OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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死を呼ぶ凶鳥
再びの地カルネ村


 カルネ村。そこは、のどかな空気が流れる開拓村だ。少し前までは、村と野の境界も無い様な発展途上の場所であったが、ある人物達との出会いによって、その姿は様変わりを遂げていた。村の外周を囲む様に高い外壁が築かれ、村の中央を横断する様にたわわに水を湛えた水路が走っている。言葉で伝えられれば、何の不思議も無い物だが、実際その眼にすれば、違和感を感じずにはいられない光景だ。

 

 そびえ立つ外壁は全てが石造りであり、その一つ一つが相当の重さを有している。一体、何者が積み上げた物なのだろう?辺りを見回しても、それを成せる設備も人員も見当たらない。村を貫く水路にしてもそうだ。幅一メートル、深さ一メートルの円柱状に掘られた穴から、清水と呼んで良い程の透明な水がこんこんと湧き出しているのだ。たまたま浅い所に地下水が?バカを言うな、そうであったなら、ここは湿地帯と化しているのだ。

 

 そんな異常な発展を遂げるカルネ村が、朝早くから緊張を強いられていた。その理由は、来訪者である。それも、この村と因縁深いスレイン法国からの。村の南門に村の男性陣が集まり、法国の代表と思える男と言葉を交わしていた。

 

「法国が一体何の用ですかな」

 

 村長が警戒感を隠しもせず、男に問う。だが男は瞳を閉じ、その警戒感も、そこから漏れ出る憎悪すらも受け止める。男の名はイーサ・ブロン・ササ。風花聖典隊長の地位に付く人物である。

 

「ここで、待ち合わせをしておりまして」

 

 イーサは、いや、かの人物のようにイサブロウと呼ぶべきか?それはともかく、村長の問いに簡潔に答えを述べる。しかし、イサブロウの答えは簡潔すぎる。これでは、意味は理解出来ても話は通じない。これでは、追い返す事も迎え入れる事も困難である。その事にすぐに気付いたのか、イサブロウは補足を入れる様に口を開く。

 

「この村と我が国において、遺恨があるのは重々承知しております。ですが、我々は命令され来ているのです。カルネ村のエモット家まで、迎えに来い、と」

 

「エモット家、ですと?」

 

「ええ」

 

 村長は右手を顎に当て考える仕草をした後、村の男衆の一人にエンリ・エモットを呼ぶ様指示を出す。ほどなくして件の少女が姿を見せる。二体のゴブリンを引連れて。到着したのは良いが、そうとう急いで来たのだろうか?肩で大きく息をしていた。荒く短い呼吸を数回続け、やっとの事でエンリは言葉を絞り出す。

 

「はぁはぁ、そん、ちょうさん。い、いったい、なにが?」

 

 そのあまりにもな慌てっぷりに、村長は落ち着けと諭し暫しの時間を設ける。徐々に呼吸も納まり、ようやく本題へと進む。

 

「エンリ。この者達が、お前の家で待ち合わせをしていると言うのだが、心当たりはあるか?」

 

 村長はそう切り出すが、当然エンリには心当たりなど無い。首を横に振るエンリだが、イサブロウの興味は別の所にあった。

 

「ゴブリン、ですかな? あなたが使役しているので?」

 

 丁寧とも、ぶっきらぼうとも取れる言葉で問いかける。

 

「使役? ち、違います! このゴブリンさんは、私達の家族です!」

 

 使役、と言う言葉が感に障ったのか、エンリは感情を顕わにする。

 

「家族……。ならば、共存していると?」

 

「そうです!」

 

 噛みつくエンリに、イサブロウは成程、と現状の確認を終える。

 

「すみませんね、お嬢さん。法国の未来を思うと、どうしてもそう言う事柄に敏感でね」

 

 法国の未来、その言葉がどうにも気なり、エンリは問いかけた。イサブロウは、包み隠さず新たな法国を語る。その事実は、カルネ村の住人達に大きな衝撃を与える結果となった。

 

「ほ、本当に人間至上主義を捨てると?」

 

