スレイン法国、地下最奥通路。
光に映し出される物は、瓦礫と化した石壁に、年若い神官達。後に終末の惨劇と呼ばれる事になる、煉獄の王の襲撃によって付けられた傷痕の修繕中である。
左右の壁に張り付く様に働く神官達の合間を縫う様に、一人の少女が重い溜息を漏らしながら歩いて行く。左右で白と黒に分かれた髪色。髪とは逆色を宿す、虹彩異色の瞳。スレイン法国 漆黒聖典 番外席次 絶死絶命。
少女は何も言葉を発せず、ただ溜息のみを吐きながら、中央塔の目当ての場所へと向け登って行く。目的の場所は、中央塔の上階にある最高神官長執務室。その扉を、番外席次はまたもや湧き出る溜息と共にノックした。部屋の中から、入室許可の返事が返されると、番外席次は乱暴にドアを開け室内へと入っていった。そこには満面の笑みで、自分を迎える、次期最高神官長 ニグンの姿があった。
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「あんた、それ本気?」
コンクラーベの結果を聞かされた、番外席次の第一声がコレだった。ソファーに腰掛ける番外席次に対し、窓際で立つニグンは、張り付いたのか?と思えるほど笑顔を絶やさずに口を開く。
「もちろんですよ。こんな事、洒落や酔狂では言えないでしょう?」
「まぁ、そうだけど………………おおさまを、皇にねぇ」
――ニグンの語った事はこうであった。最初コンクラーベは、ビクトーリアを次期最高神官長に、と言う決定であった。しかし、そこでニグンが声を挙げたのだ。最高神官長とは、すなわち神官達の頂点である。神であるビクトーリアを頂くのに、人と同じ地位で良いのだろうか?と。そして、ニグンが掲げた言葉が、法皇の地位。王と言う存在が居なかった宗教国家の頂点に、王を頂くと言うのだ。しかし、この荒唐無稽と思われるニグンの発言を止める者は、誰一人居なかった。傘の下に収まるならば、より大きな傘の下へ。それが総意であり、それほど人、と言う種は弱いのを知っているからだ。――
唸る番外席所の表情を見て取り、ニグンは疑問の声を上げる。
「どうしましたか? あなたなら、喜んでくれると思いましたが?」
そう問いかけるニグンの言葉にも、番外席次は「うーん」と唸るに留まる。この状態では会話は進まない。結果、ニグンも口を噤む他なかった。部屋が沈黙を抱え、どれほど経っただろうか。ゆっくりと番外席次が口を開く。
「あのさぁ。おおさまが、法皇ってのになったら、この国荒れると思うよ」
番外席次の言葉に、ニグンは首を傾げる。
「おおさまの日常ってさぁ、基本文官みたいな物なんだよね。一日中机の前に座ってさあ。そん中で、時々笑う瞬間があるんだよ」
一旦言葉を切った番外席次に、ニグンは頷きで続きを促す。
「その時って、外で女の子達の喧嘩の声が聞こえて来た時や、私と雌猫、それに魔女っ娘が言い争っていたりする時で、そこの偉い人や、メイドとの会話も楽しそうなんだよ。この国が、そんな風になっても、ニグン、あんた許せる?」
この問いに、ニグンは歓喜の表情で
「当たり前ですよ。なんと慈悲深き御方。それこそスレイン法国の頂に相応しい」
この喜び様を見て、番外席次は再び溜息を吐いた。喧嘩をしていた少女は、ダークエルフと
つまりはこうだ。人の救済を旨とするスレイン法国が、亜人種、異業種までも救う国家となる。それが、許せるのか?と、問いかけているのだ。だが、ニグンの表情を見る限り、コイツは許すだろうと、いや、歓喜で迎えるだろうと番外席次は見て取った。
「ま、まあ。こう言う事は本人に選んで貰うのが一番だと思うよ。呼ぶ?」
返事は必要なかった。ニグンの表情が、それを物語っていたからだ。番外席次はメッセージの呪文を介し、ビクトーリアへと連絡を入れた。
時間にして約三十分、番外席次は執務室に闇を展開する。その中から産まれる様に、三人の女性が姿を現す。目深にローブをかぶった者。年若い
