「ありがと、骨の王様」
番外席次は、にっこり笑ってそう言うと、ゆっくりとした速度でフラッグポールに近づき、それを引き抜く。
そして、いつもビクトーリアがしている様に、肩の上でそれを遊ばせる。
「まあ、連れて行くと言っても、このひよこは素直には従わないから……」
言うが早いか、番外席次はクレマンティーヌ目掛け、フラッグポールを振り下ろす。だが、クレマンティーヌ自身も、力では敵わない事は重々承知だ。左のスティレットを、フラッグポールと交差させると、その柄を滑らせ、同時に身体を反転させる。
そして右のスティレットを、番外席次の眉間目掛けて突き出す。だが、そこにはすでに狙いの物は無かった。
「え?」
そう呟いた瞬間、クレマンティーヌは腹部に衝撃を覚える。
それによって、その身体は吹き飛び、地面を二回、三回と転がり土に塗れた。
番外席次にとって、これはビクトーリアと剣を交えた時と同じだ。クレマンティーヌの攻撃の瞬間、頭を下げながら身体を反転させ、その回転の勢いのまま腹部に蹴りを打ったのだ。
ゆっくりと番外席次は、クレマンティーヌへと近づき、右足を上げる。そして、勢いよく踏み抜いた。
だが、この行動は、寸前の所で地を転がりクレマンティーヌはかわす事に成功する。クレマンティーヌはその勢いを利用し、何とか立ちあがる事に成功した。
「あっぶねーなー」
「ふん。素直に潰れれば良いのに」
「けっ! 気にいらねー。気にいらねぇーんだよ!」
怒鳴りつけながら、超速で突撃する。
しかし、番外席次は僅かに身体を捻ると、自身の脇でクレマンティーヌの右腕を取り、すかさず右膝をクレマンティーヌの顎をめがけて打ち上げる。もはや、一方的な攻防だった。
どんな攻撃を持っても、その全てが番外席次のカウンターで弾かれてしまう。どんなに頑張って手を伸ばしても、決して手が届かない。
「クソ! クソ! クソー!」
それでもクレマンティーヌは立ち上がる。
自分の欲しい物を手に入れる為に。
自分の行きたい場所にたどり着く為に。
「……黄金。私は黄金を手に入れるんだ。クソッタレ、どけ、死ね……」
「はあ? 黄金? あんた、お金の為にやってたの? 落ちたもんだわ」
そう言って番外席次はせせら笑う。
「はあ。てめぇこそ何言ってんだ。黄金だよ。私の黄金だよ! 煉獄の王を、ビクトーリア様を…………手に入れんだよ! ビクトーリア様に、私を見て貰うんだよ! ビクトーリア様に、私を捧げんだよ!」
クレマンティーヌの必死の叫びに、番外席次は興味無さそうに相槌を打つと。
「ふーん。おおさまを、ねぇ。ねぇ、ひよこ。私が何で此処に居ると思う?」
「はぁ?」
「一体誰が、私を檻から解放したと思う? 一体どんな人だったら、法国を言う通りに出来ると思う? 一体どんな神様だったら…………私が愛を捧げると思う? 正解は………………煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様」
番外席次の言葉に、クレマンティーヌの表情は一瞬引き攣り
「………………うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫が、墓地に響く。
全てを理解した。
全てが理解出来た。
自分のしてきた事は………………愛する神の怒りを買う行いだった事に。
クレマンティーヌは叫びながら、拳を握り番外席次へと突進する。
番外席次はタイミングを取り、その場でクルリとバク宙を決める。しかしそれが只のバク宙では無い事は解り切った事。足を前後に伸ばしたT字の様なその姿勢で、クレマンティーヌの顎を、その爪先で正確に穿つ。
そして着地すると、その勢いのまま身を屈ませ足を払った。自然とクレマンティーヌの身体は、尻もちを着いた姿勢になる。そのタイミングで番外席次は……横蹴りでクレマンティーヌの右側頭部を撃ち抜いた。
その瞬間、糸の切れた人形の様に、クレマンティーヌは地に伏せた。
