「シャルティアよ、さあ始めようか。姉妹での殺し合いを」
ビクトーリアはそう言うと、ゆっくりとシャルティアに近づき、その兜で包まれた少女の様な顔を、拳で殴打する。その衝撃で、シャルティアはグラリと揺れ、その瞳に力が蘇る。
「あははははは! いきなりげん骨とは、随分とご挨拶ですねぇ。お姉さま」
「ふん。姉が目の前におるのに、寝ぼけとるうぬが悪かろう?」
「これは失礼」
シャルティアは、花の様な笑みを浮かべる。
「それでお姉さま、今日は何の御用で?」
「うぬと殺し合うためじゃよ」
ビクトーリアの言葉に、シャルティアは三度ほど頷き
「それは良い事ですね。攻撃されたのですから、戦わないと」
シャルティアの言葉が、終わるか否やの瞬間、お互いの右拳が振り抜かれる。ドン!と言う破裂音と共に、お互いの顔面を相手の拳が捉える。両者共衝撃を受け、若干仰け反るが、勝ったのは体重のあるビクトーリア。すぐに態勢を整え、右のミドルキック、左のハイキックと連撃を決め、振り抜いたハイキックの回転そのままに、シャルティアの腹部へ右の回し蹴り、ソバットを叩きこむ。この攻撃によって、シャルティアは後方に吹き飛んだ。
これを好機と見たビクトーリアは、走りながら指を鳴らし、青い旗のフラッグポールを手にする。フラッグポールに揺れる旗は、これまでのどんな物よりも豪華であった。恐らく、ビクトーリアが有する武器の中で、最も上級な物と思われる。その助走の力さえも、武器の威力に上乗せする様に、ビクトーリアはフラッグポールを振り下ろす。
「
シャルティアの力ある言葉に応え、地中から生える様に出現した石壁は、ビクトーリアの顔、胸を捉え後方に吹き飛ばす。地面を転がり、胸を強打した事により呼吸を乱しながら
「チャージ」
ビクトーリアは短く呟く。その声に反応する様に、光の玉が二つ出現した。
――チャージ、雷を種族とする者達の最上位種族、
ヴァンパイアのブラッド・プールと同じ様な効果がある物だが、血液では無く、雷の魔法をストックしておく物だ。蓄えられた魔法は、瞬時に放つ物と比べ、威力は約80%程となる――
役目を終えた石壁は、埃を巻き上げその姿を瓦礫へと変えて行く。砂埃舞う中、ビクトーリアは目を凝らし、シャルティアの姿を探す。だが、そこにはシャルティアの姿は無い。
「あーはっはっはっは! なかなか痛かったですよ、お姉さま。そんなお姉さまに、私からプレゼントです」
そう言うと、左手を高々と掲げる。そして、そこには光で形作られた極太の槍が。
「清浄投擲槍、と申します」
言葉と共に、シャルティアは腕を振り下ろす。そのモーションに追従し、槍はビクトーリア目がけ、猛スピードで突進する。
「くっ!
ビクトーリアの力ある言葉に反応し、雷球が身を守る様に展開した。光の槍と、雷の盾が激突する。その瞬間、場は光と爆音と舞いあがる土煙が支配した。
徐々に砂塵が晴れて行く光景を、シャルティアはじっと見つめていた。霞む景色の中、その人物はしっかりと二本の脚で大地を踏みしめ、立っていた。
「ふぅん。流石はお姉さま。ダメージは三分の一、と言ったところですか」
「そうじゃな。しかし、うぬのそのスキル、たいした物じゃ」
ビクトーリアは、こめかみから流れる血を拭いながら、シャルティアに賛辞を贈る。
「お褒め頂き光栄です」
シャリティアは素直にその言葉を受け入れた。それが、第二ラウンドのゴングとなる。シャルティアは、上空から降下すると、その勢いのままスポイトランスを手に、地上すれすれを飛行する。対するビクトーリアも、フラッグポールを手に、跳ねる様に駆け出した。二人は激しくぶつかり合う。御互いの得物を弾き、弾かれ、何合も打ち合う。一切引く事無く、場には金属同士が発する、甲高い音だけが響く。
「なかなかお強いですねぇ、お姉さま」
焦れる様に、シャルティアは一旦距離を取る。その後、呟く様に漏れた言葉に、ビクトーリアは沈黙で返す。視線が交錯し、次の一手を探る様に、同時に口を開く。
「グレータ―・テレポーテーション!」
「チャージ」
シャルティアの姿がかき消えると同時に、ビクトーリアの頭上に、二つの雷球が出現する。頭上の力を感じながら、ビクトーリアは視線を巡らせ、シャルティアの行方を探る。シャルティアの姿、それは再び上空にあった。確認したビクトーリアは、瞬時に力ある言葉を口にする。
「
その言葉に反応し、地面から何十という牙の様な刺が生え、まるで大地が巨大な獣の口の様にシャルティアを飲み込む。
「不浄衝撃盾!」
