「プレアデス、ユリ・アルファ」
「プレアデス、CZ2128・Δ」
「「お呼びにより、参上仕りました」」
ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間に、透き通るような声が響く。その姿を確認し、「うむ」と承諾の声をアインズは口にしようとする。だが、それを遮る様にアルベドの身体が動いた。疾風、とも言える速度で、デュラハンであるユリの首をかすめ取ると、玉座とは逆方向、入口付近に陣を取る。どうやらユリは、アルベドに何か詰問されているようだ。それは、残されたユリの身体の動きで判断出来る。体の前で、手を違う違うと振ってみたり、落ち着けと上下させてみたり、と。アインズは、そのレアな光景を興味深げに見つめていた。
どれほどの時が経っただろうか、入口付近からアルベドの「よっしゃーー!」と言う勝鬨が響く。その終焉の声に、アインズは深く頷いた。これで、本題に入れると。アルベドは、満面の笑顔を持って帰還を果たす。その途中で、ちゃんとユリの首を返還する事も忘れてはいない。立場的に、アインズはこの行動を咎めなければならないのだろうが、隣に立つ幸せオーラを全開にするアルベドには、何も言えなかった。いや、言っては成らない気がした。何か言えば、さらなる混乱を招きそうな気がしてならなかったからだ。
アインズは、ゆっくりと玉座から立ち上がると、ユリとシズの前まで歩み出て、二人にリング オブ アインズ・ウール・ゴウンを手渡す。此の行為に、ユリ、シズ共に眼を見開き、驚きを顕にするが、これを渡される程の事態が起こっている事に対し、緊張感を持って、背筋を正した。
「ユリ、シズよ。事態はアルベドから聞いているだろうが、これから宝物殿へと向かう」
「「畏まりました、アインズ様」」
「うむ。では、行こうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは……」
転移した先で、アルベドから驚きの声が漏れる。ユリ、シズも同様の心情だったが、何とか声を殺す事に成功する。
「うわぁ」
いや、シズは誰のも聞こえない程の声で、驚きを表していた。
そこに有った物は、大量のYGGDRASIL金貨、宝石、剣や杖など。それらは、誇張や、比喩を抜きにして、山の様に積まれていた。
「うん? ユリやシズはともかく、アルベドも宝物殿に入るのは初めてか?」
「はい。ギルドの指輪が無ければ、入る事叶いませんので」
アルベドの答えに、アインズは納得の意を示すが、一つ気になる事があった。
アインズは、アルベドの、その白魚の様な指に輝く紅玉の指輪に視線を落としながら
「アルベド、その指輪はどこで手にいれた?」
「これで御座いますか?」
アルベドは指輪を撫でながら答える。それは大事そうに。その姿は、まるで婚約指輪を愛でる様に。
「ビッチ様から、お預かりしています」
「ビッチさんから? ……そうか」
(ビッチさんから? ギルドの指輪を? あの駄巨乳、一体どこで手に入れたんだ? アイツの事だ、どうせ碌でも無い方法だろうが……)
「では行くぞ」
アインズは皆にそう言うと、マス・フライ(全体飛行)の魔法を唱える。全員の身体が宙に浮き。金貨の山を飛び越え、その先にある扉へと辿りつく。扉、と呼んではいるが、それには開くべき戸は無い。ただ、四角く闇があるだけだ。その闇を前にして、アインズは指で顎を撫でる。
(えーと、何だっけ? まったく、二グレドのギミックと言い、タブラさん凝り過ぎなんだよなぁ。パスワード、だよなぁ)
「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」
その言葉に呼応し、闇に文字が映し出される。
(ラ、ラテン語、か? ヒントを請求する言葉を使っても、読めなきゃ意味ないじゃん! まったく、タブラさんのバカ!)
