OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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※注意

ギャグ成分多めの回です。
オリジナルキャラが多く登場します。


大切な事

 奴隷商人達との会合から数日、法皇リリー・マルレーンは執務室で二人の男と相対していた。

 

 一人は、水明聖典隊長ハーマン・ヘンドリック・ボンズ。法国の出先機関である、各神殿を管理する部署のトップである。だが、その真の任務は、布教と各国家の内政情報の収集である。

 

 もう一人は、風花聖典隊長イーサ・ブロン・ササ。スレイン法国にて、情報収集や諜報工作、異端者狩りを主とする部署の頂点に立つ者。簡単に言えば、真黒な警察組織のトップである。

 

「いやぁ陛下、此度の件、なかなかの手腕でありましたねぇ」

 

 茶化す様に言うのは、イーサ・ブロン・ササ。短めの髪をオールバックにした、少し面長な顔と眠たそうな眼が特徴なだけの、三十後半から四十前半の、実に平凡な男。

 

「思うても無い事を言うでは無いわ、イサブロウ」

 

「イーサ・ブロン・ササです、陛下」

 

「ふん、イサブロウの方が言いやすい。愛称とでも思えば良かろう。して、詳細は?」

 

 リリー・マルレーンは、イーサの言葉を跳ね飛ばし、城下の様子を尋ねた。

 

「上や下への大騒ぎ、と言った所ですな。国に巣くっていた地下組織は勿論、一部の特権階級の輩も、いつ陛下の魔手が自分に降りかかるかと戦々恐々の状態です。まぁ、私の様なエリートは心配無用ですが」

 

「魔手とは失礼な。この白魚の様な指を見ても、うぬはそう言えるのかのうぅ」

 

 リリー・マルレーンは、日差しにかざす様に、その手を掲げる。それはともかく、このイーサ・ブロン・ササと言う男、密偵として優秀なのは疑う余地は無いのだが、一言多いのだ。そんな二人のやり取りを見て、室内に笑い声が響く。声の主はハーマン・ヘンドリック・ボンズ。此の男、神官と言う立場を持つ者なのだが、偉丈夫とでも言えば良いのか、とにかく筋肉質でデカイ。体も声も。

 

「いやー、陛下もイーサ殿も仲が良い」

 

「ふん。うぬも茶化すで無いわ。で、そちらはどうなのじゃ? 坊主よ」

 

「坊主は止めて頂きたい」

 

「了承した。で、どうなのじゃ? ゴリラ」

 

「え! ゴリラ?! 何かは知らないけど、馬鹿にしてませんか、陛下!」

 

 ハーマンは、必死で未知の言葉に対し抗議するが、リリー・マルレーンは聞こえないと耳を塞ぐ。そればかりか、その状態で矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

 

「良いでは無いか、ゴリラで。ゴリラの何が不満じゃ。ゴリラも良い物ぞ。今までどれだけの者が、ゴリラと呼ばれたと思うておる。謝れ。全国のゴリラに謝れ」

 

 最早、無茶苦茶とも言える法皇の発言に、ハーマンは渋々この愛称を受け取るしか無かった。だが、リリー・マルレーンが愛称として呼んでいる物は、小娘、雌猫、魔女っ子など酷い物ばかりだ。そこから考えて見れば、ゴリラはそんなに悪い物では無いかも知れない。まあ、当の本人は知る所では無いのだが

 

「で、神殿の方はどうなのじゃ?」

 

「大変です」

 

 即答、とも言える速さで帰って来た答えにリリー・マルレーンは首を傾げる。

 

「ゴリラよ、うぬは報告と言う言葉を知っておるか?」

 

 そう聞かれたハーマンは「無論」と返す。ならば、とリリー・マルレーンは質問を繰り返す。

 

「神殿の方はどうじゃ?」

 

「大変です」

 

 同じ答えが返って来た。その後、何度か同じ質問をして見たが、同じ答えが返って来る。リリー・マルレーンは思う、コイツは本当にゴリラなのでは無いかと。執務室に来る階段の途中で、ハーマンとゴリラは入れ替わったのでは無いのか、と。そう思ったら、居ても立っても居られない。リリー・マルレーンは立ち上がると、ドアへ向け歩きだす。その行動に驚いたのは、ハーマンであった。

 

「へ、陛下、いずこへ?」

 

 焦りを感じさせる表情でハーマンは尋ねる。しかし、リリー・マルレーンの顔は大まじめだ。

 

「ゴリラよ、止めるな。妾は水明聖典隊長を救いに行かねばならぬ」

 

「え?」

 

「え? では無いわ。うぬは偽物じゃろう。えーと、オウム返しゴリラ、とか言うモンスターじゃろう」

 

「はい?」

 

