「ふう。まあ片付きんした。それにしても――」
呟きながら、シャルティアは周りを見渡した。そこには、かつて人であった者の、残り物が散乱している。
「もう少し、マナーと言う物を、弁えなんし」
そう言って、ヴァンパイア・ブライドを睨みつけた。その視線に、ヴァンパイア・ブライド達は、恥ずかしそうに肩をすくめる。
「まあ、それは今後の成長に期待しんす。まずは――」
シャルティアは、一人残された野盗の頭領を見つめる。
「
シャルティアの力強い言葉と共に、その赤い双眸が輝きを増した。
「わたしが誰だか解りんすか?」
「何を言っているんだ? 親友の顔を忘れるはずがないだろう」
シャルティアの使った魔法、全種族魅了は名の通り魅了系に属する魔法で、自分を相手の親しい者に置き換える魔法である。
「おめでとう御座います、シャルティア」
「おめでとう御座います、シャルティア様」
魔法の成功に対し、セバスとソリュシャンから、賛辞の言葉が漏れる。その隣で、二体のヴァンパイア・ブライドも拍手をしていた。浮かれる気持ちを窘めながら、シャルティアは目的の行動に移る。
「それでは聞かせてほしいんでありんすが、そなたの周りに、武技が使える者はおりんすか?」
「なんだよ親友。そんな事か。おお、居るぜ。この先の、アジトに居るヤツが使えたはずだ。名は、確か………………ブレインだ。ブレイン・アングラウスってヤツだ」
「ブレイン、でありんすかぁ」
シャルティアは、そうポツリと呟くと
「その者は、強いんでありんすかぇ」
そんな疑問を投げかける。
しかし、これは当然の事だ。ナザリックの僕達にとって、任務とは、主の命に則り、己が命を賭してもやり遂げなければならない物である。だが、そうは言っても、結果が付いてこなければ、意味が無い。そして、結果を残しても、その結果が主に落胆される様な物ではあってはならないのだ。だからこそ、シャルティアは疑問を口にするのだ。
「ああ、強い。それは心配ないぞ、親友。ブレインはな、あのガゼフ・ストロノーフを、あと一歩まで追い詰めたヤツだからな」
「ガゼフ・スト、スト、スト……」
「ガゼフ・ストロノーフで御座います、シャルティア」
「わ、解っていんす」
真っ赤になり、恥らうシャルティア。
だが、セバスの方は何か感慨深そうな表情を浮かべる。
「どうされました、セバス様?」
それに気づいたソリュシャンが、心配げに言葉を掛ける。
「いえソリュシャン、心配は無用です。なに、彼の者の名を、此処で聞くとは思っても居ませんでしたので」
そう言って、セバスは柔らかな笑みを浮かべる。
「セバス。ガゼフなる者、知っていんすか?」
「ええ。ビクトーリア様がお守りになった村で、出合った者で御座います。王国戦士長と言う立場で御座いましたな」
セバスの言葉を聞き、シャルティアは一瞬キョトンとした表情をするが、すぐににんまりとした笑みを浮かべ
「ならば、それを捕らえればミッションコンプリートでありんすね」
ガッツポーズで意気込みを現す。その姿をセバスは、笑みを浮かべながら見つめると
「ではシャルティア様、我らは此処で失礼させて頂きます」
「左様でありんすか。二人とも、またナザリックで会いんしょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セバス、ソリュシャンと別れ、シャルティアは野盗のアジトへと歩を進める。歩を進めると言っても、シャルティア自身は歩いては居ない。むくつけき男を先頭に、扇情的な衣装を纏ったヴァンパイア・ブライド二体が男に追従し、シャルティアは、その髪の長い方に横抱き、いわゆるお姫様だっこをされ進んでいる
そんな奇妙な一団も、目当ての場所へと辿り着く。そこは、うっそうとした森の中であって、木々が伐採され、開けた場所になっていた。その場は、くぼ地になっており、その底辺に洞窟があった。洞窟からは、僅かに明かりが見える。まさに、森の中の隠れ家、を地で言っている様な場所だった。
「あそこで間違い無いでありんすか?」
「ああそうだ、親友」
「罠、は?」
「単発的な物が幾つか。後は無いはずだ」
シャルティアは、質問を口にした後、天を仰ぎ見ると
「もういんす。吸って良し」
ヴァンパイア・ブライドに指示を出す。言葉が終わるか否や、ヴァンパイア・ブライド達は、男の首筋に牙を立てる。二体の吸血鬼に血を吸われ、数秒と待たず、男の身体は干からびて行った。
シャルティアは、それを見届けると、ヴァンパイア・ブライドを先頭にし、目的の場所へと歩き出す。十歩程歩いただろうか、ヴァンパイア・ブライドの髪の短い方の歩が止まる。そして、ゆっくりと振り向き
