OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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思わぬ来客

 エ・ランテルでの事件から三日。

 

 事後処理は終息に向かい、アインズとナーベラルもナザリックに帰還していた。

 

 そんな何でも無い一日の始まりは、ビクトーリアが頭を抱える事から始まった。本来、ユリとペストーニャの交代制で行われていた朝食の準備は、ニニャが簡単な料理なら出来る為、昨日からアルベドの裁量により、ニニャに一任されている。朝目覚め、食事をし、さて、情報の精査と書斎のドアを開けると、それはあった。

 

 黒く、丸い物体が、書斎の床に鎮座していた。

 

 周囲を見回し、異常が無い事を確認すると、その物体の精査に取り掛かる。注意しながら、机側に回り、やっとその物体の正体が判明する。

 

 その物体は、土下座姿勢のナーベラル・ガンマ、だった。

 

「へ? ナ、ナーベラルよ、うぬは何をやっているのじゃ?」

 

 この問いかけに対し、ナーベラルは頭を上げず

 

「これまでの非礼、伏してお詫びを」

 

 つまり、ナーベラルは謝りに来た、と言う事だ。

 

「う、うん。解ったから、頭を上げて。ね」

 

「いいえ。今まで非礼を行った日々、それと同じ日数こうしてお詫びを」

 

「て、転移して来てからの?」

 

「はい」

 

 生真面目な性格だと聞かされてはいたが、まさか此処までとは。

 

 ビクトーリアは、ドン引きだった。それよりも、誰かにこんな所を見られたら。急ぎビクトーリアは、床に這いつくばり、ナーベラルのしょんぼりとしたポニーテールに話しかける。

 

「ナーベラル、もう良いから。ね。怒ってないから。ビッチさん、ぜんぜん怒ってないから。ね」

 

「いえ。本来ならば、この命を持って謝罪すべき事柄。しかし、これ以上、ビクトーリア様の御尊顔を悲しみに曇らせる事は出来ません。愚かな私には、伏してお詫びをする以外方法が思い浮かびませんでした」

 

 そう言って、こちらの言葉を全く聞いてはくれない。

 

 生真面目な上、頑固だった。

 

 ビクトーリアは「むむむ」と唸りを上げる。

 

 これは、思ったよりも厄介な事態だと、ビクトーリアの頭脳は告げる。

 

「そ、それじゃあ、ちょこっと顔、上げてみようか。ナーベラルの顔を、ビッチさんに見せてくれるかな」

 

 幼子をあやす様に、ビクトーリアは優しく語りかける。

 

 その結果、ナーベラルの肩がピクリと動く。その反応を見過ごすビクトーリアでは無い。

 

「ほーら、ナーベラル。可愛い顔を見せてくれるかなー? 見たいなー。ビッチさん、可愛いナーベラルが見たいなー」

 

 再度、ナーベラルの肩が動き、ゆっくりとだが、その顔が上がる。それでも、地に着けた両の掌の上に、僅かに瞳が見える程度。

 

「奇麗な瞳だねぇ。まるで、黒曜石みたい。髪の色とも合ってるし……」

 

 御世辞とも取れる、美辞麗句を並べ、何とかナーベラルをなだめ様と試みる。数々の褒め言葉を投げかけると、ナーベラルに変化が起こる。黒曜石と例えたその瞳から、大粒の涙が溢れて来ていた。それは留まる事無く、次から次へと溢れ出て来る。

 

 またしてもビクトーリアは、再び「むむむ」と唸る他無かった。

 

「失態を犯した此の身に、何と暖かい御言葉を……。やはり、我が命を持って――」

 

 やはり、そこに行きつくのかと、ビクトーリアはため息をこぼす。この段階で、説得は無理、とビクトーリアは判断を下す。ならば、打てる手段は只一つ。

 

 ビクトーリアは、ナーベラルの形の良い頭部をガッチリと掴むと、おもむろに自身の胸へと抱き寄せる。

 

