化物達の宴
未整地の街道は車輪を拒み、ガタゴトと馬車を軋ませる。周りは漆黒の闇。その中で、小さなランプの光が、心細く灯る。それは、これから起こる常識を逸した惨劇を物語っている様だった。
暗闇に薄っすらと浮かぶ二頭立ての豪華な馬車には、御者が一人、車内に五人。だが、人と言う種で括れば、みすぼらしい服装の御者が一人だけだった。その他の者は、全て異形と称される、化け物の集団。
トゥルーヴァンパイア 真祖シャルティア・ブラッドフォールン。
シャルティアの部下である、
龍人、セバス・チャン。
スライム種である、
この世の絶望を詰め込んだかの様な、集団である。
だが、ゆめゆめ忘れるべからず。彼らが、この世界の悪夢、ナザリック地下大墳墓の、ほんの一握りだと言う事を。
「そう言えばソリュシャン。なかなかの、演技であったそうでありんすねぇ」
楽しそうに、そう口にするのは、シャルティア。
「いえ、私など。シナリオ通りに行ったまでですから」
シナリオ、これこそが、闇夜に馬車を走らせる原因となった出来事である。
ソリュシャンのこの言葉に、シャルティアは「謙遜を」と返す。
「しかし、シャルティア様――」
「シャルティアで結構でありんすよ、セバス。わらわ達は、役職の上下はあっても、個としての上下はありんせんのだから」
シャルティアの言葉を、セバスは呑み込むように一度腰を折ると
「では、シャルティア。あなたの任務は、武技を持つ者の精査、との事でしたが?」
「そうでありんすぇ」
セバスは、疑問形で言葉を発した後、言い淀む様に一度口を噤み
「この任務、人を探るのならば、デミウルゴスの方が適役だったのではないでしょうか?」
不思議に思っていた事を口にする。
その瞬間、シャルティアの眉が一瞬跳ねるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「確かに、そうかも知れんでありんす。アインズ様ならば……そう言った方針を取られた可能性もありんす」
「で、では、この任務の発案元は……」
「お姉さま、でありんすぇ」
「「お姉さま?」」
セバスとソリュシャンが、同時に疑問を口にする。
「お姉さまは、ビクトーリア様でありんすよ」
セバスは驚きを顕にする。
それと同時に、カルネ村でのビクトーリアの姿が蘇る。あの時、ビクトーリアは、戦況を見ていると言っていた。自分もそれを信じた。
だが、それだけでは無かったとシャルティアは言っているのだ。ビクトーリアが見ていた戦況とは、場で起こる全ての事象の事だったのだから。
「で、では、何故ビクトーリア様はシャルティアを?」
「これは、アルベドからの指示で、お姉さま自身の御言葉ではありんせんが、この世界の者の、Lv上限が不明なためであるらしいんす」
「そ、そんな。脆弱な人間に恐怖するあまり、そんな判断を?」
ソリュシャンは驚きを顕わにする。だが、それはナザリックに与する者としては、当然の判断なのかも知れない。大多数の者にとって、人間とは、愚かで、脆弱な生物なのだから。
しかし、今のソリュシャンの言葉は、ビクトーリアを卑下する言葉でありながら、シャルティアをも卑下する物に聞こえてしまう。
「あぁ! ソリュシャン、テメェ、私には無理って言いてえのか?」
「い、いえ。すいません。言葉足らずでした」
ソリュシャンの謝罪に、シャルティアはため息を一つ吐くと
「まあ、良んす。セバスは知っているでありんしょうが、ソリュシャンは絶死絶命を知っているでありんすか?」
ソリュシャンは、「名前だけは」と答えるに留まる。
「で、ありんしたなら、しょうが無いでありんす。お姉さまのペットであるあの者は、Lv的にはプレアデスを上回る者でありんすよ」
「そんな者が?」
表情を引きつらせながら、ソリュシャンは驚きを顕にする。
それに満足行ったのか、シャルティアは話を続ける。
「確かに、セバスの言う通り、此度の任務では、デミウルゴスが最適でありんしょう。アルベドからも、そう言われんした。でも彼の者は、Lv100と言いんしても、戦闘力は高こうありんせん。絶死絶命の様な存在が、武技を使った場合のブースト量が解りんせん内は、戦闘能力の高い者を、と言うのがお姉さまの結論でありんす」
セバス、ソリュシャンから、驚きの声が上がる。
しかし、シャルティアは、すうっと目を細めると
「もう一つ、この辺りの掃除も任されていんす」
「掃除、と申しますと?」
セバスの問いに、シャルティアは無言で、御者台の方を指差す。それを見、二人は言葉の意味を深く理解した。
「しかし、シャルティア。ビクトーリア様をお姉さま、とは。お二人は、何か御関係が?」
