OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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命の値段

「陛下。根回しの程、完了、との事です」

 

 そう言うのは、風の神官長 ドミニク・イーレ・パルトゥーシュ。

 

「さようか。首尾は?」

 

 言葉を受け止め、そう返すのは、法皇リリー・マルレーン。

二人は、神宮殿法皇執務室にて、相対していた。

 

「話に乗って来た者は、五名程。それぞれが、五~七名程の奴隷を、現在所有している模様です」

 

 好々爺の表情を崩さず、ドミニクは淡々と語る。

 

「種族は?」

 

 酷く詰まらなそうに、リリー・マルレーンは問いかける。

 

「ほぼエルフですな。若干他種族が混じっているようですが」

 

「さようか。金子(きんす)の準備は?」

 

「整っていると、最高神官長から伺っております。しかし、陛下……」

 

 ドミニクは言い淀む。スレイン法国が、新たな道を歩むのは、もう致仕方無い。だが、奴隷商人を捕縛するでも無く、金を払って奴隷を買い取ると法皇は言う。一体、法皇の目論見は何なのだろうか?ドミニク含め、最高神官長のニグンですら、その狙いは解らずにいた。そんな中、補足説明でもするかの様に、リリー・マルレーンの口が開かれる。

 

「妾は、他人の命で飯を食う輩を、否定も軽蔑もせん。傭兵、冒険者、うぬら裏の部隊の様な、な。じゃが、他人の人生で、飯を食う輩には、虫唾が走る。この国で、妾の機嫌を損ねたら、どう言う目に会うか、あ奴ら自身に味わって貰おうと思うてな」

 

 心中を吐露したと思われるリリー・マルレーンだが、ドミニクにはその真意が理解出来無かった。それを知ってか知らずか、いや、知っているのだろう、リリー・マルレーンは続けて口を開く。

 

「今は知らずとも良い。妾のやろうとしている事など、後で知れば良い。それに……エルフならば、森司祭(ドルイド)などの、強力な職業(クラス)を持っている者も居ようて」

 

 そう言って笑みを浮かべるリリー・マルレーンの姿に、ドミニクの背筋に冷たい物が流れた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 執務室での密談から数日、ついにその日が訪れる。第四塔と呼ばれる、正面から見て右奥にある塔の中央階に、その場所は設けられていた。

 

 その日、朝早くから神宮殿の裏門に数十名の者達が集まっていた。その集団を見つめる者が居たならば、きっとこう言うだろう。奇妙な集団だったと。その言葉は的を得た物だ。数十名の人影の中で、恐らく恥を掻く事無く、街を歩く事が出来る者は、五名程しか居ないのである。他の三十数名は、その姿をボロボロのローブ、いや、毛布と言った方が正しい物ですっぽりとその姿を隠しているのだ。この集団を見るに、どう贔屓眼に見ても、まともな集団では無いのが、一目で解る。そんな者達だ。

 

 しかし、そんな怪しい集団を、一人の神官がうやうやしく神宮殿へと招き入れる。石で出来た階段を上がり、集団は塔の中央にある部屋へと通された。その部屋は、一言で言えば白い部屋であった。床や壁は大理石だろうか?白い石で敷き詰められており、その上から樹液であろうか?が塗られ、現代で言うリノリウムの様な質感があった。部屋の中には何も無く、只、椅子とサイドテーブルが一つずつあるだけで、ガランとしていた。

 

 集団は、神官の指示により、部屋の扉側に集められる。ざわめきつつ時間を過ごしていた者達に、別の神官が、法皇の来訪を告げる。皆、腰を折り、礼を持って法皇を迎える姿勢を取った。僅かな後、扉が開き、ゆっくりと三人の人物が現れる。法皇リリー・マルレーン、最高神官長ニグン、番外席次 絶死絶命の三名だ。リリー・マルレーンは、一つだけ用意された椅子に座り、残りの二人は背後に立つ。周囲をグルリと見渡し、リリー・マルレーンは口を開く。

 

(おもて)を上げよ」

 

 法皇の許しを得て、一同が顔を上げた。その瞬間、場は息を飲むような呻きが支配する。その理由は、リリー・マルレーンの美しさ。美人と言われる造形を数多く見て来たであろう奴隷商人達だが、リリー・マルレーンの美しさは別格であった。醸し出される気品は、皇の重圧となり、高飛車とも取れる言葉は、威圧感に変わる。その王を具現化した様なリリー・マルレーンの口が開かれる。

