少々短めとなっております。
ご了承下さい。
スレイン法国を、新たな朝日が照らし出す。
法皇のセンセーショナルなデビューから一日、法皇執務室の明かりが消える事は無かった。室内に居るのは四人。法皇リリー・マルレーン。最高神官長ニグン。そして、番外席次、クレマンティーヌ。議題は、法国の膿である。奴隷制度、国民の意識改革、内部の組織改革、やる事は山積だ。だが、これらをクリアーしなければ、法皇の、いや、ビクトーリアの目指す場所へは行けないのだ。では、最初の一歩として選択するべき膿は?
「やはり、これじゃろうな」
そう言ってリリー・マルレーンは一枚の羊皮紙を机の上に置いた。ニグンは、それを覗きこむ様に見つめると
「奴隷の解放、ですか」
「うむ。組織改革は、もう少し個人を見定めねばならぬ。国民の意識改革など、さもありなんじゃ。よって、手っとり早く力技で何とか出来るのは、奴隷の解放じゃな」
この発言に、ニグンは表情を歪ませ
「しかし王よ、力技、とは一体?」
と疑問を呈す。だがリリー・マルレーンは、その疑問すら容易い物と言葉を返す。
「簡単な事よ。払ってやれば良いのじゃよ。その命の値段をな」
「「はぁ?!」」
この発言には、場に居る全員が驚きを顕にした。だが、その驚きをリリー・マルレーンは楽しげに見つめると
「ニグン、風花聖典を集めよ。そして、奴隷売買に手を染めおる地下組織に情報を流せ。実は好色な法皇が、奴隷の愛妾を求めておる、とな」
その指示により、直ちに風花聖典は街へと入り、ひっそりと奴隷商人にだけ情報が回る様に暗躍した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~ナザリック地下大墳墓 第六階層 星青の館~
あの指示を出してから数日が過ぎた頃、ビクトーリアはアルベドの要請により、ナザリックへと帰還していた。お付きの者はニニャのみである。そのニニャも、今はキッチン仕事の最中のため、ビクトーリアは一人、書斎のドアを開けた。誰も居ないと思っていた書斎に、動く影があった。その人物は、この星青の館と言う場所に取っては、非常に珍しい人物であった。ビクトーリアはその人物の横を通り過ぎ、椅子に座ると、正面で向き合い声を掛ける。
「珍しいでは無いか。まさかうぬが訪れるとはのう、コキュートス」
そう、今現在ビクトーリアの目の前に居るのは、ナザリック地下大墳墓 第五階層 守護者 コキュートスだった。何時もは威風堂々としていたその姿は、心なしか沈んで見える。ビクトーリアは腕を組み、コキュートスの複眼を見つめながら口を開く。
「どうしたのじゃ? うぬが此処へ来るなど余程の事じゃろうて。申して見よ。他言はせんぞ」
ビクトーリアはそう声を掛けるが、コキュートスは沈黙したままだ。いや、僅かにカチカチと言う音を発している事を見るに、言うか言わまいか迷っているのだろう。その葛藤を理解し、ビクトーリアは黙って自主的な発言を待つ。どれほどの時間が経っただろうか、今までのあらましをコキュートスはポツリポツリと語り始めた。
「成程のう。リザードマンの村を襲撃して、その死体を入手。そして、現地亜人種での、アンデッド生成実験、かぁ。そして、その実行指揮をうぬに丸投げっと………………何じゃそのガバガバな作戦は!」
ビクトーリアは立ち上がり、頭を抱えた。コキュートスに暫し待てと指示を出し、ビクトーリアは書斎を後にする。
~ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室~
「のふぉあ!」
第九階層 執務室にて、上がって来る報告や提案に対し、可否を付けていたアインズが、突然素っとん狂な声を上げた。その声は、本日のアインズ様当番メイド、シクススが驚き身を屈める程だ。声を上げた理由は、突然脳裏に怒声が響いた為である。声の主はビクトーリア。メッセージの呪文を介しての声だ。その第一声が「こぉんのぉ、ドアホがぁ!」である。一体何が起こっているのか?アインズには見当がつかなかった。だが、ビクトーリアの怒りの声は本物だ。これまで、さんざんやらかしてきた集団のボスとしては、丁寧な対応を取らざるを得ない。
