OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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新章スタート

クレマンティーヌのセリフを一部変更致しました。


宝石と黄金
猫と侠客


 スレイン法国の北西辺りを、ローブ姿の二十名程の集団がさらに西にあるカーデ連峰を目指しひた歩いていた。

 

 カーデ連峰とは、その峰がアベリオン丘陵へと繋がる山々の総称である。

 

 集団に目を移せば、一見傭兵部隊か行商人のキャラバンにも見えるが、その身に纏うマントの縫製、新しさなどからどうやら別の目的の集団と思える。その集団の真ん中、囲われる様な位置に居る者が、不意に口を開いた。

 

「いやー、思ったよりも堅物でこまっちゃったねぇ」

 

 妙に甘ったるい声だ。どうやら、その身は女性であった様だ。その言葉に呼応する様に、右隣りに位置した者が口を開く。

 

「しかし交渉が失敗したとなると、何と言って詫びれば良いのだ?」

 

 低い声だ。こちらは男の様だ。

 

「うーん。気にする事は無いんじゃなぁい」

 

 心配を顕にする男に対して、女は茶化す様に男の言葉を否定する。

 

「しかし妹よ、相手はあの法皇だぞ」

 

 女の左隣の男が異議を口にする。

 

 此の者達の正体は、スレイン法国使節団。

 

 中央の女は、クレマンティーヌ・(ビクトリアン)・クインティア。スレイン法国法皇リリー・マルレーンの小姓であり、現在勅使として交渉を行っている人物だ。ちなみに、法国へと再帰属するに当たり、彼女自身の希望により洗礼を受け洗礼名を授かっている。まあ、この女が勝手に決めた洗礼名なのだが。

 

 右隣りの者は、スレイン法国の暗部漆黒聖典の隊長を務める者。

 

 そして左側の男。前の男と同じく、漆黒聖典に籍を置き、また中央の女クレマンティーヌの実兄でもある人物。

 

 周りを固める者達は、諜報部隊風花聖典と、殲滅部隊陽光聖典から抜擢された者達だ。現在彼らは、法皇の勅命であるヴォーリアバニーの女王との同盟を、無事………………失敗し、次の目的であるダーク・エルフとの同盟を成すべき、彼らの住まう土地へと向かって行っている途中である。その最中、失態を恥じる漆黒聖典に対し、それは杞憂であるとクレマンティーヌは語るのだ。

 

「あの兎娘。ヴァイエストだっけ? アレを連れて行かなかったって事は、どうでも良かったんじゃない」

 

「何が良かったんだ? 妹よ」

 

「うん? だーかーらー、今回の任務の目的は、早急な同盟締結じゃ無かったってことぉ」

 

「どう言う事だ?」

 

 漆黒聖典隊長は思い悩む。元々直情思考の持ち主である彼には、リリー・マルレーンの天然パーマの様なグニャグニャした考えは理解出来ないのだ。クレマンティーヌは、そんな隊長の固まった表情を見

 

「大体、私を勅使に任命した時点で、無理だって解っているしねぇー」

 

 そう言って楽しそうにケラケラと笑う。

 

 だが、身内の情からか、兄であるクワイエッセが窘める様に口を開く。

 

「妹よ。その言い方だと、陛下まで馬鹿にしている様に聞こえるぞ」

 

「そうだ。あの方の機嫌を損ねたらどうなるか。俺達は頭を消し飛ばされたんだぞ!」

 

 クワイエッセの言葉を引き継ぎ、漆黒聖典隊長が釘を刺す。だが、クレマンティーヌはさらに笑い声を高め

 

「頭を吹き飛ばされたぁ? あはは、いいねぇ。幸せだよねぇ」

 

「どう言う物言いだ、妹よ!」

 

「私はさぁ、スライムに食べられたんだよねぇ。生きながらさぁ。少しずつ少しずつさぁ」

 

 この発言に、漆黒聖典の二人は言葉を失う。

 

「お、お前、何をやったんだ?」

 

 どもりながら漆黒聖典隊長は口を開く。

 

「いやぁ。ある人をさぁ、拷問して殺しちゃってさぁ」

 

 クレマンティーヌの言葉で、リリー・マルレーンの正体を知る男達は理解した。あの法皇は、やはり異常な存在である事を。だが、違う疑問も浮かび上がって来る。法国内での、あの暴君の態度についてだ。法皇が、本当に慈悲無く異常な人物であったなら、聖典隊長、特に風花と水明の隊長は居ないはずなのだ。何度も見た事があった。神宮殿の廊下で、ふざけ合っているとしか思えない口喧嘩を。その光景と、あの時の恐怖が漆黒聖典二人の脳裏に渦を巻く。だが、悩み、考えても答えなど出るはずはないのだ。これからどう付き合うのか、それだけなのだった。

