砂粒となって消えるシャルティアを見つめながら、ビクトーリアはドサリと膝を付いた。うつむいた、その額、髪からはポタリポタリと紅い雫が落ち、地面を濡らす。
「本当に愚かだ。あなたは愚か物だ」
力無く頭を垂れるビクトーリアの背後から罵声と言って良い言葉が投げかけられる。
「……そう、かな?」
「ええ。そんなに傷付いて、雷神モードまで使って、一歩間違えば……」
「解っている。解っているよ。だから、だから泣くな、タナトス」
――ビクトーリアの背後の者。名はタナトス。褐色の肌と、銀色の髪が特徴的な、ビクトーリア唯一の女性型NPC。その容姿は、ビクトーリアと瓜二つであり、影武者の役割も持つドッペルゲンガー。Lv50程で、そのクラス構成は、ニグレドと酷似した物だ。つまりは、探知特化のクラス構成と言う事になる。YGGDRASILでは、ビクトーリアのホーム、小さな倉庫の様な所に配置されていたのだが、転移後はフレーバーテキストに則り、ビクトーリアの影に潜んでいる。――
「な、泣いていません! それよりも早く回復を!」
タナトスの慌てた口調に、ビクトーリアは僅かな笑みを見せる。
「ふふっ。まだ仕事は終わってはおらん。タナトス、お前は先に帰れ。あっ! 悪いが、雌猫の回収と、ヴァンパイア・ブライドの捜索も頼む」
そう言うと、ビクトーリアは虚空からフリントロック短銃を取り出し発動させると、闇へと消える。その光景を、タナトスは潤んだ瞳で見つめ続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「終わった様だな」
アインズは、展開される
「はい」
アルベドがアインズの言葉に反応し相槌を打つ。周りを見渡せば、各守護者達もまちまちな反応を見せている。コキュートスは微動だにせず、じっと立ちつくし、デミウルゴスからは、小さな舌打ちが聞こえた。マーレに眼をやれば、瞳を大きく見開き、憧れの様な視線で項垂れるビクトーリアを見つめている。アウラに至っては、瞳に涙を湛え、ビクトーリアへ向け腰を折っていた。そして、先ほど相槌を返して来たアルベドは、安心したのか腰が抜けた様に、床に座り込んでいる。
「あ、あの、アインズ様」
憧れの眼そのままに、マーレが口を開く。
「ん? どうした、マーレ」
「あ、あの。先程ビクトーリア様の使った魔法は?」
マーレは、素朴な疑問を口にする。その言葉を受けたアインズは、一瞬何を言っているのかが解らなかった。だが、言葉を飲み込み考えてみると、その意味が良く解った。マーレの中では、超位魔法とは
「うむ。ビッチさんが最後に使った超位魔法。あれは、ワンモーションだけ行動がクリティカルになり、それに付随して防御値無視とバフ無効化をもたらすと言う………………ゴミ魔法だ」
「「え?」」
アインズの発した最後の言葉に、守護者達から驚きの声が上がった。守護者達の、ポカンとした表情を見回し、してやったりの表情?でアインズは説明を続ける。
「良く考えてみろ。超位魔法を唄った次の行動に効果が掛るのだぞ。戦士であるなら、剣を振りかぶった所で、効果は終了だ」
「「あ」」
アインズは愉快そうに、そう言葉にする。この事により、守護者達も事を理解する。つまりはこう言う事だ。アインズが言ったように、剣士、騎士であれば、剣を振り上げた状態で呪文を口にする。インファイターならば、殴る構え、蹴る構えの状態で呪文を口にする。
「しかし、ビッチ様はどうしてそんな面倒臭い超位魔法を?」
アルベドが根源的な疑問を口にする。デミウルゴスを除き、他の守護者達も頷きで同意していた。アインズは、一瞬間を置き、勿体ぶる様に続きを口にする。
「ビッチさんの、戦闘スタイル。そして、最後の技、カミゴェがあるからだ」
