「あの男をどうしますか? シャルティア様」
「外の人間をどう致しますか? シャルティア様」
洞窟の入口側と、奥側、それぞれにヴァンパイア・ブライドが立ち、シャルティアに指示を仰ぐ。だが、急に訪れた事態にシャルティアは混乱の中に居た。頭を抱え、身もだえするが、どう判断を下すのが正解なのか解らない。それでもヴァンパイア・ブライド達は、指示を待つ。
「「シャルティア様」」
「うるせぇ! 今、考えてんだろうーがぁ!」
洞窟内にシャルティアの怒声が響く。最早、決められた郭言葉も忘れるほど、シャルティアは焦りを顕にしていた。
「あー、もう! お前は男を追いなんし! ブレイン以外は、殺して良し! お前は、わたしと外!」
最終的に、ブレインはヴァンパイア・ブライドに任せ、自身は未知の集団へ向かうと決定する。髪の短い方のヴァンパイア・ブライドが、闇に消えるのを確認し、シャルティアは外へと歩き出す。
「あれでありんすか?」
「はい。シャルティア様」
洞窟の入口から、敵、と思われる一団に眼を向ける。
「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー。六人でありんすか」
男が五人に、女が一人。
「いかが致しますか?」
ヴァンパイア・ブライドの問いに、シャルティアはにっこりと可憐な笑みを浮かべ
「まずは、あいさつでありんしょう」
そう言って、夜空へと飛び立ち、集団の前へと降り立つ。場は、ざわめきに包まれる。「誰だ?」「何者だ?」などの言葉が飛び交い、一瞬にして六人は統制を失っていた。
「初めまして、でありんす。この中で、武技が使える方はいんすかぇ? 使えるならば、特別に殺さんでおいてあげんす」
だが、目の前の集団は動揺が広がるばかりだった。
その光景を、ひどく詰まらなそうに見つめ
「解りんした。ならば……一方的に楽しませてもらいんす」
言い終わるか否や、シャルティアの手刀が空を切った。その結果、一番近くに居た者の首がゴトリと落ち、鮮血が宙に舞い、地を濡らす。そして、シャルティア・ブラッドフォールンも。
「あは、あははははははははははははは!」
突如、シャルティアが奇声を発しながら笑いだす。
「ふんすい………………きでえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
シャルティアの、その可憐な姿が、醜く変わる。血の狂乱。ヴァンパイアの種族的なペナルティだ。元々、攻撃力が高いヴァンパイアが、血の狂乱が発動すると、さらに攻撃力を上げる事が出来る代わりに、知力が著しく低下し、バーサーカーとなる。それに伴い、NPCとして幾ら美しくデザインしても、元のモンスターとしての醜い姿を晒す事になる。シャルティアもこの例に漏れず、艶やかな銀髪は縮れボサボサになり、可憐さを見せる瞳は大きく見開かれている。
そして、艶やかな唇は、ヤツメウナギを思わせる物となる。
「ヴァ、ヴァンパイア!」
集団の一人が、この言葉を口にした瞬間、その胴はシャルティアの舌で貫かれる。
「きゃははははははははは! あそびましょおおおおおおお!」
その咆哮とも取れる叫びと共に、貫いた者を足場に次の者へと牙をむける。首を撥ね、腕を撥ね、足を捥ぎ、血を吸い尽し数分と経たずに五人が屍へと変わる。
「さぁいごー。おんなぁ。でざぁーとぉ。でざぁーとぉ!」
女、ブリタの顔に血生臭いシャルティアの唇が近付く。その日焼けした頬を、血と涎で滑付く舌でペロリ、ペロリと舐め
「でざーと、でざーとぉ」
呟きながら、味見をする様に弄んでいた。
ブリタは、振るえる身体と、気を抜けば手放しそうになる意識を必死に繋ぎ止める。地面を握る手も、何とか身体を支える事が出来る程度。ブリタは必死に生き残る術を探る。だが、圧倒的な強者である、目の前の化け物から逃れる術は無い。それでも生存本能、とでも言うのか、恐怖で彩られた意識はそれを探る。
ブリタは、振るえる右手を胸元に這わせると、自身の首に掛る金属のチェーンを引き吊り出した。一縷の望みを賭け、チェーンに繋がれたペンダントトップをかざし
