OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

66 / 115
法皇

 スレイン法国 神宮殿、その中央塔の階段を、目的の場所へと最高神官長ニグンは登って行く。その場所とは、自身の部屋、最高神官長執務室の一つ上階。新たに用意された、法皇執務室である。

 

 

 余談ではあるが、今回の神宮殿修復と法皇就任に対して、法国では様々な改革、改変が行われた。まず、一番目立つ物としては、国旗のデザイン変更である。スレイン法国の国旗は月桂樹の葉が、七枝に分かれた蜀台を囲み、その蜀台の中央を除く六枝に蝋燭が灯る物だ。新たにデザインされた物は、既存のデザインを生かしつつ、中央にも蝋燭が加えられた物となった。これは実質、今まで異端とされて来た、黄金が正式に法国の一柱と認められた事を意味する。

 

 次に、先塔、もしくは第一塔と呼ばれる礼拝堂がある塔の三階の壁をぶち抜き、皇との謁見室が設けられた。

 

 そして、最大の変革は、典範の改正である。今までの典範には、人類の救済、と言う文言が書き込まれていた。しかし、その言葉は消され、新たに書き加えられた言葉は、魂有る者達の救済、及び守護。この改訂により格神官長達は、国民の混乱を危惧したが、反応は実に淡白な物だった。だが、その余波は、思わぬ所で起こっていたのである。それは、奴隷として使役されている、エルフなどの人間種、亜人種達である。魂有る者達、その者達と言う言葉が、諦めていた彼ら、彼女らの沈んだ精神を僅かに浮かび上がらせたのだった。

 

 

 ニグンは、目的の場所を前に、一度深呼吸をすると、軽やかにドアをノックする。僅かに遅れ、扉が侍女を務める尼僧によって開かれた。執務室には、侍女二人を含め六人の女性の姿が。ニグンが入室すると、扉の両側に侍女が立ち、うやうやしく腰を折る。ニグンが手を上げ、侍女に礼を取りながら探る様に目線を動かす。目当ての人物は、部屋の奥に居た。純白のゆったりした貫頭衣、その上から金糸で縁取りと百合の紋が縫われた前垂れを着込み、さらに、金色の現代で言うストールの様な帯、ストラを下げている。そして、その頭部には、前垂れ同様に百合の紋が刺繍されたミトラと呼ばれる布製の皇冠の姿が。この装束は、ミトラ以外はニグンが最高神官長の立場を有効活用し、六大神の残した秘宝の内の一つを差し出した物で、伝説級(レジェンド)アイテムでもある代物だ。

 

「ご気分はいかがですか? 何か不都合は御座いませんか?」

 

 ニグンは、最大級の礼儀を持って、新たなる皇に言葉を掛ける。

 

「不都合は、無い。じゃがぁ……のう」

 

 ニグンの問いに、リリー・マルレーンは言い淀む。その姿に、ニグンの精神はかき乱される。一体、何があったのだろうか、と。だが、それは杞憂であると、リリー・マルレーンの隣に控えていた者が語る。

 

「そう心配しないの。おおさまは、緊張してるだけだから」

 

 そう茶化すのは、リリー・マルレーンと同じ衣装――レプリカ――を纏った番外席次。唯一の違いは、ミトラがベールになっている事くらいだ。そして、もう一人番外席次と同じ衣装の者が

 

「ねえ陛下、ホントに大丈夫。ねえ、ねえ」

 

 しきりに心配して来ていた。。

 

「だ、大丈夫じゃぞ。ホントに。たぶん。きっと……」

 

 詰め寄るクレマンティーヌに、リリー・マルレーンは虚勢を張って答える。もう一人、この場にはニニャも居るのだが、彼女は法国とは無縁の存在の為、法服は着ていない。無論、場所が場所だけに、ドレス姿で失礼が無い様にはしているが。

 

「言葉に真実味が感じられませんが……」

 

 明らかに狼狽しているリリー・マルレーンに、ニニャが感想を述べた。しかし、耳ざとい法皇はそれを聞き逃さない。一足早にニニャに近づくと、目を見開き、真実を暴露する。

 

「大体! 妾は大勢の者の前に出るのは、苦手なのじゃ! 妾は! 妾は! 裏で暗躍するのが、好きなのじゃー!」

 

「それだけ聞くと、ものすごい悪人みたいですよ。陛下」

 

 リリー・マルレーンの発言に、ニニャは苦笑いを浮かべながら呟く。その呟きに反応する様に、リリー・マルレーンはニニャに顔を近づけ

 

「悪人とは失礼な! 妾はちぃと腹が黒いだけじゃ!」

 

「はは」

 

