OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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謝罪と和解

 壇上でご機嫌に挨拶をする女を見て、漆黒聖典の二人は声が出せずにいた。それはそうだろう。クレマンティーヌ・クインティア。漆黒聖典 第五席次 クアイエッセ・ハゼイア・クインティアの実妹にして元漆黒聖典 第九席次。

 

 そこまでは良い。問題はここからだ。土の巫女が有する叡者の額冠を奪い、法国を出奔。秘密結社ズーラーノーンへの加入。数多の民間人の殺害。一言で言えば重罪人。簡単に言えば、犯罪者である。

 

 そんな者が自分達の頂に座する者の勅使だと言う。一体、何の事だろう?出来の悪い冗談は止めてほしい。そんな気持ちなど微塵も汲む事無く、壇上のクレマンティーヌは楽しげに言葉を続ける。

 

「あれ? あれれ? どうしちゃったのかなぁ? びっくりしちゃった? そりゃそーだよねぇー! いもうとですよー! 元部下ですよー! 勅使様ですよー! きゃはははははは! きゃっ!」

 

 調子に乗って元上司と兄に向って、暴言を吐き続けていたクレマンティーヌの声に、虚を突かれた様な悲鳴が混ざる。何て事は無い。あまりの調子の乗りっぷりにいらついた法皇が、後から蹴り飛ばしたのだ。当然その身体は壇上から転げ落ち、元上司と兄の居る床にへばりつく事になる。形の良いお尻を突き出す様な態勢で。

 

「まったく、調子に乗り過ぎじゃ。自分を守ってくれる者らを、敵に回してどうする。少しは考えよ」

 

 溜息を吐きながら、そう呟いた。だが、敵もさる者。即座に身体を起こし、クレマンティーヌは抗議の声を上げる。

 

「うんもう、ひぃっどーい! 怪我したらどーすんのぉ!」

 

 だが、リリー・マルレーンはその言葉を聞き流し、今後の工程を口にする。

 

「まあ、それが妾の勅使として、兎の国へと赴く。御守はうぬら二人、此処までは良いな?」

 

 法皇からの勅命である。それは、反論を許さない命令だと言う事は解っている。だが、漆黒聖典の二人の気持ちはこうであった。こんな異常者(クレマンティーヌ)の御守などしたくは無い、である。それが表情に出ていたのか、リリー・マルレーンは隊長に言葉を掛けた。

 

「何じゃ、不服そうじゃのうロン毛。言いたい事があるならば、聞いてやるぞ」

 

「ロ、ロン毛……」

 

 今まで呼ばれた事の無いような愛称に驚きつつも、言えと言うのならば、と任務の辞退を含みつつ口を開く。

 

「陛下、申し訳難いのですが、彼女の制御は、私どもには不可能かと」

 

「ほう。チャラ男も同意見か?」

 

「チャ、チャラ……。は、はい。我が妹ながら、行動が読めませんゆえ」

 

「困ったのぅ」

 

 リリー・マルレーンは口ではそう言うが、表情は実に楽しげだった。

 

「雌猫の性格が矯正されれば、うぬらはこの話、受けるか?」

 

 漆黒聖典隊長とクワイエッセは、お互いの顔を見つめ合う。アイコンタクトで確認し合い、クワイエッセが一つ頷いた。結論が出た様で、漆黒聖典隊長が代表する形で返答を返す。

 

「そう言う事であれば……」

 

 漆黒聖典隊長が言い終わる前に、リリー・マルレーンの言葉が飛ぶ。

 

「委細承知。雌猫。うぬ、もう一度スライムと戯れて来い」

 

「え!」

 

 クレマンティーヌの動きがピタリと停止した。その後、まるでギギギと潤滑油が切れた歯車の様に首が、視線がリリー・マルレーンに向けられる。

 

「へ・い・か、い・ま・な・ん・て?」

 

「うん? 三吉君も腹が減っていよう。先日の様に、うぬがご馳走してやってくれ」

 

「さんきちくん?」

 

「そうじゃ。あの、三吉君じゃな」

 

 三吉君。普段はアインズが、自身の身を清める為にスライム風呂として飼っているスライム。だが、多分に及ばずスライムとは雑食なのである。以前、クレマンティーヌを美味しく頂いたのも彼?なのだ。

 