「え?」

 

 ナーベラルは虚を突かれた様な声を出し、涙に濡れた顔をビクトーリアの胸に埋めた。

 

「ふう。大変じゃったな、ナーベラル。知らぬ地で、主を守らねばならんかったのじゃ、うぬの苦労も、相当な物じゃろうて。頑張ったのう。ありがとうな。アインズを、我が友モモンガさんを守ってくれて。じゃが、そう気負うな。失敗したら、妾に言うて来い。言ったであろう、うぬらは妾が守ると」

 

 そう言って、一層強く抱きしめる。

 

「う、うう、ビクトーリアさまぁ」

 

 ナーベラルが嗚咽を漏らす。

 

「私、私、頑張ってみたんです。でも、全然、ダメで……。アインズ様に、ご迷惑ばかり……」

 

 ビクトーリアは、ナーベラルの髪を優しく撫でながら

 

「さようか。じゃがのう、うぬらは、まだ産まれたばかりの赤子の様な存在じゃ。創造主に、そうあれと創られたままのな。じゃがな、何時かは、かくありたいと思える様になって欲しいのじゃ。うぬの、ナーベラル・ガンマの意思での」

 

 ビクトーリアの言葉に、ナーベラルはキョトンとした表情を浮かべる。

 

 その顔を、慈愛溢れる笑みで見つめ

 

「今は解らずとも良い。じゃが、いつか解ってくりゃれ。これは、妾の願いじゃ」

 

「は、はい」

 

「うん。今はそれで良い」

 

 それから約二時間、ナーベラルはビクトーリアの膝を枕に心を癒し、ビクトーリアはその髪を優しく撫で続けたのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

~ナザリック第九階層~

 

 ナーベラルは、頬をぐにぐにとほぐしながら、自室への道を進む。気を抜くと、頬が緩みそうになるのだ。何時もなら凛とした空気を纏うその姿は、どこか安らいで見えた。

 

「あれー、ナ―ちゃんじゃないっすか。どこ行ってたっすか?」

 

「あ、ルプー」

 

 声をかけて来たのは、戦闘メイド プレアデスが次姉、ルプスレギナ・ベータ。種族ワーウルフであり、クレリック。

 

「あれ、どうしたっすか? 随分と御機嫌っすね」

 

「え、そう?」

 

「そうっすよ。何か、こころもち顔が赤いっすよ」

 

 そう言いながら、ナーベラルに近寄りくんくんと匂いを嗅ぐ。

 

「ん? 知らない匂いっすね。ナ―ちゃん何処へ行ってたっすか?」

 

 この問いに、ナーベラルは一度天を仰ぐと

 

「星青の館。ビクトーリア様の所へ」

 

「あー。あの化け物の所っすかぁ」

 

 言葉を発した瞬間、ルプスレギナの頬が、ガッチリと掴まれる。

 

「駄犬。今、何と言いましたか?」

 

 眉間に皺を寄せた、見た事も無い表情の妹が目の前に居た。

 

「へ、ナ―ちゃん?」

 

 言われて気付いたのか、ナーベラルは慌てて手を引く。

 

 この行動に驚きながらも、ルプスレギナは言葉を続ける。化け物と言う言葉に注意しながら。

 

「そ、それで、ビクトーリア様と何をしてたっすか?」

 

「優しく、抱いていただきました」

 

「え? ゴメン、もう一回良いっすか?」

 

「ビクトーリア様に、優しく、抱いていただきました」

 

「……………………ナ―ちゃんが、女になったっすーーーーーー!」

 

 その日、ナザリック第九階層は大騒ぎとなった。

 




「ナーベラルよ、あの森の賢王に名前は付けたのかや?」

「はい。アインズ様が」

「ほう。して何と?」

「ハムスケです」

「ハムスケ?」

「はい」

「なんかこう、センスが無いのう」

「ビクトーリア様ならば、何と?」

「うーん。定春?」

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