OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

55 / 115
霊廟

「プレアデス、ユリ・アルファ」

 

「プレアデス、CZ2128・Δ」

 

「「お呼びにより、参上仕りました」」

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間に、透き通るような声が響く。その姿を確認し、「うむ」と承諾の声をアインズは口にしようとする。だが、それを遮る様にアルベドの身体が動いた。疾風、とも言える速度で、デュラハンであるユリの首をかすめ取ると、玉座とは逆方向、入口付近に陣を取る。どうやらユリは、アルベドに何か詰問されているようだ。それは、残されたユリの身体の動きで判断出来る。体の前で、手を違う違うと振ってみたり、落ち着けと上下させてみたり、と。アインズは、そのレアな光景を興味深げに見つめていた。

 

 どれほどの時が経っただろうか、入口付近からアルベドの「よっしゃーー!」と言う勝鬨が響く。その終焉の声に、アインズは深く頷いた。これで、本題に入れると。アルベドは、満面の笑顔を持って帰還を果たす。その途中で、ちゃんとユリの首を返還する事も忘れてはいない。立場的に、アインズはこの行動を咎めなければならないのだろうが、隣に立つ幸せオーラを全開にするアルベドには、何も言えなかった。いや、言っては成らない気がした。何か言えば、さらなる混乱を招きそうな気がしてならなかったからだ。

 

 アインズは、ゆっくりと玉座から立ち上がると、ユリとシズの前まで歩み出て、二人にリング オブ アインズ・ウール・ゴウンを手渡す。此の行為に、ユリ、シズ共に眼を見開き、驚きを顕にするが、これを渡される程の事態が起こっている事に対し、緊張感を持って、背筋を正した。

 

「ユリ、シズよ。事態はアルベドから聞いているだろうが、これから宝物殿へと向かう」

 

「「畏まりました、アインズ様」」

 

「うむ。では、行こうか」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「これは……」

 

 転移した先で、アルベドから驚きの声が漏れる。ユリ、シズも同様の心情だったが、何とか声を殺す事に成功する。

 

「うわぁ」

 

 いや、シズは誰のも聞こえない程の声で、驚きを表していた。

 そこに有った物は、大量のYGGDRASIL金貨、宝石、剣や杖など。それらは、誇張や、比喩を抜きにして、山の様に積まれていた。

 

「うん? ユリやシズはともかく、アルベドも宝物殿に入るのは初めてか?」

 

「はい。ギルドの指輪が無ければ、入る事叶いませんので」

 

 アルベドの答えに、アインズは納得の意を示すが、一つ気になる事があった。

 

 アインズは、アルベドの、その白魚の様な指に輝く紅玉の指輪に視線を落としながら

 

「アルベド、その指輪はどこで手にいれた?」

 

「これで御座いますか?」

 

 アルベドは指輪を撫でながら答える。それは大事そうに。その姿は、まるで婚約指輪を愛でる様に。

 

「ビッチ様から、お預かりしています」

 

「ビッチさんから? ……そうか」

 

(ビッチさんから? ギルドの指輪を? あの駄巨乳、一体どこで手に入れたんだ? アイツの事だ、どうせ碌でも無い方法だろうが……)

 

「では行くぞ」

 

 アインズは皆にそう言うと、マス・フライ(全体飛行)の魔法を唱える。全員の身体が宙に浮き。金貨の山を飛び越え、その先にある扉へと辿りつく。扉、と呼んではいるが、それには開くべき戸は無い。ただ、四角く闇があるだけだ。その闇を前にして、アインズは指で顎を撫でる。

 

(えーと、何だっけ? まったく、二グレドのギミックと言い、タブラさん凝り過ぎなんだよなぁ。パスワード、だよなぁ)

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 その言葉に呼応し、闇に文字が映し出される。

 

(ラ、ラテン語、か? ヒントを請求する言葉を使っても、読めなきゃ意味ないじゃん! まったく、タブラさんのバカ!)

 

 アインズは心の中で、かつての仲間に毒付きながら、必死でパスワードを思い出そうと記憶の旅を続ける。

 

(まあ、シズに聞けば解決するんだけどさぁ。それじゃあ、俺がダメ支配者と思われるかも知れないし……)

 

「えーと、確か…………かくて汝、全世界の栄光を我が物とし……暗き物は全て汝より離れ去る、だろう――だったか」

 

 言い終えてアインズは後を振り向く。その視界に映るシズが、小さく頷くのが見える。

 

 CZ2128・Δ。プレアデスが一人であるこの少女。ストロベリーブロンドの髪と、翡翠の様な瞳が印象的だ。だが、この少女を象徴する物は、また別にある。YGGDRASILで行われた、大型アップデートの一つ、ヴァルキュリアの失墜。そこで追加された種族、オートマトン(自動人形)が、彼女の種族となる。それまでの種族、職業は、比較的ファンタジー要素の強い物が多かったが、このアップデートにより、銃器を使用出来る職業や、オートマトンの様な機械的な種族も追加されたのだ。

 

