最初からかなり物騒な話です。
終末の訪れ
スレイン法国、首都ニース。だが、人々は首都とは呼ばず、聖地ニースと呼んでいた。
南北、東西に大きな水路が十字に貫き、それを繋ぐ様に幾つもの小規模の水路が円環上に造られている。非常に水に恵まれた都市である。
その中央には、城とも取れる、六つの塔で構成された神殿がそびえ立ち、街は非常に明るく、品物が溢れ、道行く人々は敬虔な六大神信者として、皆礼儀正しく暮らしている。
その中央にそびえる神殿の、中心に位置する塔の上層階には、最高神官長の執務室がある。現在その部屋には、二人の人物が居た。一人は、この部屋の主人である最高神官長。もう一人は、スレイン法国の暗部、漆黒聖典の隊長だ。
「先ほども聞いたが、もう一度説明して貰えるか?」
包帯でガッチリと固めた両手で頬杖をついた姿勢をとり、最高神官長は尋ねる。
机を挟み、正面に立つ漆黒聖典隊長は、背筋を正し、微塵も億劫さを出さずに、口を開く。
「はい。
最高神官長は、「うむ」と短く相槌を打つと、漆黒聖典隊長の手に握られた、古ぼけた槍を見つめた。
「お主程の者でも、その
「解りません。ただ、総当たり、と言う事であったなら……私一人の生存、と言う形で終われるかも知れません」
「………………神殺しの槍を持ってしてもか?」
「はい」
最高神官長は、この言葉を受け暫し口を閉じ
「ならば、その槍は、神を殺す事が可能か?」
突然、物騒な言葉を聞かされた漆黒聖典隊長は言葉を失う。言葉を発する事が出来ない眼の前の人物を見て、最高神官長は再び口を開いた。
「神、と言っても、我らが信仰する神ではない。その槍は、神を、煉獄の王を殺す事が可能か? と言う事だ」
煉獄の王、と言う単語を出され、漆黒聖典隊長は、自身の腕にある槍を見つめる。
その時、僅かに塔が揺れた。
「地揺れ、か?」
そう最高神官長が推測をした時、下級神官が慌てて部屋に入って来た。
「何事か! ノックもせずにドアを開けるなど……」
重罰物だ、と言葉を続けたかったのだが、下級神官はそれを許さないとでも言わんばかりに口を開く。
「し、神殿の地下で爆発が、謎の爆発が起こりました!」
「何!
「ち、違います。爆発と共に、何者かが侵入したと思われます!」
「――――」
最高神官長は、再度何が起こったのか確認しようと口を開くが、それは、漆黒聖典隊長によって止められる。
「最高神官長様、今は現状の確認が先かと」
「解った。礼拝堂へ向かう」
「はっ!」
返事を合図に、三人は階段を足早に降りて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最高神官長と、漆黒聖典隊長が急ぎ階段を降りると、その者は居た。
神殿の一階部分、外と地続きの場所に巨大な空間があった。そこは、国民が礼拝する為の礼拝堂。入口は大きく、大人が五人横並びで入っても十分な余裕があるほどだ。奥には、六大神を祭る豪華なオーナメントが多数。石壁ゆえか、そのひんやりとした空気は、まさに神殿、神の住まう殿である。だが、今此処に流れる風は、災厄を運んで来たようだ。
清らかだった空気は、鉄の匂いを含み、白く輝いていた壁は、所々赤い汚れが張り付き。敬虔な信者達が歩む床は、ドロリとした赤黒い液体が濡らしていた。
漆黒聖典隊長は、最高神官長を庇う様に前へと歩み出る。一瞬、自分の眼に映る物が理解出来なかった。床は、首を胴を両断された死体で埋め尽くされているのだ。身に付けている物を確認すると、この場を守っていた神官戦士と思われる。その中には自分の部下、漆黒聖典のメンバーの姿も何人か見てとれた。
「漆黒聖典は
涼やかな声が礼拝堂に響く。漆黒聖典隊長は、声の主に視線を向ける。その者は、入口を背に立っていた。逆光であるが、はっきりとその姿は見てとれる。赤いドレスには、所々黒い染みが広がり、黄金の髪は、赤く濡れている。右手には棒の様な物を持ち、左手には何か丸い物をぶら下げている。
「漆黒聖典は
その者は、もう一度同じ言葉を繰り返した。
喉がヒリヒリと乾く中、漆黒聖典隊長は名乗りを上げる。
「わ、私だ! 私が漆黒聖典隊長だ!」
言い終わり、目の前の人物を睨みつける。その者は自分から視線を外し、壁際へと視線を向けていた。その視線を辿ってみる。そこには見知った顔の者が頷いていた。その者は最高次官ニグン・グリッド・ルーイン。異端者だ。
漆黒聖典隊長は、全てを理解した。いや、目の前の人物が誰なのかを理解出来たと言った方が正確だ。
「こんな場所で、煉獄の王にお目通り願えるとは。今日は良い日、なのですかね?」
「さあの。うぬがそうであるならば………………土産じゃ」
そう言って煉獄の王は左手を掲げる。その手にあった物は
