OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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カルネ村
危機


 普段なら、夜鳥の鳴き声と漆黒が支配する夜の森を、二人の少女が走っていた。一人の少女が、自分より小さな女の子の手を引いて。姉妹なのだろうか、顔立ち、髪の色などに似た物を感じる。

 

 姉であろう少女は、ハアハアと荒い息を吐きながら、妹の手を絶対に離さないと言わんばかりに強く握りしめ、懸命に走る。妹は、少しでも姉に負担をかけまいと、必死で足を前に出し付いて行く。

 

(ハアハア、息が苦しい、喉が張り付く、心臓の鼓動が鼓膜を破りそう)

 

 心の中では弱音を吐いても、妹の前では吐く事は出来ない。後ろを振り返り妹に瘦せ我慢でしか無い笑顔を見せた。それがいけなかったのだろうか、不意に見えた姉の笑顔に、妹の気が一瞬緩んだ。それは、ほんの一瞬だった。その瞬間、妹の足は木の根に捕らわれた。そして、姉と共に地面に打ち付けられる。

 

 その瞬間、本能なのかはたまた無意識での事なのか、姉は妹を抱きしめ、地面に倒れ込んだ。すぐに体を起こそうと姉はもがくが、痛みの為か、上手く動いてはくれなかった。

 

 気だけが早る中、後方、自分達が来た方向から、硬い、金属が擦れる音が近付いて来る。ガシャガシャと騒がしい音が、次第にゆっくりになり、大きくなって行く。そして、音が止まった。

 

 姉は視線を後方へと向ける。そこには………………絶望があった。

 

「はっ! やっと追いついたぜ。まったく逃げ足の速い」

 

 中心の男が息を切らせながら呟く。

 

「頭にきて殺ってしまうなよ。楽しまなきゃ損なんだからな」

 

 右側の男が下卑た笑いを浮かべながら言う。

 

「俺は小せえのを頂くぜ。おもちゃとしては良い塩梅だ」

 

 左側の男が狂気を含んだ瞳で話す。

 

 鎧を着込み、剣を手にした三つの絶望が絶対的な弱者を嗤う。

 

 ズリズリと姉は妹を抱き抱え、少しでも遠くへと這いずって行く。しかしその行動は何の意味も見出さない。姉妹が一生懸命這いずった距離など、大人の一歩にも満たないのだから。

 

 ジリジリと男達が近寄って来た。「嫌、嫌」と姉は呟きながら這いずって行くが、男達の手は姉妹に伸びる。

 

「いやーーーーー!」

 

 姉は地面を掴み眼前に迫る男達に向け土を投げつけた。

 

「うぇ。ぺっぺっ。てめえ」

 

 土は中央の男の顔にかかり、一歩後ろに下がった。ただそれだけだった。

 

 反抗された事に激高した男が腕を振りかぶる。その腕には剣が握られていた。

 

 振り下ろされれば、そこで終わり。姉は、せめて妹だけでもと抱きしめた。強く強く目を瞑り、それ以上に強く妹を抱きしめる。

 

 だが痛みは襲っては来なかった。代わりに、生暖かい何かが自分達に降り注いでいるのを感じた。

 

 姉はゆっくりと閉じられていた瞳を開いていく。

 

 その瞳には、背後から延びる白金の棒と、頭頂部の代わりに赤い液体を噴出する、人だった物があった。自分に降りかかっていた物が、目の前でまき散らされている物なのだと、姉はやっと理解した。

 

 そして、恐る恐る背後を振り返ってみる。そこには闇があった。木々達が創る闇よりも、なお暗い漆黒が。

 

 そこから白金の棒が突き出ていた。いや、ゆっくりだが前へと進んでいた。ゆっくりゆっくりと、白金の棒は前へと進む。その後には黄金に輝くガントレットが現れ、同じく黄金のグリーブが、そして最後には人の姿が現れた。

 

 黄金色に輝く髪をなびかせながら、赤いドレスを纏った人物が。

 

 その人物は、一歩一歩確認する様に姉妹の横を通り過ぎると、残った二人の男と向き合い、棒を横に薙いだ。ブンッ! と言う空気の切れる音と共に、狂気を含んだ瞳をしていた男の上半身がかき消える。

 

 一瞬の出来事だった。姉は何が起きたのか解らず、赤いドレスだけが眼に映る。

 

 その時、少し離れた場所からドスンと言う衝撃音とベチャリと言う破裂音が聞こえてきた。

 

 ここで姉は初めて理解する。男の上半身は消えたのでは無かった。切断され、弾き飛ばされたのだと。

 

 圧倒的な力、理不尽、などの言葉が陳腐に感じるほどの力の差。これを言葉にするとすれば、運命かもしれない。今、目の前にいる人物と出会わない運命は幸せ、出合ってしまったのは不幸。その者は只そこにあり、それだけである様に。

 

 姉の身体を、先ほど感じた死への恐怖以上の感覚が支配する。

 

 歯はかみ合わず、いつの間にか、自分の下半身を生暖かい液体が濡らしているのに気づく。

 

 最後に残った男は、転びそうになりながら数歩後ろに下がると、踵を返し全速力でこの場からの脱出を図っていた。見る見る内に男の身体が小さくなって行く。赤いドレスを着た者は、持っていた棒を地面に突き刺すとパチンと指を鳴らす。

 

 姉はその時初めて気が付いた。棒はただの棒では無く、先端に青い旗が揺らめいていた。それはフラッグポールと呼ばれる物だった。

 

 赤いドレスを着た者の上空がグニャリと歪み、ストンと地面に突き刺さる様に同じフラッグポールが出現した。先ほどの物と全く同じ、いや僅かな違いしか無い物だった。僅かな相違点、それは旗の色が赤だった事。

 

 赤いドレスを着た者は、赤い旗の付いたフラッグポールを掴み取ると、まるでペンを回す様に指先で遊びそれを投擲した。投擲と言う仰々しい言葉を使ってはいるが、実際には片手で軽く投げた様にしか見えなかった。

 

 しかし、指から離れたフラッグポールはバチバチと小さな音を立て、うっすらと光の帯を纏いながら、信じられないスピードで男に迫って行く。

 

 そして、フラッグポールはまるで抵抗など無い様に、男を貫通し爆発を起こした。ボンッ! と言う破裂音と周囲を照らす明かり、そして僅かな地響きを残して男の姿は地上から消えた。

 

 姉妹はただボーゼンとそれを受け入れる事しか出来なかった。そこには恐怖も絶望も無く、ただ赤いドレスを見つめていた。そしてその時

 

「大丈夫ですか?」

 

 背後から低く優しい声が聞こえた。

 


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