OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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氷結牢獄

 ナザリック地下大墳墓。その第六階層にある、星青の館、その書斎のドアが、小気味良いノックの音を立てる。入室許可の返事が返り、それに反応しドアがガチャリと開く。現れたのは、愛欲の通い妻、守護者統括アルベドである。部屋に入り、礼儀正しく腰を折るが、正面に目的の人物は居なかった。

 

「あら?」

 

 小さく声を漏らし、室内を視線で探れば、その人物は珍しい事に、右手側のソファーに腰掛けていた。同じくソファーには、番外席次、ニニャ、クレマンティーヌの姿が。

 

「皆様、モーニングティーで御座いますか?」

 

「そうじゃ。たまには、こう言うのも良い物じゃと思うてな」

 

 アルベドの問いに、カップを傾けながらビクトーリアが答える。そんな言葉が交わされる中、番外席次が席を立ち、アルベドに座る様に促す。その位置は、ビクトーリアの隣、特等席である。そして、番外席次はクレマンティーヌの隣へ。アルベドが着席すると、すかさずニニャがカップを出し、紅茶を注ぐ。だが、ここで再び番外席次が口を開く。

 

「申し訳ありません、アルベド様。いらっしゃる事を知りませんでしたので……スコーンが」

 

 番外席次の言いたい事は、こうである。アルベドの訪問を、予期していなかった為、茶菓子を用意していなかった、と。だが、アルベドは気分を害す事は無く、逆ににっこりと妖艶な笑みを見せると

 

「別に謝る事では無いわ。それに………………御菓子が無いなら、王様を食べれば良いじゃなーい」

 

 そう言いながら、ビクトーリアにしな垂れかかる。アルベドのこの行動に対しての反応は、それぞれバラバラだった。番外席次は拍手喝采で肯定し、憧れの眼で見つめるが、クレマンティーヌに至っては、若干引いている。そしてニニャは、にっこりと暖かい瞳で見つめていた。当のビクトーリアは、最早諦めの境地でこの程度のセクハラには、無抵抗作戦を決め込んでいる。そんな強者同士のイチャコラを、半眼で見つめていたクレマンティーヌだったが、口元を隠しながら、隣に座る番外席次に言葉をかける。

 

「ねえ、あの色ボケって誰?」

 

 そんな言葉を言った瞬間、番外席次の強烈な肘が鳩尾に入った。

 

「バカ! あんた殺されるわよ。普段はくねくねしているだけだけど、アルベド様は私より強いんだからね!」

 

「マ、マジ?」

 

 クレマンティーヌの驚きに、番外席次は頷きで返す。驚きと共に、クレマンティーヌはじっとアルベドを見つめる。強者から、さらに強いと言われた者は、幸せを抱きしめ、くねくねしていた。

 

「アルベドー。そろそろ放してくれんかのう。窒息しそうじゃ」

 

 ビクトーリアから解放の願いが告げられる。

 

「はぁい。では、続きまして、私がビッチ様のお胸で窒息を……あら?」

 

 とろけ切っていたアルベドの表情が、真面目な物へと変化した。そして、すぐに立ち上がると虚空に手を伸ばす。

 

「管理者権限発動。マスターソース、オープン」

 

 アルベドの呟く様な言葉と共に、空中に光の壁が現れる。マスターソース、ナザリック地下大墳墓の管理システムだ。その光の壁に対してアルベドは、右手を上下左右に動かし、何かを確認し

 

「ビクトーリア様、シャルティア・ブラッドフォールンが反逆しました」

 

 簡潔に言葉を綴る。

 

「なに?」

 

「マスターソースに綴られた名前が、裏切りの意を表しています」

 

 アルベドが迷いなく言い切る。

 

「モモンガさんは、今何所に?」

 

「恐らくは玉座の間、かと」

 

 その言葉を聞き、ビクトーリアは部屋の隅に置いてあった木箱に手を伸ばす。そこから指輪を一つ手に取ると、アルベドへ向けほおり投げた。

 

「ビクトーリア様、これは……」

 

「緊急だ、使え。今の事をモモンガに伝え、二人でお前の姉の下へ向かえ。妾もすぐに行く」

 

「第五階層 氷結牢獄、で御座いますね」

 

「そうじゃ」

 

「畏まりました」

 

 その言葉を残し、アルベドはリング オブ アインズ・ウール・ゴウンの力によって転移した。アルベドを見送ったビクトーリアは、書斎机に腰掛け腕を組む。

 

(裏切り、シャルティアが? 可能性が有ると言えば、精神支配だな。しかし、シャルティアはアンデッドだぞ。………………ひょっとすると、アレが絡んでいる可能性も?)

