何の効果も無いアイテムを割と高額で売りつける、と言う詐欺めいた行為を行った張本人、ビクトーリア・F・ホーエンハイムは、そのお金で割とたらふく酒を嗜み、今は夕食の時間までまったりとした時間を過ごしていた。
そんな中、そのたるみ切った頭脳に喝を入れるかの様に、メッセージが届く。
『ビッチさん……』
アインズからだ。だが、その声は重々しく、決して楽しい報告では無いと語っていた。
「どうしたの?」
『こっちに来て、貰えませんか?』
「何故?」
『………………』
ビクトーリアの問いに、アインズは沈黙で答える。
その無音の言葉に何かを感じ、ビクトーリアは即座に行動を決定する。
「わかった。行こう。転移は任せる。時間は十分後」
『はい』
此処からのビクトーリアの行動は、早い物だった。すぐさまアルベドへとメッセージを飛ばし、ナザリックの防護結界の解除を依頼し、ユリと番外席次を招集する。そして、全員が集まった時、眼前に闇が開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鉄の様な臭いが立ち込めるバレアレ商店の一室。その一角の空間が歪む。
その中から生まれ出る様に、三名の女が現れる。ビクトーリア、ユリ・アルファ、番外席次だ。
部屋に足を踏み入れた瞬間、ビクトーリアの表情は不快感で歪む。
そこには、首を刎ねられた男の遺体が三つと、撲殺されたであろう痕跡を残す少女の遺体が。
「これが呼び寄せた理由か……」
ビクトーリアはアインズへ視線を向けずに、そう呟く。
「ええ」
「下手人は?」
「
「はい。
ナーベラルは空中に、二本のスクロールを展開する。
「墓場、か」
空中に浮かぶ映像に、ビクトーリアは小さな呟きを洩らす。
だが、事はまだ終わっていない。
「どうしました?」
「モモンガさんが一杯、じゃな。と、思うてな」
そう言って、渋い笑みを浮かべる。
「せめて骨って言って下さいよ。でもまあ、あの程度の数なら……」
仮面の下で、苦笑いを浮かべながら?アインズはそう言葉を返す。
「しかし……湧き過ぎでは無いか?」
「何らかの儀式魔法、かと」
映し出されるクリスタル・モニターには、何千と言うアンデッドの群れがあった。
恐らく、エ・ランテルの墓地は、すでにアンデッドに占領されているのだろう。
「で、どうする?」
「ンフィーレアが攫われた可能性がありますから」
「行くのか?」
「……」
話も終りに差し掛かろうとしたその時、ドアが開かれる。
現れたのは、リイジー・バレアレ。この店の主人にして、ンフィーレアの祖母である人物。
「モモンさん。それで、孫は? 孫の居場所は?」
焦り、憤りながらも、出て来る言葉は、孫を案ずる祖母の物。
ビクトーリア達が増えている事も、目に入っていない様だ。
「ええ。相手は墓地を根城にしている様です」
「では、孫は! ンフィーレアは!」
「恐らくそこでしょう」
この言葉で、リイジーの胸は僅かに安堵を覚える。が、それはすぐに絶望へと変わる。目の前に映し出される映像には、墓地にひしめく大量のアンデッドの姿があった。
「あ、あれは……。あの中にンフィーレアが……」
「ああ」
「どうすれば……。どうすれば、良いんじゃ」
最早、リイジーの顔には、絶望の色しか無かった。
それを見つめる一人の者から、場にそぐわぬ笑みの声が漏れる。その声の主は、モモンだ。
「何が可笑しい!」
「いや。随分と絶望していると思ってな」
「なんじゃと!」
「こう言う時こそ、冒険者の出番では無いのか? 依頼したらどうだ? とびっきりの冒険者に」
そう言って、親指で自分を指すポーズを決める。
どう見ても格好付けのダサいポーズなのだが、リイジーの目には、そう映ってはいなかった。
「分かった……依頼しよう!」
