OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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故郷の森

「話が纏まった所で、早速………………と言いたいところじゃが。イサブロウ」

 

「何でしょう、陛下?」

 

 リリー・マルレーンの突然の呼びかけにも、イサブロウは平然と応える。

 

「皇帝との接見の時間は?」

 

「明日の正午。昼食会からとなります」

 

 その言葉を聞き、リリー・マルレーンは一度窓越しに空を見つめ

 

「時間にして二十時間弱。日暮れからを見越せば、僅か数時間か……」

 

 呟きながら虚空に手を入れ、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。

 

「娘。うぬの生まれは、城から見てどちらの方角じゃ?」

 

「は、はい。北になります」

 

 リリー・マルレーンが、あまりに自然に虚空からアイテムを取り出すのを見て、レイナースは若干あっけに取られていた。その為、反応が若干遅れる。

 

 リリー・マルレーンの指が、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の上で走り、地域を狭めて行く。だが、土地感の無いリリー・マルレーンに限界が訪れる。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)が帝国の北部を映し出す。それを見つめながらリリー・マルレーンは首を傾げ立ちあがると、レイナースの横に移動した。

 

「ここからは、うぬの案内が必要じゃ。しかと見よ」

 

 そう言って、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を傾ける。レイナースは見せられる光景に驚きながらも、場所を狭めて行く。だがその言葉はたどたどしく、いまいち要領を得て来ない。リリー・マルレーンは眼を細め、レイナースを見つめた。

 

「曖昧な説明じゃのう」

 

「す、すみません」

 

 レイナースは、リリー・マルレーンの一言に(こうべ)を垂らす。その行動に何かを感じたのか、リリー・マルレーンはレイナースの腕を掴み

 

「へ、陛下!」

 

「遠慮して離れて居るから見えんのじゃ。近こう(ちこう)寄って案内(あない)せい」

 

 そう言って、頬が触れる距離まで引き寄せる。しかし、この行動に戸惑ったのはレイナース。

 

「へ、陛下! 匂いが! 膿が!」

 

 自身のコンプレックが、リリー・マルレーンの不快感を誘うと考えたレイナースは、必死に距離を取ろうとする。だが、リリー・マルレーンは100Lvプレイヤー、レイナース程度ではどうする事も出来はしない。

 

「なんじゃ、妾と触れ合うのは嫌か?」

 

 ブスリと表情を変え、レイナースに問いかける。この言葉に、レイナースは困惑する。自分の隣に座る、この者は一体何なのか?と。どう言う思考で行動しているのか?と。困り顔のレイナースに、リリー・マルレーンはさらに追い討ちを掛ける。レイナースの左頬に、自身の右頬を密着させ頬ずりをし始めたのだ。

 

「へ、陛下。御止め下さい! 匂いが移ります!」

 

「妾はそんな事気にはせん!」

 

 言いながら太ももを絡みつかせる。だが、そんなおふざけを咎める人物も此処にいた。

 

「陛下。おふざけも度を越せば嫌がらせと取られますが」

 

 イサブロウがやんわりと窘める。しかしこの言葉が、ヴァイエストとエルフ二人に溜息をもたらす。彼女達は知っていたのだ。これから始まる茶番劇を。

 

「何じゃイサブロウ。何時も通り生意気じゃのう。そんなに妾に意見が言いたいのなら、その権利の代わりに、おぬしの給金は今日から角砂糖じゃ。ははっ!」

 

「いえ。ドーナッツよりも砂糖の方が、値が張りますが?」

 

「何じゃと! これは金の匂いがするのぉ」

 

 この様な流れで一連の茶番は終了し、リリー・マルレーンは本題へと帰還を果たす。

 

 何と言うかこの者、ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う人物は、真面目な話をする前に、一度ふざけると言う癖を持っている様であった。はた迷惑な人物である。

 

 話は戻り、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に視線を落としながら、レイナースは細かな地形を読み取り実家の位置を指示して行く。だが、今だ密着態勢のままだが。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に映される光景から、リリー・マルレーンは位置情報を掴むと立ち上がり、フリントロック短銃の引き金を引く。バンッ! と言う破裂音の後、虚空に暗闇が展開する。転移門(ゲート)の魔法である。