「……カミゴェ。アノ、サイゴニ放ッタ膝蹴リノ事デショウカ?」
「そうだ」
アインズは、短くコキュートスの質問に答えると、どう説明すれば良いのか悩んでいた。ゲームとしてのシステムで説明するのが良いのか、現実として説明すべきか。選んだのは後者だった。
「端的に言うとこうだ。蹴り技、絞め技などを駆使し、敵のHPを減らしつつ、好機を得たら頭部、顎への攻撃に変化させ意識を刈り取る。相手が動けなくなったならば、両の手を取る事でさらに拘束し、超位魔法、カミゴェと言う流れだな」
「しかしアインズ様。あれは、只の膝蹴りに見えましたが?」
デミウルゴスがいちゃもんを付ける様に、口を挟む。しかし、その言葉に気分を害する事無くアインズは口を開く。
「ふふっ。デミウルゴスともあろう者が、知らぬ筈はなかろう。魔法に階位が存在する様に、戦士職の技にも同様の物がある。そうだな、コキュートス」
「ハイ。確カニ」
「うむ。ビッチさんのカミゴェは、魔法で言う第十位階に相当する威力を要しているのだ」
「じゃ、じゃあ」
驚いたようにマーレが呟く。
「そうだ、そんな攻撃を生身、防御力、バフを無効化した状態、まさに生身で食らえば、どれだけダメージを持って行かれるか……。解るな?」
アインズの問いかけに、守護者達の喉がゴクリと鳴った。
「しかしアインズ様。カミゴェ、とは、神越えとも聞こえますが?」
アルベドが口を開く。
「確かに。元々の名は、神越えだったはずだ。確か、非公式ではあるが、神を倒した技だとかでな。名の由来が知りたければ、直接聞いてみるが良かろう。アイツは此処に居るのだからな」
そう言ったアインズは、少し笑った様に見えた。
「さて、アルベドよ、パンドラズ・アクターにメッセージを飛ばせ。シャルティア復活の準備をせよ!」
「「畏まりました!」」
杖を掲げ、指示を飛ばすアインズに、守護者達は臣下の姿勢で了承の意を返す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パンドラズ・アクターの働きにより、玉座の間に大量のYGGDRASIL金貨が運び込まれた。枚数にして五億枚。重量にして一万トン。その金色に光る光景を見つめながら、アインズは素直な感想を口にした。
「金貨の山、などと言う比喩を良く聞くが、これは本当に山だな」
「はい。その通りです」
隣に立っていたアウラが相槌を打つ。
「でもアインズ様」
「何だ?」
「この金貨の山が、シャルティアになるんですよね?」
「うーん。そうだとも言えるし、違うとも言えるな」
「?」
横で首を傾げるアウラの柔らかい髪を、アインズは優しく撫でる。
「これは、対価だからな」
「対価?」
「そうだ。アウラよ、この光景を見てどう思う?」
「単純にすごいと思います」
「そうだ。その凄いと思える物が、お前達の価値なのだ。お前達は、私にとっても、ビッチさんにとっても、それだけの存在なのだ」
「………………」
アインズの言葉に、アウラは返事をする事が出来なかった。少しでも気を抜けば、涙と嗚咽が漏れそうになる。それほどに、感動していた。それでも、何とか言葉を絞り出す。
「ビ、ビクトーリア様に、お、お礼、言わなきゃ」
うつむき、その言葉を絞り出すアウラの髪を、アインズは再び優しく撫でた。何度撫でたであろうか、アウラの気分が落ち着いたのを確認すると
「これより、シャルティア復活の儀式を行う。アルベドよ、モニターから眼を離すな」
「畏まりました、アインズ様」
「復活後、まだ洗脳が続いているようならば、我々守護者が対処いたします」
デミウルゴスが、釘を刺すように言葉を紡ぐ。だが、その言葉に対し、アインズは首を横に振る。
「ダメだ。そうなった場合は、私が単騎で当たる」
「「アインズ様!」」
守護者達の悲鳴にも似た声が響く。
