OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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会話が多めの回です。



皇帝と法皇

「簡単な事。おびき出し、ぶち殺したまでよ」

 

 リリー・マルレーンのこの言葉に、ジルクニフは何度目かに言葉を失う。

 

「恐怖は伝染する、と言うやつじゃ」

 

「それは、一体どう言う……」

 

 リリー・マルレーンの端的な言葉に、ジルクニフはさらなる説明を要求する。だが、リリー・マルレーンは意地の悪い笑みを漏らすに留まる。代わりにイサブロウが、リリー・マルレーンの悪行を皇帝に告げた。

 

「ど、奴隷商の死体を組織と家族に……」

 

「左様」

 

 ジルクニフは、再び言葉に詰まる。補佐官が言う事が事実であるならば、いや、事実だろうが、この法皇は自国を浄化する為に恐怖と言う毒を国にばら撒いたのだ。国の威信を、いや、自分の機嫌を損ねたらどう言う目に会うかと言う事をまずは実践して見せた。

 

 それを知った者達は、奴隷商で無くとも恐怖に捕らわれたであろう。麻薬売買、禁止品の取引、横暴な態度を取っていた貴族、神官で構成される法国では少ないであろうが、汚職、賄賂に手を付ける者達も例外では無い。その身に僅かでもやましい思いがある者達は、次の粛清に恐怖する。

 

 そう、勝手に恐怖し、恐怖から逃れる為にソレを手放す。それを可能としたのは、目の前の法皇リリー・マルレーンが自ら手を汚す事も厭わない人物だからだ。だからこそ、取引や減刑を望む事は不可能と判断させる事が出来る為だ。

 

「は、ははっ」

 

 ジルクニフからは、最早乾いた笑いしか漏れなかった。この皇は異常である。その異常さで国を治める人物なのであると、確信した。亜人奴隷の解放。その為、いや、それを大義名分としてこの人物ならば、帝国と事を構える事も辞さないと確信出来る。

 

「し、しかし、家族にまで死体を送りつけるとは、物騒な話ですね」

 

「そうかのぅ。彼奴の命を言い値で買ってやったまで。身体は勘定に入っては居らぬからの」

 

「ははっ。奴隷商とはいえ、妻も子も居るでしょうに」

 

「かかっ。鮮血帝と呼ばれる貴公が何を。我らが道を違え、国を疲弊させればどうなる? 貴公が今身に付けている物。貴公が喰うて(くうて)おる食事。貴公が眠る布団一式。よもやどこから来ておる物か知らぬ訳ではあるまい?」

 

「ああ、知っている。私の生活の全ては、帝国国民の税から成り立っている。もしも、私が国を私物化し、疲弊させれば、私は首を落とされるだろう。この私がやった様にな」

 

 ジルクニフの皇帝としての言葉を聞き、リリー・マルレーンは満足げに頷き。

 

「なれば、同意である。我らが国を収め、その報酬として生かされておるのならば、貴族、商人、農民、様々な者達も知らねばならぬ。自分が何の犠牲で、恩恵で生かされておるのかを」

 

 この言葉を聞き、ジルクニフもリリー・マルレーン同様に頷き

 

「成程。奴隷商とは言え、それを知るべきだと」

 

「左様。その恩恵を授かっておった家族、その子も含めての」

 

「成程。陛下の言いたい事は解った。だが、それは奇麗過ぎる考えだ。奇麗過ぎる水には、魚とて暮らせん」

 

「知っておるよ。妾の言う言葉は理想じゃ。じゃからこうも言う。妾は人を殺す事も、人から何か盗む事も、誰かを蔑み迫害する事も、止めよとは言わん、と」

 

「な、何!」

 

「ただ、知っておれと、覚悟を持って行えと言っておるだけじゃ。殺したら殺される。奪えば奪われる。何かを踏みにじれば、同じ様に踏みにじられる、と」

 

「因果応報、ですか」

 

「そうじゃ」

 

 ジルクニフは、いや、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは理解した。法皇リリー・マルレーンと言う人物を。その法皇を頂いたスレイン法国の行く道を。