 そして、もう一つ。ナザリックのギミックの多くを設定したのは、アルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナなのだが。同じくらいギミックの設定をしていた人物がいた。名をガーネットと言い、彼が創造したNPCがシズである。そのため、一つの要素として、ナザリック全てのギミックとその解除法を知る、と言う設定がなされている。

 

 そのシズが、肯定の意を表したのだ。アインズは心の中で、ほっと一息吐いた。

 

 アインズ達が扉、闇をくぐると、そこは長い通路に出る。両の壁には四角いへこみがあり、その場所には様々な武器が収納されていた。アルベド、ユリ、シズはそれを横目に見ながら、アインズに続き通路を歩く。百メートル程は歩いただろうか、目指すべき明かりが眼に留る。

 

 通路を抜けた先、そこには広い空間が広がる。何も無い、空虚な空間の中央に、三人掛け、であろうか――ソファーが二対、対面に置かれ、その間にテーブルが一脚。サイドには、ランプスタンドが一つと、ソファーを挟ん反対側に帽子掛け、だろうか?横に何本か短い棒が付き出るポールが一つ。アインズ以外の者達は、その光景を珍しそうに眺めていた。

 

 その時、ソファーで何かが動く。ユリとシズは、アインズの前に進み出て、敵対の姿勢を取る。その行動をまるで意識していないかの様に、眼前の者はゆっくりと立ち上がった。その者の姿を確認し、最も驚きを顕にしたのは、アルベドだ。

 

「タ、タブラ・スマラグディナ様!」

 

 そう、一行の目の前に現れたのは、アルベドの創造主、タブラ・スマラグディナ。だが、次の瞬間、タブラ・スマラグディナの姿が、グニャリと歪む。

 

「やまいこ様!」

 

 次に声を上げたのは、ユリだった。そして、その姿はまたしても歪む。次々に至高の四十一人の姿へと変わり、最後にはビクトーリアの姿を映し出す。その姿で、左手を胸に当て、右手を広く伸ばし、芝居の様な、道化師の様な姿勢で腰を折ると

 

「これはこれは、モモンガ様。その御尊顔、再び拝見出来る喜び、恐悦至極。そして、お嬢様方、ようこそ御出で下さいました」

 

 そう言って、不敵な笑みを浮かべる。黙って見つめるアインズの前と後ろで、殺気が吹きあがる。いや、後のアルベドからの物が前二人の物よりも若干強く感じる。

 

「ふう。パンドラズ・アクターよ、児戯は止めよ」

 

 溜息を吐きながら、アインズは目の前の者の名を呼んだ。

 

「パンドラズ・アクター?」

 

「うん? 知らぬのか、アルベド」

 

「いえ、守護者統括として、名と役職は確認していますが……」

 

「そうか。改めて紹介しよう。この宝物殿の領域守護者にして、ナザリックの財政面での統括者。パンドラズ・アクターだ」

 

 アインズの言葉に呼応し、目の前のビクトーリアが姿を変える。第二次世界大戦中のドイツ軍SSを思わせる、軍服、コート、帽子を身に纏った姿に。だが、その凝った衣装とは裏腹に、この者の顔には表情が無かった。いや、そうでは無い。ゆで卵を思わせる頭部には、穴が三つ空いているだけだった。誇張などでは無く、正に言葉通りに。

 

「ドッペルゲンガー」

 

 シズが、ポツリと言葉を漏らす。そう、パンドラズ・アクター。種族はドッペルゲンガーの上位種、グレータ―ドッペルゲンガー。

 

「して、我が創造主たる………………モモンガ様! 此の度はどう言うご用件で?」

 

 先程の落ち着いた言葉遣いとは変わり、妙な抑揚と大げさなポージングで、パンドラズ・アクターは言葉を綴る。

 

「うん。とりあえずパンドラズ・アクターよ、私は名を変えた。これからは、アインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼べ」

 

「おお! 我が創造主様が、ギルドの名を! それは正に頂点! 世界の頂点へとお上りになられた事実! ではこれより、このパンドラズ・アクター! 創造主様の御名前を口にさせて頂く時は、トップ オブ アインズ様! とお呼び致します!」

 

 パンドラズ・アクターの綴る言葉で、アインズの精神は強制的に沈静化される。アインズはゆっくりとパンドラズ・アクターとの距離を詰め、その身体を壁際に追いやる。微妙な距離を保ちつつ、アインズの右手は、壁を叩く。

 

「はっ! ドンッ?」

 

 いわゆる、壁ドン、と呼ばれる態勢だ。

 

「おい。俺はお前の創造主、だよな?」

 

「その通りで御座います、トップ オブ アインズ様!」

 

 胸を両手で抱え、感動に震える様にパンドラズ・アクターはアインズの名を口にする。

 

「とりあえず、そのトップ オブはやめろ。これは命令だ。め・い・れ・い・だ!」

 

「りょ。了解しました。アインズ様」

 

「続いて二つ目の命令だ。今、この地にはビッチさんがいる」

 

「おお! かの御神体が! ぜひとも、ご挨拶を……」

 

「いや。絶対に会うな。いいな?」

 

「それは……理由をお聞きしても?」

 

 確かに、それ相応の理由は必要だろう。だが、アインズは明確な理由を口には出来ない。

 

(理由って言ったって、恥ずかしいから、じゃダメだよなぁ。コイツにだって意思はある訳だし。でも、ハムスケに乗っていただけで、あの爆笑だぞ。なのに、俺の息子と言って良いコイツが、こんな厨二病全開だと……)

 

「パンドラズ・アクターよ。これはナザリックの機密に関わる事だ。お前がビッチさんの姿を取れる事は、ナザリックの最高機密だからだ。納得したか?」

 

 アインズの言葉に、パンドラズ・アクターはゆっくりと啓礼の姿勢を取り

 

Wenn es meines Gottes Wille!(我が神の望みとあらば!)

