OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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酷いお話三部作、最終章。
あと、ジルクニフ君とのお話。


思いの果て

 レイナースの解呪と、セイレーンの従属。二つの仕事をそつなくこなしたリリー・マルレーンは、帝国王城に戻り眠りについた。

 

 ベッドは柔らかく快適に眠れ、すがすがしい朝を迎える。ぼさぼさの髪を掻きながら、女官の用意した湯で顔を洗おうと鏡の前に立つ。バシャバシャと気品の欠片も無い音を立て顔を洗い、何故か存在する歯ブラシの様な物を咥えつつ自身の映る鏡に視線を向ける。

 

「?」

 

 鏡に映る姿は確かにビクトーリアの物なのだが、その姿に僅かな違和感を覚える。何か妙な付属品、いや、身体に模様が付いている様な? リリー・マルレーンは鏡に顔を近づけ、マジマジと自身の姿を確認する。顔には別段異常は無い。寝起きの為か多少だらしない表情だが、変り無い見慣れたビクトーリアの顔だ。しかし、問題はここからだった。首筋に視線を向ける。そこには、赤黒い痣の様な物が無数に存在していた。

 

「うん?」

 

 リリー・マルレーンは首を捻る。これは一体何なのだろうかと。良く見ると、その痣の様な物は体中に存在していた。お腹辺りにも、ふとももにも。そして最も多く存在していたのは、豊満な乳房である。「むむむ」と痣を観察しながら、リリー・マルレーンは、ある事柄に行きつく。

 

「うむ。これはアレじゃな………………キスマーク?」

 

 そう思い至った瞬間、リリー・マルレーンの身体はガタガタと震えだした。この事実は、昨晩ぐっすりと眠りこけて居た時に、何者かによって身体を舐めまわされた事を意味する。

 

 一体誰が? タナトスか? いや、違う。タナトスはナザリックへと帰還しているはずである。

 

 では賊の仕業か? これも間違いであろう。なにせ、ここは帝国王城なのだから。

 

 それでは城の者か? それも考え辛い。何せ前室には、セイレーンのサイレン、シーリィ。ヴォーリアバニーのヴァイエストが寝ているのだから。野性味あふれる彼女達が、不審者を通すなどと言う事は非常に不自然だ。そんな思考の迷宮をリリー・マルレーンが彷徨っている中、ドアがノックされ外から声が掛る。

 

「お早よう御座います、リリー・マルレーン陛下。お目覚めで御座いますか?」

 

 声からすると、ヴァイエストの様だ。

 

「う、うむ。起きてはおるぞ」

 

たどたどしく返事を返す。その答えに呼応し、遠慮なくドアが開かれた。

 

「「あ」」

 

 双方から間抜けな声が漏れる。何故ならば、今のリリー・マルレーンは半裸の状態なのであるからだ。その豊かな双丸を外気にさらした姿なのだ。

 

「………………昨晩は、お楽しみで」

 

「え?」

 

「随分と激しかった様だな」

 

「はい?」

 

「御盛んですね」

 

「………………?」

 

 ヴァイエスト、サイレン、シーリィの順で、リリー・マルレーンへの感想を述べる。どうやら彼女達は何かを知っている様だ。

 

「あの~、娘さんたちや、昨晩誰ぞ来たのかのぉ」

 

 リリー・マルレーンのこの問いに、三人は顔を見合わせ首を傾げると

 

「「夜半遅くに、レイナース殿が」」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「妾は法皇リリー・マルレーン。真の名は、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。煉獄の王と呼ばれる墓守じゃ」

 

 この言葉を受け止め、レイナースは崩れ堕ちる様に地面に膝を付いた。美しさを取り戻した顔からは血の気が引き、地面に付いた両膝、両腕はガクガクと震え出している。ヴォーリアバニーのヴァイエスト、そしてセイレーン達は、何事かとレイナースを見つめる。

 

「どうしました、レイナース様? ご気分がすぐれないのですか?」

 

 ヴァイエストがレイナースの急変に心配して声を掛ける。しかし、レイナースは手で大丈夫だと示し、ビクトーリアの瞳を見つめ声を絞り出す。

 

(まこと)に、煉獄の王であらせられるか?」

 

「左様。妾はそう呼ばれし者じゃ」

 

「ふふっ。ふふふっ」

 

 レイナースから笑い声が漏れる。気でも触れたか? ビクトーリアはそう思い、レイナースに顔を近づける。

ゆっくりと近寄って行き、もうすぐ鼻先がレイナースの金糸の様な髪に触れると言う段階で、ビクトーリアはドスンと言う衝撃を覚えた。突然レイナースが抱きついて来たのだ。

 

「ふふっ、ふふっ……ぐすっ……」

 

 レイナースは、ビクトーリアの腹部に顔を沈ませ泣きだした。どうやら感情のコントロールが上手く出来ない様である。その状態を見つめつつ、ビクトーリアはレイナースの髪をすく様に撫であげる。

 