 その過去が、クレマンティーヌの脳裏にフラッシュバックとして蘇る。膝がガクガクと震えだし、流れ出て来る油汗の量は半端無いほど。唇が真っ青に染まりながら、クレマンティーヌは何とか声を絞り出す。

 

「い、いや。やめて。へいか。やめて……」

 

 愉悦に緩む口元とは違い、冷たさを湛えた瞳でリリー・マルレーンはクレマンティーヌを視界に留め

 

「何じゃ、三吉君はいやかえ?」

 

 そっと助け船を漕ぎ出す。これに対し、クレマンティーヌは何度も頷く事で返事を返した。その姿を見つめつつ、暫し考える振りをしたリリー・マルレーンが出した答えは

 

「ならば、迷惑を掛けた者には謝るのが筋、と言う物では無いか?」

 

 であった。

 

 クレマンティーヌの表情は、どこか屈辱に濡れた感があったが、実際には気恥ずかしさが出た物だろう。ゆっくりと姿勢を正し、正座をすると

 

「兄様、隊長。今までご迷惑をおかけして、申し訳御座いませんでした」

 

 謝罪の言葉を口にし、頭を下げた。これには、漆黒聖典の二人は顔を見合わせる事しか出来なかった。一体何が、クレマンティーヌをこうまで変えたのか?見る者全てを殺して来た女が、何故こうも変われたのか?

 

 答えは一つしか無い。目の前に近づいて来る存在。法皇リリー・マルレーン。いや、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムによってだ。その恐怖を伴う偉大な存在は、頭を下げるクレマンティーヌを優しげに抱きしめていた。良く言えた、とでも言うのか、子供を褒める様に、その頭を何度も撫でている。そして、その瞳は、漆黒聖典二人を捉える。

 

「こ奴がここまでしたのじゃ。うぬら、返答は如何に?」

 

 問いかけの言葉ではあるが、答えは一択だ。首を縦に振るしか無いのだ。この儀式、そう、これは儀式なのだ。法国に対して罪を犯したクレマンティーヌを、再び法国に所属させる為の儀式。有態に言えば、茶番である。外様であったリリー・マルレーンや、異端とされていたニグンではなく、法国を支えて来た者達にクレマンティーヌを守らせる為に行われた茶番である。

 

 恐らく、いや、確実にクレマンティーヌはこの事を知らない。それは、あの時の脅えの表情から見て取れる。絵図面を書いたのは、多分リリー・マルレーンだろう。そして、ニグンも事前に聞かされていた。自分達二人は、まんまと狐の狩り場におびき寄せられたのだ。ヴォーリアバニーの国への使者、それと同時にクレマンティーヌの保護。クレマンティーヌが勅使に選ばれた理由も、彼女の地位向上の目論見があったのかもしれない。

 

 漆黒聖典の二人は、背中に冷たさを感じていた。目の前に居る自分達の皇には、何一つとして勝て無いのだ。力でも知力でも。彼らに残された道は、頭を(こうべを)垂れ指示に従う事のみだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 任務に対しての承諾を得、一同は別室へと移っていた。部屋の中央には大きめのテーブルが置かれ、上には地図が広げられている。

 

「それで、うぬの国はどの辺りなのじゃ?」

 

 合流したヴァイエストにリリー・マルレーンが問いかける。問われたヴァイエストは、リリー・マルレーンから視線を外し、地図の一点を指差した。

 

「この辺りの山際を中心とした地域です、陛下」

 

「法国の南西、か」

 

 示された地点を確認する様に、リリー・マルレーンが口を開く。

 

「その辺りですと、エルフの国が近いですな」

 

 自身の記憶と重ね合わせながら、ニグンが補足を加える。

 

「はい。救って頂きたいのは、エルフ達からなのです」

 

 ニグンの言葉を受け、ヴァイエストが敵の存在を示した。

 

「エルフか……」

 

 リリー・マルレーンの呟きに

 

「エルフ全体、と言うよりも、エルフ王の魔の手、ではないですか?」

 

「は、はい。そうです!」

 

 漆黒聖典隊長の言葉に、ヴァイエストが慌てたようにそれを肯定した。エルフの王と言う言葉に反応し、リリー・マルレーンの眉がピクンと跳ねる

 

「ロン毛。エルフの王とは、小娘の?」

 

「はい。我らも正確には確認していませんが、先代の神官長様達の話す限り……」

 

 番外席次の父親だと、と続く言葉を、漆黒聖典隊長はぼかして告げる。

 