ビクトーリア以外の二人に対し、ニグンは若干の不信感を顕わにするが、ビクトーリアの手前、丁寧に歓迎の礼を取る。その行動に対し、ビクトーリアは右手を上げる事で応え、ソファーへと腰を降ろす。僅かな、ほんの僅かな時間、場を沈黙が支配した。それに気付いたビクトーリアは、コホン、と一つ咳払いをすると、ニグンへ向け口を開く。
「ニグンよ。その娘は、妾が預かっておる
「ニニャと申します」
ニニャは、ニグンに対し名乗りを上げる。
「もう一人は、雌猫、ローブを上げよ」
「はーあーい」
ローブの者は、甘ったるい、ふざけた様な言動で、頭に被るローブを脱ぐ。その下に隠れていた顔に、ニグンの表情が引き釣った。
「お、お前は、疾風走破!」
「せーかーい」
「何でお前が!」
声を荒げるニグンに対し、クレマンティーヌは涼しげな表情で返す。
「いやー、悪さしてたら、コイツに見つかっちゃってさぁ、なんやかんやで、今はビクトーリア様の御側に居れる訳よぉ」
番外席次を指差し、そう答えるが、クレマンティーヌの説明は、色々端折り過ぎな為、ニグンには一切伝わっては居なかった。
「まあ良い。ニグンよ、大丈夫じゃ。こやつは今、妾の小姓として付いておる」
ビクトーリアは、ニグンに対し一応の安全を告げた。
「それで、妾に用とは?」
場が収まったのを確認し、ビクトーリアは本題を告げる事を要求する。これに反応し、ニグンは番外席次に語った事と同じ事をビクトーリアに語って聞かせた。いや、懇願した、と言うのが正解かもしれない。
一連の話を聞いて、ビクトーリアは紅茶のカップを片手に、沈黙を決め込んでいた。場の者達は、再びその口が開かれた時に、何と言うのかを期待と不安を胸に秘め待ち続ける。そして、その時が訪れた。
「妾が、皇にか………………受けても良い」
「本当で御座いますか!」
喜びを顕わにしたニグンが詰め寄った。だが、その喜びも次の言葉で、若干のメモリを減らす事になる。
「じゃが、条件がある」
「な、何でしょうか?!」
「典範の改正じゃ」
「て、典範の改正……」
「そうじゃ。無理か?」
眼を細め、自分を見つめて来るビクトーリアを前に、ニグンの背中は、額は、大量の汗を噴き出す。その汗を袖で拭いながら、恐る恐ると言った風態で口を開く。
「そ、それは、国民全てに信仰を捨てろ、と言う事で御座いましょうか?」
この問いに、細めていた眼を見開き
「はぁ? 何を言うておるのじゃ。気でも狂うたか、ニグンよ」
そう言うとビクトーリアは立ち上がり、窓の前に立ち、街の隅々へと視線を向ける。
「良い街じゃ。良き国なのじゃろう。なのに残念じゃ。この国の者達は心が小さい。あまりにも狭量じゃ」
ビクトーリアの独白とも取れる言葉に、場の全員は耳を傾ける。
「うぬらが、妾を傘とするならば、傘となろう。槍と化せと言うなら、槍となろう。うぬらを脅かす者を殺せと言うなら、全てを殺そう。妾は都合の良い歯車と化そう。じゃがな、それは妾の庇護下にある全ての者に適用される。人であろうと、人間種であろうと、亜人種であろうと、異形種でも、それがアンデッドでもじゃ! その為の典範の改正じゃ。答えよニグン。妾を皇と仰ぐか否か」
この言葉に、その姿に、ニグンの膝は折れ、
「我らが皇よ。煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイム様に永遠の忠誠を」
口にするニグンに対し、ビクトーリアはゆっくりと首を横に二度ほど振り
「違うのう。妾はリリー・マルレーン。法皇リリー・マルレーンじゃ」
名のりに呼応する様に、絶死絶命が、クレマンティーヌが膝を付く。そして、声を揃え
「「スレイン法国 法皇 リリー・マルレーン様に永遠の忠誠を」」
こうして、ビクトーリアは法国の皇となった。そして、ニグンと絶死絶命の働きにより、最高機関十一人はこれを認め、書簡にて各国の国王に届けられ、法国の民にも発表された。新たなるスレイン法国の門出は、あと僅かに迫っていた。