「大丈夫じゃぞ。もう心配はいらぬ、呪いは解けた。これからは恋も出来る。生を楽しむが良かろう」

 

「あ、ありがとう……御座います。ビクトーリア様」

 

 しゃくり上げながら、レイナースは感謝の言葉を口にする。それと同時に僅かずつだが、上へとビクトーリアの身体を登って行く。

 

「一瞬で……恋に落ちる事があるって……本当だったのですね」

 

「はい?」

 

 レイナースの突然の言葉の意味を、ビクトーリアは探るが、一行に答えは出ない。そうしている内にも、レイナースの顔はビクトーリアの胸へと到着する。ビクトーリアの豊満な乳房にレイナースは顔を埋め、そこから立ち上る香を胸一杯に吸い込むと

 

「私……女性を恋愛対象と見た事はありませんでした」

 

「はぁ」

 

「ですが、陛下に、ビクトーリア様に出会い………………真実の愛に目覚めたのです」

 

 そう言って、より一層顔を埋める。良く見れば、レイナースの耳は恥じらいからか真っ赤だ。どうやら本気の様である

 

 ビクトーリアは、ゆっくりとレイナースに気付かれない様に、細心の注意を払って腰を引いて行く。しかしその行為は、何者かによって阻止された。背後からガッチリと肩を掴まれたのだ。ゆっくりと視線を背後へと向ける。そこに居たのは、満面の笑みを浮かべるセイレーンの女王、サイレン。いや、また子の姿だった。

 

「また子……何を?」

 

「いいじゃないですか、メス同士でも。ププ」

 

 どうやらまた子は、先ほどの意趣返しをしようとしている様である。

 

 そうこうしている間にも、レイナースはズリズリと這い上がって来ている。乳房に埋まっていたレイナースの頭部は、首筋へと辿り付き、ビクトーリアの香りを肺一杯に吸い込み、堪能するとまた這い上がって行く。

 

 そして、視線が絡み合う。

 

 レイナースの瞳は、濡れた様な輝きを放ち、白磁の様な肌は紅潮し、その艶ぼくろを讃える唇は妖艶に輝く。その姿は、ナザリック地下大墳墓 守護者統括と同様の物だ。つまり、現在進行中でレイナースは発情中、と言う事である。

 

 レイナースは騎士とは思えぬその滑らかな指で、ビクトーリアの両頬を捉えると、その荒く艶やかな息を吐く唇を、ビクトーリアのソレと重ね合わせた。

 

「!」

 

 驚きで体が硬直し、声が出ないビクトーリアに対し、レイナースは顔の向きを僅かに変えつつ、チュパチュパといやらしい音をたてながら情熱的に行為を続行する。

 

「んっ。はぁ、はっ。あふっ。ビクトーリアさまぁ……」

 

 呟く様にビクトーリアの名を何度も呼び、自身の両太ももでビクトーリアの左太ももを挟み、腰を滑らせて行く。

 

 そして、レイナースはビクトーリアの上に馬乗りになると、腰をゆっくりとビクトーリアの腹部に擦り付けながら、自身の鎧に手を掛ける。さあ全身でビクトーリアの、愛しい人の柔らかい肢体を味わう事が出来る。そう考え、レイナースの欲情に濡れた舌は、自身の艶めいた唇をなぞる。いただきます、そう心の中でビクトーリアに声を掛け、レイナースは襲い掛る。その瞬間

 

「ふぎゃ!」

 

 奇妙な声と共にレイナースは意識を刈り取られた。

 

「時間一杯、艶々タイムは終了です。ビクトーリア様の貞操は、私の物です」

 

 タナトスが後ろから手刀を落としていたのだ。こうしてビクトーリアの貞操は、一時ではあるが守られた

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「アイツの仕業かぁぁぁぁぁ!」

 

 リリー・マルレーンの怒声が貴賓室に響き渡る。その後、十五分ほど床を転がりながら恥辱の言葉を吐き散らし、三十分程ベッドに引きこもり、自身に染みついたレイナースの香りを落とすために湯浴みをし、何とか感情が落ち着いた。幸運だったのは、レイナースが付けた愛の印が、全て法服で隠される場所であった事である。

 

 とぼとぼとゾンビの様な足取りで、リリー・マルレーンは朝食の用意された部屋へとたどり着く。扉を開けると、配膳の為か数人の女官と………………何故かレイナースがいた。そちらへリリー・マルレーンが視線を向けると、一瞬にしてレイナースの頬が紅潮し恥らう様に視線を外した。その姿に、最早リリー・マルレーンからは溜息しか漏れなかった。

 

 憂鬱な気分を引き吊りながら着席し、用意された朝食に口をつける。場には法国から共に来た者達と共に、この地にて傘下入りしたセイレーン二人。カチャカチャと食器が鳴らす僅かな音が支配する空間で、音も無く背後を取ったレイナースがリリー・マルレーンの耳元でボソリと囁く。

 

「ビクトーリア様………………男性の機能も持っていらしたのですね」

 

「ぶーーーーーーーー!」

 