 

 そんな兄と元上司の思いなど無視する様に、真面目な表情に戻ったクレマンティーヌがボソリと呟く。

 

「それにさぁ、私に与えられた任務は遂行出来たし」

 

「「!」」

 

 その言葉に、再び漆黒聖典の二人は絶句する。自分達が言い付けられた任務の他に、何か重要な機密があった様なのだ。だがその考えを、クレマンティーヌは鼻で笑う。

 

「はぁ。あんた達さぁ、言葉の裏も読めない様じゃ、陛下の手足にはなれないんだけど。大丈夫なの? 馬鹿なの?」

 

 この言葉に、少々カチンと来る物があるが、此処は黙って教えを乞うのが大人と言う物だろう。

 

「大体さぁ、何で陛下が村にヴァイエストを同行させなかったと思うのよ」

 

 そう言われても、二人には答えられなかった。その何とも情けない兄と元上司の顔を見つつ、クレマンティーヌは一つため息を漏らし

 

「例えば、聖典の誰かが敵国に捕まったとするでしょぉ。そんでもって、そいつが何年後かにふらりと帰って来たらどうする? それも無傷で。敵国の兵士と一緒にさぁ」

 

 クレマンティーヌの問いに、答えを出すとすれば一つしか無い。答えは、疑う、だ。

 

 そう、今回の同盟の話素直に考えれば、ヴァイエストを仲介役として話を進めるのが正しい様に見える。だがそれは、同盟相手を知っている事が条件なのである。だからこそ、法皇リリー・マルレーンはヴァイエストを伴わず法国の兵のみでの使節団を組んだのである。

 

 つまり、クレマンティーヌに課せられた言葉なき勅命は、相手の人と成りを見てこい、と言う物である。それが絶対であり、最も重要な任務であった。それを理解出来ない者は、自分の手元には置かない、と言う意味も込めて。ニグンが動けない今、イサブロウをリリー・マルレーンが徴用する理由もそこにあったのだ。

 

 そしてクレマンティーヌはこう続ける。今の地位で踏ん反り返って居たかったら、言葉の裏を読み取る事を覚えよと。自分が地下組織内で学んだ様に。でなければ、火滅の隊長の様に左遷の憂き目に合うと。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 あの会話をした日から幾日かが過ぎ、一行はダーク・エルフの国があると言う森の入口に到着した。

 

 風花聖典の何名かが前に出、森の入口を探知の魔法で探って行く。ほどなくして、風花聖典の一人が手を挙げる。漆黒聖典隊長、陽光聖典選抜、クレマンティーヌ、風花聖典選抜、クワイエッセの順でその方向へと足を踏み入れる。一瞬、立ち眩みの様な眩暈が遅い、それが治まった時には、目の前に道が伸びていた。

 

「幻視の魔法か?」

 

 漆黒聖典隊長の問いかけに、風花聖典は頷きで返す。

 

 一行は出現した道を、警戒を最大限にして進む。漆黒聖典隊長は法皇から貸し与えられた槍を握りしめ、クレマンティーヌは腰に下がる刺殺武器(スティレット)に手を掛ける。他の隊員達も、各々の武器に手を掛けながらゆっくりと歩を進める。森の中を五百メートル程進んだだろうか? 上空――恐らくは葉で隠れた木の上だろうが――声が聞こえた。

 

「何者だ。此処は我らの土地である。早々に立ち去るが良い。さも無くば……」

 

 太い男の声だ。法国の者達の喉がゴクリとなった。だが、そんな緊張感もどこ吹く風と、クレマンティーヌが一歩前に出た。

 

「あのさぁ、物騒な事言ってないで降りて来てくんない? あたしらスレイン法国の(もん)だけど。あんたらの所の大将に合わせてくんない? ぶち殺して引きずり出しても良いんだけどさぁ。キャハハ」

 

 顔に半月を浮かべ、兆発とも脅しとも取れる言葉を口にする。上空に殺気が広がる。その瞬間、地面に複数の人影が落ちてきた。浅黒い肌と特徴的な笹の様な耳。ダーク・エルフで間違いない様だ。

 

「やーっと出てきてくれた。いやぁ、待ちくたびれちゃったよぉ。それでどおする? 殺し合う? 大将に会いに行く? それともぉ………………大将の首、取っちゃおっかぁ」

 

