OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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蒼天の下

 衝撃の大きさに驚き、エンリとンフィーレアは外へと駆け出した。遠くに視線を向ければ、漆黒の剣のメンバーの姿も見える。彼らも、恐らく目的は同じなのだろう。

 

 先程の振動、あれは地震などでは無いとエンリには解った。そして、こんな事をしでかせる者達の事も。エンリは率先して、その者達が居るであろう場所を目指す。

 

 ンフィーレアと漆黒の剣のメンバーは、首を捻りながらも、その後を追う。ほどなくしてエンリは目的の場所へとたどり着く。そして、自分の予想が大当たりであった事に落胆するのだった。

 

 そこには、地面が大きく陥没した、見るも無残な畑があった。

 

 そして…………中央で、大笑いする漆黒の戦士と貴族令嬢の姿が。

 

 エンリはがっくりと腰を落とす。呆れて物が言えなかった。

 

 ハッキリ言って、目の前の二人組は常識外と言っても過言では無い人物だ。そして、常識的にも規格外なのだ。一体、何をすれば地面に大穴など開ける事が出来るのだろうか?

 

 いや、ビクトーリアならば、尻もちを付く程度で出来るのだろう。

 

 そんな考えが、エンリの頭をよぎった。しかし、今、エンリがするべき行動は、呆れ返る事では無い。

 

「ビクトーリア様!」

 

「はい!」

 

 クレーターの中央で、ご機嫌に笑っていたビクトーリアが背筋を伸ばし、恐る恐る後ろを振り返る。

 

 そこには、腰に手を当て、仁王立ちする村娘の姿があった。

 

「ど、どうかしまし、た、かな?」

 

 若干のひきつった笑顔で、ビクトーリアは問いかける。

 

「どうしたじゃありません! コレはどう言う事ですか!」

 

「コ、コレ?」

 

 そう言って周りを見回した後

 

「な、なんでも、ないよ」

 

 言いながら、その目線はエンリから外される。やっちまった、と。気まずい思いを抱きながら、ビクトーリアは言い訳を考える。

 

 その時、後から微かな笑い声が聞こえた。その声は、明らかに状況を楽しんでいる物だった。

 

 ビクトーリアの機嫌が一気に降下する。後ろの骨は一体何を楽しんでいるのだろう。何で呑気に笑っているのだろう。

 

「おいコラ、まっくろ黒すけ」

 

「なんです、金ぴか」

 

「お前、何楽しんでいるのかなぁ。妾に解る様に、説明して貰えるかのうぅ」

 

「はぁ? あんたが叱られているのが楽しい、と言えば喜んでくれるのか?」

 

 再び、二人の間に不穏な空気が漂いだした。

 

 しかし、こんな事をされて、一番損害を被るのはカルネ村であり、この場ではエンリなのだ。

 

「もーう、ビクトーリア様、ゴウン様も止めて下さい!」

 

 大声だった。

 

 絶叫と言える物だった。

 

 あまりにもな声に、二人の動きが止まる。

 

 そして、向き合った視線を、ゆっくりとエンリの方へ。

 

「怖いのう」

 

「ええ」

 

 呟く様に言う二人の超越者。

 

 終息へと向かおうとするこの現場で、今だ不満の空気を醸し出す不発弾が二つ、存在していた。

 

 一つはナーベラル・ガンマ。

 

 主人であるモモン、アインズ・ウール・ゴウンへの叱りの言葉、不敬な言葉を口にしたエンリに対して。

 

 もう一つはチーム漆黒の剣のメンバーである、ニニャ。

 

 じっと、怨みと怒りの視線をビクトーリアへと向ける。

 

 そして、それを感じずにいられるほど、ビクトーリアの感覚は甘い物ではなかった。顔はエンリに向けたまま、交互に二人へと視線だけを向ける。その時、左側で僅かに動きがあった。

 

