大量の落雷が降り注ぎ、ほぼ更地となった戦場に、二人は距離を持って立つ。
「あははは! 残念ですねぇ、お姉さま」
あざけ笑うシャルティアを、ビクトーリアはじっと見つめ
「ふん。復活アイテムか」
詰まらなそうに呟く。
「その通りです、お姉さま。これは、ペロロンチーノ様が持たせてくれた物。流石とは思いませんか?」
シャルティアの問いに、ビクトーリアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ
「思わんのう。一対一の殺し合いに、蘇生や回復など無粋な物じゃよ。まあ、こんな事が起こるとは、あの鳥も思っても見んかったじゃろうがな」
「は……い?」
理解出来ていないシャルティアを余所に、ビクトーリアはフラッグポールを振るう。ブンッ!と言う風斬り音が、二人の再戦の口火を切った。
御互い跳ねる様に走り出し、フラッグポールとスポイトランスが火花を散らす。何合か横薙ぎでぶつかり合う中で、シャルティアに僅かな変化が起こる。深紅の兜の影で、シャルティアはニヤリと笑う。スポイトランスの軌道を急激に変え、フラッグポールを跳ね上げる。虚を突かれたビクトーリアは、身体を無防備に晒す事になった。シャルティアは、その隙を突く様に、左の掌打をビクトーリアの鳩尾目掛けて叩き付ける。ビクトーリアの呼吸が詰まり、一瞬動きが止まる。それを見越した様に、シャルティアは身体を回転させ、右足の蹴りを入れた。
だが、シャルティアの連檄は止まらない。ビクトーリアの顎を目掛け、かち上げる様に膝を打ちこみ、瞬時に腰を落とすと、右足でビクトーリアの足を払う。これによって、ビクトーリアは尻もちを付く事になった。シャルティアはそれを確認すると、ロンダートでビクトーリアとの距離を取る。五度、六度と回ると、大地を蹴り、ビクトーリアへと直進を開始した。一気に距離を詰め、あと一歩を、最大の力を込めたその右足で踏み切り、左膝を再度ビクトーリアの顎へと叩きつける。その威力を保ったまま、シャルティアは後方へ飛び、ビクトーリア目がけて直進する。次のシャルティアの一手は、膝では無く肘。ビクトーリアの直前でスライディングの様に、地面を滑り、右肘でビクトーリアの顎を
「あはははは! 惨めな姿ですねぇ、お姉さま」
言うや否や、またもや顎を膝で打ち抜く。力無く腰を落とすビクトーリアを楽しむ様に、周りをぐるりと一周し背後に立つと
「そう言えば、こんな事をしてくれましたねぇ」
言ってビクトーリアの背後から、正面越しに腕を回す。右脇で首を固定し、シャルティアはビクトーリアを締め上げる。ドラゴンスリーパー、と呼ばれる物を仕掛けたのだ。仰け反った姿勢で締め上げられる苦痛で、ビクトーリアの意識が僅かに蘇る。手足をばたつかせ、何とかシャルティアの拘束を解こうともがくが、シャルティアは100Lv NPC、アルベド程では無いにしろ、その力は侮れない物なのだ。
シャルティアの絞め技により、ビクトーリアのHPがじわじわと削られて行く。もがいても脱出不可能と判断したビクトーリアは、地面を蹴る。シャルティアの肩越しにバックへと回り、態勢を入れ替える手段をとった。だが、それは失敗に終わる。
蓄積したダメージが、僅かにビクトーリアの蹴り足の力を弱めた。回転するビクトーリアを、肩に担ぐ様に捉えたシャルティアは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。その表情は、ビクトーリアのそれと酷似した物だった。左手で、ポンポンとビクトーリアの背中を茶化す様に叩くと、頭から地面へ突き刺す様に叩きつける。衝撃で朦朧とするビクトーリアの、その血塗れの顔をシャルティアは踏みつけた。
「あははははは! 煉獄の王と言っても、この程度ですか。どうやら、魔力の方も底を尽いている様ですし、お姉さまに残された逆転のチャンスは、超位魔法ぐらいですねぇ。しかし、わたしはそんな時間のかかる物、許しはしませんよ。あは、あはは、あははははは!」
シャルティアの嘲笑が、戦場に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間は僅かに遡る。
やっとの事で玉座の間にアインズが転移して来た時には、戦いがすでに始まっていた。頭上に展開するクリスタル・モニターが映し出す映像を虚空の瞳に映し
「間に合わなかったか……」
現状を確認する様に呟く。アインズの姿を視界に映したアルベドが、急ぎ近寄ってくる。その表情は、普段の優雅さを脱ぎ払った悲痛な物だった。アルベドは、転移門の封鎖などを急ぎアインズへと報告する。そして、急ぎビクトーリアへの応援を懇願した。だが、アインズの首は縦には振られる事は無かった。代わりにアインズは、メッセージの呪文を発動させる。
「ニグレド。私だ」
『これはアインズ様』
「監視は続けているな?」
『はい』
「では、クリスタル・モニターをナザリックの主要な場所に展開しろ」
『畏まりました』
魔法を終了させ、アインズはアルベドへと視線を向ける。
「アルベドよ。こうなってしまった以上、我々に出来る事は無い。ただ、見守る事しかな」
「何故です!」
アルベドの悲痛な叫びに、アインズは一瞬の沈黙の後に口を開く。
「それが、ビッチさん、と言う者だからだ」
「ですから何故!」
「……見たくは無かったのだろう。私や、仲間達の子供と言ってもいいお前達が、シャルティアとぶつかる所を」
アインズの言葉に、アルベドは両手で口元を押さえ、目に涙を溜める。
アインズは、視線をアルベドからモニターに映し
