OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

56 / 115
真実

 アルベドは、目をつむりビクトーリアとの会話を思い出す。

 

「ビッチ様、これは?」

 

「うぬの想像通り、妾を拘束したマジックアイテム。ホールド オブ グレイプニルじゃよ」

 

 アルベドは、手に持つカードをじっと見つめるが、何故これを自分が渡されるのか、それが理解出来ない。思い悩み、表情を猫の目の様に変えるアルベドを、ビクトーリアは楽しそうに見つめていたが、表情を引き締め、理由を口にする。

 

「アルベド。シャルティアの件、恐らく妾達は最も愚策を選択する事になるであろうよ」

 

「ビッチ様?」

 

「ワールドアイテムの効果を打ち消す為に、ワールドアイテムを使う。これが最も良策じゃ」

 

「は、はい」

 

 ビクトーリアが何を言おうとしているのか、現時点ではアルベドには解らない。だからこそ、一言一句聞き流すまいと、アルベドは全神経をビクトーリアの言葉に集中させる。

 

「じゃが、それは転移前の世界での事じゃ。この世界では、間違い無くワールドアイテムの再習得は不可能じゃろう。そして、相手もワールドアイテムの所有が確認済みじゃ。彼奴等が、幾つのワールドアイテムを所有しておるかは謎じゃが、いつかは両者共枯渇するは確定。それは解るな?」

 

「はい」

 

 ビクトーリアは、アルベドの返事を確認すると、僅かな時間沈黙を守り、再び口を開く。

 

「では、残された手段は、元居た世界のルールを利用する事じゃ」

 

「ビッチ様、それは一体?」

 

「うむ。妾やアインズが死んだ場合、蘇生、と言う手段でしか復活はありえん。そうじゃろ?」

 

「はい」

 

「しかしじゃ。うぬやシャルティアなどのNPC達はちいと違う。うぬらは、ギルドのシステムに則り、復活が可能じゃ」

 

 ビクトーリアの言葉に、アルベドは再度表情を引き締め

 

「YGGDRASIL金貨を使っての復活、で御座いますね」

 

「そうじゃ。アインズ、いや、モモンガさんも、この結論に至るはずじゃ」

 

 ビクトーリアの口にした結論に、アルベドも肯定の頷きで返す。あの思慮深き絶対的支配者ならば、と。しかし、此処までの話では、何故ホールド オブ グレイプニルを自身に与えられたのかの説明がつかない。

 

「ビッチ様、お話理解出来ました。しかし、ホールド オブ グレイプニルは……」

 

「うむ。ここからが重要な事柄じゃ。アルベド、シャルティア打倒に、どう言う手を打つ?」

 

 この問いかけに、アルベドは眼を瞑り、最善の策を打とうと思案する。

 

「100Lv NPCの部隊を結成致します。セバスを王都より呼び戻し、ルベドを起動させます。私、コキュートス、セバス、ルベドを前衛とし、後衛にマーレを配置。全指揮をデミウルゴスに」

 

「じゃろうな。妾が作戦を立案しても、同じ様な布陣じゃ」

 

「はい」

 

「じゃが、許可は出まい」

 

 アルベドの表情が一変する。これが最善。ビクトーリアも、それを認めている。それが何故?

 

「解らぬ、と言う顔じゃな。ならば教えよう。うぬらが、モモンガさんにとって、守らねばならぬ者達だからじゃよ」

 

「そ、それは理解出来ますが……」

 

「理解出来ておる様には見えんなぁ。シャルティアもまた、モモンガさんの守りたい者、じゃと言う事を忘れておる顔じゃぞ」

 

 アルベドの表情がひきつる。失念していた。アルベドの眼は、シャルティアが敵対行動をとった時から、彼女を敵、として見ていたのだ。下唇を噛み、アルベドは言葉に詰まる。アルベドとて、シャルティアが憎い訳では無いのだ。ただ、守護者統括、ナザリックNPCの頂点としての性として、防衛と言う方に神経が行っていただけなのだ。

 

「ふふっ。すまんのう、少々意地が悪かったの。話は戻るが、そんな、家族とも言えるうぬらが戦う事を、モモンガさんは、良しとするかのう」

 

「そ、それは、そうですが」

 

 アルベドの、焦りにも似た言葉に、ビクトーリアは二度ほどの頷きで返すと

 

「結論は、モモンガさん単騎での決着、じゃろうな」

 

「そんな! 百歩譲っても、ビクトーリア様との共闘で当たるべきでは?」

 

「せんじゃろうな」

 

 そう言ってビクトーリアは、苦虫を潰した様な表情を浮かべる。

 