 

「法皇リリー・マルレーン。あなたは狂っている。あなたは愛し過ぎている。あなたにとって、私も、オークも、スケルトンですら同じ物に見えているのだろう。あなたが愛する者として」

 

「当然。妾の傘に収まる者ならば、全てを妾が守る」

 

「力強い言葉だ。私には言えぬ。教えてはくれないか? あなたは何者なのだ?」

 

 ジルクニフの疲れ切った様な言葉に、リリー・マルレーンは楽しそうな笑みを浮かべ

 

「いずれ知る事になる。今はまだ………………妾は法皇リリー・マルレーンじゃ」

 

 そう言ってクツクツと笑った。

 

 その後、経済、流通などの話に移り、昼の会談は終了となった。若干の休憩を挟み、晩餐会が開かれ、夜の会談の開始となる。場所は、皇帝の自室。出席者は、法国側からは、法皇リリー・マルレーン、イサブロウ、ヴァイエスト、サイレン。帝国側は皇帝ジルクニフ、宮廷魔術師フールーダ、秘書官ロウネ・ヴァミリネン、そして護衛として帝国四騎士が付く。

 

 一同が席に着く。宮廷魔術師のフールーダが、若干遅れる事が秘書官のロウネから告げられた。法国側はそれに対し、嫌悪感を見せる事無く了承した。議長としてロウネが会談の開始を告げ、夜の会談は開始される昼のソレとは違い、酒や果物なども用意されていた。これは、格式ばった物では無く、もう少し砕けた話し、腹の中を見せ会おうと言う趣旨がある為である。給仕のメイドが各人のグラスにワインを注いで行く。ヴァイエストとサイレンに注ぐ時に、若干戸惑った様な表情を浮かべたが、瞬時に持ち直した様だ。

 

「ではこの出会いに、法皇陛下」

 

「リリー・マルレーンで良いぞ。ファーストネームだけでは可愛すぎる名なのでな」

 

「では私もジルクニフと呼んで頂きたい」

 

 そう言ってお互いのグラスを鳴らす。

 

「個人的な疑問なのだが……」

 

 ジルクニフがぶっきらぼうに言葉を口にする。

 

「何かや?」

 

 答えるリリー・マルレーンに、ジルクニフは苦笑いを見せながら

 

「レイナース。お前は何故そこに居る?」

 

 ジルクニフの疑問は、レイナースの立ち位置についてだった。レイナースの居る場所は、リリー・マルレーンの後。これではまるで、法皇の従者の様である。

 

「何か問題でも? 陛下から咎の御言葉を受ければ、ジルクニフ殿の言う通りにしますが」

 

 この言葉に、他の三騎士が殺気立つ。ジルクニフはそれを諌めると、レイナースを見つめ溜息を洩らす。

 

「そう言う事か。リリー・マルレーン殿も人が悪い」

 

「何がかや? それに人が悪いとは、人聞きが悪い。のう」

 

 そう言って法国側の三人に同意を求める。だが、その行為は眼を逸らすと言う行動で黙殺された。

 

「それで、レイナース。お前は、帝国騎士を抜けると言う事で良いのか?」

 

「それに関しては、ビ、キャッ!」

 

 ビクトーリア様、と言おうとしたのだろう。その瞬間、レイナースの顔面にバナナが直撃した。

 

「そちらの名は言うでは無い」

 

「……畏まりました」

 

 顔を押さえながら、レイナースは了承する。

 

「まあ、妾としてはどちらでも良いのじゃが、国に支えておる者ならば、年期とかがあるのでは無いか?」

 

「ええまあ。彼女に対しては契約期間、と言った方が正しいがな」

 

 ジルクニフの言葉に、リリー・マルレーンは一つ頷き、後方のレイナースに視線を向けると

 

「艶ぼくろ。うぬは暫し帝国に残れ。やって欲しい事もあるゆえ。良いかな、ジルクニフ殿」

 

「異論は無いが、やって欲しい事とは?」

 

「うむ。帝国には魔法学院なる物があると聞く。そこへ、妾の子飼いの者を入学させて欲しいのじゃよ」

 