アインズは心の中で、かつての仲間に毒付きながら、必死でパスワードを思い出そうと記憶の旅を続ける。
(まあ、シズに聞けば解決するんだけどさぁ。それじゃあ、俺がダメ支配者と思われるかも知れないし……)
「えーと、確か…………かくて汝、全世界の栄光を我が物とし……暗き物は全て汝より離れ去る、だろう――だったか」
言い終えてアインズは後を振り向く。その視界に映るシズが、小さく頷くのが見える。
CZ2128・Δ。プレアデスが一人であるこの少女。ストロベリーブロンドの髪と、翡翠の様な瞳が印象的だ。だが、この少女を象徴する物は、また別にある。YGGDRASILで行われた、大型アップデートの一つ、ヴァルキュリアの失墜。そこで追加された種族、
そして、もう一つ。ナザリックのギミックの多くを設定したのは、アルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナなのだが。同じくらいギミックの設定をしていた人物がいた。名をガーネットと言い、彼が創造したNPCがシズである。そのため、一つの要素として、ナザリック全てのギミックとその解除法を知る、と言う設定がなされている。
そのシズが、肯定の意を表したのだ。アインズは心の中で、ほっと一息吐いた。
アインズ達が扉、闇をくぐると、そこは長い通路に出る。両の壁には四角いへこみがあり、その場所には様々な武器が収納されていた。アルベド、ユリ、シズはそれを横目に見ながら、アインズに続き通路を歩く。百メートル程は歩いただろうか、目指すべき明かりが眼に留る。
通路を抜けた先、そこには広い空間が広がる。何も無い、空虚な空間の中央に、三人掛け、であろうか――ソファーが二対、対面に置かれ、その間にテーブルが一脚。サイドには、ランプスタンドが一つと、ソファーを挟ん反対側に帽子掛け、だろうか?横に何本か短い棒が付き出るポールが一つ。アインズ以外の者達は、その光景を珍しそうに眺めていた。
その時、ソファーで何かが動く。ユリとシズは、アインズの前に進み出て、敵対の姿勢を取る。その行動をまるで意識していないかの様に、眼前の者はゆっくりと立ち上がった。その者の姿を確認し、最も驚きを顕にしたのは、アルベドだ。
「タ、タブラ・スマラグディナ様!」
そう、一行の目の前に現れたのは、アルベドの創造主、タブラ・スマラグディナ。だが、次の瞬間、タブラ・スマラグディナの姿が、グニャリと歪む。
「やまいこ様!」
次に声を上げたのは、ユリだった。そして、その姿はまたしても歪む。次々に至高の四十一人の姿へと変わり、最後にはビクトーリアの姿を映し出す。その姿で、左手を胸に当て、右手を広く伸ばし、芝居の様な、道化師の様な姿勢で腰を折ると
「これはこれは、モモンガ様。その御尊顔、再び拝見出来る喜び、恐悦至極。そして、お嬢様方、ようこそ御出で下さいました」
そう言って、不敵な笑みを浮かべる。黙って見つめるアインズの前と後ろで、殺気が吹きあがる。いや、後のアルベドからの物が前二人の物よりも若干強く感じる。
「ふう。パンドラズ・アクターよ、児戯は止めよ」
溜息を吐きながら、アインズは目の前の者の名を呼んだ。
「パンドラズ・アクター?」
「うん? 知らぬのか、アルベド」
「いえ、守護者統括として、名と役職は確認していますが……」
「そうか。改めて紹介しよう。この宝物殿の領域守護者にして、ナザリックの財政面での統括者。パンドラズ・アクターだ」
アインズの言葉に呼応し、目の前のビクトーリアが姿を変える。第二次世界大戦中のドイツ軍SSを思わせる、軍服、コート、帽子を身に纏った姿に。だが、その凝った衣装とは裏腹に、この者の顔には表情が無かった。いや、そうでは無い。ゆで卵を思わせる頭部には、穴が三つ空いているだけだった。誇張などでは無く、正に言葉通りに。
「ドッペルゲンガー」
シズが、ポツリと言葉を漏らす。そう、パンドラズ・アクター。種族はドッペルゲンガーの上位種、グレータ―ドッペルゲンガー。
「して、我が創造主たる………………モモンガ様! 此の度はどう言うご用件で?」
先程の落ち着いた言葉遣いとは変わり、妙な抑揚と大げさなポージングで、パンドラズ・アクターは言葉を綴る。
「うん。とりあえずパンドラズ・アクターよ、私は名を変えた。これからは、アインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼べ」
「おお! 我が創造主様が、ギルドの名を! それは正に頂点! 世界の頂点へとお上りになられた事実! ではこれより、このパンドラズ・アクター! 創造主様の御名前を口にさせて頂く時は、トップ オブ アインズ様! とお呼び致します!」
パンドラズ・アクターの綴る言葉で、アインズの精神は強制的に沈静化される。アインズはゆっくりとパンドラズ・アクターとの距離を詰め、その身体を壁際に追いやる。微妙な距離を保ちつつ、アインズの右手は、壁を叩く。
「はっ! ドンッ?」
いわゆる、壁ドン、と呼ばれる態勢だ。
「おい。俺はお前の創造主、だよな?」
「その通りで御座います、トップ オブ アインズ様!」
