一部改稿致しました。
敗北の声を確認し、リリー・マルレーンはサイレンの背中から腰を浮かす。そして、まるでそれが勝者の権利であるかの様に、爪先で軽くサイレンを蹴りつける。敗者に対して鞭打つような行為とセイレーン達は思うが、そうでは無かった。あれほど身動きが取れなかったサイレンの拘束が、いともあっさりと解放される。
「「?」」
サイレンもセイレーン達も何が起こったのか解らない。何か魔法でも使ったのか?と感ぐるくらいだ。
「何を呆けておる。バランスを崩しただけじゃ」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべる。だが、セイレーン達はいまいち理解出来ていない様だったが。リリー・マルレーンの言葉を聞きながら、セイレーン達はサイレンの下へと集まり、ダメージを心配している様だ。口々に「大丈夫で御座いますか?」や「お身体に異常は?」などと声をかけている。だが、そんな言葉を掛けられる度、サイレンの瞳は潤んで行く。
「クッ! 我に優しい言葉を掛けるな! 泣いてしまうではないか!」
心情を吐露する。最早、威厳も糞も無い。それほどまでに、サイレンの恥辱と精神的なダメージは大きいのだろう。だがそんなサイレンにとって、救いの手が。
「サイレン様、気をしっかり持って下さい。あの御方に敗北しても、何も恥じる事は無いのです」
シーリィからの言葉だ。
「シーリィ、キサマぁ! 嘘であったなら、承知せぬぞ!」
噛みついたのはニケ。雀の様な羽色のセイレーンだ。サイレンを庇う様に寄り添い、殺気と共にそんな言葉を投げかける。だが、シーリィは恐れずにその口を開く。
「あの御方は、
この言葉に勇気づけられたのか、サイレンはニケの影から僅かに顔を覗かせると
「ほんと?」
ポツリと呟いた。「本当で御座います」と返事をシーリィは返そうとしたが、その言葉はサイレンの絶叫にかき消される。
「キャァァァァァァ!」
絹を引き裂かんばかりの声であった。何故にそんな絶叫が?理由はリリー・マルレーンの行動からである。自分達に背を見せ会話するサイレンの背後から忍び寄り、自身のソレよりは小ぶりだが、十分な質量を持ったサイレンの乳房を揉みしだいたのだ。
「なんだよぉ。妾を無視するなよぉ」
甘える様な、馬鹿にする様な声で呟きながら、ひたすらに乳房を揉みしだく。柔らかなサイレンの乳房は、リリー・マルレーンの掌でぐにぐにと形を変える。
「あわわわわわ。やめろ! やめるのだ! やめて! いやっ! あっ、くふっ、んっ!……」
サイレンから艶めいた声が漏れる。その瞬間、リリー・マルレーンの指はサイレンの乳房を解放する。
「おー、何かヤバかったのう。何かこう、ムラッとした」
「何をやっておられるのですか、ビクトーリア様? 本題をお忘れで?」
タナトスがぴしゃりとたしなめる。リリー・マルレーンは首を傾げる。今のタナトスの言葉に、違和感を感じたからだ。視線をレイナース、ヴァイエストに向けると、二人ともどこか不安そうだ。何かの違和感を感じているらしい。一体何が?リリー・マルレーンは頭の中でタナトスの言葉を思い返す。そして、一つの結論に行きついた。
「タナトスよ。妾はリリー・マルレーンじゃぞ」
「承知しております。ビクトーリア様」
「………………タナトス? 妾は、リリー・マルレーンじゃ」
「………………はい。承知しておりますよ、ビクトーリア様」
リリー・マルレーンとタナトス、お互いが首を傾げる。
「タナトス?」
「はい。ビクトーリア様」
「じゃからぁ、妾はリリー・マルレーンじゃ!」
「解っております、ビクトーリア様!」
「ならば何故ビクトーリアと呼ぶ!」
「解り切った事。私の主人はビクトーリア様、唯御一人です!」
理由は判明した。どうやら、ただ頑固なだけだったらしい。意地でも主人を別の名前で呼びたく無いと言う理由だそうだ。全く持ってメンドクサイ。そしてもっとメンドクサイのが、レイナースやヴァイエストへの説明である。だが、それは後でも出来ること。今は、本題を進めるのが先決である。
「娘、メロディ、説明は後ほどじゃ。今は本題を進めるとしようぞ」
そう言うリリー・マルレーンに、レイナースは頷きで返し、ヴァイエストはいきなりのメロディ呼びに困惑していた。しかし、そんな者を気遣うはずも無く、リリー・マルレーンとタナトスの主従は話を先へと進める。
「こほん。それでのうまた子や――」
((また子?))
