリアの発した言葉に、場のNPCはざわめき、敵意を顕わにし、モモンガは二重の意味で絶句した。

 

『ビッチさん!』

 

『モモンガさん。解りましたか?』

 

『はい。ですがゲームが延長された可能性は?』

 

『それは無いです。私はビクトーリアの心臓の鼓動を感じています』

 

 メッセージで交わされる会話。

 

 アンデットであるモモンガには解らなかったかも知れないが、肉体を持っているビクトーリアには解った、解ってしまった。これが現実だと言う可能性を。

 

 仮にゲームが延長、または新たなゲームが始まったとしよう。だがそこに、心臓の鼓動や、流れる冷や汗の感覚を盛り込んで一体何になると言うのだ。

 

『それにビッチさん、血肉を食らいって、何を言っているんです!』

 

『これはモモンガさんが言った事ですよ。至高の四十人達は私の為に封印を破壊し戻らぬ者となったと』

 

『そ、それは……』

 

 言い淀むモモンガを余所に、ビクトーリアはNPC達に向け言葉を続ける。

 

「妾は此処に蘇り、妾の心は此処にある。そして……妾の身体は至高の四十人が血肉でできておる。ナザリック全ての僕達よ、妾は誓おう此の身、此の力、妾の全てを掛けて汝らを守ると。全ての脅威から、全ての災厄から」

 

 この演説に場に居るNPC達は、自然と片膝を付き礼を取る。だが、ビクトーリアの視線は居並ぶ異形の者達の先頭にいる者達に注がれていた。

 

 その者達はモモンガの手前、形的には礼を尽くしていても、そこからは怒り、憎しみ、怨み、殺意があふれ出ていた。各階層守護者、戦闘メイド達である。

 

 自分達の創造主の血肉を食らい、自分達から奪った者が代わりに自分達を守ると言っている、それはまるで出来の悪い冗談だった。

 

『ビッチさん。なんで皆の事を?』

 

『ああ言えば少なくともモモンガさんへ敵意が向く事は無いでしょ』

 

『だから何で!』

 

『だってモモンガさん、あなた……彼らを殺せないでしょ』

 

『な!』

 

『モモンガさん、気づいていないんですね。彼ら、NPC達は明確な意思を持って生きています』

 

『そんな!』

 

『本当です。先ほどデミウルゴスの瞳から、明確な殺意を頂きましたから。そんな彼らから襲われたら、反撃できますか』

 

 ビクトーリアからの冷静な分析にモモンガは言葉を失う。何かを言わなければと苦悶するモモンガの視線が白い影によって塞がれた。

 

「皆の者、顔を上げなさい」

 

 背筋を伸ばし、つややかな黒髪を垂らし、女神の如し容姿を持った女性。守護者統括 アルベドが二人の前に立つ。

 

「我らが絶対的支配者モモンガ様の御言葉通り、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様が至高の四十人様の……お……お力によりこの地に再誕なされました。しかしそのお力は完全には戻ってはおられず、しばしの休養が必要」

 

 アルベドはそこまで言うと視線を背後に向けると

 

「モモンガ様、ビクトーリア様、ご自愛を」

 

 その言葉を受け、モモンガはビクトーリアを自室へと誘う。ビクトーリアも精神的にギリギリの状態であった事と、この場からの脱出の機会を得た事でそれを了承する。

 

 モモンガはビクトーリアの肩に手を掛けると転移の呪文を発動した。去り際、ビクトーリアはアルベドの自分と同じ黄金の瞳を見つめ

 

「ありがとう」

 

 その一言を残し、二人の姿は玉座の間から消えた。

 

 二人が消えた空間を黙って見つめるアルベドの瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 支配者二人が消えた玉座の間では階層守護者、戦闘メイド達だけが残り顔を突き合わせていた。

 

「アルベド! 一体どう言う気ですか!」

 

 デミウルゴスが激昂し守護統括アルベドに喰ってかかる。

 

「何かおかしな事でもあったかしら、デミウルゴス」

 

 アルベドは、何事も無かった様に涼しい顔で向き合う。

 

「あのような、我らの創造主の血肉を食らって蘇って来たような化け物に対してのあなたの行動の事です」

 

「化け物……」

 

 アルベドの眉がピクンと跳ねる。

 

「そうです! 何故に我らが創造主が、あの様な化け物の為に命を散らさなければならないのです! それほどまでにアレに価値があるとでもいうのですか!」

 

 アルベドは、デミウルゴスの言葉を受け周りに居る者達へと視線を向ける。一様にその表情は暗く憎しみが溢れだしていた。アルベドは一言「解りました」と呟くと皆に声を掛ける。

 

「第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン」

 

「な、なんでありんす」

 

「あなたはどう思っているの?」

 

 アルベドの問いにシャルティアの瞳はスッと細く淀み

 

「首を引きちぎっても心が晴れる事はありんせん」

 

 この答えにアルベドは一言「そう」と呟くと次の者へと視線を移す。

 

「第五階層守護者コキュートス、あなたは?」

 

「アノ者ガ、我ガ創造主ガ命ヲ賭ケル程ノ強者カドウカ」

 

「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ、同じくマーレ・ベロ・フィオーレ。」

 

 名前を呼ばれるが、ダークエルフの双子は目に涙を浮かべ話す事が出来なかった。

 

「ナザリック地下大墳墓執事セバス・チャン」

 

「あの方がそうするべきだと判断したのなら」

 

「プレアデス副リーダー ユリ・アルファ」

 

「ぼ、いえ、私には判断しかねます」

 

「プレアデス ルプスレギナ・ベータ」

 

「気に入らないっすねぇ~」

 

「プレアデス ナーベラル・ガンマ」

 

「ウジ虫以下の存在です」

 

「プレアデス CZ2128・Δ、シズ・デルタ」

 

「解らない、でも神様だから……」

 

「プレアデス ソリュシャン・イプシロン」

 

「神様とはどんな味なのでしょうか」

 

「プレアデス エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ」

 

「パクパク」

 

 アルベドは一通り意見を聞くと、皆に背を向け大扉に歩きながら

 

「そう、解ったわ。モモンガ様には私からそう伝えます」

 

 そう言葉を残し玉座の間から姿を消した。

 

 誰も気づかなかったが、その顔には涙と怒りが溢れていた。

 

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