 

「雌猫、ついてまいれ。小娘と魔女っ娘は待機。行くぞ」

 

 言い終わり部屋を出るビクトーリアを、クレマンティーヌは必死で追いかけた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「それで、ビッチさんは何と?」

 

「はい、第五階層 氷結牢獄へ向かえと」

 

「お前の姉の所だな」

 

 そう言ってアインズは、骨の指で顎を撫でる。

 

「セバスとソリュシャンも一緒に居たはずだが?」

 

「確認いたしましたが、シャルティアの反逆は、二人と別れた後の様です。それと、ヴァンパイア・ブライドが二体、護衛に付いていましたが、行方不明です」

 

「そうか。マスターソース、オープン」

 

 アインズの前に、光の壁が現れる。それを、先ほどアルベドがしたのと同じように操作する。画面を切り替え、スクロールし目当ての情報が記載されたページへと進んで行く。

 

「成程。疑いはなさそうだな」

 

 そう呟きながら見つめるページには、全NPC達の名前が白文字で記されていた。だが、シャルティアの名前だけは、黒で表示されている。

 

(うーん。この状態はゲーム時代だと、一時的に精神支配され敵対した時の物と同じだよな。と言う事は、シャルティアは精神支配された事になる。でも、ホントにそうなのか? シャルティアはアンデッドだぞ。アンデッドの精神作用無効を抜く程の魔法かアイテムが? それとも、シャルティアの意思? 可能性はあるな、エクレアの様に、ペロロンチーノさんが何か仕込んでたとしたら………………考えても仕方無いか。やっぱりビッチさんの言う通り、現状確認が先だよな)

 

「アルベド。ここで考えていても仕方が無い。行くぞ」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 そこで言葉を切り、二人はリング オブ アインズ・ウール・ゴウンを発動させる。

 

 

 

 

~ナザリック地下大墳墓 第五階層~

 

 第五階層。

 

 そこは、氷と雪が支配する世界。

 

 目指すは、そこにある氷に閉ざされた館、名を氷結牢獄。

 

 アインズは館の重い扉に手を掛け、ゆっくりと開けて行く。館の中は、暗く、敷かれた赤い絨毯には、所々に黒い染みの様な物が見える。まるで、ホラー映画の舞台を見ている様だった。

 

「ふふっ」

 

「どう致しましたか、アインズ様」

 

 アインズから、僅かな笑みが漏れる。

 

「いや。此処を見ると、タブラさんを思い出してな」

 

「タブラ・スマラグディナ様を、ですか?」

 

 タブラ・スマラグディナ。ギルド アインズ・ウール・ゴウン 至高の四十一人の一人であり、アルベドの創造主でもある。そして、此処氷結牢獄の製作者。そのタブラ・スマラグディナが、ホラー映画趣味丸出しでデザインしたのが此処だ。

 

 アインズは一定の歩幅で館の廊下を進んで行く。無機質だった館は、目的の場所へと近づいて行くと、徐々に調度品などが増えて行く。飾られるフレスコ画は、全て優しげで母性を現した物。

 

「そろそろか」

 

「はい、アインズ様」

 

 アルベドはそう言うと、壁に向け両手を差し出す。すると、壁から半透明な腕が伸び、アルベドに赤ん坊の人形を落とす。人形をしっかりと受け取り、それをアインズへ。

 

「本当に気持ち悪いな」

 

 人形を受け取ったアインズは、それをしげしげと見つめ、素直な感想を口にする。人形は何と言うか、いわゆるホラー映画の小道具的な、廃墟に落ちている様な所々ひび割れた姿をしていた。少々ゲンナリとしながら、アインズは目的の場所へと繋がるドアを押し開ける。室内はがらんとしており、壁は漆喰が剝がれ落ちボロボロだ。

 

 そんながらんとした部屋の中央に、ゆり籠が一つ置かれ、その脇に女性が一人、それを揺らしながら背を向けて立っていた。そして静寂が支配していた室内に、声が響き始める。赤子の泣き声と思われる声は、一人では無く、何十と言う声。その声は徐々に大きくなり部屋中に響き渡る。それが合図となり、女性の動きがピタリと止まる。

 

「始まるな」

 

「はい」

 

 女性はゆり籠内の物を手に取ると、プルプルと震え出し、それを壁に向け投げ捨てる。バラバラになったそれは、赤ん坊の人形だった。

 

「ちがうちがうちがう、わたしのこわたしのこわたしのこぉーーー!」

 

 女の絶叫が響き渡り、それに呼応する様に、鳴り響いていた声の主達が姿を現す。床から、壁から、天井から、部屋のありとあらゆる場所から、それは這い出てきた。腐肉赤子(キャリオンベイビー)と呼ばれる、Lv10程のモンスター達だ。なかなかのこだわり、とアインズが関心していると、女はどこからか巨大な鋏を取り出し

 

「おまえたちおまえたちおまえたち、こどもをこどもをこどもを、さらったなさらったなさらったなぁーーー!」

 

