OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

65 / 115
困惑する者・暗躍する者

 スレイン法国における、法皇就任の知らせは、他の諸外国を震感させる結果となった。

 

~ローブル聖王国~

 

「何と言うことなの」

 

 ローブル聖王国 聖王女 カルカ・ベサーレスは、書簡を握りしめながらそう呟いた。整った、その花の(かんばせ)は影を潜め、苦しげにも見える表情を映し、金糸の様なその髪に隠れた額からは、汗が滲み出ている。その姿を見つめ、すぐにも声を掛ける者がいた。

 

 ケラルト・カストディオ。聖王国最高位神官及び、神宮団 団長を務める人物だ。それは、この聖王国における、宗教的な部門のトップである事を示す。そして、もう一人。

 

 レメディオス・カストディオ聖騎士団 団長。聖王国の武におけるトップである。つまりこの場には、聖王国と言う国に置ける、実質の支配権を持つ三人が集合している事になる。

 

「いかがなされましたか、カルカ様?」

 

 ケラルトが不安げに声を掛けた。カルカは、一度下唇を噛むと、意を決した様に口を開く。

 

「法国に、スレイン法国に皇が誕生したわ。名は、法皇リリー・マルレーン」

 

「法国が皇位制に?!」

 

 ケラルトは最大級の驚きを示す。だが、実姉であるレメディオスは涼しげな表情で

 

「何を驚いているんだ? 国に王が居ても、何も問題は無いだろう」

 

 平然と問題無し、と言い切る。これに対し、ケラルトは盛大に溜息を吐くと

 

「何を言っているのよ、姉さん。法国程の力ある国に王が産まれたのよ。これは世界が揺れるわ」

 

「ケラルト。だから、どう言う事だと言っている!」

 

 未だ、事が理解出来ないレメディオスは、苛立ちを槇散らかせる。

 

「いい、レメディオス。法国が脅威だって事は、解るわね?」

 

 姉妹喧嘩に発達しそうな会話に、カルカがやんわりと釘を刺す。

 

「うむ。それぐらい当り前だろう」

 

「では、今までそれが脅威の内に納まっていた理由は解るかしら?」

 

「いや、知らん。私は考える立場では無いからな。それは、カルカ様や、ケラルトの仕事だ」

 

 胸を張って、当然と言い切るレメディオスの姿に、カルカは泣きたくなった。だが、カルカ・ベサーレスは出来る女だ。

 

「そうね。あなたは武でこの国を守ってくれれば良いわ」

 

 ケラルトには、カルカが暗に「馬鹿が考え出すと、碌な事が無いから、考えるな」と言っている様に聞こえた。無論、ケラルトも同意見なのだが。カルカは、顔に微笑みを張り付けて、説明を続ける。

 

「法国が、脅威の域で納まっていたのは、その指揮伝達の遅さ故よ」

 

「なんだと! そんなに愚鈍な国だったのか! ならば、責め入れても、奴らは気付かないのではないか?」

 

「姉さん。少しは黙ってカルカ様の話を聞けないのですか? 馬鹿なのですか? 馬鹿でしたね」

 

「むむ。酷い事を言うな」

 

 またしても勃発した姉妹喧嘩を余所に、カルカは溜息と共に説明を再開する。

 

「良いかしら。法国が、各神官長による、合議制を敷いているのは、幾らあなたでも知っているわね?」

 

 疲れたのか、カルカの言葉は毒を含む。だが、それに気付けるほどレメディオスの頭は強く無い。

 

「うむ。当然だ」

 

「それによって、王制を敷いている国と比べると、反応が鈍くなっていたのよ」

 

「うん。どう言う事だ?」

 

「トップダウンで判断が下せない、と言う事よ」

 

 ケラルトが補足説明を行うが、それは、さらにレメディオスを混乱させる。

 

「うん? トップなのに、ダウンなのか? それは私に騎士長を降りろと言うのか!」

 