「アレは、モモンガさんは、妾に負い目を感じておるからのぅ。妾を戦の矢面には立たせんじゃろうて」

 

「そ、それは……」

 

 アルベドは、続く言葉を発する事が出来なかった。それは、知っているから。モモンガの思いを。ビクトーリアの嘘を。僕達が、ビクトーリアに向ける感情を。もし、僕達がビクトーリアを受け入れる事が出来ていれば、話は違って来たのだろう。しかし、現状ビクトーリアを支えようとする者など、ほんの僅かだ。Lv1のメイド達でさえ、憎しみの感情の方が強いくらいだ。そして、デミウルゴスが筆頭である、反ビクトーリア勢力の存在。特に、プレアデスが一人、ルプスレギナの、ビクトーリアを舐切った態度は尋常じゃない程。そんな状況を、作り出してしまったのは、まぎれもなくモモンガなのだ。だからこそ、彼は決してビクトーリアを危険な場面には立ち合わせはしない。だが、当のビクトーリアの表情は、そうは言ってはいなかった。真にナザリックの僕達を、モモンガを心配する物だ。

 

「アルベド。シャルティアとモモンガさんを戦わせてはならぬ。その決断を許せば、うぬらは優しき支配者を失う事になる。解るな」

 

「はい。心得ております」

 

 ビクトーリア、アルベドが危惧する物。それは、モモンガとシャルティアの相性の問題だった。確かにモモンガは、上位物理無効などの、様々なスキルを持っている。だがそれは、Lvの低い者や、魔法付与値、つまりは武器に内包されるデータ量の少ない物に限られているのだ。100Lvのプレイヤー、もしくはNPCに殴られれば、普通にダメージは通るのだ。そしてもう一つは、モモンガがマジックキャスターである事だ。対してシャルティアは、近接、遠距離どちらもこなせるマルチ。魔法の打ち合いならば、モモンガにも勝ち目はあるかも知れないが、シャルティアが近、中距離での肉弾戦を仕掛けてきた場合、モモンガの物理防御値では、容易くHPを削り尽されるだろう。そして、最悪なのは、モモンガの種族だ。アンデッドのモモンガに対して、シャルティアの習得しているクラス、特に信仰系の魔法は絶対だ。だからこそビクトーリアは、二人の激突を避ける様、アルベドに注意を促すのだ。

 

「しかしビッチ様、では一体どのような策を?」

 

「ふん、知れた事よ。妾が単騎で当たる」

 

「そ、そんな! それではビッチ様が!」

 

「いや、妾はシャルティアの誕生に関わっておるからの。負けはせんわ。じゃからアルベド、モモンガさんの足止めは頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドはゆっくりと、そのまぶたを上げ、眼下に横たわるアインズを視界にとらえる。

 

「アインズ様、申し訳御座いません。もう少々我慢の程を」

 

「ア、アルベドよ、これは一体どう言う事なのだ!」

 

 アインズは現状の確認を試みる。はじめは謝りの言葉を口にするのみだったアルベドだが、徐々に事の成り行きを語って行った。その言葉が進むにつれ、アインズの精神は何度も沈静化を繰り返す。

 

「な、なんと言う事だ……」

 

 呟く様に、アインズはそう言葉を綴る。この言葉に対し、アルベドは再度謝罪の言葉を口にするが、アインズの対応は全く違う物だった。

 

「アルベド、違うんだ。早く! 早くビッチさんを! ビクトーリアを止めるんだ!」

 

 アインズの言葉は、最早絶叫と言っていい物だった。何度も何度も精神は沈静化をするが、それを超える程の感情がアインズの内から湧き上げって来ていた。その行動は、誰の目から見ても、異常と判断出来る物だ。恥も外聞も捨て、床を這いずり、アインズは霊廟の出口へと向かう。

 

「アインズ様! 一体何が!」

 

 最早、アルベドの頭脳もパニックを起こしていた。一体何がアインズの行動を速めているのか?と。

 

「アルベドよ、確かにビクトーリアはシャルティアの誕生に関わっている。しかしだ、それは生み出すためでは無い! シャルティアは、ナザリックの一番槍として戦う為に、ビクトーリアを、ビッチさんを仮想敵として、クラス構成がなされている! 言い換えれば、シャルティアは……シャルティアは、ビッチさんを殺す為に誕生しているのだ!」

 

 アインズの言葉を聞き、アルベドは膝から崩れ堕ちる。

 

「そんな、そんな………………」

 

「糞っ! 糞っ! 早く行かねばならぬ時にぃ! アルベド!! お前だけでも行け! ナザリック全軍を動かす事を許可する! 何としてもビッチさんを、ビクトーリアをこの地に連れ戻せ!」