胸を両手で抱え、感動に震える様にパンドラズ・アクターはアインズの名を口にする。
「とりあえず、そのトップ オブはやめろ。これは命令だ。め・い・れ・い・だ!」
「りょ。了解しました。アインズ様」
「続いて二つ目の命令だ。今、この地にはビッチさんがいる」
「おお! かの御神体が! ぜひとも、ご挨拶を……」
「いや。絶対に会うな。いいな?」
「それは……理由をお聞きしても?」
確かに、それ相応の理由は必要だろう。だが、アインズは明確な理由を口には出来ない。
(理由って言ったって、恥ずかしいから、じゃダメだよなぁ。コイツにだって意思はある訳だし。でも、ハムスケに乗っていただけで、あの爆笑だぞ。なのに、俺の息子と言って良いコイツが、こんな厨二病全開だと……)
「パンドラズ・アクターよ。これはナザリックの機密に関わる事だ。お前がビッチさんの姿を取れる事は、ナザリックの最高機密だからだ。納得したか?」
アインズの言葉に、パンドラズ・アクターはゆっくりと啓礼の姿勢を取り
「
「ドイツ語だったかぁぁぁぁぁ!」
驚愕のあまり、左手も壁に叩きつける。
「ダブルドンッ!」
「それも止めてくれると、ありがたい」
アインズの言葉に力は無く、最早懇願と言っていい物になっていた。パンドラズ・アクターは、それを不思議そうに見つめていたが、最後には了解の返事を返すのだった。
アインズ、パンドラズ・アクターは密談を終え、淑女達の下へと帰還する。帰還はしたが、場の空気は微妙な物だった。その空気を払拭しようと、アインズは咳払いと共に、本題への突入を開始する。
「コホン。あー、これから最奥へ行く訳だが、アルベド、ギルドの指輪をユリに渡せ」
「どう言う事で御座いましょうか、アインズ様?」
指輪をはめている左手を、右手でかばう様に握りながら、アルベドは疑問を口にする。
「うむ。ギミック的な物でな、この先の霊廟に入る時に、指輪を付けていると、トラップが発動するのだ。指輪の力を使わねば入れぬ場所にも関わらず、指輪をはめているとトラップが発動する。皮肉な物だろう?」
そう言うアインズは、非常に楽しげに見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パンドラズ・アクターの部屋を出、アインズ、アルベドの二人は、再び通路の様な場所に居た。
「アインズ様、ここは?」
「うむ。ここが宝物殿の最奥。ワールドアイテムの安置所である霊廟だ」
「霊廟、と申しますと?」
アルベドの問に対し、アインズは前方を指差す。
「この先に、幾つかのくぼみが見えるだろう?」
「はい。!」
優雅に返事を返したアルベドだったが、瞬時に表情を変える。アインズが指示した先、そこには奇妙な彫刻が幾体も存在していた。
「アインズ様?」
「うむ。これは私が創った物でな、皆の……仲間達の残滓の様な物だ」
「残滓……。それではこれは、封印結界にのみ込まれた至高の御方達の身体なのでしょうか?」
(みんなの身体、か。ある意味そうかも知れないな。みんなが居た証明、それはもう、此処にある、みんなが残した武器以外ないからなぁ)
「そ、そうだアルベド。いくつか空洞のくぼみがあるだろう。そこには、私の像が置かれる予定でな――」
「御止め下さい! そんな事を、そんな悲しい事を仰らないで下さい!」
アルベドの声が、霊廟に響き渡る。それは、悲しみと、痛みを伴っていた。
「アルベドよ、シャルティアの精神支配は解く事が出来ると思うか?」
「そ、その為にワールドアイテムを取りにいらっしゃったのでは?」
「いや、ワールドアイテムは、守護者達に持たせるためだ」
「で、では、シャルティアへの対応は?」
涙で顔を濡らしながら、アルベドは疑問を口にする。その悲しみの表情を、アインズは直視できなかった。これから自分が口にする言葉は、残酷で、冷酷な物だからだ。彼ら、彼女らは、この世界では魂を持ち、生きているのだ。だが、アインズとビクトーリアが出した結論は、彼ら、彼女らを駒として扱う事に他ならない。だからこそ、アインズはアルベドの顔を見る事が出来なかった。アルベドに背を向け、かつての仲間達の残滓だけを、その空洞の瞳に映しながら、アインズは口を開く。
「シャルティアを殺す。そして、復活、と言う手段だ」
アインズの言葉に、アルベドはすぐに返事を返す事は出来なかった。項垂れる様に、頭を下げ、あの妖艶な顔は、今は黒髪に隠れて見る事は叶わない。
「そ、それでは、ビクトーリア様とアインズ様、お二人でシャルティアに?」
「いや。私、単騎で当たる。これ以上ビッチさんに――」
「ホールド オブ グレイプニル」
アルベドの言葉と共に、アインズの足もとに青い光を放つ魔方陣が出現し、そこから現れた鎖が、アインズの身体を捕縛する。
「こ、これは!」
アインズは驚愕の声を上げる。その声を聞きながら、アルベドはゆっくりと立ち上がった。
「ア、アルベド! コレを、ホールド オブ グレイプニルを解くのだ!」
「申し訳ありません、アインズ様。それは出来ません。」
「何故だ!」
「これは、ビクトーリア様からのご指示ですので」