「そんな事、言って無いでしょう! もう! 姉さんに言葉を理解させるより、花に言葉を教える方が容易だわ!」

 

「何だと、ケラルトの癖に生意気だぞ!」

 

 ワーワー、ギャーギャーと始まる姉妹喧嘩にカルカの堪忍袋の緒が切れる。

 

「もう! 二人とも黙りなさい!」

 

 机を両手で叩き、雷を落とす。カストディオ姉妹は、まだ何か言いたそうな空気を醸し出すが、カルカの手前、ここは一旦引く事にした。

 

「レメディオス、トップダウンとは勅命の事よ」

 

「なんだ、そうか。全くケラルトは、難しい言葉を使いたいお年頃か?」

 

 レメディオスのいらん事言いに、ケラルトの眉が跳ねる。再びカストディオ姉妹戦争勃発の危機は、カルカの刺す様な視線で回避された。

 

「そう。今までは合議制のおかげで、法国の動きは僅かに遅れていたの。そこに法皇が立った。これによって法国の動きは格段に速さを増すでしょうね。それに……」

 

「それに何でしょう、カルカ様」

 

「法皇の名前よ」

 

「リリー・マルレーン………………あっ!」

 

「ええ。この人は一体何者なの?」

 

「どう言う事だ?」

 

 レメディオスの参戦により、先ほどの再戦を嫌ったカルカが、いち早く口を開く。

 

「レメディオス。あなたの名前は?」

 

「うん? レメディオス・カストディオだが」

 

「そう。じゃあ私は?」

 

「カルカ・ベサーレス聖王陛下だ」

 

 そう言うレメディオスは、どこか誇らしげだ。

 

「そうね。私達の聖王国では、名、性と言う順番で自身の名を形成するわ。でも、法国は違う。名と性の間に、洗礼名が入るのよ」

 

「それがどうした?」

 

 またしても理解していないレメディオスに、カルカは法皇の名を指差す。

 

「リリー・マルレーン………………そうか! こいつは法皇じゃ無いのか!」

 

「違います、姉さん。しかしカルカ様、この名は偽名なのでしょうか?」

 

「違うと思うわ。これだけ大々的に諸外国へ発表したのだもの、偽名とは考え辛いわ」

 

「ですが洗礼名を持たないと言う事は、法国において無神論者、と言う事に……」

 

 カルカも、ケラルトも渋い表情を浮かばせる。最早、レメディオスの事は見ない事にする様だ。

 

「六大神様を信仰していない者が、法国のトップに? 考えられません」

 

「ええ、その通りだと思うわ。考えられる可能性は二つね」

 

「それは?」

 

「法皇が異端、もしくは六大神様以上の場合よ」

 

「そ、それわぁ……」

 

 カルカの言葉に対し、ケラルトは表情を引きつらせながら答えた。それほどまでに、カルカの言っている事は非常識なのだ。

 

「異端と言ますと、黄金信者、ですね。ですが、六大神様以上の者、とは……」

 

「煉獄の王かしら?」

 

 カルカの言葉で、場は笑いに包まれた。

 

「カルカ様、さすがにそれは無いかと」

 

「そうねぇ。そうだったら、世界の危機ですものね」

 

「それで、後は何と?」

 

 他に何が書いてあったのか、とケラルトは問う。その言葉に促され、カルカは再び書簡に視線を移し

 

「いずれ挨拶に向かう、との事ね」

 

「良き関係が作れれば良いのですが」

 

「……そうね」

 

 これは、ローブル聖王国での出来事だが、他の諸外国でも概ね同じような判断が下された。しばらくは静観の立場を取る、と言う消極的な手段を。

 

 

 

 

 

 ~ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間~

 

「アインズ様。情報収集に出していたシャドウデーモンから報告が上がりました。人間達の国で動きがあった、との事です」

 

 玉座に座るアインズに、アルベドが報告の内容を告げる。

 