 

「か、畏まりました!」

 

 言うが早いか、アルベドは走り出した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

~ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間~

 

 アルベドは、宝物殿から、玉座の間に転移すると、至急メッセージの呪文を介し、各階層守護者、プレアデス、メイド長のペストーニャに招集を掛けた。各面々は程無くして、全員が集合する。だが、その間にもアルベドの作業は続けられた。ニグレドに連絡を取り、シャルティアの位置座表を確認すると、数枚のスクロールを使い、空間にクリスタル・モニターを展開する。場のシャルティアにはまだ、異常は無かった。アルベドからは、一瞬安堵のため息が漏れる。

 

「やれやれ、一体どうしたと言うのだね、アルベド」

 

 デミウルゴスが、何事かと問いかける。その達振る舞いは平静とし、それがまたアルベドを憤らせた。

 

「ナザリック全軍を持って、ビクトーリア様の行動を阻止します」

 

「んん? ナザリック全軍を持って? どうしたと言うのです?」

 

「ビクトーリア様に危険が迫っています。ビクトーリア様とシャルティアを会わせる訳にはいかないの!」

 

 余裕の無いアルベドの言葉とは裏腹に、デミウルゴスはため息を一つ吐くと

 

「やれやれ、何だと思えば化け物の事ですか。いいかげんにしてくれないか。何度も言っているだろう? あんな化け物、早く殺してしまえば良いと。シャルティアが始末してくれるのならば、それで良いとは思わないかい?」

 

 両手を広げ、場の全員の意見を誘う。だが、誰も賛同はしなかった。しかし、否定の声も上がらなかった。アルベドの精神は掻き乱される様な荒ぶりを見せる。アルベドは、虚空からバルディッシュとスクロールを一枚取り出す。焦りながら、そのスクロールをナーベラルへと手渡した。スクロールを受け取ったナーベラルは、アルベドの意志を汲み取り、それを展開し、力ある言葉を口にする。

 

「ゲート」

 

 だが、羊皮紙はひらひらと床へ。ナーベラルは、慌ててそれを拾い上げると、再度空中へ投げ、再び力ある言葉を口にする。

 

「ゲート」

 

 だが、結果は同じだった。何かの異常が起こっている?瞬時にそれを判断し、アルベドはメッセージの呪文を展開する。

 

「緊急事態よ。ゲートの魔法が展開しないわ」

 

『現在、ナザリックと、外界への転移門は閉ざしています』

 

 アルベドの問いに、鈴の音の様な声が事情を説明する。

 

「どう言う事。答えなさい、オーレオール!」

 

『ビクトーリア様から、緊急事態の処置を仰せ使いました』

 

「ビッチ様から……。転移門を開放しなさい!」

 

『解放には、ナザリック最高位の方の命令が必要です』

 

 アルベドの奥歯がギリリと音を立てる。

 

「私は、ナザリック地下大墳墓 守護者統括。転移門を開放しなさい!」

 

『出来ません。ナザリック最高位、至高の四十一人様か、煉獄の王の承認が必要です』

 

 アルベドは、膝から崩れ堕ちた。彼の王は、此処まで用意して、戦いに挑んだのだ。誰一人として、シャルティアに手を出せない様に、ナザリックを封殺してまで。最早、アルベドには祈る事しか出来はしなかった。一刻も早く、アインズが帰還する事を。ビクトーリアが、無事戻る事を。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ほう。この距離でも反応無し、か」

 

 シャルティアの正面、五メートル程に位置取り、ビクトーリアは確認した事象を言葉にする。

 

「となると、明確な敵対行動を起こさねば、反応せぬと言う事じゃなぁ」

 

 腕を組み、何度か頷いた後、後を振り返り

 

「雌猫、ニグレドとのパスは通っておるか?」

 

「うん? だーいじょーぶ」

 

 クレマンティーヌは、こめかみに指を当て確認し、返事を返す。

 

「シャルティアの姿は、誰にも見られてはならん。ニグレドと協力しながら、近づく者は全て殺せ。決して遊ぶでないぞ」

 

「えー。つまんなーい!」

 

「仕事とは、そう言う物じゃ」

 

 不満を口にするクレマンティーヌにそう言うと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「はーあーいー」

 

 渋々返事を返し、クレマンティーヌは姿を消した。

 

 誰も居なくなった事をディテクト・ライフ(生命感知)の魔法で確認したビクトーリアは、シャルティアと再度向き合い、ライフ・エッセンス(生命の真髄)を発動させる。

 

「シャルティアよ、さあ始めようか。姉妹での殺し合いを」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。