 

「娘、行くぞ! 兎は付いてまいれ。イサブロウ、後は頼む」

 

「「皇の御心のままに」」

 

 この会話の後、一行は暗闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 リリー・マルレーン、レイナース、ヴァイエストが暗闇をくぐり姿を現した場所は、森に程近い平野だった。皆一様に、無言で辺りに視線を巡らせる。そんな中、口火を切ったのはレイナースだった。

 

「ここは……私の生家から馬で半日程の森ですね」

 

 ポツリと呟いたその言葉を受け止め、リリー・マルレーンは言葉を返す。

 

「ふむ。この辺りで、件のモンスターと出会ったのかや?」

 

「は、はい。この森の奥になります」

 

 リリー・マルレーンは確認を終えると、虚空から一本の刀を取り出しヴァイエストへと渡した。それは、ククリ刀と呼ばれる幅広で湾曲した片手刀。ヴァイエストは、それを受け取ると当然と言った風体で一番先に森へと入って行った。続き、リリー・マルレーンとレイナースも森へと立ち入る。

 

 先頭を行くヴァイエストは、道を作る為、木々を伐採しながら進む。その額には汗が滲み、法衣も邪魔なため現在着てはいない。無防備に思えるかも知れないが、現在ヴァイエストが纏っている、ワンピース水着やレオタードを連想せるインナーは、リリー・マルレーンの所有物で、その防御力はこの世界のスケイルメイル以上の強度を持つ物だ。どれほど奥へと立ち入っただろうか?リリー・マルレーンは不意にレイナースへ言葉を投げかける。

 

「娘。うぬに呪いを掛けたモンスターは、一体どう言った物じゃ?」

 

「は、はい。恐らくは、ハーピーかと……」

 

 レイナースは曖昧ながら、種族名を口にする。曖昧な種族名。これはレイナースの無知から来る物では無い。種の特定とは、それほど困難な物なのだ。ヴァイエストを取ってもそうだ。初見で彼女がラビットマンなのか、ヴォーリアバニーであるのか特定は非常に難しい。それほどに、この世界のモンスター達は亜種が多いと言ってもいいからだ。だからこそ、レイナースは曖昧にハーピー系の魔物だと言ったのである。だが、その言葉にリリー・マルレーンは首を傾げる。

 

「如何致しました? 陛下」

 

 疲れたのか、木を打ち払う行動を一時中断していたヴァイエストが問いかける。

 

「うん? ハーピーのぅ……」

 

 そう口にしながら、リリー・マルレーンは自身の知識をフル回転させる。YGGDRASIL。ゲーム内のモンスターとしてのハーピー。リアルでの伝記、伝承として語られるハーピー。様々な事柄を推考し、答えが導き出される。

 

「娘。本当にハーピーだったのかや?」

 

「どう言う事、でしょうか?」

 

 リリー・マルレーンは、一度表情を引き締めると

 

「ハーピーと言う種は、その発生からも総じて、上等な者達では無い。ほぼほぼ知性がそぎ取られ、本能で生きておる様な奴らじゃ」

 

「はい」

 

「確かにハーピーは呪いの類を使う。じゃが、それは身体や精神に機能する物じゃ。うぬの受けた物を考えると、ちいと度が過ぎておると思うのじゃよ」

 

 リリー・マルレーンのこの考察に、レイナースの喉がゴクリと鳴った

 

「うぬの解呪に関して妾は一度うぬを殺し、復活させる事を考えた。じゃが、実際にその状態を見るに、その呪いは魂レベルでうぬを縛っておる。死でもって納めるならば、転生以外呪いを解く方法は無いと思い至ったのじゃよ」

 

 リリー・マルレーンの物騒な考察に、誰も口を開けなかった。只一心に、その言葉に耳を傾ける。

 

「じゃが、今妾が思うておる者じゃとしたら……うぬの呪い、何とかなるかも知れぬ」

 

「ほ、本当ですか!」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、レイナースは喜びの驚きを表す。

 