 モモンとビクトーリアの横を、影が猛スピードで横切ろうとする。

 モモンの横を通り過ぎた。

 

 ビクトーリアの横を通り過ぎる。

 

 その時、影は地にねじ伏せられる。腹ばいの態勢を取らされ、右腕をねじり取られた。ビクトーリアはその背中に左膝を乗せると

 

「何をはしゃいでおるのじゃ? えぇ、ナーベラル・ガンマ」

 

「うっ!」

 

「聞こえんか? うぬは今、何をしようとしたと聞いておるのじゃがな」

 

 そう言って、短剣を持った右腕を捻り上げる。

 

「何とか言ったらどうじゃ? 聞こえぬのか? それとも……妾の言葉など、聞くに値しないかえぇ」

 

「ビッチさん!」

 

 慌ててモモンがビクトーリアを止めにかかる。

 

 しかし、ビクトーリアの怒りは収まらなかった。

 

「アインズ! これは貴様の責ぞ! 僕、一人も制御出来ずに、何が支配者じゃ!」

 

「ビッチさん!!」

 

「この程度の言葉で。何も知らぬ者のこの程度の言葉で相手を傷つけ、貴様は何じゃ! この世界で、この世界で………………血と屍の山を築くつもりか! ナーベラル・ガンマ! ユリ・アルファ! うぬらは、そんな地獄を、孤独を主人に捧げるつもりか! どうじゃ!」

 

 この場に居る全員が、一体何がビクトーリアの起爆スイッチであるのかが解らなかった。ナーベラルが動いた事が、起因である事は解る。だが、彼女の怒りはそれ以上だと感じるのだ。

 

 しかし、この場にはその怒りがどこから来るのかを知る者が一人だけ存在した。

 

 ナザリック地下大墳墓の僕の中で、それを推測出来る四名の内の一人が。その者はユリ・アルファ。ユリはじっと瞳を閉じると、セバスが語った言葉を思い出す。そして、今ビクトーリアが口にした言葉を。

 

『そんな地獄を、孤独を主人に捧げるつもりか』

 

 これが全てなのだろう。

 

 セバスが語った

 

『君達は自分自身で、君達の言う慈悲深き御方を消し去って行く』

 

 これに繋がるのだろう。

 

 ナーベラルが、妹が短絡的に起こした、この事柄が最初のドミノを倒す行動なのだろう。だからこそ、ビクトーリアは怒ったのだ。盛大なドミノ倒しが起こってからでは遅いのだと。

 

 自分達はもっと知らなければならないとユリは思う。アインズ・ウール・ゴウンと言う自らの主人の事を。ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う神の秘密を。

 

 だが、今はその時では無い。

 

 今すべき事は

 

「ビクトーリア様! どうかお許し下さい。ナーベラルの行いは無知からの物。どうか僕らに学習の機会を! どうか、どうか」

 

 頭を下げ、許しを乞う事だ。

 

 ビクトーリアは、ユリの下げられた頭をじっと見つめ

 

「よかろう。じゃが次は無い物と知れ」

 

 そう言ってナーベラルを解放した。

 

 それでもなお地に伏せるナーベラルの目には、驚きと、悔しさと、悲しみと、申し訳無さを映していた。

 

 その後、ナーベラルはゆっくりと立ち上がると

 

「申し訳御座いません、この失態、命を持って……」

 

 腰に刺さった剣を抜き、その切っ先を首筋へと当てる。

 

「馬鹿者がぁ!」

 

 その瞬間、怒声と共にビクトーリアの前蹴りがナーベラルの腹部に突き刺さる。その衝撃で、ナーベラルの身体は、三回、四回と地面を転がり、十メートルほど先で再び地に伏せる。しかし、それだけではビクトーリアの怒りは収まらない。

 

 急ぎ大股で近づくと、ナーベラルの襟元を掴み立ちあがらせる。

 そして、ナーベラルの白磁の様な頬を、二度、三度とひっぱたく。

 

