OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

47 / 115
届く思い

 混濁した意識の中、その者は眼を覚ました。

 

 だが、その瞳に映る世界は、自分の知っている物では無かった。それどころか、一度も見た事が無い世界だった。広々とした部屋は、塵一つ落ちて居らず、そこを飾る調度品は、精巧な細工を施された一級品。横たわるベッドは天蓋付きで、それから下がる布は、薄く透き通っている。よほど細く高価な糸を使っているのだろう。布団、枕、一つとっても分厚く軽い。

 

 此処は貴族、いや王族の部屋、と思われる場所だった。

 

 しかし、自分にはこんな場所で寝かされている理由が無い。一体、自分はどうしたのだろうか?まだ霞が残る頭を振り、体を起こして見る。

 

 そして、また驚いた。さらさらとした感触ながら、肌にしっとりと馴染む。そんなワンピース型の部屋着を着せられていた。

 

 何が起こったのか?それだけが頭の中を支配する。

 

 その時、ドアがノックされた。起きているのに気付いていないのか、ノックの主はドアを開け入室して来た。

 

「あれ、気が付いた?」

 

 そう言って入室して来たのは、番外席次。トコトコと何の遠慮も無くベッドに近づくと、丁寧に天蓋のカーテンを開ける。そして、ベッドに座る者の顔を、じっと見つめると

 

「うん。意識の混濁とかはないみたいだね。顔色も良いみたいだし。蘇生成功」

 

「蘇生?」

 

 ベッドに座る者、少女ニニャの背筋に、冷たい物が走る。

 

「な、仲間は?!」

 

 ニニャの問いに、番外席次は無言で首を横に振る。

 

 それを見た瞬間、ニニャに感情が戻る。同時に、嗚咽と共に尽きる事無く涙が溢れ出す。番外席次は「また来るね」と声を掛け、部屋を後にした。

 

 それから一週間、徐々にだがニニャは落ち着きを取り戻していった。目にも力が戻り、食事も口にする様になっている。そして、此処がどこなのかも解った。何故、自分が此処に居るのかも。自分が救われた事も。

 

 そんな中、ノックの音がした。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼致します」

 

 居候でしか無い自分に対して、きちんとした礼を持ってメイドが入室して来る。メイドの名はユリ・アルファ。あの時、カルネ村で出会ったメイド。

 

「ニニャ様、ビクトーリア様がお呼びです」

 

「は、はい」

 

 ビクトーリア・F・ホーエンハイム、この屋敷の主人であり、番外席次、ユリ・アルファ共々、村で出会った人物だ。そして、ニニャは村以降一度も会ってはいない。そんな人物が、急に自分を呼び出すなど、一体何の用だろう?ニニャは不思議に思いながらも、素直に言葉に従う。

 

 部屋を出、目的の場所はすぐそこだった。階段の下。詳しくは、階段下に隠れる様に存在するドアの前だ。

 

「ニニャ様、これを御付け下さい」

 

 ユリは、指輪を一つ察し出す。ニニャはそれを受け取り

 

「これは?」

 

「毒耐性の効果を持つ指輪です」

 

「ど、毒?」

 

「はい。薬も度が過ぎれば毒となりますから」

 

 重病人でも居るのか?と考え、その指輪に指を通す。ユリは、それを確認すると、ゆっくりとドアを開ける。開かれたドアからは、赤ともピンクとも取れる煙が漏れて来た。

 

「これは?」

 

「回復のポーションを、気体化した物です。さあ、下でビクトーリア様がお待ちです」

 

 そう言われたら、ニニャには断れ無かった。恩人が待っていると言われているのだから。ドアの向こうは、別の世界と言っても良い物だ。

 

 木材で形作られた館とは正反対に、ドアの向こうは無骨な石の階段で構成された空間があった。その螺旋を描く石造りの階段を、下へ下へと降りて行く。

 

 徐々に靄が強くなり、何かくぐもった声も聞こえて来た。

 

 それの正体は、最下層に到着する事で、明らかになる。

 

 ニニャの瞳には、あの女が映っていた。自分を拷問し、仲間を殺した女が。その女が………………スライムに捕食されている姿が。

 

「よう来たな。どうじゃ? 愉快な光景じゃろ?」

 

 酷くつまらなそうな声が響く。

 

 その声に視線を向ければ、スライムに捕食されるクレマンティーヌの前に置いた椅子に、どっかりと腰を降ろすビクトーリアの姿が。詰まらなそうに、何の感慨も無く、只、一点にビクトーリアの瞳はクレマンティーヌを見つめていた。

 

 だが、そんなビクトーリアの神が作りし、その姿を見つめていたニニャは気が付いた。いや、気付いてしまったと言った方が正解だろう。

 

 彼女の、ビクトーリアの黄金の瞳には、クレマンティーヌは映っていない事に。道端に転がる石ころの様に、土の上を這いずる蟻を見る様に、興味無く、詰まらなく、関心無く、只、前を向いているだけなのだ。