セバスのプライベートな問いに、シャルティアは一度天井を見上げ
「良いんしょう。誰にも言って無い事でありんすが、特にアルベドには教えんしんしたが、旅は道連れでありんす。これは、ペロロンチーノ様が、お決めになった事でありんすぇ」
「ほう、ペロロンチーノ様が」
「そう。わたしとお姉さまは…………えーと、百合姉妹でありんす」
「ほう。しかし、シャルティア、百合姉妹とはなんでしょうか?」
セバスが疑問を口にする。
それに対して、シャルティアは何と答えたらと、こめかみに両の人差し指を当て、ぐりぐりと回しながら、言葉を選び口を開く。ぶくぶく茶釜に殴られながら、ペロロンチーノは何と言っていたか。
「えーとぉ。百合姉妹とはぁ………………愛が深い姉妹を射す言葉でありんすぇ。もう、心も身体も一つになりんすくらいの」
「おお!」
自信満々に言葉を口にするシャルティアだが、その表情は、セバス、ソリュシャンの驚きの声と共に、影を差す。口を固く結び、何かに詫びる様に、何かに怯える様に、その表情は見てとれた。
「シャルティア、どうしました?」
セバスの声に、答えるかの如くしっかりと両者を見つめ。
「二人とも、二人は何時から記憶がありんすか?」
「「記憶?」」
セバスとソリュシャンの言葉が重なる。二人とも、意味が理解出来ない様だった。それは、当然の事だろう。シャルティアの質問は、唐突すぎなのだから。
「最近思い出したでありんす。まだ、ペロロンチーノ様がいらした頃、わたしは、お姉さまと会っていんす」
「何ですと?」
「そう言えば……ユリ姉さまが言っていたわ。末の妹は、ビクトーリア様を知っていたって」
「オーレオールが、ですか?」
「はい、セバス様」
馬車内に沈黙が訪れた。
誰もが――ヴァンパイア・ブライドを除き――自身の最初の記憶を探る。
「私、は……ヘロヘロ様の自室でしたわ」
最初に記憶の小旅行から帰還したのは、ソリュシャンだった。
「私も同じですね。たっち・みー様の自室でした」
続いてセバスが。
「そうでありんしょうね。わたしも、そうでありんす。でも……」
「「でも?」」
「はっきりとした記憶は、そこからでありんすが、その前、ぼんやりした記憶がありんす。ナザリックの表層部で、ペロロンチーノ様とお姉さまの三人で居た記憶が。そこで、優しい顔のお姉さまに、頭を撫でられ………………確かぁ………………頑張りなんし、と言葉をかけられたでありんす」
セバスは顎髭を均しながら、シャルティアの言葉を噛みしめる。
これは、どう言う事なのだろうと。思考の海を泳ぐセバスに、ある事柄が浮かぶ。それは、自身の創造主であるたっち・みーと、やまいこの会話だ。
〈たっちさん、胎教ってやってました?〉
〈胎教って、産まれる前の子供に音楽を聞かせたりするやつですか?〉
そして、セバスは、一つの回答を導き出す。
「シャルティア。それは、我々が産まれる前の記憶かも知れません」
「「!」」
セバスの発言に、シャルティアとソリュシャンが驚きを表す。
「し、しかしセバス。そんな事が起こりえんすか?」
「解りません。ただ、それぐらいしか説明がつかないのも………………ん? 馬車が止まりましたな」
「魚が、餌に食いつきんした様でありんすな」
シャルティアはそう言うと、二体のヴァンパイア・ブライドを引連れて、馬車の扉の前に立つ。その手を、ドアの取っ手に手を掛けた時、思いだした様に振り向き
「ソリュシャン。そなたの望み確かに了解したでありんす。ザック、でありんしたか? あの人間、好きにするが良いでありんすよ」
「ありがとう御座います、シャルティア様」
そう言って腰を折るソリュシャンを確認すると、シャルティアは馬車の外へと歩を進める。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャルティアが馬車から出ると、十数人の野盗と思われる男達が馬車の周りを囲んでいた。
「やっと出て来たか。勿体ぶらせやがって」
「ほっ! なかなかの別嬪さんじゃねえか」
「まあ、成りは小せえが、胸の方は育ってやがる」
みすぼらしい格好の男達が、口々に好きな事を叫ぶ。
その中で一人、戸惑いを感じている者がいた。男の名はザック。御者をしていた男だ。
男達は、非合法の商売を生業とする者達で、ザックもその一員だ。この襲撃は、商家のお嬢様へ偽装したソリュシャンが目的の物である。彼女を攫い、何をしようと言うのか。身代金か、売り渡すのか、楽しむ為か、恐らくは全てなのだろう。
そして、馬車から現れたのはシャルティア。
男達は知らなかった。だが、ザックは知っていた。目の前に立つ少女は…………馬車には乗っていなかった少女なのだ。
一体、誰なのか?