 絶叫しながら、襲いかかってくる。

 そんな状況でも、アインズは落ち着き

 

「うん。何と言うか、良く似た姉妹だな」

 

 素直な感想を零す。そう言っている間にも、鋏はアインズに迫る。しかし、アインズは落ち着き人形を差し出した。

 

「ほら、お前の子供はここだ」

 

 女は人形を受け取ると

 

「おおー」

 

 安堵の声を漏らし

 

「これはこれはモモンガ様、ご機嫌麗しゅう。それに、私の可愛い方の妹。お久しぶり」

 

「うむ。元気そうで何よりだ」

 

「お久しぶり。姉さん」

 

 何事も無かった様に、挨拶を交す。

 

「二グレド、お前には伝えて無かったな。私は名を変えた、これからはアインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼べ」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 この女性、名は二グレドと言い、アルベドの姉である。その容姿は、アルベドと瓜二つの美貌を持つNPC。だが、その顔に皮膚があれば、だが。

 

 二グレドは髪をかき上げると、その筋肉で構成された顔でニッコリとほほ笑み、歓迎の意を伝える。ハッキリ言って不気味であった。そしてアインズは、タブラ・スマラグディナと言う人物の悪趣味さを、改めて感じるのだった。

 

「アインズ様、今日は何用で?」

 

「うむ。お前の力が借りたくてな」

 

「ありがとう御座います。それで、どの様な?」

 

 二グレドの問いに、アインズは手をかざし待てとジェスチャーで答える。

 

「まだ来客がある。その者が来るまで暫し待て。それからアルベド、ビッチさんはこのギミックを知らないはずだ。お前は外で待機し、ナビゲートしてやれ」

 

「「畏まりました」」

 

 姉妹は声を揃え了解の意を示す。

 

 アルベドは指示通りドアの前で、愛しき者の到着を待った。暫しの時を持って、待ち人は現れる。

 

「ご苦労様です、ビクトーリア様」

 

「うむ。出迎え御苦労」

 

 言って手を挙げる。

 

「では、姉の下へ案内致します」

 

 そう言うとアルベドは、赤子の人形を差し出した。

 

 ビクトーリアは、手をひらひらとさせると

 

「あー、いらん」

 

 と、言葉を続ける。

 

「しかしビッチ様、このイニシエーションが無ければ、姉には会えませんが?」

 

「今は緊急事態の真っ只中じゃ、タブラの遊びに付き合ってやる時間は無い」

 

 そう言うと、ドアの左側の壁をノックした。すると、丁度胸の辺りの壁、五センチ四方がストンと開く。その中にはボタンの様な物が。ビクトーリアは、迷いなくそれを押し込んだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 二グレドの部屋の中で、アインズは不謹慎だと思いながら胸を躍らせていた。この恐怖の寸劇で、あの者はどんな表情をするのだろうか、と。あの顔が、恐怖で歪む瞬間を見れるのか、あの者はどんな悲鳴を上げるのだろうか?そのお楽しみの瞬間が、今始るのだ。ドアを開け、さあ早く開け、とアインズは念じた。今まさに扉は開かれる、だが……

 

 ピンポーン

 

 呼び出しチャイムの様な音が響いた。隣に佇んでいた二グレドは、さも当たり前の様に進み出て、「はーい」と朗らかな声と共に、自らドアを開ける。

 

「え?」

 

 アインズには事の流れが理解出来ずにいた。

 

 だが、そんなアインズを余所に

 

「久しいのう、二グレド」

 

「お久しぶりで御座います、ビクトーリア様」

 

 二人は何事も無く挨拶を交わす。

 

「しかし……痛そうじゃな」

 

「何がでしょうか?」

 

「うぬの顔のことじゃ。不便は無いのか?」

 

 ビクトーリアの問いに、二グレドは首を傾げると

 

「髪が少々べたつきますが、それ以外は」

 

「さようか」

 

 普通に会話をする二人に対して、混乱する二人。

 

「ビッチさん?」

 

「ビッチ様?」

 

「うん。なんじゃ?」

 

 言い淀む二人に対して、ビクトーリアは平然と言葉を返した。何かおかしな事でもあったのか、と。

 

「いやいや、ビッチさん。ギミックは? 儀式は?」

 

「うん? 何じゃ、アインズは聞いてはおらぬのか? 緊急時のギミック回避を」

 

「え、そんなんあったんですか?」

 

「タブラの奴が、ノリノリで教えてくれたが」

 

 ビクトーリアの言葉に、アインズの顎がカクンと下がり

 

(タブラさぁぁぁぁぁぁぁぁん!)

 

 心の中で、彼の者の名を叫ぶのだった。

 




作中でのニグレドのセリフですが、ギミック発動中は読点が無いのがデフォルトです。
書籍内でも、そう表記されていましたので、そのままとしました。
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