 

「おうごん。びくとーりあさま。おうごん。おうごん………………」

 

 クレマンティーヌは、右腕を天井から鎖で繋がれ、全裸の状態で捕食され続けている。その右手には、指輪が一つ。そして、残りの左手、両足は……三分の一程を残し、存在していなかった。

 

「解るか、娘。今、こ奴は腹の中を喰われておる。その痛みたるや、精神異常無効の指輪をしても、この状態よ。ふふっ、愉快じゃろ」

 

「おうごん。びくとーりあさま………………うあ」

 

 クレマンティーヌは、只、そう呟くのみ。

 

「ひ、ひどい」

 

 ニニャが言葉を漏らす。

 

「酷いですか? あの者は、あなたの仲間を殺し、あなたを拷問する事で快楽を得る様な者ですよ。過去にもそれ以上の事をしている事でしょう。その者に罰を与えるのは、酷い事ですか?」

 

 ユリは、少し気分を害した様な口調で、ニニャにそう告げる。

 

「で、ですが、こんな……」

 

 頭では解っていても、人としての心がそれを許さない、今のニニャは、そんな状態だった。ビクトーリアとクレマンティーヌを、交互に見つめるが、どうする事も出来なかった。そんな状態のニニャに、選択の声が飛ぶ。

 

「ならば、うぬならどうする?」

 

「え?」

 

「このまま放置し、餌とするか? 首を飛ばし、一思いに殺すか? それとも……許すか?」

 

 ニニャは理解した。自分はその為に、此処に連れて来られたのだと。選択をする為に、来たのだと。目を瞑り、今までの事を思い返す。

 

 仲間の事を。

 

 街で出会った、多くの人の事を。

 

 家族の事を。

 

 そして、姉の事を。

 

「助けてあげて下さい」

 

 迷いなく、ニニャは口にした。

 

 ユリは、この選択に驚いている様だったが、ビクトーリアは表情を崩し

 

「ありがとう」

 

 その言葉を残し、非情が支配する世界から姿を消した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「わ、わたし……」

 

 クレマンティーヌは、ゆっくりとその赤い瞳孔に世界を映す。

 

「おー、目が覚めたみたいだねぇ」

 

「だ、大丈夫、ですか?」

 

 声を掛けられ、クレマンティーヌの意識は急激に覚醒して行く。そして、表情を引き攣らせる。眼に映る人物は、二番目に嫌悪している者と、自分が殺した者なのだから。

 

「てめぇ! それに、お前ぇは!」

 

「おーおー、そんだけ口が利ければ大丈夫だねぇ」

 

 番外席次はそう言うと、クレマンティーヌの髪をむんずと掴み、引きずりながら部屋を出る。

 

「い、痛い! いたた。コラ! テメェ! 離せ! 離しやがれ!」

 

「だーめ。おおさまに叱られるからねぇ」

 

 人の話を聞かず、番外席次は軽快に階段を下る。そうなれば、当然の事、引き摺られているクレマンティーヌは

 

「いだだだだだだだだだだだだだだ!」

 

 階段の角で、尻を打ち続けるのである。

 

 しかし、それだけでは終わらない。階段を抜け、ビクトーリアの待つ書斎までには、丁寧に掃除された板張りの床が。

 

「あ! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い!」

 

 キュウー!と言う甲高い音を、クレマンティーヌは響かせる。

 

 クレマンティーヌは、もう涙目だった。一体、これは何て言う拷問なのだろう、と。

 

 この光景を見せ付けられているニニャに出来る事は、苦笑いを浮かべる他無かった。

 

 ガチャリと音を立てながらドアを開け、番外席次は書斎へと入る。ビクトーリアは、入って来た面子を見るなり、盛大な溜息を吐き

 

「小娘よ、妾は雌猫を連れて来いと言うたはずじゃぞ」

 

「うん? 連れて来たけど」

 

「違う。違うのう。うぬが連れて来たのは、裸族じゃ。露出狂じゃ。生粋の変態じゃ。」

 

 此の言葉で、番外席次とニニャはクレマンティーヌを見つめ

 

「ああ」

 

 同意の溜息を洩らす。クレマンティーヌの姿は、一糸纏わぬ姿、いわゆる全裸だった。

 

「ねえ、ひよこ。あんた何で裸なの? 馬鹿なの? 趣味なの? 変態なの?」

 

「あぁ? てめぇが連れて来たんだろぉがぁ!」

 

 大声で悪態を吐くクレマンティーヌだが、視線の端で憧れの者を見つけると、急にしおらしくなる。

 

「あ、あの、ビクトーリア様、で間違い無いでしょうか?」

 

 もじもじと身体をくねらせ、羞恥に悶える少女の様に、質問を口にする。

 

「うん? 裸族は妾の名が知りたいのかや? 左様、妾が煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムじゃ」

 

「やっと、やっと会えた……」

 