「ア、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」
あの日教えられた魔除けの言葉を口にする。成功か、失敗か。生か、死か。涙が溢れるその瞳で、じっとシャルティアを視界に留める。
「ほえ?」
今の今まで奇声を発していた化け物は、間抜けな声を漏らした。
そして、歪な指でペンダントトップを興味深く突いている。
「あいんず・うーる・ごうん……?」
シャルティアの眼に映る物は、確かにアインズ・ウール・ゴウンの紋章。
二度、三度と首を傾げながら、動かない頭を働かせる。
「お前、これをどこで手に入れんした!」
ブリタに言葉をかける化け物は、可憐な少女の姿に変わっていた。
「え?」
「どこで手に入れたと聞いていんす!」
「エ、エ・ランテルの宿屋、で」
「誰から!」
「き、奇麗な金髪の女性……」
金髪の女性、と聞いてシャルティアの脳裏には二人の人物が浮かぶ。一人目はプレアデスが三姉、ソリュシャン・イプシロン。そして、二人目は、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。前者であった場合、自らの主アインズ・ウール・ゴウンが関わっている可能性がある。後者の場合は、目的がさっぱり解らない。下手をすると、単なる愉快犯の可能性すらある。そして、同じくらい長期的な目論見も考えられる。
スライムか、駄巨乳か………………シャルティアは二つの選択肢の間で揺れ動く。あちらか、こちらか、悩み続けるシャルティアの頭の中では、ローション塗れの巨乳美女の映像が出来上がっていた。そして、もてあそばれる自分の姿が。
「………………えへへ」
「シャルティア様」
シャルティアはヴァンパイア・ブライドの呼びかけにより、無事現世に帰還をはたす。大急ぎで涎を拭き、表情を引き締める。
「そ、それでどんな姿でありんした! 胸は……両方とも大きいでありんすね。服装は……二人ともドレスでありんした。えーと、えーと、せ、性的嗜好は……両者サディストっぽいでありんすね。性格! ダメでありんす。どう見ても腹黒さしか感じられんす」
頭を抱え、うーうーとシャルティアの悩みは続く。
「シャルティア様、髪型を聞いてみてはいかがでしょうか?」
背後からヴァンパイア・ブライドが助け船を出す。
「そ、そうでありんす! 髪は! クルクルでありんすか?」
ブリタは一瞬戸惑いを見せるが
「いえ。真っ直ぐな奇麗な髪で、それと……金色の瞳」
「! それを先に言いなんしー!」
シャルティアは絶叫と共に理解した。
「おまえ、そいつから、お姉さまから何て言われんした! あいつらも皆、お姉さまの手駒でありんすか!」
ブリタの胸倉を掴み、その赤い双眸に光を覗かせながら問い詰める。吸血鬼のスキルである魔眼、魅了の効果があるスキル。
「いえ。私達七人は冒険者組合からの依頼で、野盗討伐に来ました」
トロンとした目つきでブリタはそう答える。
「七人! もう一人は、どこでありんす!」
「レンジャーが離れた場所に。私達に何かあったら、協会に連絡が取れる様に……」
この言葉を聞き、シャルティアは突き放す様にブリタを捨てると
「くー! 眷族よ!」
その言葉が引き金となり、シャルティアの影が蠢く。現れたのはヴァンパイア・ドッグが数体。
「行きなんし!」
号令一過、犬達は森へと消えて行った。
「お前は、コイツを捕まえていんす!」
ヴァンパイア・ブライドに指示を与え、シャルティアは夜空へと身体を投げ出した。うっそうと茂る原生林の中、その中で一際高い樹の上にシャルティアは降り立つ。身動き一つせず、眷族からもたらされる情報を、一心に精査する。
「え? ヴァンパイア・ドックの反応が……消えた?」
シャルティアは反応が消失した方角に視線を向けると、若干の焦りと共に場を後にした。
木々の先端を跳ねる様にシャルティアは移動を続ける。暫しの時を要して、目当ての場所が眼に映る。その場には、完全武装と思われる装備で固めた集団が。その数、十二名。シャルティアはその先頭に立つ、黒い鎧の男に視線を向ける。
「アイツ、強い!」
同時に武装集団も、シャルティアの存在を確認する。
「全員、戦闘準備」
男はそう言って、槍を構えた。