 ダーク・エルフ達の手が、腰の剣に掛る。

 

 その時

 

「やめな。なかなか良い根性してるじゃないか。良いだろう。付いてきな。親父に会わせてやるよ」

 

「「お、お嬢!」」

 

 年若い――エルフ特有の見た目では年齢は図れないが――女が、男達をかき分け歩み出てきた。

 

 銀色の髪に、鋭い目つき。女性特有の艶めいた身体に、見事なプロポーション。それをボンデージ風のレザーアーマーで引き締めた、誰が見ても、見惚れる様な美女である。その口から放たれた言葉から、どうやら族長の娘の様だ。

 

「アタシはヴォルフラム。族長の娘だよ。アンタは?」

 

「私? 私はクレマンティーヌ。よろー」

 

 そう言ってひらひらと手を振る。

 

 一様の緊張感を残しつつ、場は何とか治まったが、殺気の様な物は残りつつ一行は族長の下へと案内される事になった。案内か連行か。それは感じ取る者、様々だったが。

 

 ダーク・エルフの集落に到着し、一行は周りの建物よりも豪華な家へと通された。どうやら此処が族長の住まいの様だ。クレマンティーヌ、漆黒聖典隊長、クワイエッセのみが広間に通され、暫し待てと言いヴォルフラムは退室して行った。

 

 部屋には椅子や机が無く、床に木の蔓であろうか? で編みあげられた丸く平らな物が置かれている。ここでは直に床に座る様だ。そしてこの平らな物はクッションか何かなのだろう。そう確信し、三人は座りながら族長の到着を待つ。

 

 どれほどの時間が経っただろうか、背後のカーテンが揺れる気配がした。クレマンティーヌが身震いするほどの殺気と共に。族長は三人の横を通り抜け、眼前の僅かに高くなった場所に腰をおろした。銀色の髪を短く刈り込み、目つきは恐ろしく鋭い。頬に刻まれた大きな傷が、歴戦の戦士を思い起こさせる。雰囲気は盗賊団の首領だが。族長は三人にぐるりと視線を巡らせ

 

「それで、誰が俺を殺してくれるんだ?」

 

 ニヤリと口角をあげ最初の一言を告げる。漆黒聖典の二人は、頭を抱えたい思いだった。この会合は失敗すると。だが、クレマンティーヌはへらへらとした笑顔を浮かべながら族長と相対する。

 

「いやー。そのつもりだったんだけどさぁ、私じゃ無理だわ」

 

 軽口とも取れる様な言葉遣いで、あっさりと敗北を認める。

 

「あんたの姿を見てからさぁ、何回も殺す方法を頭の中で試してみたんだけどぉ、最初の一太刀で殺されるイメージしか浮かばない。お手上げだね、こりゃ」

 

 族長はクレマンティーヌの言に、僅かに口角を上げると

 

「ほう。どうやら三人の中で、お嬢さんが一番の強者の様だな」

 

 族長とクレマンティーヌが、視線を絡み合わせながら笑顔を作る。それは、視殺戦と言ってもいいほどだった。

 

「そろそろ用件を言ったらどうだ? 雌猫」

 

「それは話が早いねぇ。親分さん」

 

 漆黒聖典の二人は、生きた心地がしなかった。クレマンティーヌの物言いは酷く失礼で、いつ目の前の者が白銀を晒しても良い状態だ。

 

「ホントは同盟の話を持って来たんだけどさぁ。やめとく」

 

「ほう」

 

 族長の瞳が細く鋭い物に変わる。

 

「だからさぁ、こう言うわ。陛下の子分になれ。世界を創る為の手足として」

 

 クレマンティーヌの言葉、それはまるで法皇リリー・マルレーン。いや、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムの物言いにそっくりだった。

 

「法国は俺に従属を求めるのか? 舐められた物だな」

 

「法国? 馬鹿言うんじゃ無いよぉ。誰が法国なんて言うチンケな物に忠誠を誓えと言ったよ。私はこう言ったんだよぉ! 我が主、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様の下僕となれ!、とねぇ」

 

 二人の視線が絡み合う。場が今まで以上の緊張が包む。その時、外からダーク・エルフの戦士と思われる男が飛び込んで来た。「何事か!」と叱責するヴォルフラムに

 

「大変です! ダーク・ドワーフの軍勢が攻め込んで来ました!」

 

 どうやらこの一件、簡単には済みそうには無い様だ。

 




ダークエルの一族は、昔の任侠一家をイメージしています。
多分、族長のあだ名は、ジロチョウかセイロガン爺です。

感想お待ちしております。

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