「そうか。して、その動きとは?」

 

「はい。スレイン法国にて、新たな王が立った様です」

 

「新たな王、だと? 確かビッチさんの報告だと、法国は合議制を敷いて居て、王は居なかったはずだな」

 

「はい」

 

 アインズは顎に指を置き、アルベドから視線を外す。

 

(どう言う事だ? 一体法国で何が? クーデターか? いや、そうならもっと早くに、何らかの動きがあったはずだ。)

 

「アルベド。監視体制を強化しろ。ニグレドの助けを受けても構わん」

 

「畏まりました」

 

 此処で会話は一旦終了し、沈黙が訪れる。その後、僅かな間を置き、再びアインズが口を開いた。

 

「先程、直に報告は聞いたが、お前から見てどうだ?」

 

 問われたアルベドは、一瞬質問の意味が解らなかったが、すぐに其れに思い当たる。

 

「リザードマンの村の件で御座いますね。順調、とは言い難いかと」

 

「うむ。理由を述べよ」

 

「恐らく武人としての意識が強すぎる為、指揮官としての考えが、追い付いていないのかと」

 

 アルベドの分析に、アインズは肯定の頷きで返した。アルベドは、この沈黙を否定と受け止めたのか、一気に感情を乱し狼狽する。その姿は、見ている方が可哀そうになる程だった。

 

「し、沈まるのだアルベド。き、気分を害した訳では無い。考え事を……そう! 少し考え事をしていたのだ!」

 

 アインズの声と共に、アルベドがピタリと動きを止めた。そして、顔を覆っていた両手の指を僅かに開き、そこから様子をうかがう様にアインズを見つめる。

 

「そうだぞ、そうだ。鳴いて、いや、泣いていては、せっかくの美人が台無しだぞ。ビッチさんに、奥さんと認めてもらえたのだろう? さあ、顔を上げるのだ」

 

「はぁい」

 

 アルベドの表情を確認し、アインズはほっと胸を撫で下ろす。説得は上手くいった様だ(機動修正 成功)と。

 

「しかし、誰にも相談するな、とは、いささか意地が悪かったか?」

 

「いえ。強く言わねば、きっとデミウルゴス辺りに相談するかと」

 

 アルベドの答えに、アインズは再度頷き

 

「そうだな。相談に乗るとは言っても、こちらの意図を理解して、上手く誘導してくれる様な者であればいいのだが……」

 

「ならば、私の旦那様が適任かと」

 

 アルベドの発言に、アインズは首を捻る。コイツ、今サラッと何て言った?

 

「アルベド。も、もう一度、言ってくれるか?」

 

「私の旦那様が適任かと」

 

「だんなさま?」

 

「はぁい」

 

 花が咲かんばかりの表情で、アルベドが返事を返して来た。いや、実際咲いていた。

そうアインズには見えたのだ。それはもう、キラッキラの星屑と共に。アインズは、さて、と考えを巡らせる。隣でくねくねしている、サキュバスに対しての対応を。そして、積極的な撤退とも取れる手段を選択する。

 

「その呼び方は、公的な場では控えるのだぞ。し、私的な……そう! 二人っきりの時とかに呼べば、きっとビッチさんも喜ぶぞ!」

 

「はぁい。かぁしこまりましたぁ」

 

 どうやら、湯だって居る様である。アインズは、コホンと咳払いをし、話の軌道修正に着手する。

 

「まあ、お前の方から、メッセージを介しコキュートスへと知らせておけ。あくまでも自然にな。こう、ほのめかす感じで」

 

 誤解されない様に、注意深くアインズは告げる。ちゃんと理解、してくれと思いながら、アインズはアルベドの返事を受け取った。本日の議題もこれで一息着き、アインズは立ち上がると背後の肖像画へと視線を向ける。

 

(ビッチさん、早く帰って来て下さいね。話したい事も、相談したい事も一杯あるんですから)

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。