「うむ。うぬらも知っておるじゃろうが、魔法と呪いは表裏一体、同じ物とも言えるじゃろ?」

 

「「はい」」

 

「高位の魔法を行使しようと思えば、それなりの力量と知識が必要となる」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、二人は頷く事で答える。

 

「ならば、呪いはどうじゃ? 呪いも同位であろう? いや、呪いの方が魔法よりも複雑じゃろ。という事はじゃ、高位の呪いを行使する者は、知識も高い者となる」

 

 リリー・マルレーンが持論を展開して行くが、話の流れは理解出来ても、なかなか本題が見えては来ない。恐らく、この展開を安心して聞いていられるのは、ナザリックの者達の他には、番外席次とニグンのみだろう。だからこそ、レイナースの表情は徐々に不安を現して行く。しかし、それすらもリリー・マルレーンの楽しみの内なのだ。

 

 そんな砂漠の中で一粒の宝石を探す様な話の中、レイナースの態度が急変する。

 

「へ、陛下! 此処です! この辺りです!」

 

 声を張り上げ、目的の場所だと宣言する。その場所は、森の中として考えると一種異様な場所だった。レイナースが呪いを受けてから、かなりの年月が経過している。実際にヴァイエストが木々を立ち切り、此処まで進んで来たことからも、森の成長は見て取れた。

 

 だが今居る場所は、周りと比べて木々の成長が遅い様に見える。下草を見ても、この場所だけ手入れがされていたかの様に茂ってはいないのだ。その周りとの差異を見つめリリー・マルレーンの口角が上がって行く。その表情は確実に何かを感じ取っていた。

 

「娘。これは吉兆かもしれぬぞ」

 

「「陛下?」」

 

 レイナースとヴァイエストの声が重なる。それほどに、リリー・マルレーンの顔には邪悪とも取れる愉悦が漏れていた。その表情を張り付かせながら、ゆっくりと円を描く様にリリー・マルレーンは場を歩く。一周した後、荒れ地の中心に立ち

 

「タナトス」

 

 呟く様に呼びかける。その声に呼応し、リリー・マルレーンの影から女性が姿を現した。褐色の肌に銀色の髪。

 

「タナトス参上仕りました。ビクトーリア様」

 

 この光景と、タナトスが口にした言葉を聞き、二人の表情が固まる。影から出現した女性は何者なのだろうか?そして、その女性が口にした名前。ほんの僅かな可能性に思い至り、レイナースの背筋に冷たい物が走った。しかし脳裏によぎった人物ならば、自分の呪いを解くと言う言葉にも確信が持てる。レイナースはあえて口を噤み、目の前の人物達を見守る事にした。

 

「タナトス、気配を探れ」

 

「それは隠者を探すと言う事で?」

 

「違う。どちらかと言えば、幽霊(ゴースト)じゃな」

 

「畏まりました。精霊探査(センシング・マインド)

 

 タナトスが探知魔法を展開する。

 

 

 ——精霊探査(センシング・マインド)。YGGDRASILにおいて、死霊系の命を持たないモンスターの有無を感知する魔法である。逆の探知魔法として生命探知(ディテクト・ライフ)の魔法が存在する——

 

 

「発見致しました」

 

 そう言ってタナトスは一本の木を指差した。

 

「間違いは無いか?」

 

「はい。此処に眠る死霊は、その一体のみです」

 

 リリー・マルレーンは、タナトスの言葉に一つ頷き

 

「復活を」

 

 次の指示を短い言葉で告げる。主の言葉を受け取り、タナトスは腰にぶら下げた十本程の短杖(ワンド)の中から一本を手に取った。

 

「最上級で宜しいですか?」

 

「うむ」

 

 リリー・マルレーンの返事と共に、タナトスは短杖(ワンド)を振るう。場が静寂に包まれ、その中を小さな光の粒が浮遊する。徐々に光の粒は数を増し、一点に集約して行く。その集まりは徐々に形を変え、人型を形作って行く。その光が収まった時、そこには一体のモンスターが存在していた。

 

 




モンスターの正体は次話にて。
感想お待ちしております。
楽しんで頂けたら幸いです。

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