 

「皆の者、ご苦労である。後の者達よ、遠慮は無用、顔を見せい」

 

 リリー・マルレーンは、背後に控えていた者達にも声を掛ける。その言葉に、場の者達は、最高神官長であるニグンですらも驚きを顕にした。それは当然の事である何故ならば、その者達は奴隷なのだから。射抜くようなリリー・マルレーンの視線からは逃げられず、奴隷たちはぼろ布を脱ぎ、その顔を外気に触れさせた。

 

 人数にして三十一名。そのうち三十名はエルフの女性だった。そして、当然の如くその笹の様な特徴的な耳は、半ばで切断されている。その惨状を、リリー・マルレーンは、酷く詰まらなそうに見つめていた。リリー・マルレーンは、視線を背後に控える番外席次へと移す。その視線だけで、全てを理解したとでも言う様に、番外席次は一つ頷き、袋を手に奴隷達の下へと歩を進める。袋の中から、赤い液体で満たされた小瓶を取り出し、一つ一つ奴隷達に渡し、飲む様に促した。毒、とも取れるその液体を、奴隷達三十名は疑う事無く飲み干す。その光景を見せられたリリー・マルレーンは、苦虫を潰した様な、不快感を顕わにする。一見、何とも無い光景なのだが、この行為は、奴隷達の自我とでも言う物の欠如を意味する。何かのトラウマなどによって、奴隷達は自分を捨てていると言う事だ。そんなリリー・マルレーンを余所に、三十名の奴隷、いや、エルフ達の瞳から涙があふれていた。瞳の焦点は、まだ合ってはいないが、耳が治癒された事により、僅かに誇り、とも取れる何かが蘇ったのだろう。

 

 だがそんな中一人だけ、依然ぼろ布をかぶったままの者がいた。部屋の片隅で、まるで自分を守るかの様に、きつくぼろ布を掻き抱いている。番外席次がポーションを渡そうとしても、頑なに受け取ろうとしない。困り果てた番外席次は、リリー・マルレーンに視線を向ける。それを受け取り、リリー・マルレーンは立ち上がり、その奴隷の前に立つ。

 

「その布を取り、顔を見せよ」

 

 威圧的に声をかけて見ても、その者は首を振り拒否の意を告げる。何度かの同じようなやり取りを繰り返しても、事態は一向に進展しない。最後には、とうとうリリー・マルレーンが焦れ、布を自身で引きはがす。布で隠れていた者は、人種と思われる女性だった。

 

 いや、そうでは無い。片口と腰の辺りには、亜麻色の綿毛の様な体毛が生え、尾骶骨からは、同色の丸い尻尾。そして、頭頂部には、長く耳が伸びる。ヴォーリアバニー。

 

 この世界に住まう、ラビットマンの亜種族である。ラビットマンを人間とするならば、ヴォーリアバニーはアマゾネスに位置する。リリー・マルレーンは、外気に晒されたその肢体を見つめる。その身体には無数の傷跡が見て取れた。その傷で満たされた、と言っても良い身体を、まるで庇う様にヴォーリアバニーの女性は、自分自身の手で抱きしめる。

 

 その光景を見つめるのみで、場の誰もが口を開けずにいた。番外席次は思い出す。自分の運命を変えた、あの時を。そして確信していた。彼の者ならば、自分が愛したあの王ならば、必ず救ってくれると。

 

 そして、番外席次の思いは、現実となる。傷ついたヴォーリアバニーの身体を、リリー・マルレーンは優しく、強く包み込む。何を言っているかは、聞こえはしないが、その特徴的な耳に唇を寄せ、何かを囁いていた。徐々にだが、身体の力が抜けて行くのが見える。その後、何度か頷き、ポーションを口にした。リリー・マルレーンは、それを確認すると、安心したように一度頷き、再び自身の椅子に着席する。もう一度、部屋全体を見渡した後、今回の目的を口にする。

 

「皆の者。解っては居るじゃろうが、再度、妾の口から問う。命の値段を示せ」

 

 その声は、ニグンであっても、底冷えする様な冷たい響きだった。だが、奴隷商人達は、その言葉の意味を汲み取る事はせず、喜び勇んで金額を口にする。

 

「き、金貨二百枚だ!」

「俺は、一人当たり金貨二百三十!」

「ならば、わしは二百五十枚!」

 