「見守ろうではないか、ビッチさんを。信じようではないか、我ら至高の四十一人が神と崇めた者を」
この言葉を最後に、場に静寂が戻る。ナザリックに所属する誰もが、クリスタル・モニターに映る光景に目を奪われていた。一進一退、とでも言える戦いに。どれほどの時間が経ったのか、画面が黄金の光に包まれる。超位魔法
「まずは一本、と言う事だな」
「はい」
アインズは、守護者達へと視線を向ける。コキュートスはハルバートを握り締め、じっと画面を見つめている。デミウルゴスはポーカーフェイスで佇むが、その身体からは苛立ちが感じられた。アウラとマーレは口をポカンと開け、画面を見ている。双子のダークエルフの姿を、アインズは微笑ましげに見つめると
「アウラ、マーレ。二人は超位魔法を見るのは初めてか?」
単純な疑問を投げかけた。
「「は、はい!」」
二人の元気の良い返事に、アインズの精神が若干緩む。だが、すぐに場は騒然となった。今までビクトーリア優位で進んできた戦いは、一転シャルティア有利に動いたのだ。画面には、成すすべ無く血飛沫をまき散らすビクトーリアの姿が映る。
「とうとう現れたか。真にペロロンチーノさんが生み出したシャルティアが……」
アインズの言葉に、アルベド、アウラの顔色が変わる。
「ア、アインズ様。真のシャルティア、とは?」
アルベドが必死の表情で問いかける。
「シャルティアは、ビッチさんを仮想敵として産まれた。ビッチさんは、私やペロロンチーノさんの様な、マジック・キャスター、遠距離攻撃を得意とする者にとって、天敵とも言える存在だ。圧倒的な速さで相手に接近し、インファイトで決着をつける。そんな戦い方に、私達は憧れた。いや、少し違うな。もっと見たくなったのだ。ビッチさんの戦いを。だが、もう一方で勝ちたいと言う欲求も生まれたのだ。ペロロンチーノさんが、そんな思いを乗せて産み出したのが、シャルティアだ」
守護者達は、誰一人口を開く事無く、アインズの話を聞いていた。
「ビッチさんの特性を否定する事無く、一対一で勝負を付ける。シャルティアは、その為のクラス構成が成されている。」
「しかしアインズ様、それと今のシャルティアの現状との関係は?」
「ああ。さっき、ビッチさんが放った超位魔法
「から? あれだけしか魔法を打って無いのに?」
アインズの補足に、アウラが疑問の声を上げる。
「超位魔法は、本来魔力を使用しない。言ってしまえばスキルに近い物だ」
アインズの言葉に、守護者達は頷きで返す。
「だが、
「「!」」
「戦士職の対マジック・キャスター用みたいな物がな。すまない、話がそれたな。それによって、シャルティアの魔力は現在ほぼゼロだと思って良い」
「で、では……」
「ああ。魔力の枯渇によって、本来ペロロンチーノさんが設定したシャルティアの骨格とも言える部分が顔を出したのだろう」
守護者達はじっと画面を見つめた。アインズも同様に画面を見つめ
「シャルティアのフレーバーテキストには、ビッチさんの戦闘画像が埋め込まれている。だからこそのあの動きだ。それゆえに、あの二人は分身、姉妹とも言える存在なのだ。そしてもう一人、ナーベラルもまたビッチさんの因子を持つ者と呼ばれていた」
アインズの発言に、守護者達は驚きの意を表す。その中で最も驚いたのは、突然名前を出されたナーベラルである。
「いや。ナーベラルが、対ビッチさん用に創造されたと言う訳では無い。弐式炎雷さんが、ナーベラルを創造する時に、参考にしたのがビッチさんが使う雷の魔法と言う事でな」
アインズの補足説明を聞いたナーベラルは、血まみれで横たわるビクトーリアへ向けて、熱い視線を向けるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「一体どうなっているんだ?」
木の陰に身を隠しながら、チーム クラルグラ リーダー イグヴァルジは呟く。冒険者組合で聞いた場所には、確かに吸血鬼と思われる者は居た。だが、討伐に現れたのは、貴族令嬢と思われる女性だ。本来ならば、此処で戦っているのは、気に入らないアイツ。漆黒の鎧を纏った、モモンのはずだ。
しかし、目の前に居るのは誰だ?可能性があるとすれば、あの女性がモモンの正体、と言う事だ。だが、それは無いだろう。体格が違い過ぎる。そして、得物も違う。
イグヴァルジは、目の前で展開されている光景が理解出来ずにいた。だが、その光景から眼を離す事も出来なかった。そんなイグヴァルジだが、漂う空気に違和感を感じる。自分が呼吸している空気に、僅かだが鉄の味を感じたのだ。それを確認する為に、ゆっくりと後方へと振り返る。そこには、地に伏せる自分の仲間と、半裸とも言える程の際どいビキニアーマーを纏った金髪の女が。
「はーあーいー」
女は、掌をひらひらとさせ、舐めた口調で、挨拶と思われる言葉を発した。
「だ、誰だ?」
「んー? あたし? な・い・しょ。なーんてねぇ。あははははは」
女のふざけた態度に、イグヴァルジは表情を引きつらせる。
「お、俺の仲間は……」
「殺しちゃった。ごめんねぇ、あはっ」
「な、何だとぉ!」
仲間の死を言い渡され、イグヴァルジは激昂する。しかし、目の前の女は、それすらも楽しむ様に笑い続けた。
「そう、それ! それなんだよねぇ! 次の言葉わぁ………………よくも俺の仲間をぉ! かな?」
そう言って、女は腰から
「うーん、わたしもねぇ、もっとおじさんと遊びたいんだけどぉ………………お仕事だから」
言うや否や、女はイグヴァルジの喉を、
「ビクトーリア様、勝つよね……」
ただ、それだけを呟いた。