シャルティアの言葉と共に出現した圧力によって、牙は爆散する。崩れ堕ちる牙の残骸を隠れ蓑に、シャルティアは再度ビクトーリアへ突撃する。瓦礫によって、一瞬シャルティアの存在を見失ったビクトーリアだったが、スポイトランスの直撃の瞬間、体を捻り、シャルティアの右腕を左脇でからめ取った。
「!」
ビクトーリアのこの行動に、シャルティアは虚を突かれる事になった。シャルティアの集中が一瞬、ほんの一瞬途切れる。その瞬間、シャルティアの頭部に、激しい衝撃が襲う。連続して、二度、三度。その正体は、ビクトーリアによる頭突きであった。額を割り、黄金の髪を真っ赤に染めながら、何度となくそれは打ちつけられる。それによって、シャルティアの視界は霞んでいく。
「くっ! ふ、不浄衝撃盾!」
シャルティアは、空いた左手をビクトーリアの腹部に当て、スキルを発動させる。その衝撃は凄まじく、ビクトーリアを後方へと弾き飛ばす。何度も、何度も地面に打ち付けられビクトーリアは地にひれ伏す。だが、ぼろぼろの身体に鞭打つ様にビクトーリアは立ち上がる。
「グレータ―・テレポーテーション!」
「チャージ」
ビクトーリアの頭上に、新たに雷球が二つ出現し、シャルティアの姿は再び上空に。先程と同じ構図に戻る。眼下に見えるビクトーリアの姿を確認したシャルティアは、ニヤリと余裕を感じさせる笑みを漏らし
「清浄投擲槍!」
再び光の槍をビクトーリアに向けた。
「ツ、
光の槍と、雷の龍が空中で激突する。勝敗は龍の方だった。力を若干失ったが、それでも二匹の龍はシャルティアに食らい付き、爆発を起こす。その爆煙を抜け、何かが落下する。シャルティアだ。ドスンと言う音を立て、シャルティアは地に伏せる事になる。だが、シャルティアもビクトーリア同様、身体に鞭ち打ち立ちあがる。
「うふふ。お互い、大分ダメージが溜まって来ているようですねぇ。ですが、こう言う方法もあるのですよ。
シャルティアの身体を、黒い霧が覆う。グレータ―リーサル。一般的には致死系の魔法に分類される物だが、アンデッドにとっては、回復となる魔法。
「回復か……」
「あらら? お姉さまは宜しいので?………………そうですかぁ、お姉さまは回復魔法も、回復アイテムもお持ちでは無いのですね。お可哀そうに。よよよ」
シャルティアの芝居がかった言葉に、ビクトーリアの眉が跳ねる。四度目の「チャージ」の言葉と共に、指を鳴らし、赤色の旗が揺らめくフラッグポールを呼び出す。
「舐めおって。こんのぉ、ペタン血鬼がぁ!」
叫びながら、フラッグポールを投擲する。放たれたソレは、シャルティアへ向け一直線に進んで行く。
「あははははは!お姉さま、遊びでは無いのですよ!」
シャルティアは、スポイトランスで軽々と叩き落とす。だが、それが油断を生んだ。フラッグポールに気を取られるあまり、その後ろに迫る存在を見落としたのだ。フラッグポールを弾いた瞬間、シャルティアの首筋辺りを、激しい衝撃が襲う。その正体は、ビクトーリア本人。左手でシャルティアの首筋をホールドし、右の肘から前腕で何度も殴りつける。いわゆる、プロレスで言うエルボーと言う技だ。打ちつけられる肘は、脳を揺らし、視界を霞ませる。徐々に足の力が抜けて行き、シャルティアの姿勢が崩れて行く。それを感じ取ったビクトーリアは、右腕で顎をかち上げた。エルボースマッシュ。前傾姿勢を取っていたシャルティアは、大きな衝撃を受け後ろに仰け反る。だが、簡単にそれを許す程ビクトーリアは甘くも優しくも無い。そして、意地も悪い。後ろに倒れるシャルティアの兜を掴むと、シャルティアの身体を半回転させバックを取る。そして、その首に腕を回し締め上げる。
「あ、あはは、お姉さま。ヴァンパイアであるわたしに、絞め技など、一体何を考えておいでなので?」
「ふん? 効かぬか?」
「当たり前です」
「ならば、自分のHPを確認してみてはどうじゃ?」
シャルティアは精神を集中させ、自身のHPを感じ取る。一瞬の後、その顔が驚愕の表情を見せる。僅かだが、シャルティアのHPが徐々に削られて行くのだ。
「こ、これは!」
「解った様じゃな。シャルティアよ、妾達はこの世界の法則に則りながらも、YGGDRASILのシステムに縛られた者よ。じゃから、この様な攻撃は、この世界のヴァンパイアには通用せんじゃろう。じゃが、YGGDRASIL産の者にはどうじゃろうなぁ」
そう言って締め上げる力を増す。
「ぐ、ぐうっ」
何とか、ビクトーリアの腕を振りほどこうともがくが、ビクトーリアの締め付けは緩まない。苦肉の策として、シャルティアは右掌を背後に向け
「不浄衝撃盾!」
自分もろともビクトーリアを吹き飛ばす。二人は前後に分かれ、土の上を転がるが、すぐに態勢を立て直す。次の行動は、シャルティアの方が若干早かった。すぐさま右手を上げ、力ある言葉を口にする。
