椅子の上と言う決して高くは無い場所で、リリー・マルレーンは脅えの中に居た。帝国三騎士の内、一番偉丈夫なナザミ・エネックが腰を掴んでいるのだが、フールーダのにじり寄りは止まらない。僅かずつではあるが、ジワリジワリと近寄って来ているのだ。
「ジ、ジルクニフ殿! この老人の病気とは?!」
リリー・マルレーンの声が慌てた様に響く。
「ああ! 爺は、魔法が関わる事柄には歯止めが利かなくなるのだ!」
何て迷惑な老人だ。だが、リリー・マルレーンは自称常識人。声のトーンを整えながら、フールーダに向け語りかける。
「ご、御老人? 妾の何に引かれたのかや?」
「おお、いと高き御方。あなた様の偉大なる魔力量。階位を超えた魔法の深淵。是非とも、是非ともご教授を――」
どうやらリリー・マルレーンが行使出来る魔法位階と、MPに反応したようだ。これには、魔力探知無効化の装備を付けていなかった事が悔やまれる。何とか誤魔化す事は出来ないか? リリー・マルレーンは必死に攻略法を探る。そして、一つの光明を見つける事が出来た。
「ご、御老人。勘違いするで無い。そなたの見ている魔力は、妾の物では無いぞ。こ、この法服からの物じゃ」
「な、何じゃと?」
フールーダは、リリー・マルレーンの言葉に驚きを示す。その表情は目をさらに見開き人と言うより、悪魔か獣人の様に見えた。
「しょ、証拠を見せようでは無いか。ちょっと着替えて来るぞ」
ひきつった笑顔を見せながら、リリー・マルレーンは貴賓室へと戻る。貴賓室に到着し、扉を閉めた所でリリー・マルレーンは盛大な溜息を洩らす。法服を脱ぎドレスに着替えると、首に掛けたネックレスを外す。
――
ペンダントトップにはめ込まれた宝石、指輪を変化させた物を一つ外し、新たな石、魔力探知無効の物をパチンとはめる。その後、それを首に戻すと、アイテムボックスを漁り、数個のデータクリスタルを取り出す。それを法服の至る所に忍ばせる。準備は完了。リリー・マルレーンは、満足げに頷くと貴賓室を後にした。
ジルクニフの自室に戻って来たリリー・マルレーンは、若干腰が引けていたがフールーダに近付き法服を渡す。その瞬間、いや、リリー・マルレーンが入室して来た瞬間から、フールーダの表情はこわばっていた。
「………………」
リリー・マルレーンの姿を見、その身体から魔力の流れが感じられず落胆した様だ。
「爺の反応から見るに、真実だった様だな」
「そうじゃ。妾は嘘は吐かんからの」
「そう言う人物が、最も疑わしいのですよ。リリー・マルレーン殿」
ジルクニフとリリー・マルレーン。どちらからとも無くそう言って笑い合う。
「しかし、その法服は……」
「ふむ。これはのう、六大神の一人シエル・シャイナ………………いや、スルシャーナが残した遺物よ」
「スルシャーナだと! 闇の、黒を司る神か!」
盛り上がる者達を余所に、イサブロウの瞳がスゥッと細くなった。今リリー・マルレーンが言ったシエル・シャイナと言う言葉。言い間違い? いや、そうでは無いだろうとイサブロウは推測する。
一部騒がしい展開はあった物の、会談は滞りなく進み、帝国と法国は今まで通りの関係を続ける事で話は纏まった。貴賓室へと戻る道中、イサブロウは思い切って自身が抱いていた謎を問いかける。
「陛下。先ほど口にされた、シエル・シャイナと言う人物は一体?」
「うん? 何の事じゃ?」
振り向きもせず、リリー・マルレーンはそう答える。
「陛下」
再度呼びかけるイサブロウの声は、低く冷たい物。その真剣さに折れたのか、リリー・マルレーンは
「昔の知り合いじゃよ。
「ほう。一体どんな種族に?」
イサブロウの問いに、リリー・マルレーンは暫し口を紡ぐと
「………………リッチーじゃ」
「リッチー?」
「左様。そのクエストをクリアし、
イサブロウは押し黙る。
「忘れておった。いや、気付かんかった。この法衣を見るまではの。あの、アンデッドの癖に回復職と言う面白可笑しいヤツの事をの」
そう言って寂しそうな、それでいて懐かしむ様な笑みを浮かべた。その直後、リリー・マルレーンの頭に言葉が飛び込んで来た。
「どうしたのじゃ?」
「………………………」
「何じゃと! 解った。すぐ向かう。決して早まるでないぞ!」
そう言ってメッセージの呪文を終了すると、後をイサブロウに任せ、ヴァイエスト、サイレン、シーリィを伴い闇へと消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~ナザリック地下大墳墓 第九階層 アインズ執務室~
