OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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蹂躙

「大丈夫ですか?」

 

 姉は声の主を見る。

 

 そこには、田舎の村には似つかわしくない、執事服を着こんだ老人がいた。

 

 髪は白く、蓄えた口髭も同様に真白だ。猛禽類を思わせるその瞳は、彫りの深い顔立ちに刻まれる皺によって緩和され温厚に見える。

 

 執事服の老人は姉の肩に手をやると、先ほどの言葉をもう一度二人に掛けた

 

「大丈夫ですか?」

 

 その問いかけに、姉は我に帰った様に慌てて返事を返す。

 

「は、はい。ありがとうございます。あの、お名前は? あ! 失礼しました。私はエンリ、エンリ・エモットです。この子は妹のネム」

 

 そう言ってエンリは頭を下げる。恐怖の残滓で固まっていたネムも、姉に習ってちょこんと頭を下げた。執事服の老人は、その行動を微笑ましく見つめながら、優しい笑みを浮かべると

 

「私はセバス・チャン。セバスと呼んで下さい」

 

「は、はい。セバス様」

 

 弱々しいながらも、ハッキリと返事を返したエンリは、視線を赤いドレスの者へ向ける。

 

 無言だが瞳は有言に「あの方は?」と尋ねていた。それに気付いたセバスは、同様に赤いドレスの者へと視線を向ける。

 

 その者はセバス達に背を向け、硬い表情で、自らが殺害した者達の骸を見ていた。赤いドレスの者、ビクトーリアは思考の中にいた。自分とモモンガは、想像以上にやっかいな現状に立たされているのでは無いか、と目の前の物が語っていたからだった。

 

 最初ビクトーリアは、この件を装備などから見て中級プレイヤーによる下級、新前プレイヤーに対しての集団PKでは無いかと推理した。

 

 しかし実際は違っていた。自分の倒した者の骸が、一向に消える気配が無いのだ。

 

 それに、YGGDRASIL内では、キャラクターの四肢の切断などのグラフィックは用意されてはいない。R-18、つまりは性的表現ばかりでなく、過度な残虐的な表現も規制されていたからだ。キャラクターでは血しぶき程度で、体の一部欠損などは、ほんの一部の大型モンスターに限られていた。

 

 しかし、目の前の物体は何時まで経っても消える事は無く、血の匂いを漂わせている。

 

 今までビクトーリアは、ゲームが現実になったのでは? と考えていたのだが、それは呑気すぎた。現状はもっと深刻で、もっと思慮深く行動をしないと破滅ルートへ一直線と言う結果が待っているだろう。

 

 しかし止まっても居られない。ビクトーリアは現状を打開し、なおかつ、この状況での戦士と思われる者達の強さを確認するべきと判断した。

 

 そう決めたのなら一刻も早く行動を開始するべきだ、との考えに至ったビクトーリアは振り返る。

 

「セバス。その者達の保護、及び警護は任せる。妾は村へと赴く。後は頼むぞ」

 

 そう言うと、返事も聞かずにビクトーリアは前へと歩を進めた。セバスは去って行くビクトーリアの背を、その猛禽類の様な瞳で見つめながらはっきりと「は!」と了承の返事を返す。その姿に自身の創造主の姿を重ねながら。

 

 エンリとネムは言葉が出なかった。振り返った赤いドレスの者は美しかった。自分の知る、どんな美辞麗句を重ねても表現できない美しさがあった。暫く呆けていたエンリだがやっとと言う感じでセバスに問いかける。

 

「あの方は?」

 

 この問いにセバスは表情を引き締め

 

「あの御方はビクトーリア様。ビクトーリア・F・ホーエンハイム様。」

 

 彼女の名前を聞き、エンリは、いやネムも目を見開く。

 

 そして呟く様に

 

「………………煉獄の王」

 

 この呟きに、今度はセバスが驚愕した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 やっとの事で新入社員面接、もとい、好感度調査を終えたモモンガは、ビクトーリアが居る執務室を訪れていた。愚痴を聞いて貰おうとモモンガはドアを開けたが、そこには誰一人居なかった。

 

 疑問に思いビクトーリアへとメッセージを飛ばしてみる。しかし返事は無かった。

 

 急ぎアルベド、ユリ、そしてメイド長のペストーニャ・ワンコにメッセージを飛ばし、ビクトーリアの捜索の指示を出す。時間にして約十分、返事が返って来た。結果は発見出来ず。

 

 この事にモモンガは慌てた。執務室をウロウロと徘徊しある事を思い出す。この部屋にはもう一人執事が、セバスが居た事を。

 

 慌てながらメッセージを飛ばそうとしたモモンガの眼に、机の上に置きっぱなしになっていた遠隔視の鏡が映る。

 

 そこに映し出されていた物は、戦士らしき者達を蹂躙するビクトーリアの姿だった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 優雅に、だが足早にビクトーリアは村へと急ぐ。

 

 木々が薄れ、地面がはっきり解る様になると家屋が見えて来た。それと同時に、鎧を着込んだ者達と地に伏せる者達も見える。

 

 鎧を着込んだ者達は楽しげに、しかし狂気を含んだ声を挙げ、地に伏せる者達はすでに者では無くなっていた。

 

 近づけば近づくほど、その場の異常性が顕になって行く ある者は骸に剣を差し続け、ある者は血まみれの女を犯し続けていた。周りの者もそれを咎める事もせず、逆にあおる様に騒ぎ立てる。

 

 ビクトーリアはゆっくりと、しかし注目を集める様にその者達に近づきフラッグポールを振るう。一振りで一人、もしくは二人の胴を、首を跳ね、血しぶきが舞い散る中それがレッドカーペットであるとでも言う様にビクトーリアは進む。

 

 ビクトーリアの前には生者と混乱が広がり、後には死と静寂が付き従う。

 

 まるで、ステップを踏むかの様に相手に近づき、ダンスを踊るかの様に命を奪う。一言も言葉を発する事も無く、その顔には何の表情も浮かんではいない。それが当たり前であるかの様にフラッグポールを振るい、命を刈り取っていった。

 

 そんな舞踊を踊り続ける中、ビクトーリアの意識は後方へと向けられる。ズシンズシンと地を鳴らしながら何者かが近付いて来たのだ。

 

 ビクトーリアは、本能的にそれが人では無い何かだと確信した。

 

 そして、それが姿を現す。白骨化した巨大な身体に鎧を着込みうねった剣、フランベルジュとタワーシールドを装備した者。

 アンデッド、デス・ナイト(死の騎士)

 

「デス・ナイト?」

 

 ビクトーリアは、そう呟くと動きを止め指を弾く。先ほどと同じように上空が歪み、一本のフラッグポールが出現した。しかし、先ほどとは違い旗の色は現在使っている物と同じ青だった。だが、旗の刺繍は現在使っている物よりも少しだけ豪華に見える。

 

 ビクトーリアは、それを掴むとデス・ナイトへ向け走り出す。

 

 フラッグポールからは、バチバチと言う音と湧きあがる様な光の線が見てとれた。恐らくは何らかの魔法属性の武器であると思われる。

 

 ビクトーリアの顔にうっすらと微笑みが浮かぶ、まるで戦いを楽しんでいる様に。

 

 デス・ナイトの直前で、土煙りを上げながら停止するとフラッグポールを横に薙ぐ。

 

 その瞬間

 

「待ったー!」

 

 上空から声が響いた。


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