 最早ニニャには、笑う事しか出来なかった。この一騒動で、場の緊張がほぐれた頃、司祭がドアをノックし、式典の時間だと告げる。その言葉を耳にし、リリー・マルレーンは表情を引き締め立ちあがった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 法皇一行は、礼拝堂の外へと繋がる扉の前で待機していた。扉の外には、大勢の法国の民が、誕生した皇の姿を一目見ようと詰めかけている。盛大なラッパの音と共に、その扉が開かれた。薄暗かった礼拝堂に、眩しい太陽の光が差し込む。皆が眼を細める中、一人だけ違う行動を取る者が居た。まるで、その光から逃げる様に、番外席次が扉の陰に隠れたのだ。リリー・マルレーンはその行動を見つけ、不快そうに番外席次の腕を引っ張り、自分の右隣に立たせる。

 

「何をしておるのじゃ」

 

 番外席次はそう咎められると、目を伏せ怯える様に身を縮めた。

 

「あ、あの。わたし。その、ハーフエルフ、だから」

 

 途切れ途切れに、行動の理由を呟く。その悲しみを、悲哀を、恐怖を、リリー・マルレーンは鼻で笑った

 

「ふん! じゃから何じゃ。妾は誰じゃ」

 

 番外席次は、いや、この場に居るニグンにも、クレマンティーヌにも、リリー・マルレーンの言っている意味が解らない。自分は誰か?法皇リリー・マルレーンである。それ以上に、物騒な名を持つ人物でもある。だが、目の前の法皇はそうは言っていない様なのだ。

 

「外には人間達が()ろう。そして、うぬはハーフエルフじゃ。つまりは、今、妾は人間種に囲まれておる。この場で一番異端なのは誰じゃ? この場で人間種で無い、招かれざる異形は誰じゃ? 小娘、胸を張れ、誇れ、声高々に叫べ、自分が何者かを。うぬは妾が、煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムが、唯一自ら望み手元に置いた者ぞ。その者を、うぬは恥ずかしめるのか? うぬの存在で、妾は恥をかくのか? 小娘、妾の言葉が正しいと思うなら行動で示せ」

 

 そう言って、その黄金の瞳に、番外席次只一人を映す。番外席次は思い出す。あの日、自分の世界が変わった瞬間を。自分の過して来た闇が、破壊された瞬間を。嗚咽が漏れそうになる喉を、必死に諌め、その右手でベールを脱ぎ去った。もう脅えないと。もう辛くは無いと。番外席次は、その笹の様な特徴的な耳を外気にさらした。その決意を見て取って、法皇リリー・マルレーンは満足げに微笑み、番外席次をその胸に包みこむ。それが羨ましかったのか、背中にはクレマンティーヌが張り付く。リリー・マルレーンは、苦笑いを漏らしながら

 

「小娘。うぬとタナトスは、妾の両腕となれ。雌猫は、我が剣に。ニグン、うぬは口となり、妾の言葉を民に伝えよ」

 

 この言葉を受け取り、三人は満足げに頷いた。だが、クレマンティーヌが奇妙な声を上げる。

 

「うにゃ? 陛下、ニニャはどうなるの?」

 

 もっともな疑問であった。言い方は悪いが、ニニャも立派なビクトーリアの子飼いの者なのだ。

 

「うむ。あ奴は、妾の眼となって貰う。とりあえずは、帝国に魔法学校なる物があると聞く。そこへ行かせるつもりじゃ」

 

 この提案に、三人は肯定の意志を示す。この合図を持って、準備が整ったとし、法皇リリー・マルレーンは声を挙げる。

 

「では行くぞ。妾の国民の下へ」

 

 そう言って、ニグンを先頭に、次いで番外席次が右に、クレマンティーヌは左に位置を取り、最後尾に法皇リリー・マルレーンと言うダイアモンドを形成し、扉をくぐる。法皇の姿が現れた瞬間、神宮殿前の広場は、地鳴りする程の歓声に包まれた。皆、自分達の皇の誕生を喜んでいるのだろう。いや、この歓声はいずれ訪れる幸福に期待しての物だろう。法国が、もっと巨大に強大になる事で得られる物への期待、と言う事だ。

 

 その歓声の中、用意された演説台の前にニグンが立ち、自らが新たな最高神官長に就任した事や、法皇の下、どの様な教義を進むのかを宣言する。概ねそれは、反対無く受け入れられている。だが、事が魂持つ者の救済、及び守護の話に及ぶと、若干のざわめきが耳に入って来た。発表から日数が立ち、賢い者ならば、その話の裏に気付いたのだろう。その考えに行きついた法皇リリー・マルレーンは、ニグンを退かし、自らが演説台に立った。

 

「皆の者。わが民よ。我らスレイン法国は、今後大きく舵を取る。今までの人間至上主義を捨て、我らの庇護下、傘の下に集う(つどう)者、全ての庇護を軸とする!」

 

