OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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時代は膝。


Grand Symphony

「煉獄の王と呼ばれた御方が、惨めな物ですねぇ。あは、あはは、あはははは!」

 

 シャルティアは、ビクトーリアの顔を踏みつけながら、優越感に浸る。だが、その踏みつける右足に違和感を感じ、シャルティアは視線を落とす。その視線の先では、ビクトーリアがシャルティアの足首をつかんでいた。

 

「くすっ。哀れですねぇ、お姉さま。王と呼ばれた御方が、縋りつきますか……ぐぎゃー!」

 

 余裕を見せるシャルティアの声が、悲鳴に変わる。足に縋りついていたと思われたビクトーリアの行動が、シャルティアの勘違いだったのだ。踏みつける右足を、ビクトーリアは右手で掴み力の逃げ場を奪い、左拳でシャルティアの踝を打ち抜いた。シャルティアの鎧が、いかに強固と言っても、関節部はそうは行かない。そこを狙った攻撃だ。バランスを失ったシャルティアは、後方へと踏鞴を踏む。その光景を見つめながら、ビクトーリアはゆっくりと起き上った。

 

「まったく、少しばかり優位に立った程度ではしゃぎおって。クソガキが……あまり舐めるでないぞ」

 

 ビクトーリアの瞳が、爬虫類を思わせる物に変化する。よろめくシャルティアに向け、ビクトーリアの蹴りが飛ぶ。右左、ハイ、ミドルとフェイントを交えつつ蹴りつける。シャルティアは、胸の前で腕を交差し何とかガードを固めた。だが、ビクトーリアの連檄は終わらない。次第にシャルティアの腕がしびれ始め、ガードが下がる。それを見逃さず、シャルティアのガードを跳ね上げる様にビクトーリアは蹴り上げた。今度は、シャルティアが無防備にその身体を晒す。ビクトーリアは、そのまま振り上げた左足を、シャルティア目がけ振り下ろす。その左足は、深々と右肩に食い込み、シャルティアは膝を付く。

 

 ビクトーリアの攻撃は続く。踵落しの状態のまま、左踝を九十度回し、足の甲でシャルティアの首を固定すると、空いた右足でシャルティアの顔面を踏み抜く。それも、空中でだ。

 

「グォッ!」

 

 前にも後ろにも力を逃す事が出来ず、シャルティアは力なく蹲る。

 その姿を見つめ、ビクトーリアは意地の悪い笑みを浮かべ

 

「さて、そろそろ本番と行こうかのう……クソガキ」

 

 ビクトーリアは眼を閉じ、右腕を上空に向け、高らかにその名を呼んだ。

 

「ミョルニル!」

 

 その声に呼応する様に、ビクトーリアに極太の雷が降りかかる。光が霧散した後、そこには黄金の光を放つ女性が立っていた。金色の髪を頭頂部と襟足で二つずつ、計四つのポニーテールに結び、身に纏うは、鈍い光沢を放つ布で出来たビキニとパレオ。深い輝きを湛えた金色のガントレットにグリーブ。そして、右手には身の丈を超える、巨大なハンマー。

 

 シャルティアは、その存在を眼にし、本能的な恐怖を感じた。

 

「せ、清浄投擲槍!」

 

 清浄投擲槍の、最後の一投を放つ。黄金に包まれた女性は、眼を瞑ったままハンマーを振るう。その軌道は、まるで見えているかの様に、清浄投擲槍を捉えた。その結果、槍を黄金の砂粒へと変える。

 

「何を呆けておる……クソガキ」

 

 女が瞳を開く。その黄金を湛えた怪しく光るその瞳は、圧倒的な力を持つ捕食者の物だった。

 

「お、お姉さま?」

 

「ん? 何じゃぁ。ちいと髪型を変えただけで、判別出来んか? あほうな妹じゃ」

 

 ミョルニルを肩に担ぎ、ビクトーリアはゆっくりとシャルティアに近づく。その歩調は徐々に速度を増し、走る速度でシャルティアと向き合い、ミョルニルを振るう。シャルティアはスポイトランスを掲げ、ビクトーリアと相対する。

 

 両者の得物が激突した。

 

「え?」

 

 火花を散らすと思われていたスポイトランスが、何の抵抗も無く、金色の砂へと変わる。

 

「な、何が!」

 

 動揺するシャルティアに、ビクトーリアは回し蹴りを入れ吹き飛ばすと、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「これはのう、ミョルニルと言うて、攻撃力ゼロのゴミアイテムじゃ」

 

「攻撃力……ゼロ?」

 

 シャルティアの驚きに、ビクトーリアは頷きで返すと

 

「左様。じゃがな、一つだけ良い所もあってのう、それは……こいつでぶん殴った魔法、アイテム、装備を破壊出来ると言う事じゃ。つまり、アイテム破壊に特化した物じゃといえるのう」

 

 ビクトーリアは楽しそうに説明するが、シャルティアには何が良いのか解らなかった。ビクトーリアも、それを承知と補足を口にする。

 

「こ奴の利点、解らぬと見えるのう」

 

 言って、ミョルニルでシャルティアを攻撃する。これにより、シャルティアの兜が、鎧が、光の砂へと消えた。

 

「これで理解出来るか? ……出来んか。つまりはじゃ、何の制限も守る物も無く、一対一の殺し合いが出来ると言う訳じゃ」

 