 村長は驚きと共に問いかける。

 

「誠に。この教義に反する事あれば、首が飛ぶでしょうからな」

 

 この言葉で、さらに場は騒然となる。今まで、亜人種や異形種を進んで狩っていたスレイン法国が、全ての種の保護に転換したのだ。そればかりか、他の種族と仲良く出来ない者は殺される、と言う。一概には信じられない事だった。

 

 イサブロウもそれに気付いたのか、後に停車する馬車に向け手を叩く。その音に反応する様に、一団の中で最も豪華な馬車の扉が開き、三人の女性が姿を現す。その者達を目にし、カルネ村の者達は再度驚かされた。三名の内訳は、エルフが二人、ヴォーリアバニーが一名だったからだ。その人で無い者達が、一番豪華な馬車から顔を出した。これは法国内で、彼女達が一定以上の役職についている事を現していた。法国の方向転換、最早信じる他無いのだろう。そこまで理解出来た所で、話は最初の事柄に戻るのだった。

 

「では、案内していただけますかな?」

 

 イサブロウはそう言うが、エンリにとっては寝耳に水なのである。

 

「それで、一体誰が居ると言うんですか?」

 

「………………陛下です」

 

「はい?」

 

「スレイン法国 法皇 リリー・マルレーン陛下です」

 

「「えーーー!!」」

 

 一同から驚きの声が上がる。

 

「い、居ません! 大体、此処を何処だと思っているんですか! ただの開拓村ですよ!」

 

エンリは事実を語る。だが、イサブロウも引き下がれはしない。

 

「しかし、陛下からの直々の御言葉。間違いは無いかと」

 

 最早、押し問答になっていた。

 

 だがこの一件、カルネ村側が折れる結果となって事態は収拾する

 

「はぁ。そんなに非常識な方なんですか」

 

 自宅へ向かう道中で、イサブロウから聞かされたリリー・マルレーンの印象はコレだった。その言葉にヴォーリアバニーのヴァイエストは苦笑いを浮かべていたが。

 

 エンリは頭の中でリリー・マルレーンの人と成りを想像してみる。その人物象は、ある一人の人物と重なる。だが、あんなはた迷惑な人間が二人も居るのだろうか?エンリの中での結論は、居ない、であった。あんな非常識でお騒がせな人物が二人も居てたまるか!と言う思いも乗せて。そんな会話をしながら歩いていると、眼前にエモット家が見えて来た。

 

 家の前に置いた、木製の大型テーブルには食事を終えたゴブリン達がくつろいでいる。そこにはイサブロウが言う、法皇なる人物の姿は無い。エンリは胸を張り、「ほらね」と諌め様と口を開く。が、視線の端が僅かに動いた気がした。いや、実際に何かが動いた。エンリはそれを確認する様に視界を巡らせる。そこには、見知った人物が自分の朝食をパクついていた。

 

「ビ!」

 

 ビクトーリア様!とエンリが叫ぼうとした瞬間、隣の男の声が先に響く。

 

「陛下!」

 

「へ?」

 

 そう、「へ?」である。今、隣の男は何と言ったのか?自分の耳が悪くなければ、陛下、と叫んだ様に聞こえた。いや、間違い無く陛下と叫んだのだ。しかし、あそこで勝手に朝食を食べているのは、間違い無くビクトーリアである。そう、煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイム様。この村の救世主の一人。エンリの脳裏に先程の思考が蘇る。あんな非常識でお騒がせな人物が二人も居てたまるか!そう、二人居なかったのである。

 

「ええーーーーー!」

 

 その声が聞こえたのか、ビクトーリアの視線がこちらへと向けられる。その黄金の瞳にエンリを確認したビクトーリアは、木製のスプーンを口に含んだまま手招きをしていた。エンリは一瞬無視してやろうかと言う思いが芽生えたが、かの御仁は救世主様、そんな訳にも行かず、よろよろと近寄って行く。文句の一つでも言ってやろうとその口を開くが、言葉を発するのはビクトーリアの方が早かった。