(ペッタンペッタン、毎日判子を押すだけの仕事って………………ビッチさん、どこで遊んでるんだろう)
頭の中で、そんな愚痴を零しながらアインズは仕事を続ける。その時、本日のアインズ様付き当番メイドからデミウルゴスが面会を求めていると告げられる。別段断る理由も無く、アインズは即時許可を出す。
扉が開かれ、デミウルゴスが入室する。背筋を伸ばし、大きな歩幅で歩くその姿は、どこか気品を感じさせる。執務机の前、二メートル程の所で立ち止まると、デミウルゴスは礼を持って腰を折る。
「アインズ様。この度はお時間を取って頂き、デミウルゴス感謝致します」
「うむ。ナザリックの為に働いてくれているのだ、当たり前の事だろう?」
「ありがとう御座います」
一例の挨拶を終え、本題へと入ろうとしたアインズだったが、最近疑問に思っている事をデミウルゴスに聞いてみようと口を開く。
「デミウルゴス。少し聞きたいのだが………………最近アルベドの姿を見ないのだが?」
この問いに、デミウルゴスは若干頬を引きつらせ、眉間に人差し指を置きながら、言い淀む様に口を開く。
「あの方は………………何でも病欠、とかで」
「び、病欠? アルベドは病気なのか?!」
アインズは立ち上がり、驚きを顕にする。だが、デミウルゴスの態度は冷静で、呆れている様にも見える。
「い、いえ。アインズ様に心配して頂く様な事柄ではありません。アルベドの病気は、何でも………………おおさま欠乏症、とか言う物だそうで」
申し訳なさそうに、デミウルゴスはそう告げる。
おおさま欠乏症? 何だそれ。アインズは思いに浸る。
(おおさまは、王様だよな。と言う事は、ビッチさんか。それが欠乏していると? うん? どう言う事だ?)
「全く守護者統括殿にも困った物です。連日、星青の館に入り浸って、何が欠乏すると言うのか」
デミウルゴスの愚痴の様な言葉を聞き
(ああ、そう言う事か。ビッチさん、ナザリックにいる事になっているからなぁ。デミウルゴスからすれば、愚痴の一つも出るよなぁ。それにアルベド。寂しいんだろうなぁ。ビッチさん、嫁さんほおって置いて何所行ってんの? 後で連絡してみるか)
「話がそれたな。それでデミウルゴス。用題は何だ?」
「はい。アインズ様」
そう言ってデミウルゴスは、数枚の羊皮紙を差し出す。
「まず一つ目ですが、スレイン法国についてです」
「うむ」
「アイテムの効果か、魔法かは判明してはおりませんが、スレイン法国の中枢の監視は無理との事です」
「何?」
「放ったシャドウデーモンも………………全滅、との事」
「何だと!」
アインズは驚きと共に立ちあがる。が、すぐに沈静化が起こり着席する。
「依然法皇の正体は不明、と言う事か」
「はい」
「それに………………ニグレドの監視を阻害する物に、シャドウデーモンを打ち滅ぼす者か。今後一層法国の監視を強化せよ」
「畏まりました。次の案件ですが……」
そこまで言って、デミウルゴスは一つ咳払いをする。どうやら、こちらが本題の様だ。
「現地の、亜人などの強さを図るための実験をしようと思うのですが、許可を頂ければと」
「現地の亜人だと? おおよそはリザードマンで調べは付いていると思うが?」
アインズの言にデミウルゴスは尤もと頷き。
「確かにリザードマンの強さは把握できました。ですがアインズ様、他の種族はどうでしょう? エルフ、ドワーフなどは」
「成程な。では、どの様に図る」
この展開を待っていたのか、デミウルゴスは笑顔で計画を語る。
「王国の南に、アベリオン丘陵と言う場所があるのですが、最近そこでダークドワーフと、ダークエルフの集落が発見されました」
「ほう」
「そこに、
(
「成程な。良いだろう。許可する」
「おお! 有り難き幸せ」
そう言って満面の笑みを浮かべると、デミウルゴスは退室して行った。
愉悦に浸りながら、デミウルゴスは第九階層の廊下を歩く。宣戦布告は何時しようか。時間的猶予はどれほどにしようか。主の満足行くレベルで戦って欲しいと言う欲望が湧きあがる。
だが、デミウルゴスは見誤っていた。かつて、自身が最も憎むべき者から進言された言葉を失念していた。そして、彼の地に今、誰の傘が開かれ様としているのかをデミウルゴスは知らなかった。
今話で帝国編終了です。
次話からは新たな展開。
リリー・マルレーンvsデミウルゴス。
宝石と黄金編。
その後、王国編を予定しております。
感想お待ちしております。