全員の頭に?マークが浮かぶ。また子とは、一体誰を指し示す言葉なのだろうか。
「ビクトーリア様。また子とは?」
タナトスが代表して質問を口にする。それを受け、最もとリリー・マルレーンは一人の人物を指差す。その人物とは?セイレーンの女王、白き翼持つ者、サイレン。
「わ、我がまた子かっ!?」
自分を指差し驚きを表す。その問いに、自信をもってリリー・マルレーンは頷く。
「で、では、コイツ等は何じゃ!? ニケとシーリィであるぞ!」
サイレン、いや、また子は慌てた様に自身の部下を指差す。リリー・マルレーンは僅かに悩むと、ニケ、シーリィの順に指を指し
「ワカメにノリスケ」
簡潔に言い表す。そう言われても、場の者達には理解出来はしない。何故、ワカメにノリスケなのか?タナトスはリリー・マルレーンへと熱い視線を送る。それに気付き、リリー・マルレーンはタナトスへと耳打ちをした。ごにょごにょと言葉が紡がれる中、タナトスの表情が、花が咲いた様に輝いた物に変わる。
「流石はビクトーリア様! このタナトスには、考えも及びませんでした」
タナトスはぐるりと皆の顔を見回し、指を一本立てると自慢げに説明を開始した。
「まずは、ノリスケから説明しましょう。皆様、海苔と言う物をご存じですか?」
タナトスのこの問いに、現地勢は首を横に振る。この回答に「解りました」とタナトスは頷き地面に長方形を描く。
「海苔とは、海藻をこの様な形に整え乾燥させた物です。それをあの方、シーリィさんは持っていたゆへ、ビクトーリア様はノリスケと命名されたのです。ちなみにスケはおまけです」
全員の頭に、再び?マークが浮かぶそして立ち尽くすシーリィを観察する。一体彼女のどこに海苔があるのだろうかと。そして発見した。全員の視線がシーリィの一点に集中する。その場所は、彼女の下腹部。そこに張り付いた黒く、艶やかでしっとりとした物。
そして全員がこう思った。まだそのネタ引っ張るんかい、と。
そして、思いつく。ワカメの意味を。ニケの日に焼けた肌から、ちょろりと生える物こそワカメ。サイレン、シーリィに比べれば、まばらに生えるソレはまさにワカメ。肌を岩場と捉え、隠すべきデルタに水を注げばふよふよと浮くだろう。その事実をタナトスは声高らかに宣言する。
「そして、そちらの方。ニケさんでしたね。彼女の物こそワカメです。まるでスープに漂う海藻」
そのように宣言され、セイレーン達は身を縮める。今まで何とも思っていなかった事が、妙に気恥ずかしくなって来たのだ。サイレンは顔を上げ、ゆっくりとリリー・マルレーンへと手を伸ばす。
「あのぉ。服、貰えませんか?」
「何じゃ、裸族は卒業か?」
「……は、はい」
「しかしのぉ、ノリスケの蘇生代金もまだ貰っておらぬし……」
「「!」」
セイレーン達は声を失った。目の前に居る強者は、武力のみならず、蘇生まで可能な人物なのだ。そして心から確信する。此の者は、決して逆らってはいけない者だと。
「全てを含め、我らに何を支払えと?」
サイレンの問いかけに、リリー・マルレーンは意地の悪い笑みを絶やさず
「全てじゃ。全てを差し出し、妾の手足となれ」
「………………それは、貴行の
この言葉に、リリー・マルレーンは一つ頷くと
「左様。妾の下で、妾の望む世界を創れ」
身が震える思いだった。世界を創る?一介の魔物である自分達が、圧倒的強者の下で。セイレーン達は膝を付き
「御言葉、お受取り致します。一族二百、全てのセイレーンは……」
「ビクトーリア様です。ビクトーリア・F・ホーエンハイム様」
