OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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策謀

 ドスン! ナザリック地下大墳墓第九階層に地響きと共に破裂音が響く。

 

「化け物ですって……あのお優しい、美しく慈悲の化身の様なビクトーリア様が化け物? 至高の四十人の血肉を貪った化け物? ナザリックを捨て私達を捨て……モモンガ様を悲しませたあの者達に劣る存在? 何も知らないくせに。玉座に座りながら何度も、何度も、何度も悲しい声で別れをおしゃっていたモモンガ様を知らないくせに。どれだけモモンガ様がビクトーリア様に救われたかも知らないくせに!」

 

 そう言ってアルベドは何度目か解らぬほど壁に拳を叩きつけた。ハアハアと息を乱しながらやっとと言った感で拳を引き息を整える。

 そして

 

「大丈夫ですビクトーリア様。誰が知らずともこのアルベドは知っています。あなたの愛を……愛していますビクトーリアさま。いえ、ビッチ様」

 

 アルベドは蕩けた様な表情で呟いた。それは甘い夢を見ている様に。

 

 そのアルベドについさっき自分達の支配者が語った言葉が蘇る。

 

 “私の物となれビクトーリア・F・ホーエンハイムよ……”

 

 ゆっくりと蕩けた様なアルベドの表情が平坦な物に変化していった。

 

「誰にも渡さないわ。…………そう、誰にも。たとえモモンガ様にも渡しはいたしませんわ。くふ、くふ、くふふ」

 

 そう言うとアルベドはふらふらと歩き出す。その姿はまるで幽鬼のようであり、ぶつぶつと

 

「ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、………………」

 

 と呟く声が木霊した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

〜ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間〜

 

 最初にアルベドが去りそれを皮切りにそれぞれの者達はそれぞれの持ち場へと戻っていった。今この場所に残っているのは第六階層守護者アウラとマーレ、そしてプレアデスのユリ・アルファの三名だけであった。

 

 未だに涙を流し続ける二人をユリはなだめていた。優しく言葉を掛け、何とかユリはなだめようと必死になって話しかける。そんな中唐突にマーレが口を開いた。

 

「ぐすっ、お姉ちゃん。ビクトーリア様ってあのビッチさんなのかなぁ?」

 

「う、うん。たぶん…………」

 

 二人のこの言葉に驚いたのはユリだった。

 

 ユリ自身もビクトーリアの名前を聞いた時に同じ疑問を持っていたからだった。

 

 恐らくこの疑問を持つ事が出来うる者は、ナザリックNPCの中でも三人の他には、メイド長ペストーニャ・ワンコだけだろう。その理由は、この四人の創造主がギルド内で三人しかいない女性メンバーだった事が起因する。他の男性メンバーとは違い、この三人、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、やまいこは定期的に第六階層に集まり、自分達が創造したNPCとお茶会をしていたからだった。

 

 その場所で良く話題に出ていたのがビッチさんと言う名前だった。

 

 仕事が忙しくなり、なかなかIN出来なくなった事に後ろめたさを覚えていた三人は事ある毎にモモンガを外に連れ出していたビクトーリアに感謝していた。

 

 その時の会話を三人は覚えていたのだった。

 

「でも、そうだとするとホントなのかな?」

 

 マーレが改めて疑問を口にする。

 

「うん、私もちょっと信じられないかな。茶釜様がおっしゃってたビッチさんは優しくて思いやりのある方だったから」

 

 このアウラの意見にはユリも同感だった。自分の創造主であるやまいこが信頼する人物が友の血肉を食らうのだろうか。自分が生き返る為に友を殺すのだろうか。

 

 ユリは自分の内にあった考えを、思い切って打ち明けてみた。

 

「アウラ様、マーレ様、一度モモンガ様にお聞きしては見ませんか?」

 

「「モモンガ様に?」」

 

 二人から同じように返事が来た。

 

「それに先ほどのデミウルゴス様とアルベド様の会話、なんだかアルベド様の様子がおかしくて」

 

 ユリは、先程の二人の会話の違和感を覚えていた。それを踏まえての提案だった。アウラはその言葉を受け一度大きく頷くと

 

「じゃあ、後で尋ねてみよっか」

 

 そう言って三人は、連れ立って玉座の間を出て行った。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 第九階層にある自室に転移したモモンガとビクトーリアはぐったりと伏せっていた。モモンガは大きめのソファーにどっかりと腰を下ろし、ビクトーリアはベッドに倒れ込んでいる。

 

「しかし……ホントに現実なんですかね」

 

 そう呟いたのはモモンガだ。

 

「それは間違いないと思いますよ。モモンガさんと出会う前に私一度転んだんですが痛みありましたもん」

 

「成程、痛みですか………………」

 

 モモンガはそこまで言って言い淀む。

 

「どうしましたモモンガさん?」

 

 問われたモモンガは、どう答えようか逡巡したが意を決して口を開いた。

 

「あのー、ビッチさん」

 

「何です?」

 

「スカートがはだけて、その、下着が丸見えです」

 

 そう、現在ビクトーリアの豪華なドレスは盛大にめくれ、豪華なレースと刺繍が施された恐らくシルクであろう下着と、そこから伸びる白く扇情的な太ももが丸見えだった。

 

「そうですか」

 