 

「ドイツ語だったかぁぁぁぁぁ!」

 

 驚愕のあまり、左手も壁に叩きつける。

 

「ダブルドンッ!」

 

「それも止めてくれると、ありがたい」

 

 アインズの言葉に力は無く、最早懇願と言っていい物になっていた。パンドラズ・アクターは、それを不思議そうに見つめていたが、最後には了解の返事を返すのだった。

 

 アインズ、パンドラズ・アクターは密談を終え、淑女達の下へと帰還する。帰還はしたが、場の空気は微妙な物だった。その空気を払拭しようと、アインズは咳払いと共に、本題への突入を開始する。

 

「コホン。あー、これから最奥へ行く訳だが、アルベド、ギルドの指輪をユリに渡せ」

 

「どう言う事で御座いましょうか、アインズ様?」

 

 指輪をはめている左手を、右手でかばう様に握りながら、アルベドは疑問を口にする。

 

「うむ。ギミック的な物でな、この先の霊廟に入る時に、指輪を付けていると、トラップが発動するのだ。指輪の力を使わねば入れぬ場所にも関わらず、指輪をはめているとトラップが発動する。皮肉な物だろう?」

 

 そう言うアインズは、非常に楽しげに見えた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターの部屋を出、アインズ、アルベドの二人は、再び通路の様な場所に居た。

 

「アインズ様、ここは?」

 

「うむ。ここが宝物殿の最奥。ワールドアイテムの安置所である霊廟だ」

 

「霊廟、と申しますと?」

 

 アルベドの問に対し、アインズは前方を指差す。

 

「この先に、幾つかのくぼみが見えるだろう?」

 

「はい。!」

 

 優雅に返事を返したアルベドだったが、瞬時に表情を変える。アインズが指示した先、そこには奇妙な彫刻が幾体も存在していた。

 

「アインズ様?」

 

「うむ。これは私が創った物でな、皆の……仲間達の残滓の様な物だ」

 

「残滓……。それではこれは、封印結界にのみ込まれた至高の御方達の身体なのでしょうか?」

 

(みんなの身体、か。ある意味そうかも知れないな。みんなが居た証明、それはもう、此処にある、みんなが残した武器以外ないからなぁ)

 

「そ、そうだアルベド。いくつか空洞のくぼみがあるだろう。そこには、私の像が置かれる予定でな――」

 

「御止め下さい! そんな事を、そんな悲しい事を仰らないで下さい!」

 

 アルベドの声が、霊廟に響き渡る。それは、悲しみと、痛みを伴っていた。

 

「アルベドよ、シャルティアの精神支配は解く事が出来ると思うか?」

 

「そ、その為にワールドアイテムを取りにいらっしゃったのでは?」

 

「いや、ワールドアイテムは、守護者達に持たせるためだ」

 

「で、では、シャルティアへの対応は?」

 

 涙で顔を濡らしながら、アルベドは疑問を口にする。その悲しみの表情を、アインズは直視できなかった。これから自分が口にする言葉は、残酷で、冷酷な物だからだ。彼ら、彼女らは、この世界では魂を持ち、生きているのだ。だが、アインズとビクトーリアが出した結論は、彼ら、彼女らを駒として扱う事に他ならない。だからこそ、アインズはアルベドの顔を見る事が出来なかった。アルベドに背を向け、かつての仲間達の残滓だけを、その空洞の瞳に映しながら、アインズは口を開く。

 

「シャルティアを殺す。そして、復活、と言う手段だ」

 

 アインズの言葉に、アルベドはすぐに返事を返す事は出来なかった。項垂れる様に、頭を下げ、あの妖艶な顔は、今は黒髪に隠れて見る事は叶わない。

 

「そ、それでは、ビクトーリア様とアインズ様、お二人でシャルティアに?」

 

「いや。私、単騎で当たる。これ以上ビッチさんに――」

 

「ホールド オブ グレイプニル」

 

 アルベドの言葉と共に、アインズの足もとに青い光を放つ魔方陣が出現し、そこから現れた鎖が、アインズの身体を捕縛する。

 

「こ、これは!」

 

 アインズは驚愕の声を上げる。その声を聞きながら、アルベドはゆっくりと立ち上がった。

 

「ア、アルベド! コレを、ホールド オブ グレイプニルを解くのだ!」

 

「申し訳ありません、アインズ様。それは出来ません。」

 

「何故だ!」

 

「これは、ビクトーリア様からのご指示ですので」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。