 我先にと望む金額を叫ぶ。その熱気に当てられる事無く、リリー・マルレーンは冷たい表情のまま、応答する。

 

「それが、うぬらが一人の値段、と取って良いのじゃな?」

 

 自らの良い値があっさりと通り、奴隷商人達の顔に愉悦が浮かぶ。隣ではニグンが、言われた金額を袋へと詰めていた。リリー・マルレーンはそれを受け取り、左端の奴隷商人の前に立つ。

 

「うぬの値段は、金貨二百、じゃったな?」

 

「さ、左様で御座います陛下!」

 

「ならば受け取れ」

 

 リリー・マルレーンは、手を開き催促する奴隷商人の頭部を、金貨の詰まった袋で………………打ち抜いた。その眼から、耳から、鼻から、頭部にあるありとあらゆる穴から鮮血が吹き出し、奴隷商人は絶命する。金貨の詰まった富の袋は、リリー・マルレーンによって、最も高価な殴打武器(ブラック・ジャック)へと変えられたのだ。倒れた奴隷商人の骸の上に、金貨の入った袋(殴打武器)を投げ捨てると、すぐに次の袋がニグンの手によって渡される。

 

 一人、また一人と奴隷商人達の命がかき消えて行った。残ったのは一人。あの、ヴォーリアバニーを連れて来た奴隷商人だ。目の前で起こった惨劇を見て、奴隷商人は腰を抜かし、尻もちを付きながら後ずさる。両手を前に出し、勘弁してくれと振りながら、許しを乞うていた。

 

「金は、金は要らん! いや、要りません! 陛下! 何卒! 何卒、命だけは!」

 

 だが、そんな言葉もリリー・マルレーンは楽しむ様に、奴隷商人に顔を近づけ

 

「遠慮するなよぉ。お前らが、自分で付けた値段だろぅ、払ってやるよぉ、値切ったりしないからさぁ」

 

 普段とは違い、ねっとりとした言葉で追い詰める。

 

「し、知らなかったんだ! まさか! まさか! 自分の命の値段だなんて!」

 

「はぁ? 妾は言ったでは無いかぁ。命の値段を言えとぉ。妾は、此処に居る者達の値段とは、一言も言っておらんぞぉ。商人を語るならぁ………………言葉には気付けん(きぃつけん)となぁ。あーあっはっはっはっはっは」

 

 笑いながら、蔑みながら、法皇リリー・マルレーンは奴隷商人の顔を踏みつける。愉悦に浸って居た様なリリー・マルレーンの表情が、すぅっと冷えた物に変わる。そして

 

「妾は、他人の命で飯を食う輩を、否定も軽蔑もせん。じゃがな、じゃがなぁ! 他人の人生で、飯を食う輩には、虫唾が走るのじゃ! 理由が知れて、良かったのう。では、御機嫌よう」

 

 言って、足に力を込める。最後に残った奴隷商人は、グシャリと言う耳触りの良くない音と共に、この世に別れを告げた。

 

 奴隷商人の骸には興味は無いと、リリー・マルレーンはニグンに向き合い

 

「火滅聖典に勅命を言い渡す。これらの商品(奴隷商人達の骸)を、家族、組織の者へと返却せよ。その最、妾の印の入った領収書を添付せよ。無論、金子(きんす)も忘れるで無いぞ。こ奴らが望んだ物じゃからな」

 

 言ってニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。しかしその表情は、すぐにいつもの冷静な物に変わり奴隷、いや、解放された女性達へと向き直る。

 

「うぬらはもう自由じゃ。身体の傷は癒えても、心の傷はそう簡単には癒えまい。暫し此処での滞在を許す。ニグン、小娘、手配を。精神系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を付けよ。居ないならば、我が僕に任せる。良いな?」

 

「「王の御心のままに」」

 

 これで、法皇リリー・マルレーンの、いや、ビクトーリア・F・ホーエンハイムの目指す場所への一歩が始まった。

 

 この惨劇を知った一部の者達は思う、一体この国は何処へ向かうのだろうかと。

 

 神官長達は思う、自らが招き入れた、この法皇と言う人物は、これからどれだけの血を流し続けるのだろうかと。

 

 そして、違法な職業に手を染めている者達は恐怖する、自分達は、グリフォンの尾を知らずに踏んでいたのだと。

 

 




次話は、今回の事後処理となる予定です。

感想おまちしております、切実に。

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