「えーと。ビクトーリアさん、ですか?」
『何じゃ骨。ふざけておるのか?』
「いいえぇ。滅相も御座いません」
メッセージを介しての会話なのに、何故か左手でジェスチャーをしてしまうアインズ。傍目で見れば、奇妙な光景だった。しかし、そんな事を気にするでも無く会話は続く。
「本日は、一体何の御用でしょうか?」
『馬鹿にしておるのか? まあ良いわ。リザードマンの村の事じゃ』
「リザードマンの?」
『そうじゃ。しかし、何じゃあのガバガバな作戦は。あれは作戦と言うてはならん物じゃ。あれは、箇条書きと言うのじゃ! 任されたコキュートスが、可愛そうじゃろう』
ビクトーリアの溜息混じりの言葉を聞き、アインズは今回の侵略に対しての、本当の狙いを語った。
『コキュートスの成長じゃと?』
「ええ。完成されたと思われるLv100の者達が、新たなる成長が出来るかどうか、と言う物です」
ビクトーリアは口を噤み、アインズの言葉の意味を噛み締める。
『成程のぅ。そう言う事かや。委細承知、上手くやろう』
「お願いします」
その言葉を最後に、声が消えた。
~ナザリック地下大墳墓 第六階層 星青の館~
憂鬱な気分で待ち続けていたコキュートスの下へ、ビクトーリアが戻って来た。その表情は、部屋を出た時よりも疲れて見える。椅子にドッカリと座ると、全て解ったと口を開く。
「してコキュートスよ、うぬの悩みは何じゃ?」
この問いに、コキュートスは「実ハ……」と前置きを言い語り出す。
「成程のう。リザードマンの戦士か……」
「……ハイ」
「で、うぬはどうしたいのじゃ?」
「解リマセン。只、惜シイト」
コキュートスの言葉に、ビクトーリアは一つ頷き
「それほどの強者、なのか?」
確認する様に、言葉を紡ぐ。だが、コキュートスは首を横に振る。
「イイエ。コノ地ニ住マウ戦士達ヨリモ、僅カニ上、程度カト」
この言葉を聞き、ビクトーリアは思案の為、一度目を瞑る。暗闇の中、思う事はコキュートスの心中。暫しの後、その黄金の瞳を外気に晒し
「コキュートスよ、うぬは彼奴等に何を見た」
鋭く言葉を投げかける。コキュートスは言い淀むが、意を決した様に
「戦ウ者ノ、覚悟ト魂ヲ」
短いが、ハッキリとした言葉で告げた。その言葉を、ビクトーリアは頷く事で受け取る。そして
「救いたいか?」
端的にコキュートスに問う。だが、コキュートスの答えは曖昧だ。
「出来レバ」
煮え切らない答えに、ビクトーリアの拳は机に叩き付けられた。バン!と言う音と共に、コキュートスは聞いた事の無い声を聞いた。
「うぬがどうしたいのか聞いておるのじゃ!」
実にドスの聞いた声だった
「シカシ、アインズ様ノオ考エガ……」
だが、コキュートスの口は、今だ煮え切らぬまま。これにビクトーリアは、溜息を一つ吐き、優しく、諭す様に言葉を紡ぐ。
「良い。言うてみよ。妾は誰にも言わんぞ」
それでも言い淀むコキュートスに、何度も同じ言葉を場投げかける。何度同じ問答が繰り広げられただろうか、コキュートスがやっと本音を吐露した。
「助ケタイ、ト思ッテオリマス」
その言葉に、ビクトーリアは満足げに頷くと
「しかし、それを成そうとするならば、ちいと策が必要かも知れぬのう」
「策、デアリマショウカ?」
「うむ。余程力のある者ならともかく、うぬが語った程度の者ならば、皆納得せんじゃろう。特にアルベドやデミウルゴスがな」
「ムム。デハ……」
コキュートスの気持ちがしおれて行くのが、手に取る様に解った。恐らく、持ち上げられて、急におとされた様に感じたのだろう。
「あ奴ならば、どうしたじゃろうな」
「ア奴?」
「うぬの父の事じゃ」
「オオ。武人建御雷様」
ビクトーリアは、思考の海へと漕ぎ出した。過去の友との思い出の中へと
「やはり、取れる手は少ないのう」
「ヤハリ、ソウデスカ」
「うむ。ならば、シンプルに行くべきじゃな」
そう言ってビクトーリアは立ち上がり、勅命を下す様に口を開く。
「殺せ。うぬが、武神が認めるに足る戦士を選び、完膚無き死を与えよ。そして、その死によって彼奴の覚悟と魂のあり様を見せつけるのじゃ」