「ほう、その戦い方は……」
モモンが関心した様に声をかける。
番外席次は嬉しそうに振り向くと
「おおさまに教えてもらったの」
そう言うと、クレマンティーヌに近づき腰を降ろす。
そして……クレマンティーヌの衣服を剥ぎ出した。
「ちょ、お前、何をやっているんだ!」
「なに? あ、これ。ひよこを連れて行くのは良いんだけどね。打ち取った証拠がいるでしょ。これが証拠になるからって、おおさまが」
そう言って番外席次は、まだ体温が残るクレマンティーヌのブラジャー型胸部鎧とスカートを、モモンに手渡す。
「う、うん。そうか。そうだな」
その後番外席次は、腰のフリントロック式の銃を抜き、虚空へと発射する。場には暗闇が出現し、番外席次はクレマンティーヌを連れ、闇へと消えて行った。
そして、女性の生温かいブラとスカートを握りしめる、フルプレートの男だけが取り残された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「
楽しげに眼下を見下ろすビクトーリアの瞳には、スケリトル・ドラゴンと戦う冒険者ナーベの姿があった。
「さあどうする? マジックキャスターには、荷が重い相手よ。頭を下げ許しを乞うてはどうじゃ!」
スケリトル・ドラゴンの召喚により、有利を確信したカジットが声高々に叫ぶ。
「このガガンボが。せめてゲンゴロウに進化してから言いなさい」
そう言うとナーベは上空へと跳ね、スケリトル・ドラゴンの、その骨の顔面を鞘に収まった剣で殴打する。だが、スケリトル・ドラゴンは少し揺れただけで、すぐさまその前足でナーベを蹴りつける。直撃を食らい、ナーベは地に伏せる事になった。
スケリトル・ドラゴン、Lv16のモンスター。実質、Lv62のナーベラル・ガンマの敵では無い。だが、冒険者のナーベとして第三位階以上の魔法を禁止された状態では、戦闘職をほぼ習得していないナーベにとって、有効手段が無いのが事実だ。
しかし、例えナーベとしてでも、ナザリックの、主人アインズ・ウール・ゴウンの名誉の為に、引く事は出来なかった。だからこそ、ナーベは何度打ち倒されても起き上がっていた。
だが、そんなナーベに更なる脅威が襲う。
上空から巨大な影が一体、この場に飛来した。
「スケリトル・ドラゴンが、二体」
「ふはははは! どうじゃ! この状況で、まだ減らず口が叩けるか! 魔法への絶対耐性を持つ、スケリトル・ドラゴン二体を前にして!」
「くっ」
カジットは優位を武器に勝ち誇る。
だが、場は静寂に包まれる事になる。轟音と落雷と共に、一人の人物が戦いに割って入ったのだ。其の者、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
戦いの場には相応しくない、頬笑みを浮かべながらその瞳はナーベを見つめていた。
「ぼろぼろじゃのう、ナーベ」
掛けられた言葉に、ナーベは消えてしまいたくなった。自らの主人が信頼する者に、自分の惨めな姿をさらしたのだ。恥ずかしさと悔しさで、ナーベの心は染まっていた。
「ナーベよ、うぬは少し待っておれ。妾はそこの細いのと話があるゆえ」
そう言うと視線をカジットへと向けた。
が、カジットを見た瞬間、ビクトーリアの背筋に冷たい物が流れる。
カジットは、目を見開き血走らせながら、口は言葉が出てこない様で開いたり閉じたり、両手は震え、じりじりと近寄って来ていた。
正直に言って、気持ち悪いのだ。
「れ、れんごくの、おう」
「うん?」
「煉獄、の王であらせられるか?」
ビクトーリアは、やっと理解する。どうやら目の前の気色の悪い人物は、自分の事を聞いているらしい。それならば、素直に答えてやるのが人?の情、と言う物だろう。
「そうじゃ。妾がビクトーリア・F・ホーエンハイムじゃ」
とりあえず、威風堂々と名乗りを上げる。
だが、これがいけなかったのだろうか?カジットら、ローブを纏った集団は、瞬時に膝を着き、頭を下げる。
そして……