 言い終わったビクトーリアの表情は、見た事も無い愉悦を湛えていた。

 

「まあ、デメリットも多くてのう、これを呼び出すためには赤ゲージ、つまりは瀕死の寸前まで自分を追い込まなならん、と言う事じゃな。そして、妾の纏っておるこの装備……防御力はゼロじゃ。ここまでせな、これは使えん。つまりは……クソガキ、うぬは強者、と言う事じゃ」

 

「う、うああああああー!」

 

 シャルティアは声を上げ、ビクトーリアに向け走り出す。だが、シャルティアを見つめるビクトーリアの瞳は、どんよりとした物だ。その理由は、シャルティアにあった。鎧を破壊されたシャルティアの身体は、インナー一枚の姿となっていた。だが、そのインナーが原因なのだ、紺色の木地に、左右の胸の頂点辺りを走る二本のシーム。胸に貼られた白い布には“しゃるてぃあ”の文字。ビクトーリアの記憶が正しければ、あれはスクール水着、と呼ばれていた物だ。それも旧型の。非常に趣味的な物だった。

 

「あんのエロ鳥がぁ」

 

 最早、ビクトーリアの口からは、この言葉しか出てこなかった。

 

 両者の拳が交錯し、お互いの顔面を捉える。左手で互いの襟足を掴み、ノーガードで殴り合う。ガントレットが赤く染まり、周りの空気も鉄の匂いを含んで行く。純粋な殴り合いの勝負、膝を着いたのはシャルティア。荒く息つき、その眼は焦点が合ってはいない。

 

「しっかりせんか!」

 

 檄を飛ばしながら、横蹴りでシャルティアの顎を打ち抜く。力が完全に抜けていたシャルティアは、この攻撃によって、後方へと吹き飛ぶ。本能とでも言うのか、シャルティアはすぐに身体を起こす。しかし、このチャンスを逃すビクトーリアでは無い。視界の揺れが収まったシャルティアの眼前に、三本の飛来物が迫る。煙管の形にリデザインされた、ダガーだ。シャルティアは、ダメージを最小限とする為、顔の前で腕を交差する。しかし、その行動は失敗に終わった。直撃するかと思われた煙管は、シャルティアの直前で爆散したのだ。その煙によって、シャルティアの視界が奪われる。焦り、その場を飛び退こうとするシャルティアの左肩に、激しい衝撃と痛みが走る。急ぎその場所に視線を向ける。そこには、赤い旗が揺らめくフラッグポールが突き刺さる。シャルティアは其れを引き抜こうと手を掛けた。

 

 だが、ビクトーリアの攻撃は終わってはいなかった。フラッグポールに意識を取られ、シャルティアは失念した。敵であるビクトーリアの存在を。それに気付いた時には、もう遅かった。フラッグポールに続き、シャルティア目がけてビクトーリアが飛来する。まるで正座をするかの如く、ビクトーリアの両膝がシャルティアの顔面に食い込んだ。これによって、シャルティアはさらに後方へと吹き飛ぶ。急ぎ立ち上がろうともがくが、シャルティアの足は震え、言う事を聞いてはくれない。ビクトーリアはゆっくりと近付きながら、力有る言葉を口にする。

 

「スキル。運命の三女神(ノルン)

 

 力の解放により、ビクトーリアの姿がブレる。そのブレは徐々に大きくなり、最後には三人のビクトーリアの姿が。

 

 ――運命の三女神(ノルン)。シャルティアが使う死せる勇者の魂(エインへリヤル)の上位互換とも言えるスキル。十五秒間の制限で、過去と未来の自分を呼び寄せる――

 

 三人のビクトーリアは、シャルティアを中心に、前二人、後一人の三角形を作り、同時にシャルティア目がけ走り出し、膝を突き立てた。同時に、二人のビクトーリアは姿を消す。頤を左右から、そして襟足に膝を叩きつけられ、シャルティアはぐったりと座り込む。その様子を探る様に、ビクトーリアは周りを一周し、シャルティアの正面に立つ。ビクトーリアは、ゆっくりと、優しくシャルティアの両手を取る。その行動は他者から見れば、敗者を讃える者に見えるだろう。だが、この戦いは殺し合いなのだ。シャルティアを救う為に、シャルティアを殺す戦いなのだ。ビクトーリアは、シャルティアと両手を繋ぎながら、右足を引く。そして、力ある言葉を口にする。

 

「超位魔法Grand Symphony(勝利への賛歌)

 

 二人の周りに多重魔方陣が展開される。

 

「怨むなとは言わぬ。全ては妾の責じゃ。復活した後、殺したければ殺せ。……良いな」

 

 ビクトーリアはシャルティアに向け、膝を突き上げる。勝負は決まった。シャルティアは、その姿を黄金の砂粒へと変える。

 

「流石でありんすぇ、お姉さま……」

 

 消えゆく中、シャルティアの呟きがビクトーリアの耳に、胸に傷を残した。

 

 




次話にて、シャルティア戦終了となります。
最後の超位魔法については、次話で説明が。
ミョルニルの見た目は、某ゴルディオンハンマーを想像して頂ければと。

この章終了後の、新章については、完全オリジナル ”一顧傾国編” と続きます。

いかがでしたか?
感想お待ちしてます。
補足
ビクトーリアのフィニッシュ技は、プロレスラー飯伏 幸太選手のカミゴェと言う技です。

お付き合い頂ければ幸いです。

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