 矢継ぎ早に語られる、ハーマンのモンスター疑惑。だが、そのやり取りを見つめるイーサの目には、リリー・マルレーンの表情の変化が伺えた。徐々にだが、口角が上がって来ている。つまりは、楽しんでいるのだ。イーサは溜息を一つ吐くと、口を開いた。

 

「陛下、お戯れは程々が良いかと」

 

 釘を刺す様なイーサの言葉に、リリー・マルレーンは舌打ちで返事を返し執務机に戻った。

 

「それで、何が大変なのじゃ」

 

 この問いに、ハーマンは「はい」と短く返事を返すと

 

「捨てエルフが増えまして」

 

 と、ほとほと困ったと言葉を綴る。

 

「はぁ?」

 

「陛下が商品(奴隷商人の骸)を返却した、次の夜辺りからですかな。この聖地に有る五つの神殿、そこの門前にエルフが捨てられる様になったのですよ。一晩につき五、六体。いや、(にん)。五つ合わせて三十人から四十人」

 

「何故じゃ?」

 

 いきなりの事で、リリー・マルレーンの頭脳は正解を弾き出せない。そこでイーサが助け船を出す。

 

「これはあれですな。奴隷所持の発覚を恐れた者達の仕業ですね」

 

「何じゃと! では、捨てエルフは、元は奴隷エルフ、と言う訳か」

 

 リリー・マルレーンの結論に、両隊長は首を縦に振る。

 

「それならばゴリラ、神殿にて捨てエルフを保護せよ。このまま野良エルフになるのを見てはおれんからな」

 

 リリー・マルレーンはハーマンに指示を下す。この指示は、正しい物だ。正しいがゆえに、大きな見落としがあった。それがゆえに「大変」と言う言葉を使っていたハーマンの表情が歪む。

 

「それなのですが陛下」

 

「何じゃ?」

 

 意気揚々と指示を出す法皇に、ハーマンは申し訳無さそうに言葉を告げる。

 

「あれから四日。エルフの人数は百二十名を超えております。食料などの日常品、及びそれを賄う金子(きんす)の確保が……」

 

 ハーマンの告げる事実に、リリー・マルレーンは驚きを顕にする。

 

「ひゃ、百二十名! 何じゃそれは! 一体どこからエルフは湧いて来た!」

 

 この問いに、ハーマンは「さあ?」と答えるに留まるが、イーサが補足する様に推測を述べた。

 

「恐らくは特権階級の者達でしょうね。エルフと言う種族は、見た目は見目麗しく、さらには森司祭(ドルイド)やレンジャーなどの特殊職業(クラス)を持っている者達も多数いますから。愛妾としても、護衛としても、道具と考えれば優秀ですから」

 

 イーサの口憚ら(くちはばから)ない言葉に、リリー・マルレーンは同意の仕草で答える。

 

「成程のぅ。二人の調査と現状が、ここで合致する訳じゃな」

 

 この言葉に、隊長二人は頷きで返す。しかし、依然問題は解決していない。さて、どうするべきか……。リリー・マルレーンは、ゆっくりと息を吐くと

 

「仕方が無いのう。妾の報酬からそちらへと回そうぞ」

 

 自ら傷を負うと宣言する。だが、二人の隊長は反応に困ったかの様に、苦笑いを浮かべた。

 

「陛下、最高神官長の報酬は知っておられますかな?」

 

「ニグンのか? 知らんが。そうじゃ! 奴にも出させれば良かろうな」

 

 ご機嫌にそう言い切るが、聞いている方のテンションはさらに下がる。

 

「一月何とか食いつなげる程度ですよ、陛下」

 

 残酷な現実をイーサは突き付ける。言葉を聞いて、リリー・マルレーンの表情が凍り付く。

 

「ま、まさか! では、妾の報酬は……」

 

「………………ゼロ、ですな」

 

「はぁ! 何故じゃ! 何故にそうなる!」

 

 リリー・マルレーンの絶望を伴う問いかけに、理路整然とイーサは答えた。スレイン法国の報酬、給料制度はこうである。一般、下級神官達は、修行と共に雑務を行い、給金を得る。そして、役職が上がるごとに、その給金の金額も上がるのだが、そう、だが、である。

 

 有る一定以上の地位、神官長や聖典隊長などの法国の運営に携わる地位に着くと、徐々に報酬は減らされて行く。そして、スレイン法国最高位の法皇リリー・マルレーンの報酬は………………ゼロである。法皇とは、スレイン法国の民の為に存在する者であり、それは、奉仕の精神で、その民に仕える者である。よって、法皇とは名誉職であるため、給金、及び報酬は発生しない。どんなに頑張ろうが、人々に尽くそうが、良き国を築こうが、無給である。法皇リリー・マルレーン、いや、ビクトーリア・F・ホーエンハイムは絶望に襲われていた。