「ペ、
ビクトーリアの腹部辺りで、爆発が起こる。
「あはははは! まだまだ続きますよ、お姉さま! ペネトレートマジック、インプロージョン!」
再度爆発が起きた。
「ペネトレートマジック、インプロージョン!」
三度の爆発。だが、シャルティアは違和感を覚える。インプロージョンと言う魔法は、言葉通り体内で爆発を起こす魔法だ。普通、この攻撃を受けた者は、内臓を槇散らかせるはずだ。だが、ビクトーリアは傷を負ってはいるが、そんな様子は無い。此の現象によって、シャルティアの手が止まる。今の状態が、正常なのか、異常なのか判断が付かないためだ。迷うシャルティアの耳に、ビクトーリアの微かな笑い声が聞こえた。
「な、何を御笑いになっているのですか、お姉さま」
「うん? いや失礼。随分と悩んでおるな、と思うてな」
「ぐぬぬ……」
「妾が行った事は簡単じゃ。軸をずらしたのじゃよ」
「軸ぅ?」
シャルティアの眼が見開かれる。驚きを表しているのだ。今のシャルティアは、ビクトーリアの言っている事が、何一つ理解出来ないから。
「解らぬ、と言う顔じゃな。うぬは魔法と言う物を理解出来てはおらんな。インプロージョン、これは確かに内部爆発を起こす魔法じゃ。じゃがなぁ、魔法を発動すれば、体内で爆発が起こる訳では無いぞ。正確に言えば、目当ての敵の身体がある場所で、爆発を起こすのじゃ」
「!」
「解った様じゃな。爆発の起こる瞬間、自分の身体をその座標軸からずらす事が出来れば、決定的なダメージを回避する事が出来る、と言う訳じゃ」
「そ、そんな事が――」
「出来る訳無い、か? 今うぬの目で見たであろう?」
「くっ!」
シャルティアの顔に焦りが浮かぶ。今、目の前に居る敵が、どんな隠し玉を持っているか解らないためだ。考えれば考えるほど、シャルティアの思考は迷宮を彷徨う。
「で、では、こう言うのはいかがでしょう」
言うや否や、シャルティアの身体がブレた様に見えた。そのブレは徐々に大きくなり、最終的もう一人のシャルティアが現れる。
「
「正解ですよ、お姉さま」
ビクトーリアへ向け、エインへリヤルが特攻を開始する。
――エインヘリヤル、自身の分身を創るシャルティアの種族スキル。召喚主と同じ力を有するが、スキル、魔法などは使用不可な物――
ビクトーリアは、エインヘリヤルの攻撃をフラッグポールで受けながら、シャルティアへの視線を外さない。そのシャルティアは立ち尽くしたまま、動かない。いや、その口が僅かに動いた。
「眷族召喚!」
シャルティアの周りの空間が歪み、ヴァンパイア・バットが、ヴァンパイア・ドッグが姿を現す。シャルティアは、その眷族に対し、スポイトランスを振るう。
「チッ!
ビクトーリアは、エインヘリヤルのスポイトランスを跳ね上げると、腹部にソバットを入れ、後方へと吹き飛ばす。
「簡単に許すと思うなよ。妾をあまり、舐めるで無い。解放!
ビクトーリアの言葉に呼応し、頭上に浮かぶ、計八個の雷球が輝きを増し、シャルティアへ向け放たれる。それは、まるで極太のレーザー砲の様だった。突然の見た事も無い攻撃に、シャルティアのガードが遅れる。爆音と土煙りが上がり、それが収まった時には、場に存在する者はシャルティア一人となっていた。
「ぐぬぬぬ! 勝負をつけましょうか、お姉さま!」
フレンドリー・ファイアによる回復を阻止された事で、シャルティアは冷静さを失う。そして、取った行動は、エインヘリヤルとの二対一の決戦。ビクトーリアに向け、二人のシャルティアが突撃を開始する。スポイトランスの切っ先が、ビクトーリアの身体を捉える。その瞬間、ビクトーリアが僅かに身体を捻る。
「え?」
二本のスポイトランスが、ビクトーリアの正面と背後を通過する。つまりは、空振りさせられたのだ。シャルティアの身体が、ビクトーリアにぶつかった。その瞬間、二人のシャルティアは、ビクトーリアに抱きしめられる。
「つーかまえたぁ」
「!!」
「
シャルティアの、動いていない心臓が跳ね上がる。シャルティアの何かが、根源的な危機を感じ取ったのだ。
「超位魔法……」
ビクトーリアが、最上級の攻撃を宣言する。その言葉と共に、ビクトーリア、二人のシャルティアの周りに、多重魔方陣が展開される。それを見つめ、ビクトーリアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ
「
場は、黄金の光に包まれた。
スキル説明
相手が召喚した物を、消去する。ただし、召喚主と接触していなければ、効果は無効。
※補足、接触は肉体同士でなければならない。剣と盾などの接触では、接触と認められない。