「高いぞ」
「いくらじゃ」
「お前達の全てだ」
「まるで悪魔との契約じゃな」
お互い視線を合わせ、ニヤリと笑う。
これが、依頼締結のサインとなった。
モモンは急ぎ、リイジーを冒険者組合へと走らせる。万が一の保険と称して。が、実際は自身の活躍を多くの人の眼に見せる為であった。
再び場は異形の者達のみとなる。
「では……」
そう言ってモモンはナーベを連れ、決戦へと一歩を踏み出す。
だが、それはビクトーリアによって止められる。
「モモン。いや、アインズよ。うぬは何故にそんなに不機嫌なのじゃ?」
「え?」
ビクトーリアは、さも嬉しそうに微笑むと
「気付かれんとでも思うておったか? それとも……自分でも、気づいてはおらなんだか?」
「い、いや。それは、少し不快だと思ってはいますが」
アインズの否定的な言葉に、ビクトーリアは首を横に振る。
「違うのう。うぬのその感情は、その感情の正体は………………悔しいというのじゃよ。悔しくて、悲しくて、辛くて、泣いているのじゃよ」
「ビッチさん、何を言って。俺はアンデッドですよ」
「アンデッド、ねぇ」
ビクトーリアは、再度首を横に振る。
「アンデッドとは、生者を憎むものじゃ。間違っても、こ奴等と冒険には出ぬわなぁ」
そう言って、血で塗れたニニャの髪を撫でる。
「もう少し早く到着していたら。ハムスターの登録を後回しにしていたら。違うか?」
「………………」
アインズは否定する事が出来なかった。
自分自身でも、その感情が理解出来なかったからだ。ずっと一人で生きて来た者には、理解出来ない感情だった。ゲームでは無く、リアルで顔見知りの死を目の当たりにしたのは、両親の死だけだったから。
「それで良いのじゃよ。妾は安心しておる。うぬの心は未だアインズでは無く、モモンガさんじゃと確信できたからのぅ。すまぬな、無駄話が過ぎた様じゃ。さあ、行ってこい。その名、広げて来るがよかろう」
「はい」
モモンは短く返事を返すと、足早に部屋を出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋の中には、ビクトーリア、番外席次、ユリ・アルファと、四体の遺体が残される。
ビクトーリアは座り込み、ニニャの様子を見ていた。
「まさか、おなご、じゃったとはの」
「ホント。でも何で隠してたのかな」
「さあの」
そう言ってビクトーリアは立ち上がると
「小娘、ユリ、指示を出す。しかし、これからの行動は、妾の名を持って極秘とせえ」
「何故で御座いますか、ビクトーリア様」
ビクトーリアの言葉に、ユリが疑問を呈す。
それはそうだろう、ユリはナザリックに属する者。その者に、仲間に極秘で行動しろと言っているのだから。それどころか、自分達の支配者にも、だ。
それを成せ、と言うのならば、それ相応の理由が必要となるのだ。
だがビクトーリアは、笑みを保ったまま
「理由、か。それはのぅ、簡単な事じゃよ。妾がこれからする事は、ナザリックの利益には、一切ならんからじゃ。それどころか、害をなすものじゃからな」
「ビクトーリア様!」
ユリが制止の言葉を口にする。
只でさえ立場があやふやなビクトーリアが、そんな事をすればどうなるかを心配しての言葉だ。これによって広がる被害は、ビクトーリア一人では収まらないだろう。ビクトーリア派とも取れるアルベド、セバスにまで及ぶかも知れない。
「まあ、そういきり立つな。妾の言葉を聞いた後でも良かろう?」
「は、はい」
ユリは一度口を閉じ、ビクトーリアの計画を聞いてみる事にする。
ビクトーリアは「良いか」と前置きをした後で
「………………………………」
「りょーかい、おおさま」
「畏まりました、ビクトーリア様」
二人は同意を示す。
そして、三人は行動を開始した。