 そっけない言葉を返しながらビクトーリアはもぞもぞとスカートを直す。その姿は優雅とか気品などと言った物とは180度違う物だった。一言で言うならば、だらしのない娘がそこに居た。

 

「でもこれでYGGDRASIL、もしくはYGGDRASILⅡと言う線は完全に消えましたね」

 

「ええ、下着を見せるなんて欲情を誘う行為は出来ませんでしたから」

 

 そこでお互いの言葉が途切れる。

 

 だが最初に沈黙を破ったのはモモンガだった。

 

「これからどうします?」

 

「そうですねー。まあ、私の好感度がヘルヘイムまで落ちているのは解っているので、モモンガさんの好感度調査とかじゃ無いですか?どう動くにしろ誰が味方なのか知らなければ動けませんから」

 

「そうですねー」

 

 モモンガは気だるげな声で返事を返す。しかしそんなモモンガも急に姿勢を正し座り直すと

 

「それにしてもビッチさん、何で全部の罪を背負う様な事を?」

 

「そう言う訳でも無いんですけど、先ほども言いましたけどモモンガさんは戦えないでしょ?」

 

 問われたビクトーリアは依然ベッドに寝転んだまま答えた。

 

「それはそうですが、周りにいたのは100LvNPC達ですよ」

 

「まあそうですね~。いざとなったらアレを使えば逃げる事ぐらいはと」

 

「ああ、あれですか。まあそれは確かに……」

 

 これからどうすれば良いのかと回らぬ頭で考え込んでいたいた時、ガバリと勢い良くビクトーリアが起き上がった。

 

「どうしたんですビッチさん!」

 

 一体何があったのか、モモンガは慌てて問いかける。だがその答えは……

 

「モモンガさん……胸がつぶれて呼吸が出来ませんでした」

 

「はあ? だったら仰向きに寝れば良いでしょうに」

 

「そうですね」

 

 そう言ってビクトーリアは仰向けに寝転んだ。その瞬間、先ほどよりもさらに勢いよく起き上った。

 

「どうしました!」

 

「胸が左右に引っ張られて……すっごく痛い」

 

 たわわな乳房を持ち上げながらビクトーリアは涙目になっていた。モモンガにとっては心配のし損である。

 

「………………何やってんだあんたは!」

 

「うるさい骸骨! 巨乳なめんな! 骨には解らん痛みなんだぞ!」

 

「そんなもんリアルでも知らんわ!」

 

 ギャーギャーと言い合う骨と美女。そこには魔王としての威厳も神としての神々しさも何も無かった。ストレスの為か二人のじゃれ合いは次第に過激になって行く。ドッタンバッタンと大きな音を立てながら取っ組み合いは続けられ向き合いながらのこう着状態となった時、おもむろに部屋の扉が開かれた。

 

「モモンガ様、大変不敬とは存じておりますが、幾らお呼びしてもお返事が無いため失礼させて頂きます」

 

 礼儀正しい言葉と共に守護者統括アルベドが入室して来た。モモンガの自室へと一歩を踏み入れた瞬間、アルベドの表情は固まった。眼前に繰り広げられている光景、両の腕で豊かな乳房を守る様に抱きしめているビクトーリアと、両の掌を開きニギニギとさせているモモンガ。

 

 簡単に言えば死の支配者にセクハラをされている女神。そんな光景が目の前にはあった。

 

「アルベド?」

「ア、アルベド?」

 

 キョトンとする神、動揺する死の支配者。

 

「モ、モモンガ様、それは……」

 

「ア、アルベド! こ、これは、これは違うぞ!」

 

 此処からのアルベドの行動は早かった。

 

「ビッチ様、ビッチ様」と呟きながらクラウチングスタートの様に駆け出すとビクトーリアの背後を取りその豊かな乳房をむんずと揉みしだく。

 

「ビッチ様、ああ、ビッチ様、素敵です、感動です。この柔らかさ、この重さ。まさに、まさに………………」

 

 その言葉にモモンガは慌てふためいた、それほどまでに素敵な物なのかと。

 

「ア、アルベドよ! そんなになのか! それほどの物なのか!」

 

「はいモモンガ様、これぞ至高の逸品! 素敵です! ああ、掌がとろけてしまいそうです……ビッチ様、ビッチ様、愛しています、愛しています、愛しています! くふーーーー!」

 

 アルベドはもはや自我を失い胸をまさぐるだけの装備と化し、モモンガは混乱と常識を逸した眼前の光景に飲み込まれその骨ばった、いや、骨の掌をニギニギさせながらビクトーリアににじり寄る。

 

 ビクトーリアの全身を恐怖とは違う何かが支配する。いや、正確にいえば恐怖に分類される物なのだろうが、死や危険に対する物とは全く別種の貞操の危機と言う物だ。

 

 ビクトーリアはひとえにテンパッテいた。頭の中がグルグルと回る。何も考える事が出来なかった。出来る事はたった一つだけ。

 

「お、お前ら、いい加減にしろーーーー!」

 

 バチンと言う破裂音がした瞬間ビクトーリアの身体が発行し稲光をあげる。その光が収まった場には満足そうな笑顔を浮かべる守護者統括と、ブスブスと煙をあげる死の支配者が横たわっていた。

 


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