「そうしないと、私はビクトーリアの隣に立つ資格を失うのだ」
「しかし、アインズ様!」
デミウルゴスが再度、懇願の声を上げる。声こそ出さなかったが、アウラとマーレも同じだった。だが、この言葉を受け入れ、沈黙を守る者もいた。アルベド、コキュートスである。アルベドは、アインズ、いやモモンガのプライドを感じ、コキュートスは武人として、その誇りを感じたためだ。
「ヤメロ、デミウルゴス」
「何を言うんだ、友よ」
「アインズ様ハ、コウ仰ッテイルノダ。御自分ガ立タナケレバ、我ラノ支配者デハ居ラレナクナルト」
コキュートスの重い言葉に、デミウルゴスも黙る他無かった。
「では行くぞ……」
そう言うと、アインズはスタッフ オブ アインズ・ウール・ゴウンを掲げ、高らかに意志を示す。
「シャルティア・ブラッドフォールンよ、復活せよ!」
アインズの言葉に呼応する様に、山と積まれたYGGDRASIL金貨が、ドロリと溶け出す。黄金の海、とでも言えば良いのか、玉座の間を埋める煌きは、徐々に範囲を狭め、人の形を創って行く。大まかな形を取る煌きは、圧縮する様に細かな造形を形造る。どれほどの時間が経ったであろうか、黄金の煌きは姿を消し、その場には、白蝋じみた肌、長い銀色の髪、間違い無くシャルティア・ブラッドフォールンが横たわっていた。アインズは、その姿を確認すると
「アルベド!」
急ぎ確認を要求する。それを受け、アルベドは空中に浮くモニターを見つめ
「問題ありません、アインズ様。シャルティアの蘇生は成功致しました」
この回答を聞き、アインズは安心したかの様に、大きく息を吐くと、虚空から漆黒のマントを取り出し、シャルティアに掛けると、玉座に続く階段に腰を降ろす。皆が見つめる中、ゆっくりとシャルティアの瞼が開く。
「あ……れ? わたしは、いったい?」
「「シャルティア!」」
「ほえ?」
シャルティアに守護者達の言葉が飛ぶ。だが、シャルティアから洩れた言葉は間抜けな物だった。それを聞いた守護者達は、安心の息を吐いた。何時ものシャルティアだと。
「無事か? 身体に変調は?」
アインズは、優しくシャルティアに語りかける。言葉を受け、シャルティアは右手で顔や、身体を撫で
「これと言って、異常はありんせん」
にっこりとほほ笑みそう言った。これを聞いたアインズは、本日何度目かの安堵の息を吐く。
だが、場は緊張に支配される事になる。
「ア、アインズ様!」
何かを感じたのか、シャルティアが大声で呼びかけた。
「ど、どうしたのだ、シャルティアよ!」
「む、胸が………………無くなっていんす」
「「はあ?」」
シャルティアの発言により、安堵が支配していた玉座の間が紛糾する。先程まで、優しげな瞳で見つめられていたシャルティアに、守護者達から罵声が浴びせ掛けられる。アインズは、その声を手で制止し、シャルティアの側で腰を降ろすと、その髪を骨の指で空く様に撫で下ろす。
「シャルティアよ、疲れている所を悪いが、お前の最後の記憶を教えて欲しい」
「は、はい。えーとぉ、巨乳美女と、ローション塗れで戯れている所でありんすかぇ?」
「は?」
アインズを含め、守護者達はこう思う。コイツ、何言っているんだ、と。
「それとぉ……」
先程の馬鹿な発言に続き、シャルティアは何か言おうと口を開く。
「寂しげな………………黄金の瞳」
この言葉を耳に残し、アインズは短く「そうか」と言葉を返し、再度シャルティアの髪を撫でると、玉座へと続く階段に腰掛け、天井に並ぶ仲間達の旗を見つめながら
(シャルティアは、無事復活出来ましたよ。お礼が言いたいです。早く帰って来て下さい。……ビッチさん)
そう、心の中で呟いた。
vsシャルティア戦、終了です。
次話からは、予告通り”一顧傾国編”となります。