一体、何者なのか?
そんなザックの混乱など、一切関せず、場は動き出していた。男達は下卑た笑いを漏らし、シャルティアは詰まらなそうに欠伸を漏らす。その男達の一人が、シャルティアに向け、手を伸ばす。
だが、その手は直前で跳ねのけられた。
「触らんでくんなまし」
シャルティアの身のこなし、話し方、そのどちらも優雅で気品に満ちた物だった。だからこそ、疑わなかった。此の少女が、目当ての令嬢だと。だから気付かなかった、目の前の少女が、化け物である事に。
「一つ聞きたいでありんす。この中で武技が使える者はいんすか?」
この問いに、答える者はいなかった。
「そうでありんすか。もう一つ聞きたいのでありんすが、この中で一番偉い人は、誰でありんすか?」
シャルティアの、場にそぐわぬ素っとん狂な質問に、男達の視線は一点に集まる。それを確認したシャルティアは、ニヤリと半月の様な笑みを漏らし
「解ったでありんすか? では、掃除を開始するでありんす」
言葉が終わった瞬間、シャルティアの影から何かが飛び出し、場を、恐怖と、混乱と、血と、殺戮が支配する阿鼻叫喚の地獄へと変えた。二体のヴァンパイア・ブライドは、その美しい顔を、狂気と興奮で歪め、首を、腕を跳ね、男達の身体を食いちぎる。そこは、地獄。いや、強者による狩り場であった。
その中で弱者、ザックは尻もちを着き、後ずさる事で何とか命を繋ぎ止めていた。少しずつ、少しずつ、木々の茂みへとその身体を隠す。その行動は、自分の背中が何かに当たる事によって、終りを告げる。
「ザックさん」
背後から、優しい声が聞こえた。
男達の野太い悲鳴と、化け物たちの狂気を含んだ高笑い。そんな異常な世界で、酷く歪な、酷く滑稽な、優しさを含んだ声だった。
ザックは慌てて後を仰ぎ見る。そこに居たのは、美麗なドレスを纏った女性。
「もう大丈夫ですよ」
そう言葉を掛けながら、背後の女性は、ザックの身体を優しく抱き竦める。ザックの背中で、女性の豊かな乳房が押しつぶされる。その体温が、柔らかさが、匂いが、ザックの精神を支配する。気が付けば、ザックの精神、肉体は、女性に包まれていた。それは母性、と言える物かもしれない。
底辺階級の出身であり、それゆえに、あらゆる物を奪われて来たザックにとって、これは初めての幸福と言ってもいい物だった。
「お、お嬢様……」
幸福の中、呟きながら再び後を振り向く。
そこには、神が創りし美貌を持つ、ソリュシャンの顔……………………は、無かった。美しかった表情には、愉悦が張り付き、艶やかで可憐な唇は、大きく歪み、光を湛えた瞳は、どす黒く濁っていた。
「あら? 気付いてしまったのですね。せっかく幸福の中で、食べてしまおうと思いましたのに」
背後の化け物は、そう言って笑う。
ザックは危険を感じ、脱出を図るが、粘度の高い何かに捉えられ、一歩も前へは進めない。それが、お嬢様、ソリュシャンの身体だと解った時には、全てが終わっていた。ズブリ、ズブリとザックの身体は、ソリュシャンにのみ込まれて行く。
「ふふっ。暴れて頂けるのですか? それはそれは。ですが……あまり激しいのは止めて下さいね。私、壊れてしまいますから。くふっ、かはぁ、あーははははははははははは!」
場には、化け物達の嘲笑だけが響き渡っていた。
今話の解説と補足
僕達のビクトーリアと出会っている、と言う設定ですが、オーレオールなどの、はっきりと知っている者たちは、配置される前に、つまりは、完成した状態でビクトーリアにお披露目されています。
お披露目と言っても、製作者が単に自慢しただけですが。
一方、シャルティアは、ぺロロンチーノがクラス構成をビクトーリアに相談しています。
その理由は、この章の最後辺りに出てくる予定です。
この状態でのシャルティアは、外装データ、種族が決定した状態でありました。
約60~70%の完成具合です。
その為、うろ覚えの記憶となりました。
前回の後書きで、定春と言う記述がありましたが、解らないとのご意見を頂きましたので少々解説を。
定春とは、漫画 銀魂に出てくる、でっかい犬です。