「成程のう。我が法国としても、戦う理由はある訳じゃな」

 

「ええ。多少強引な理由ではありますが」

 

 天井を見て呟くリリー・マルレーンに、ニグンが代表して答える。

 

「でもさぁ。エルフと戦争って、陛下が保護したエルフは大丈夫なの? 同族と開戦したとたん裏切りって線は?」

 

「そうじゃのう。雌猫の言も一理あるのう。ニグンよ、そこはどうなのじゃ? 小娘から何ぞ聞いておらぬか?」

 

 リリー・マルレーンの問いかけに、ニグンは暫し思い出す様に口を噤み

 

「それは大丈夫かと。一応、陛下のご指示通り、意思確認は行いましたが、帰国を望んでいる者は皆無でしたので」

 

「左様か。怨まれておるのう、エルフ王」

 

 そう言ってリリー・マルレーンはクツクツと笑う。

 

 その時、何かを思いついたのか、ヴァイエストに問いかける。

 

「兎よ。うぬらは、エルフとの共存は可能か? 無論、問題が解決した後の話じゃが」

 

 この言葉に虚を突かれたのか、ヴァイエストは言葉を失うが、慌てて返事を返す。

 

「か、可能だと思います。確かにヴォーリアバニーとエルフは緊張状態にありますが、我々としては、エルフと言う種には何ら恨みはありませんから。」

 

「うむ、良き種じゃな。人も見習うべきじゃな。そうは思わんか?」

 

 リリー・マルレーンにそう訊ねられ、スレイン法国の者達は只黙る他無かった。リリー・マルレーンはその光景を見て苦笑いを浮かべながら、地図の一点を指差す。そこは、法国の西に位置する湖である。

 

「この湖に隣する場所に、エルフの国があるのじゃな?」

 

「ええ、そうです。陛下」

 

 ニグンが肯定するのを確認して、リリー・マルレーンは指を北へと移す。

 

「こちら側には、何があるのじゃ?」

 

 エルフの国がある森林から、丘陵を挟んだ反対側。そこには、連なる山々が。

 

「そこは確か……風花の報告では、ダークエルフの国があったはずですが」

 

 ニグンの言葉に、リリー・マルレーンの眉が跳ねる。

 

「成程のう。ニグンよ、ダークエルフとのコンタクトは可能か?」

 

「ダークエルフとで御座いますか? 可能かと聞かれれば可能かと」

 

「ふむ」

 

 リリー・マルレーンは、ここで一旦口を噤む。沈黙が支配する中、場の者達は法皇の考えが解らずに居た。

 

「雌猫。兎との同盟が成功したらば、法国経由でダークエルフの土地に入り、同様の提案をしてまいれ」

 

「え? どう言う事?」

 

 あまりにもな話の展開に、クレマンティーヌは着いて行けず詳細の開示を迫る。場の混乱にそれもそうか、とリリー・マルレーンは地図の一点を指差す。

 

「エルフの国じゃ。ここを中心として、北にダークエルフの国。南にヴォーリアバニー。東にスレイン法国。一度に攻め入れば、どうじゃ?」

 

「「成程」」

 

「戦にならない可能性もありますね」

 

「じゃろ」

 

 クワイエッセの賛辞に、リリー・マルレーンは得意げに返す。だが、愉悦に浸る笑顔はすぐに消え、疲れたとばかりにリリー・マルレーンは会議を締へと展開して行く。

 

「まあ、情勢を鑑みれば、すぐに戦とはならんじゃろう。エルフが大きく動いておる、と言う情報は上がって来てはおらんからな。じゃが、時間は有効に使わねばならぬ。雌猫、ロン毛、チャラ男、すぐに出立の準備を。同行者は陽光、風花から選抜せえ。妾は帝国へと入る。兎は妾の共を。ニグン、準備は任せる」

 

「「御心のままに」」

 

 そう言葉を残し、クレマンティーヌ、漆黒聖典の二人は退出していった。部屋に残ったのは、リリー・マルレーン、ニグン、ヴァイエストの三人。会議は終了したのに、地図へと視線を落とすリリー・マルレーンにニグンが問いかける。

 

「我が王は何がお望みで?」

 

 ニグンの言葉に、リリー・マルレーンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると

 

「知りたいか?」

 

「是非とも」

 

「ならば、今夜にでも執務室に来るが良い。上等な酒を持ってな」

 

 そう言うに留まった。




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