 

「無一文じゃ」

 

「「は?」」

 

「妾は、無一文なのじゃ。おおさまなのに………………よよよ」

 

 リリー・マルレーンは、床に腰を落とし、しなを作って泣き始める。無論、演技であり訴えかける意味は、金をくれ、である。困った様に眉をひそめるハーマンに対し、イーサは瞳を細め

 

「みっとも無いですよ、陛下」

 

 冷たく現実を突き付ける。その言葉に憤慨したとでも言う様に、リリー・マルレーンは立ち上がり、自身の部屋から退出して行く。そして、その去り際には

 

「ふん! 可愛げの無い部下じゃ! イサブロウ、お前の給金は今月からドーナッツじゃ! ゴリラはバナナ! ざまあみろ! はははは!」

 

 捨て台詞を残し駆け出して行った。

 残された隊長達。

 

「イーサ殿」

 

「なんですか?」

 

「法皇陛下って………………おもしろい方だったのですね」

 

「まったく」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 法皇執務室の下階。最高神官長の執務室で、黙々と仕事を片付けていたニグンに突然の災難が訪れる。

 

「こらぁニグン!」

 

 突然、ドアが蹴破られたのである。だが、ニグンは驚きもせず、音がした方へと視線を向ける。あの時の、煉獄の王からもたらされた恐怖に比べれば、少々の事など驚くに値しないのだ。だからこそ、ニグンはこう答える。

 

「おや、我が王ではありませんか。本日は何用で?」

 

「何用では無いわ! 妾の給金の事じゃ!」

 

「給金? ありませんよ、我が王」

 

 リリー・マルレーンの詰問に、平然として返される、ニグンの慈悲の欠片も無い言葉に、リリー・マルレーンはがっくりと膝を付き項垂れる。

 

「本当じゃったのか………………おおさまなのに、無一文。ニグンよ、何とかならんかや?」

 

 かわい娘ぶって言ってみたが、ニグンの返事は首を横に振るのみ。だが、ここで諦めるほど、煉獄の王の意思は甘くは無い。何とか法国から金子(きんす)を引き出す方法を考える。

 

「いやのう、妾が給金を貰わねば、エルフ達が路頭に迷うのじゃ」

 

「はい? 意味が解りませんが、我が王よ」

 

 話に乗って来た。これ幸いと、リリー・マルレーンはプレゼンを開始する。これまでのあらましを、僅かに、いや、随分と盛ってニグンに説明する。

 

「成程、亜人種による特殊部隊の発足ですか……良き案ですね。流石は我が王。それならば、予算が降りる様、各神官長を説得しましょう」

 

「誠かや! 流石はニグン! 褒めてつかわす! ………………それでのぉ、妾の給金なのじゃがぁ」

 

「無理ですな」

 

「むむっ。のう、もうちょっと考えて見ても、良いのじゃなかろうかのぉ」

 

 法国の歴史を解き、名誉の意味を説明し、いかに法皇と言う地位が尊いかを説明しても、リリー・マルレーンは一向に引く気配は無い。どれほどの時間が経過しただろうか、遂にニグンが折れる事になる。

 

「解りました、我が王よ。一週間に銀貨三枚。それで納得していただきたい」

 

「もうちいと何とかならんか?」

 

「これ以上は……」

 

「左様か」

 

 こうして法皇の労務交渉は終結を迎える。

 そして世界は、誕生以来初めての、お小遣い制の国主を迎える事になった。

 

「話は変わりますが我が王よ。エルフ達の統率はいかがなされますか?」

 

 話が自分以外の事柄に移行したため、リリー・マルレーンは表情を引き締め

 

「とりあえずは、保護をした神殿での下働きをさせつつ、個人の能力の把握じゃな」

 

「成程」

 

「その把握が終了次第、配属を決める。戦闘に参加出来、なおかつ、ある一定以上の力ある者は、小娘の下に、で良いじゃろ」

 

「良き案です、我が王。それともう一つ、ヴォーリアバニーの娘ですが……」

 

「あの娘か。ニグン、妾は部屋へと戻る。兎を連れてまいれ。妾、直々に話を聞こう」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、ニグンは立ち上がり腰を折り

 

「畏まりました、我が王」

 

 了承の言葉を返す。

 

「そう言えば、兎の名、聞いておるか?」

 

 リリー・マルレーンの問いに、ニグンは僅かに首をかしげ

 

「確か………………ヴァイエスト、だったかと」

 

 うろ覚えですがと付け加えながら、名を口にした。

 

「ヴァイエスト、か。良き名じゃな」

 

 そう言ってリリー・マルレーンは優雅な微笑みを浮かべた。

 

 




一顧傾国編、残り一話。

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