「少し不快、か。モモンガさんは辛抱強い。妾は………………酷く不快、じゃ」
暗闇の中、ビクトーリアが呟く、それと同時刻。モモンとナーベ、そして森の賢王は、敵陣深く攻め込んでいた。モモンは、地上でその双刃を振るい、ナーベは上空で森の賢王を背負い待機していた。
「こんな物か。作成した中位アンデッド達も、上手くやっている様だな」
「さすがですモモンさん」
「さすがでござるよ殿!」
モモンの働きに、上空のナーベと森の賢王が喝采を送る。
「ナーベラル殿ぉ」
「何? それからあまり動かないでくれる。もふもふして持ちづらいのよ」
急激にテンションが下がった森の賢王が、ナーベに声をかける。
「申し訳無いでござるよ」
「どちらにしても、下はアンデッドの海。降りれば一斉に襲われるわ」
そんな会話を交わす空の事など気にも留めず、モモンはゆっくりとだが、本丸へと歩を進めて行った。そして、その空洞の瞳に、目的地である霊廟が、段々と大きく映って行く。次第に克明になって行く景色の中、霊廟の前に幾人かのローブ姿の者達が確認出来る。
「こんばんは。良い夜だな」
内心、あの魔女みたいだな、と思いながらも、モモンはそんな軽口を言ってみる。
さて、相手がどう出るか?
「誰じゃキサマは?」
先頭のアンデッドの様な容姿の男がボソリと呟く。すかさず、弟子と思われる物が、何やら耳打ちをする。
「ふん。冒険者、か。ハズレじゃな」
「ハズレ? では一体何が当たりなんだ」
「ハズレに答える必要など無いわ」
「おいおい。こっちは苦労して此処まで来ているんだ。そう邪険にしなくてもいいだろう?」
モモンはそう言いつつも、目の前の男、カジットへの興味が段々と薄れて行くのを感じていた。
その理由は、霊廟入口から感じる視線? の様な物のせいだった。
「ふう、仕方が無い。ナーベ、こちらの相手は任せる。私は……そうだな、お前が相手をしてくれるか?」
そう言って、グレートソードを掲げる。
後ろには、いつの間にか女、ナーベが付き従っていた。
「あーれー、ばれちゃった? でも何でかなぁ」
呑気な、だが神経を逆なでするような甘い声と共に、霊廟から女が現れた。
「お前の体に聞いてみたらどうだ?」
「いやーん。えっち、へんたーい!」
茶化す様に、女は自身を抱きしめ身体をくねらせる。だが、一瞬の後表情を変えると、マントを広げ
「んー、もしかしてコレのせいかなー」
そう言って誇らしげに、鎧に括りつけた数多の金属製のプレートを見せる。
「ああ、それだよ。それがお前達の居所を教えてくれたのだよ」
「ふーん」
モモンの言葉に、女は興味なさげに相槌を打った。方やモモンも、女の体になど興味は無いと言うのか、周りを見渡すと
「ふむ、ここは少々狭いな。おい、お前、俺達は向こうで殺し合わないか?」
挑発的な言葉を投げつける。
女は怯むどころか、ニヤリと口を半月にすると
「あは。素敵なお誘い、あっざーす」
ふざけた言葉と共に、微妙な距離を保ちながら歩く。
「ねー。あんた、名前は何ていうの? あ、私はクレマンティーヌ」
「ふっ。モモンだ」
「へー、モモンねぇ。聞いた事が無いなぁー」
ゆっくりと進む二人の姿は、酷く滑稽な物に映る。これから殺し合うであろう双方から、殺気のさの字も感じられなかった。まるで、陽だまりを散歩する様に、まるで、仲の良い友達の様に。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。恐らくは、いずれ誰かが土に返る予定の場所なのだろう。
モモンは、歩みを止め振り向くと
「ここで良いだろう。異存は無いな?」
「おっけー」
短い言葉を交わし、お互い得物を抜く。
モモンはグレートソードを、クレマンティーヌはモーニングスターを。両腕を広げ、モモンは無形の構えを取る。方やクレマンティーヌは、まるで地面に這いつくばる様に姿勢を低くし
「不落要塞、疾風走破、超回避、能力向上、能力超向上」
呟く様に、自身の武技を唱える。
この瞬間、二人から殺気があふれ出して行き、一瞬の静寂の後。バン! と言う破裂音と共に、クレマンティーヌが走り出す。それは走る、と言うより、発射すると言った方が正解の様な光景だ。
それほどまでに、クレマンティーヌは早かった。
一瞬にして、モモンとの距離を詰めると、モーニングスターを横薙ぎに振るう。僅かに遅れ、鎖で繋がれた棘付き鉄球が、モモンの右側頭部を襲う。割れ鐘の様な音を立て、鉄球はモモンの頭部を打ち抜いた。