「シャルティア様、ベアートラップに引っ掛かりました」
ベアートラップ、いわゆるトラバサミだ。
「外しなんし」
「はい」
右足を拘束するトラバサミを、力ずくで開き、何事も無かった様に、一行は行進を再開する。
また、十歩程歩いただろうか、今度は、髪の長い方の姿がかき消える。
「シャルティア様」
その声は地面から聞こえた。
「落とし穴に、落ちました」
「上がりんす」
「はい」
そして、また十歩程歩いた時、二人のヴァンパイア・ブライドは同時に振り向く。
「「シャルティア様、警報に引っ掛かりました」」
「こぉんの、バカ共がぁぁぁぁぁ!」
シャルティアの絶叫と共に、警戒ベルの音が鳴り響く。
ヴァンパイア・ブライドを後ろに下がらせ、シャルティアは先頭で洞窟の入口を目指す。入口には、やはり野盗とおぼしき男が二人、警戒の任についていた。突然の警報に、緊張した顔をしていた男達だが、現れたのが美少女と美女二人。虚を突かれ、少々間抜けな表情へと変わる。
そんな、場の空気など気にもせず、シャルティアは男に声をかける。
「少々質問があるのでありんすが、ここに、えーと、ガ、ガ、ガー、ガゼフなる者はいらすかぇ?」
男達は首を傾げる。この娘は、一体何を言っているのか、と。ガゼフと言う男を探しているのか、それとも、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフを探しているのか。もし後者だとしたら、この娘は少々可哀そうな頭の持ち主である。男達が混乱からの沈黙でいると
「解りんした」
詰まらなそうに呟き、手を横に振るう。僅かに遅れて、足元でゴトリ、と音がした。目の前の男達は、首から上を無くし、力なく倒れながら、真っ赤な鮮血を吹き出す。だが、その血は地面に落ちる事無く、上空へと舞いあがる。その行く先は、シャルティアの頭上。そこで渦を巻く様に、球体へと形を変える。ブラッド・プール。吸血鬼のスキルの一つである。
その後、洞窟の内部へと足を踏み入れたシャルティア一向。出あう者一人一人に、ガゼフの居所を尋ねる。が、誰一人として知らず、皆首を刎ねられる結果となった。
ヴァンパイア・ブライド達は、溜息と共にシャルティアの行動を見つめる。明らかな勘違いをしているのは明白だが、先ほどの叱責の為、恐怖で進言は出来なかった。
何十体もの屍を従え、一行は洞窟中ほどに到達する。前には、またしても男が立塞がっていた。だが、目の前の男は、今までの者達とは、明らかに違っている。男から感じる雰囲気は、余裕、そんな感じを受けた。シャルティアが声を掛けようと口を開こうとした時、男の方から声がかかる。
「随分と遊んでくれたみたいだな」
自然体で、そんな言葉を投げかけて来た。シャルティアは、心の中でニンマリと笑みを浮かべる。表面上は優雅な姿勢を崩さずに。
「そなたなら、わたしの問いに答えてくれそうでありんす。ガゼフはどこでありんすか?」
投げかけられた問いに、男は不思議そうな表情で返す。これは、今までの男達と同じだ。シャルティアは何度目かの溜息を吐き、男の命を断とうと動く。
だが、シャルティアが僅かに動いた瞬間、男が口を開く。男が幸運を掴んだ瞬間だった。
「ガゼフ? それはもしかして、ガゼフ・ストロノーフの事か?」
「そ、そうでありんす!」
シャルティアの必死な表情を見て、今度は男がため息を漏らす。
「ガゼフを探すなら、ここは御門違いだ。あいつは王国戦士長だぞ、探すなら王都だろうが」
「あ……れ? 王国戦士長が、ガゼフ?」
「そうだ」
「では、わたしは誰を探していんす?」
男は両手を上げ、首を横に振る。
シャルティアは、両手で頭を抱えながら、ガックリと膝を着く。その姿を見てはいられぬと、髪の長い方のヴァンパイア・ブライドが近寄り、耳打ちをする。その瞬間、シャルティアに生気が戻り立ちあがった。
「解りんした。わたしが探している者は、ガゼフではありんせん」
「大丈夫か、お嬢さん?」
「心配ご無用、大丈夫でありんす。わたしが探していたのは! ブ、ブ、ブ?」
そこで止まってしまう。シャルティアは後を振り向かずに、手招きでヴァンパイア・ブライドを呼び寄せる。
「あー、何て言いんした?」
「――――――」
ヴァンパイア・ブライドの耳打ちに、シャルティアは頷き
「ブレイン・アングラウスでありんす!」
胸を張り、誇らしく言い切る。
「あー、それで。そのブレインに何の用だ?」
「ブレインなる者、武技が使えると聞きんす。それが事実ならば、わたし達の下へ、ヘッドスライディングしに来たんでありんすぇ」