「カ、カイレ様!」
その首だった。
「な、何故に! 何故カイレ様を!」
漆黒聖典隊長の声が荒い物へと変わる。
「何故? 何故じゃと。解らぬなら、解らぬまま死んで行け」
その言葉を聞き終わるや否や、漆黒聖典隊長の腹部に、衝撃と痛みが走った。それが理解出来ぬまま、その身体は石壁に叩きつけられる。煉獄の王が持っていた頭部が投げつけられたのだ。息が詰まり、身動きがとれない。敵の足音は、ゆっくりとだが近付いて来る。死ぬのか?そんな疑問が脳裏をかすめる。その時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「隊長!」
漆黒聖典第五席次の声だ。
「クワイエッセ?」
その瞬間、礼拝堂が赤い光に包まれた。魔方陣の光だ。
クワイエッセ・ハゼイア・クインティア。召喚魔法の使い手。その呼びかけに応え、場には三体のギガント・バジリスクが現れる。石化の視線、毒を持つ体液。戦士系の者ならば、強敵となるモンスター。
クワイエッセは、モンスターに指示を出し、煉獄の王へと向ける。だが、囲まれているはずのその者は、息を乱す事無く右手の得物を振り下ろした。二度、三度振るうそれは、確実にギガント・バジリスクを捉える。僅か数分の後、一体は頭を潰され、一体は腹を裂かれ、もう一体は部位が解らぬほど破壊されていた。
だが、煉獄の王の行動は、それで終わらなかった。手にした得物を、クワイエッセ目掛け投擲する。その得物は、クワイエッセの頭部を貫き、壁を破壊する事で行動を終える。残されたクワイエッセの胴体からは、真っ赤な鮮血が吹きあがり、礼拝堂を飾る噴水となった。
「ク、クワイエッセ!」
叫びと共に、漆黒聖典隊長は自身の槍を煉獄の王へと向ける。突き出されたその切っ先を、僅かに身体を捻る事でかわすと、槍を持つ漆黒聖典隊長の右手首を掴む。
「な、何を!」
「何を、では無いわ」
煉獄の王は、空いた左手で首筋を掴む。その瞬間、漆黒聖典隊長は浮遊感と窒息感に襲われる。煉獄の王は、その細腕で男一人を高々と持ち上げたのだ。拘束から逃れようと足をばたつかせ、もがいてみるが、その力は一行に弱まる事は無い。息が詰まり、意識が薄らぐ。力が抜け、その手に持つ槍が床へと落ちた。
槍が床にぶつかる、カランと言う軽い音に反応し、意識が戻ったかの様に煉獄の王は、漆黒聖典隊長を投げ捨て、槍に手を掛けた。槍を手に、煉獄の王は、獲物を見定める様に礼拝堂の奥へと視線を向ける。薄暗がりのその場所には、腰を抜かしたのか尻もちを付く最高神官長の姿があった。
「そこに居ったか。この
そう呟くと、瞳に憎しみの色を浮かべ、槍を投げつけた。槍は、光の軌跡を残し、最高神官長の腹部を貫通し、背後の石壁を破壊する。
そして、煉獄の王の視線は再び漆黒聖典隊長へ。ゆっくりとした動作で、その頭部を踏みつけた。ギリギリと万力の様に込められる力と痛みに、漆黒聖典隊長の意識が蘇る。
「うぬが、隊長じゃったな?」
「くっ!」
「質問しておるのじゃ。答えい」
「ぐっ! うっ!」
「答えい、と言うておる」
そう言いながら、踏みつける足に力を込める。
「うぬが答えぬならば………………他の者に聞くまでじゃが」
煉獄の王の言葉だけ取れば、実に平和的な物だ。だが、煉獄の王はこう言っているのだ。答えなければ………………殺戮を続けると。
漆黒聖典隊長も、スレイン法国最強の部隊を率いる者。煉獄の王の言い分が解らぬ訳が無い。痛みと苦しみの中、何とか言葉を絞り出す。
「そ、そうだ! 私が隊長だ!」
「ふうん。左様、か。随分と妾の妹を可愛がってくれたそうじゃな」
妹? 漆黒聖典隊長には、全く心当たりが無かった。それを見越した様に、煉獄の王は言葉を続ける。
「解らぬか。ならこう言えば良いかのう。うぬらが放置した
「!」
「解った様じゃな。では、御機嫌よう」
その言葉が、漆黒聖典隊長の聞いた最後の言葉だった。グシャリ、と言う不愉快な音を立て、煉獄の王の靴底は床に着く。赤い足跡を残し歩きながら、煉獄の王はニグンへ向け口を開く。
「ニグンよ、槍を持ってまいれ」
「畏まりました」
ニグンは、床に散らばる人であった物など、意にも解さず足早に槍の下へと駆け出した。暫しの時間を有し、ニグンは煉獄の王の下へと帰参し、手に持つ槍をうやうやしく差し出す。それを手に取り
「コレとアレは、妾が頂く。異論は?」
「御心のままに」
「うむ、後は任せる。少しじゃが気は晴れた。そこらの物は蘇生させるなり、捨てるなり好きにせえ。では、またの」
そう言って煉獄の王は展開した暗闇へと姿を消した。
それを見送るニグンの顔には、歓喜の色が滲み出ていた。
ほぼ壊滅状態のスレイン法国。
だれが蘇生可能かは、次話以降で。