 リリー・マルレーンの演説に、広場に集まった者達から声が上がる。

 

「エルフもか!」

 

「ドワーフもか!」

 

「ゴブリンなどを、守るのか!」

 

 様々な種族を持ち出し、法皇の言葉を否定する。だが、リリー・マルレーンは背筋を伸ばし、威厳ある表情を崩さずに口を開く。

 

「無論! 無論である! 妾の傘の下に集うならば、それが人間種でも、亜人種でも、異業種でも平等である! 例え、アンデッドであったとしても!」

 

 このアンデッドと言う発言で、広場はさらなる混乱に包まれた。まるで、この場に集まった者達全員が、法皇の就任に反対するかの様な轟音がリリー・マルレーンに向け放たれる。だが、法皇リリー・マルレーンは、こんな事すでに承知済みと、演説台を離れ民の前に立つ。危険を感じた各神官長達は、法皇と民達の間に神官達を走らせ壁とする。この処置は、法皇を守る為では無い。法皇から民を守る処置である。

 

 リリー・マルレーンは、目の前に居た神官の襟首を摘むと、自身の方へと引き寄せる。引かれた神官は、尻もちを付き、何が起こったのか解らない、と言う顔で法皇を見上げていた。リリー・マルレーンは、その神官の顔を、何の感情も見せない冷たい表情で見つめると、その左手を上げ、そのまま静かに降ろす。一体何を?その感情が場を包む。だが次の瞬間、場は悲鳴が支配する。リリー・マルレーンの行動の後、神官の首が飛んだのだ。ポカンとした表情のまま、首は放物線を描き、地に残された身体からは、噴水のように血が飛び出し、リリー・マルレーンを濡らす。スレイン法国の国民達からは、一瞬にして恐れが溢れ出す。だが、敵対行動は神官達、そして首を刎ねた張本人、クレマンティーヌの壁に阻まれていた。民達の感情を置いてけ堀にするかの様に、リリー・マルレーンは左手を上げる。それに反応し、番外席次が短杖(ワンド)を片手に神官であった物へと近づき、杖に内包された魔法を発動させる。その魔法は、第九位階信仰系魔法 真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)。地に転がった首は、光の砂へと消え、身体を緑色の光が包む。その光は、徐々に輝きを増し、収束して行く。光が消えた後には、あの死んだ神官が、ポカンと口を開き座っていた。

 

 リリー・マルレーンは奇跡を見せたのだ。感情の波が引いていった。誰も、もう法皇を疑う者はいないだろう。だが、法皇リリー・マルレーンの狙いは、意味は別の所にあった。クレマンティーヌを退かせ、神官をどかせると、一番先頭に居た一般市民の男に剣を渡したのだ。男は困惑の感情を見せるが、それに構わずリリー・マルレーンは高らかに、この場の民全員に聞こえる様に口を開く。

 

「さあ! 我らがスレイン法国の民達よ、審判の時である! うぬらは、妾の言葉に異議を申し立てた。しからば、その答えを見せよ!」

 

 そう言うが、一体何を持って答えなのか。その疑問も最もと、再度リリー・マルレーンは再び口を開く。

 

「この神官は、一度死に蘇った。つまりは、アンデッドである」

 

 この言葉に広場に集まる民達、そして法皇就任を祝うため集まった神官長及び、神官達からも驚きの声が上がった。暴論である。だが、真実は突いている。モンスターであるアンデッドもまた、死した者が蘇った結果なのだから。

 

「うぬらは、妾の言葉に否を突き付けた。ならば、その言葉通り、その者の首を撥ねよ」

 

 冷静に、瞳に何の感情も浮かべずに、そう言い放つ。剣を持つ男は座り込み、震えながら「出来ません」と許しを乞うている。それを確認すると、リリー・マルレーンは演説台へと戻り、民に言葉を掛ける。

 

「民達よ! 見たであろう! これが妾の言いたかった事である! 姿、形が変わろうと、そこに魂があれば、我らの傘に集うのならば、その者は我らの友である! 思い描いて欲しい。汝らの親が、子が、妻が、夫が、友人が、手足を亡くしたとしよう。だが、それでもその関係は崩れぬ筈。ならば、姿が、種族が変わっても、その者は我らスレイン法国の救うべき者である。この正義を! この愛を! スレイン法国の……誇り持つスレイン法国の民達の教義とせよ! これを国是とする自国を誇る為に!」

 

 法皇リリー・マルレーンの声が途切れた。場は静寂に包まれている。肯定か、否定か。僅かな無音の時間が過ぎた時

 

「「ワァァァァァァァァァァ!」」

 

 広場が大歓声に包まれた。スレイン法国の民達が、法皇を戴いた瞬間だった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。