「お待ちしておりました、煉獄の王よ。いと高き御方」
仰々しい言葉を発っし、歓迎の意を告げる。
此の時ビクトーリアは、彼らの言葉を理解するのに暫しの時間を要した。
「待っておった、じゃと」
「はっ! 煉獄の王。我らが黄金」
頭が痛くなる思いだった。
この者達は、自分に会いたいが為に、この事象を引き起こしたのだ。
この程度の事象を。
「なんともまぁ、こんなこじんまりとした祭りで、妾を呼び出せると思うとは。舐められた物よ」
「な、なんと?」
「妾が此処へ参ったのは、後に居る愛しき娘に力を授ける為。うぬらなど、モモン一人で十分じゃからな」
カジットらは言葉を失う。
力を見せた自分達よりも、この王は後ろに居る脆弱な女を選ぶと言うのだ。
愚かだと感じた。
愚かだと思った。
愚かな選択だ。
「王よ! あなたは選択を間違えておられる。脆弱な小娘よりも、我らを! 我らの此の力を!」
「力……じゃと。ふん、何が力じゃ。この程度、妾が知る世界では、ぺーぺーの初心者でも出来る芸当。それとも何じゃ? あの骨格標本を自慢したいのか? ならば、工作の先生にでも誇るが良いわ」
カジットの懇願も、ビクトーリアにはそよ風程度にしか効果が無い。
しかし、カジットの懇願は続く。
「我らは、我らは……。王よ、何卒我らを、我らを導きたまえ!」
「めんどくさいのぉ。あー、わかった、わかった。話ぐらいは聞いてやる。じゃがな、自分の立ち位置は知らんとなぁ」
そう言うとビクトーリアは、意地の悪い笑みを浮かべ
「ナザリックが神体、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムが命ずる。ナーベラル・ガンマ、ナザリックが威を示せ!」
「え?」
ビクトーリアの言葉に、理解が付いていかないかの様にナーベは呟く。
その表情を、まるで楽しむ様に見つめながら
「何を恍けておる。妾はこう言うたのじゃ。あのゴミをけし飛ばせ、とな。理解できたかや? 弐式炎雷の娘よ」
此の言葉が、ナーベラルの心に火を付ける。
目の前の者は、ナザリックの僕では無く、至高の四十一人の一人、弐式炎雷の娘として事を成せ、と言っているのだ。
心が暖かくなった。
心が軽くなった。
心が震えた。
そして確信する。
此の方もまた、主人なのだと。それならばどうする?決まっている。
主人が言うのだ。
「御心のままに。これよりは、冒険者ナーベでは無く、ナザリックが僕、戦闘メイド プレアデスが一人、ナーベラル・ガンマとして対処させて頂きます。良く見ておきなさい銀バエ。脆弱と罵った力を」
堂々とそう宣言し、見に纏った早着替えのマントを翻す。
そして、そこには……鎧とメイド服が混じった奇妙な服を纏った姿の者が。冒険者ナーベでは無く、ナーベラル・ガンマの姿があった。
「
一つ呪文を口にして、その身は上空へと浮かぶ。
「さて、どうしますか。ビクトーリア様の御言葉。であるならば…………一撃で仕留めるべきね」
そう呟くと、両の手を胸の前で合わせる。
「
『違う』
「ビクトーリア様?」
突然のビクトーリアからのメッセージにより、ナーベラルの両手に集めた力が、霧散する。
『風を感じよ。空気を感じよ。天を感じよ。弐式炎雷が、何ゆえうぬのクラスに、エレメンタリスト(エア)を必要としたかを考えよ』
「風を? 空気を? 天を? 私のクラス?」
ナーベラルは目を瞑り、意識を集中させる。
すると、徐々に見えない物が見えて行く。頬を撫でる風を。肌にまとわり付く空気を。全てを見降ろす天を。その中で息づく小さな光を。
精神を集中し、その光を自身の内へと取り込んで行く。
そして…………
「
力ある言葉と共に、ナーベラルから二匹の雷の龍が得物目掛け突進した。敵を見定めた二匹の雷龍が、スケリトル・ドラゴンに食らいつく。その瞬間、辺りは昼と化し、爆音が鳴り響いた。
「さすがじゃな、ナーベラル・ガンマ。それでこそ弐式炎雷の娘。そして、妾の因子を持つ者よ」