サイレンの躓きに、タナトスが助け舟を出す。
「全てのセイレーンは、ビクトーリア・F・ホーエンハイム様と共に」
忠誠の儀は終わる。その言葉に、リリー・マルレーンは満足げに頷くと
「しかと受け取った。また子、ノリスケは妾と共に。ワカメは繋ぎとして一族を纏めよ」
「畏まりました」
目的は達成したと、リリー・マルレーンはパンッ!と一つ手を叩く。だが、それを黙って見て居られない人物が此処にはいた。
「待って下さい、陛下!」
後方から声が飛ぶ。レイナースだ。
「私の! 私の呪いの解呪は!」
悲痛な叫びを漏らす。その声に呼応する様に振り向いたリリー・マルレーンの顔には………………意地の悪い笑みが張り付いていた。
「何を叫んでおる、艶ぼくろ。よう見てみよ。己の顔を」
「え?」
差し出された手鏡を受け取り、レイナースは恐る恐る自分の顔を確認する。変化は無い様に思えた。しかし、その長く伸びた自身の顔の右半分を隠す前髪を掻き上げると………………醜悪な腐った皮膚は姿を消していた。思い描いていた自分の顔がそこにあった。シミ一つなく、奇麗な顔が。
「こ、これは一体?」
「妾の計算は完璧じゃ」
「さすがです、ビクトーリア様」
胸を張るリリー・マルレーンに、賛辞を贈るタナトス。だが、説明は一切無い。しかし、レイナースの瞳はソレを求めていた。リリー・マルレーンは溜息を一つ吐き、やれやれと説明を口にする。
「この森の中で、この地だけが枯れておるのは理解出来ておるかや?」
「はい」
リリー・マルレーンの問いかけに、レイナースは素直に答える。
「うぬだけが呪われておったならば、解呪は無理じゃったじゃろう」
「それはどう言う意味で?」
「うん? 狙いがうぬ一人、と言う事じゃ」
レイナースからの返事は無い。しかし、これは否定の沈黙では無く、リリー・マルレーンの言いたい事が理解出来ないからだ。それを承知とばかりに、リリー・マルレーンは言葉を続ける。
「うぬの顔と、この地の荒廃。これは狙いが無い事を意味する」
「狙いが無い?」
「そうじゃ。無秩序と言った方が正確かのう」
「無秩序……」
全員の視線がシーリィを捉える。
「ノリスケは死の間際に呪詛を放った。じゃが、それが死の間際じゃったのが失策じゃったのじゃ。放たれた呪詛は制御を失い、己をも喰らいこの地を蝕んだ。当然、その場におった艶ぼくろをも巻き込んでの」
「で、では、私の呪いは……」
「解呪出来んのも当然じゃ。呪いの核はうぬでは無く、この地にあったのじゃからな」
「それでは……」
呟く様に言葉を発するレイナースに、リリー・マルレーンは一つ頷き。
「ノリスケの内から発せられた呪詛は、再びノリスケの内に吸収された。復活と言う形を経てな。呪詛が土地を蝕んだのが幸いしたのう。そのおかげで、ノリスケの魂魄もこの地に縫い付けられておった」
「そ、そう言う事ですか」
レイナースの納得の意を示す。だが、疑問はこれだけでは無い様だ。レイナースの表情がそう言っている。
「後は、妾が何者か、じゃな」
「はい」
返事を聞きいれ、リリー・マルレーンは一度目を瞑る。その瞳が再び開かれた時、その瞳孔は爬虫類を思わせる物に代わっていた。
「妾は法皇リリー・マルレーン。真の名は、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。煉獄の王と呼ばれる墓守じゃ」
次話では、ジルクニフとの会談です。
ヴァイエストの呼び名をマイメロから、メロディに変更致しました。
感想お待ちしております。