グラリとモモンの姿勢が揺らぐ。それを見、クレマンティーヌは勝ちを確信する。だが、そう旨くは行かない。モモンは揺れただけだった。
モモンの、左のグレートソードが切り上げる様にクレマンティーヌを襲う。
「流水加速」
そう呟くと、クレマンティーヌはネコ科の動物の様に、その斬撃をかわす。そして、重力が、体重が無いかの様な軽さで、地面に着地する。それと同時に、バックステップでモモンとの距離を取った。
これだけを見ても、クレマンティーヌが相当の場数を踏んできた事が解る。
だからクレマンティーヌにも解る。
「あれー、あれれー。何で倒れないかなぁ。そ・れ・に、てめぇはバカかぁ。てめぇのは剣術でも何でもねーんだよぉ。てめぇのは、そのバカ力で剣振り回してるだけの、お遊戯だってーの。そんなんじゃ、この人外、クレマンティーヌ様には勝てねーんだよ」
「そうか? でも……お前も私を倒せていないじゃ無いか。それに、ご自慢の刺殺武器はどうした?」
モモンの軽口に、一瞬クレマンティーヌは不機嫌な表情を浮かべるが、すぐに舐め切った様な表情に戻り、腰からスティレットを抜く。
「うーん、これの事ぉ? あ、そうだ。あのマジックキャスター、お仲間だった? いやー、楽しかったよぉ。なーんか必死でさぁ。ずーとお仲間が来るって信じていたみたい。きゃは。モモンさんがー、モモンさんがー、ってさ。あと、び何とかってお姉さんが。あ、そっかー、モモンさんって、あんただー。きゃはは」
そう言いながら、クレマンティーヌは狂った様に笑う。
しかし、モモンの態度は冷静その物だった。身動き一つせず、じっとその虚空の瞳でクレマンティーヌを見つめる。
「仲間、か。そうだとも言えるし、違うとも言える。だがな! お前のしでかした事は……非常に不愉快だ!」
そう言ってモモンは、剣を掲げ………………振り下ろす事は出来なかった。
モモンとクレマンティーヌとの中間地点。
その場所に、モモンにとって見知った物が突き刺さっていた。
「フラッグポール。……ビッチさん?」
「まーったく、随分とはしゃいじゃってまあ。隊長の指導がなっていない証拠だね。うん」
暗闇の中、誰かが近付いて来た。
「だーれぇ? 楽しい時間を邪魔してくれちゃって。私が誰だか解ってんのか?」
「元漆黒聖典、第九席次、疾風走破……脆弱なひよこちゃん。でしょ」
「て、てめえは。なんで。なんで! なんで、てめぇが居やがる!」
クレマンティーヌの口からは、最早軽口などは漏れず、恐怖と混乱が同居する絶叫だけが響く。姿を現した人物、それは人間種最強の存在である、漆黒聖典、番外席次、絶死絶命。
「絶死絶命、何でお前が?」
モモンは困惑していた。そして、その問いは正しい物だ。
「うん? おおさまの命令だから。それと、おおさまからの伝言。うぬの怒りは正しい物じゃ。その行動も、また正しい物。じゃが、この愚か物に怨みを向けるは、奪われた者である。だって」
そう言って、番外席次はニコリとほほ笑む。番外席次の言葉に、モモンはため息を一つ吐くと
「アイツの考えは解らんが……連れて行け」
「ありがと。骨の王様」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
墓地の上空。
闇が支配するその場所に、一点の煌きがあった。
その者は、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
ビクトーリアはこめかみに指を当て、魔法を介し報告を受けていた。
『ビクトーリア様。ご指示の通り、万事完了致しました』
「さようか。で、首尾は?」
『マジックキャスターの蘇生は、お借りしたワンドにてぺスが行いました。結果は成功。ですが、若干のレベルダウンがあるかも、との事です』
「うむ。して、他の者は?」
『ぺスの見立てですと、魂レベルで異種族へと変貌しており、蘇生させてもゾンビが生まれるだけだと。いかがいたしますか?』
「…………止めておこう。丁重に弔ってやってくれ」
『畏まりました』
「ご苦労じゃったな、ユリ。ペストーニャにも同様に言っておいてくれ」
『はい。では、失礼します』
ビクトーリアは、こめかみから指を離すと、眼下に視線を移し
「さてナーベラル。ここからは、勉強の時間じゃ」