「ヘッドスライディング?」
「そう言っていんす」
「ヘッドスライディングって、滑り込みの事だが?」
「ち、違いんす! 言い間違えでありんす! ヘッドバンキング!」
「頭を振ってどうする」
「あ……れ?」
シャルティアは首を傾げる。
「もしかしてだが、お嬢さん。ヘッドハンティング、か?」
言われてシャルティアは後ろを振り向く。その答えとして、バンパイア・ブライド達は、首を大きく縦に振った。
「………………こほん。ブレインなる者を、ヘッドハンティングしに来たでありんす!」
「ふーん」
男が興味なさげに返事を返す。
「それで、ブレインなる者は、どこにいんす?」
「俺だ。俺がブレイン・アングラウスだ」
男、ブレインは疲れた声で名乗りを上げた。
「そうでありんすか! ならば、武技なる物、見せて貰いんす?」
「その前に、お前ら、何者だ?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、ブレインはそう口にする。名のらなければ、殺す、と。だが、シャルティアは緊張感を微塵も表に出さず、にっこりと笑うと
「わたしの名は、シャルティア・ブラッドフォールン。残酷で冷酷で非道で――――そいで可憐な化け物でありんす」
言い終わった瞬間、場を強大なプレッシャーが覆う。
ブレインは、シャルティアの赤く、妖しく光る瞳から眼をそらし
「ヴァンパイア、か」
「真祖、でありんすぇ」
「ふん」
ブレインは、シャルティアを倒すべき敵と認識する。腰を落とし、左足を引き、右手を刀へと持って行く。同時にシャルティアも迎撃に向け、歩を進める。ゆっくりとだが、二人の距離は縮まって行く。
ブレインは、一瞬のタイミングを見定める為に、神経を集中させる。ブレイン、必殺の武技。それは、領域と呼ぶ探知フィールドと、神閃と呼ぶ居合いの組み合わせ技である。名は、秘剣――
ブレインは精神を研ぎ澄まし、領域から来る情報に集中する。シャルティアが、一歩、また一歩とその場へ、ブレインの狩り場へと近づいて来た。
勝負は一瞬、その時をブレインは逃がさぬよう、目の前の敵を凝視する。
コトリ、コトリと靴を鳴らし、ドレスの裾を揺らし、シャルティアは近づいて来る。
後、三歩。コトリ。後、二歩。コトリ。後、一歩。コトリ………………シャルティアの首目がけて閃光が走る。
勝負は決まった。
ブレインの敗北、と言う結果で。ブレイン渾身の一撃は、シャルティアによって防がれる。その刃を掴む、と言う原始的な行為によって。
「なかなか早い斬撃でありんすねぇ。これで武技とやらを使えば、どうなるんでありんしょう。さあ、遊びは終りでありんすぇ。次は武技を使ってくんなまし」
そう言ってシャルティアは踵を返し、元の位置まで戻ろうと歩き出す。
だが、背後でくぐもった声が微かに響く。不思議に思い、シャルティアは振り返る。そこには、ガックリと膝を着き、目に涙を浮かべるブレインの姿が。
「あ……れ? どうしたでありんす? 武技でありんすよ、武技、ぶーぎ」
だが、ブレインはシャルティアの声が聞こえてはいないかの様に、ただ、呟いていた。
「俺は、俺は………………」
その光景をじっと見つめていたシャルティアだが、一つの可能性に行きつく。
「ひょっとしてぇ……すでに武技を使っていたのでありんすか?」
この言葉に、ブレインはコクリと頷いた。
「申し訳ありんせん。まさか、これほど弱いとは思っても見んせんした。ニンゲンとは、いと悲しき生き物でありんす」
そう言ってシャルティアは、可憐な微笑みを見せる。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブレインはその場から逃げだした。それは、恐怖からでは無く、シャルティア・ブラッド・フォールンと言う現実からの逃走だった。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ努力を積み重ねても、決して辿りつけない強者、と言う現実から。自分が目指して来た頂点が、実は階段の一つ目だったと言う事実から。
「あ……れ? あれれ? ちょ! 待ちなんし!」
叫びながらシャルティアは手を伸ばすが、空を切るばかりだった。
「あー、しくじりんした! お前達、追うでありんす!」
シャルティアは、ブレインを追う為に、一歩を踏み出す。
だがその時、背後のヴァンパイア・ブライドから声がかかる。
「シャルティア様」
「なんでありんすか!」
「洞窟の外に、新たな人間の反応があります」