 

「おかわり」

 

 そう言って茶碗を差し出して来た。エンリは、溜息を吐きつつそれを受け取り、スープをよそりに台所へと入って行ったのだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「はー」

 

「何じゃエンリ。溜息を吐くと、幸せが逃げるぞ」

 

 無遠慮にそんな事を言うビクトーリアに、エンリは唇を尖らせ

 

「もう。でも、ビクトーリア様って本当に法皇陛下なのですか?」

 

 嫌味混じりに質問をする。この問いにビクトーリアは暫し悩む様な仕草をし、事のあらましを語る

 

「ええっ! なっちゃったんですか? おおさまに?」

 

「そうじゃ」

 

 平然と答えるビクトーリアに、頭を抱えるエンリ。

 

「でもぉ、ビッチのお姉ちゃん。おおさまって、簡単になれるの?」

 

 ビクトーリアの膝に抱かれるネムが、素朴な質問を口にする。問われたビクトーリアは、青天の空を見上げながら

 

「なれるのう」

 

 簡潔に言い切った。これを聞いたイサブロウ、ヴァイエスト、二人のエルフは、いやいやと首を横に振る。

 

「すごーい!」と諸手を上げ、驚きを顕にするネム。だが、エンリは少し表情に影を覗かせ

 

「ビクトーリア様は、法国をどうするんですか?」

 

 と、問いかけて来た。ビクトーリアは、エンリとネムの頭を交互に撫で、その瞳にイサブロウを捉えながら

 

「もう二度と、馬鹿共が馬鹿をやらん様に、かの」

 

 そう言うに留まった。それだけでエンリには全てが理解出来た。ビクトーリアは、二度とこの村の様な悲劇を起こさせない、と暗に言っている事に。

 

「お願いしますね。陛下」

 

「ふん。うぬに陛下などと言われると、むず痒いわ。いつも通り呼んでくりゃれ」

 

「ふふ。はい、ビクトーリア様」

 

 ここで一旦言葉を切ると、ビクトーリアは周りに視線を巡らせる。

 

「問題無く行っている様じゃな。ゴブリン共はどうじゃ? 仲良くやっておるか?」

 

「はい。皆さんは、家族ですから」

 

「左様か。ネムはどうじゃ? ぬえは息災か?」

 

「うん! いつも元気に走り回ってるよ!」

 

 ネムの元気の良い返事を聞き、ビクトーリアはカラカラと笑う。

 

 その後、視線をゴブリン達に向けると

 

「リーダーは居る(おる)かや」

 

 と、問いかける。

 

「へい。俺がリーダーですが」

 

 呼ばれ、一体のゴブリンが一歩前に出る。

 

「うむ。名は?」

 

「ジュゲムと申しやす」

 

「良き名じゃ」

 

 そう言うと、じっとジュゲムの瞳を見つめる。

 

「ジュゲム。うぬは、エンリの危機に命を捨てられるか?」

 

「あたりめえですぜ!」

 

「本当じゃな? それはうぬらの総意と取っても良いな?」

 

 ビクトーリアは、二つの質問を投げかけた。その問いを、当然の事とジュゲムは頷く。その仕草に満足したのか、ビクトーリアは一つのアイテムをエンリに差し出した。

 

「これは……」

 

 エンリが不思議そうに、それを眺める。それもそうだろう。ビクトーリアが差し出したアイテムは、エンリが以前貰った物と同一の物、ゴブリン将軍の角笛だったからだ。

 

「もし妾が居らぬ(おらぬ)時、この村が脅威に襲われたら使うが良い。使用上の注意は一点のみ。こ奴らが全滅する前に使う様に。良いな」

 

 ゴブリン達に視線を移しながら、ビクトーリアは呟く。

 

「は、はい」

 

「まあ、ぬえも居るし(おるし)、滅多な事では使う機会は無いと思うがな」

 

 そう言うビクトーリアの瞳は、爬虫類を思わせる物へと変化していた。




次話からは舞台が帝国に。

感想お待ちしております。

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