「馬鹿者が! この大馬鹿者が! キサマは何も解ってはおらぬ! ナーベラル・ガンマ! キサマの命は誰の物じゃ! 妾はうぬらに誓ったであろう、此の身、此の力、妾の全てを掛けて汝らを守ると! それは失敗も同じじゃ! うぬらの失敗など、妾が補ってやるわ! なのに! 何故! うぬは命を散らそうとする…………何故にうぬは、うぬは、お前は、私に守らせてはくれぬ」

 

 そう言ってビクトーリアは膝をついた。

 

 その後姿は、酷く小さく、泣いている様に見えた。

 

 ナーベラルはその場で立ち尽くし、事態が理解出来ていない様だった。だが、その瞳はじっと、只一点にビクトーリアを見つめていた。

 アインズは驚きの中に居た。自分達の嘘で創られたこの神は、どれほどの慈悲と愛を持ってギルド アインズ ウール ゴウン、引いてはナザリックを見守ってくれているのか。

 

 いや、そうでは無いのかも知れない。

 

 ビクトーリアの瞳が、ギルド アインズ ウール ゴウンやナザリックを見ているのなら、この行動は、どこか歪だ。彼女が一体何を見ているのか、一度真面目に話を聞く必要がある、とアインズは思うのだった。

 

 片方の不発弾処理が進む中、もう一つの爆弾にも変化が起こっていた。

 

 怨みで濁った眼は驚きの色を示し、怒りで硬く結ばれた口は、何か言葉を発しようと開いている。漆黒の剣のメンバーは、そんなニニャを不思議そうな目で見つめていた。

 

「あ、あの人は……何なの?」

 

 やっとの事で、口から出た言葉だった。

 

「え? 貴族のご令嬢、じゃないか?」

 

 そう言うのはルクルットだ。

 

「違う。貴族はあんな事しない。貴族は人をゴミの様に扱う。貴族は私達から全てを奪う。貴族は、貴族は………………人が死のうとした時、あんなに悲しそうにはしない!」

 

 必死な声だった。目の前で起こっている事が理解出来ないと言う思いだった。そして、認めてしまうと、何かが崩れてしまう、そんな感情からだった。

 

 

 異様な緊張感と、それぞれの思いが交錯する中、動ける者、動こうとする者は誰一人いなかった。そんな中、一つだけ小さな影がビクトーリアに向け、足早に近寄って行くのが見えた。

 

「ビッチのお姉ちゃん! 大丈夫、痛くない?」

 

 ネムだった。

 

 膝を着いた姿勢のビクトーリアを見て、心配して駆け寄ってきたのだ。その声に反応する様に、ゆっくりとだが視線をネムに向けると、弱々しいが優しい笑みを向ける。

 

「うぬは優しいのう。妾は大丈夫じゃ」

 

「嘘だもん! ビッチのお姉ちゃん、すごく辛そうな顔してるもん! ネムにはわかるもん!」

 

 ネムは瞳に涙を浮かべ、そう訴える。

 

「…………そうじゃな。辛いのう。誰かが命を失うのは、ほんに辛いのう」

 

 そう言ってネムを抱きしめる。

 

 この光景を誰もが見つめていた。そこには、人間種も異業種も違いは無い。誰もが、只、自分の中にある何かを感じながら、何かを思いながら見つめるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「のうアインズ」

 

「何ですビッチさん」

 

「なーんで妾は、鍬を持って畑を耕しているのかのう」

 

「それは、ビッチさんが畑を無茶苦茶にしたからでしょうが」

 

 アインズの言葉に、ビクトーリアは一度「うむ」と頷きはするが

 

「では、何故うぬはしておらぬのじゃ?」

 

 この問いに、アインズは「さあ?」と答えを返す。

 

 そして……相も変わらずの言い争いとなり、その戦いは夕暮れまで続いた。

 


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