 クレマンティーヌは両手で顔を隠し、ふとももを擦り合わせながら喜びに打ち震える。そんな感動的で扇情的な場面も、傍から見れば妙な物だ。

 

「ねえ、何か着ない? 趣味とはいえ、話相手がヌーディストって何かねぇ」

 

「だから、てめぇが連れて来たんだろぉがぁ!」

 

「うるさいのぉ。着るものぐらい妾が出してやるわ」

 

 そう言うとビクトーリアは、アイテムボックスを探り

 

「えーっと、馬鹿には見えないドレスと、そこの娘が後生大事に抱きしめていた汚パンティーと、羊皮紙。好きなのを選ぶが良いぞ」

 

 そう言って、ニッコリとほほ笑みを浮かべる。

 

「おー、羊皮紙。なかなか高度な変態度。ここは馬鹿には見えないドレスだねぇ。無難だけど」

 

 番外席次も、この悪ノリに参加の意向を示す。

 

 だが、そんなお祭り騒ぎもすぐに終わりを迎える。今まで微笑んでいたビクトーリアの顔から、表情が消えたのだ。少女の様に、はしゃぎ、楽しんでいた顔から、全てを従える王のそれへと。

 

「遊びは此処までじゃ。さて、雌猫の処遇、じゃが……」

 

 言ってビクトーリアは、クレマンティーヌに向け、自身の寝間着を投げ渡す。

 

「娘、この者の所有権はうぬに有る。どうする?」

 

 急に話を振られ、なおかつクレマンティーヌが自分の物など、急すぎて、ニニャに取って到底受け入れられる物では無い。

 

 隣を見れば、クレマンティーヌが唇を噛み、何かに耐える様な表情でうつむいている。ニニャには、その表情に覚えがあった。それは、かつての自分の表情だ。力ある者に、手を伸ばす弱者の顔だ。どんなに怨んでも、どんなに恋焦がれても、決して手が思いが届かない者の表情だ。過程や工程、主義や手段、様々な違いはあれど、今のクレマンティーヌは過去の自分なのだ。

 

 だが、一体どんな言葉で伝えれば良いのか、ニニャには想像すら出来なかった。

 

「ふう。答えは出んか。ならば、その雌猫、妾が貰い受けるが、良いか?」

 

 場の全員の目が、ビクトーリアに集中する。様々な思いを乗せ、その視線はこう言っていた。コイツ、今なんて言った、だ。

 

「何じゃ? 何ぞ異存でもあるのか」

 

 いかにも憤慨したぞ、と言った口調でビクトーリアは口を開く。

 

「でもさぁ、いいの?」

 

 心配そうに、番外席次がそう告げる。

 

「何がじゃ」

 

「あれだよ。変態だよ。快楽殺人鬼だよ」

 

「じゃがのぅ、此処で見捨てれば、さらにヤバい事しそうじゃし……」

 

 そう言う口元は、僅かに緩み、その瞳は優しさを湛えていた。

 

 番外席次はクレマンティーヌに近寄ると、その身体を肘でつつく。

 

「ほら、おおさまにお礼」

 

「う、うん」

 

 クレマンティーヌは、頬を染め、どもりながら

 

「あ、あの。ビクトーリア様……」

 

「街中で素っ裸になって、走りながら妾の名を連呼されてものぅ」

 

「「え?」」

 

 全員が疑問の声を上げる。

 

「何を恍けた顔をしておる。それとも何か、小娘、妾がヌーディストの王と言われても、良いと言うのか? ならば、うぬも呼ばれてみよ。漆黒聖典 番外席次 神人 脱衣脱毛、とか?」

 

「うっ! それは……」

 

 番外席次の頬がひきつる。ビクトーリアの言う事は、あまりにも、なのだ。だが、すぐにそんな砕けた雰囲気は消え去り

 

「まあ、妾の下に居れば、これ以上悪さはしまい。これが落とし所なのじゃろうて」

 

「ふーん。でもさぁ、おおさま」

 

「何じゃ?」

 

「立場的には、どうなるの?」

 

 番外席次の問いに、ビクトーリアは一度目をつむり

 

「妾の小姓で良かろう。しばらくは、身の回りの雑務をさせる……それで良かろう。雌猫もそれで良いな?」

 

 ビクトーリアは、クレマンティーヌに視線を向ける。クレマンティーヌは、身を縮め、小刻みに震えながら、何度も頷く。その姿を確認し、ビクトーリアはため息を一つ吐くと

 

「それから、そこな魔女っ娘」

 

「え! ぼ、ぼくですか?」

 

 驚きと共に、ニニャが返事を返す。

 

「蘇生が成功した反動で、うぬは以前よりも弱体化しておる。うぬも、しばらく此処に留まるが良い」

 

 此の言葉に、ニニャは一瞬虚を突かれるが、彼女本来の柔らかい笑みを浮かべ

 

「はい。お世話になります」

 

 そう答えるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。