 リリー・マルレーンの言に、ジルクニフは少し悩む様な仕草を見せ

 

「法国の神官が、帝国の魔法学院に?」

 

 疑問の声を漏らす。

 

「いや。その者は妾が個人的に保護しておる者でな、元冒険者の魔法詠唱者(マジック・キャスター)じゃ」

 

「ほう。その様な者がリリー・マルレーン殿の傍に」

 

「うむ。そ奴とは、妾が法皇の地位に就く前からの付き合いでな。どうじゃ? 受け入れてくれるか?」

 

 ジルクニフは暫し悩む仕草をするが、リリー・マルレーンの提案を受け入れる事にした。

 

「問題は無い。こちらで預かろう。では、レイナースはその護衛としてか?」

 

「そうじゃな。その者は、まだ年若い娘ゆえ」

 

「了解した。治安の良い地区に、屋敷も用意させよう」

 

「貴国に感謝を」

 

 とりあえず一つの議題が解決した所で、ドアがノックされフールーダの到着が知らされる。ジルクニフが許可を出し、件の人物がゆっくりとした足取りで入室して来た。部屋の中程まで来た所でその人物は立ち止まり、静かに名乗りを上げる。

 

「遅れまして申し訳無い。首席宮廷魔法使い件、帝国魔法省最高責任者フールーダ・パラダインと申します」

 

 フールーダ・パラダイン。如何にもな老人だった。白く長い髪に、長い鬚。ローブを纏い、手に持つは木が捩れた様な杖。絵心がある人物に、ファンタジーに出て来る魔法使いを描いてもらったならば、目の前の人物を描くだろう。それほどにフールーダと言う人物は、魔法使いを体現していた。

 

 フールーダはゆっくりとした足取りで、ジルクニフの下へと歩を進める。その歩が、法国側が着席している位置を僅かに過ぎた時、ガクリと、まるで崩れ堕ちる様に膝を付いた。

 

「どうした爺! 爺!」

 

 慌ててジルクニフが声を掛ける。帝国三騎士も慌てて近寄って行く。だが、当のフールーダには一切の声が届いていない様だ。眼を見開き、涎が零れんばかりに大きく口を開き、何かを掴もうとしているのか、その両腕を前へと伸ばしている。その視線の、腕が求める先は………………法皇リリー・マルレーン。

 

「おぉ。おぉ。儂が求めておった御方………。いと高き者……」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら、フルーダはリリー・マルレーンににじり寄る。

 

「うぉ! 何じゃ! 気色悪!」

 

 リリー・マルレーンは椅子に上り退避行動を取る。その中で、過去の記憶を思い出す。エ・ランテルの墓地で出会った男の事を。現在、法国の地下で新たなる蘇生魔法の研究をしている、通称ピカリンの事を。

 

「す、すまない、リリー・マルレーン殿! 爺の悪い病気が出た様だ!」

 

 ジルクニフは、そう謝罪の言葉を口にする。

 

「びょ、びょうき!」

 

 その言葉を反芻しながら、目の前の病気持ちの老人への対処を探るが、一行に答えは出ない。一瞬、蹴り飛ばしてやろうかとも思うが致命傷になりかねない。いや、確実に命の炎共々消え去るだろう。ならば、他の者の手を借りるまで。そう判断したリリー・マルレーンは、法国一同へと視線を巡らす。

 

 まずはヴァイエスト。その表情は引きつり、フールーダの行動に恐怖を覚えている様だ。

 

 続いてサイレンとイサブロウに視線を向ける。両者とも微笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいる様だ。滅多に見れない、恐怖におののくリリー・マルレーンの姿に。

 

 後ろを振り返り、レイナースを視界に留める。レイナースの身体からは、殺気とも呼べる物があふれ出し、今にもフールーダを切り殺しそうだ。

 

 これでは誰の手も借りる事は出来ない。リリー・マルレーンは孤立した。椅子の上で怯えながら

 

「ていこく………………きらい」

 

 そう呟くしか無かった。




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