 リリー・マルレーンは、盛大に口にしたスープを吹きだした。慌て視線をレイナースへと向ける。依然頬を染め、恥らうレイナースは

 

「大丈夫で御座います。男性の方は頂いてはおりません。そちらはいずれ、ビクトーリア様の方から……」

 

 此処まで聞いた事で、リリー・マルレーンの意識が遠のいた。その瞬間、心に浮かんだ言葉は………………淫魔が増えた、だった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 そんな朝食の一時を終え、リリー・マルレーンは目的の場所へと歩を進める。昼食会を経て、お互いの顔見せは終わっている。これからが本番だ。皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスとの一騎打ちの始まりである。

 

 女官達先導の元、リリー・マルレーンとイサブロウは一際豪華な扉の前に立つ。静かにゆっくりと扉が開かれ、お互いの存在が顕になる。ジルクニフに対してリリー・マルレーンの第一印象は、実にシンプルな物だった。イケメン。その一言に尽きる。整えられた金色の髪、涼しげな瞳に浮かぶ紅茶の様な色の瞳孔。まあ服装的には何やらジャラジャラしすぎな感も諌め無いが、全体を見れば纏まっている。

 

「これはこれは法皇陛下。御尊顔拝謁頂き、このジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス感謝の意を告げさせて頂きます」

 

「ことらこそ、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下に置かれましては、忙しい所時間を割いて頂き、法国の民を代表してお礼を申し上げます」

 

 まずはお互いが当たり障りの無い言葉で挨拶を交す。御互いの牽制を確認した所で、着席を進められそれに従った。ジルクニフは出された紅茶で唇を湿らすと、先制攻撃とばかりに口を開く。

 

「法皇陛下。此の度の我が国への来訪、いかがな趣旨と捉えれば良いのですかな?」

 

 ジルクニフの問いに、リリー・マルレーンも同じように紅茶を口に含み

 

「何、大した事では無い。妾の法皇就任の挨拶と、貴国の後ろ盾の破棄を宣言する為じゃ」

 

「!」

 

 ジルクニフは声を失った。目の前に居る、法皇なる人物の言う事が本当ならば、王国との軍事バランスが大きく狂ってくるからである。

 

「は、はは。法王陛下は冗談が上手い。私を驚かせても、何も出はしませんよ」

 

「そうじゃろうな。妾は真実しか言うてはおらぬゆえ」

 

「どう言う理由で、その様な結論に至ったのかをお聞きしても?」

 

「良いじゃろう。スレイン法国が、新たなる教義によって生まれ変わったのはご存じかや?」

 

 リリー・マルレーンから返された問いに、ジルクニフは一度唾を飲み込むと

 

「ええ存じております。しかし、それと後ろ盾の件との関係は?」

 

「皇帝陛下も鈍いのう。それとも妾が試されておるのかのう。まあ良い。今後のスレイン法国は、亜人や異形種なども取り込む多種族国家へと舵を取った。貴国は、未来に我が国の民となる可能性がある者達を、売り買いしておると言うでは無いか。これで後ろ盾、もしくは国交の樹立は難しかろう」

 

 そう言う事か、とジルクニフは納得する。だが、ここで引く事は出来ない。

 

「しかし法皇陛下、その結論は些か早計過ぎるのでは無いか? その様な者達は、我が国とは関係の無い無法者達。簡単には問題の解決は無理かと」

 

「そうかのう。以前皇帝陛下が執行した間引きを、再度執行すればよかろう?」

 

「これは物騒な事を。ですが、アレを行うにしても、それ相応の時間が必要かと」

 

「うむ。そうじゃのう。では我が法国が、正常化した時間を猶予としたいのじゃが、どうじゃ?」

 

 ジルクニフは一度口を噤み、視線からリリー・マルレーンを決して外さずに頭脳をフル回転させる。奴隷商の一掃。これは決して簡単には出来ない事だ。それに、教義い厳しいスレイン法国よりも、帝国の方が暗部の炙り出しは容易に思える。

 

「その猶予とは、どれほどの期間ですかな? あまりにも長い月日を待たせるのも、私としても忍び無いのでね」

 

 その言葉を受け取り、リリー・マルレーンはイサブロウへと視線を向ける。イサブロウは小さく頷き、僭越ながらと前置きをするとジルクニフに向け口を開く。

 

「僭越ながら皇帝陛下に申し上げます。我が国での浄化の期間は、約十四日程となります」

 

 ジルクニフは眩暈がする思いだった。教義に厳しく、暗部は王国、帝国と比べると遙かに地下に潜らねば生き残れぬ地で、たった十四日でおおよその奴隷商を始末したと言うのだ。法国の闇、各聖典が幾ら優秀だとしても早すぎるのだ。

 

「ほ、法国は如何様な手段を用いて正常化を図ったのでしょうか。出来ればご教授願えれば、我ら帝国としても手の打ち様があると言う物」

 

 ジルクニフの問いに、リリー・マルレーンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると

 

「簡単な事。おびき出し、ぶち殺したまでよ」

 

 


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