時は僅かに遡り、ビクトーリアはアルベドとデミウルゴスを見送り、再びリリー・マルレーンへと名を変える。誰も居なくなった平原をぐるりと一度見渡し、フリントロック短銃を発射した。
戦闘が終わり、悪魔が消えた戦場で、連合軍の者達は一人を除き誰もが地面に座り込んでいた。
「何だ、だらしねえな。爺が立っているのに、若えテメェらが腰抜かしてんじゃねぇよ」
ダーク・エルフの族長は、煙管を取り出し一服を決め込むと、座り込む三隊長に言葉を掛ける。その言葉に対し、三隊長は盛大に溜息を洩らす。
「こんな状態で立っていられるのは、化け物だけだ! クソっ!」
ヒジカタが呆れ声でこう続ける。
「化け物だぁ? 面白え事言ってくれるじゃねえか」
「オメェじゃねーよ。俺が言っているのはアイツの事だ」
そう言って親指で後方を指し示す。ダーク・エルフの族長が、その指を辿り視線を向けると、優雅にドレスを翻し、一人の人物が近付いて来るのが見えた。その者は、三隊長の傍まで来ると
「何じゃ。なっさけないのー。これしきの戦でへばりおって。ほれ、さっさと立て、帰るぞ。さもなくば……鼻からマヨネーズを流し込むぞ」
マヨネーズ。リリー・マルレーンから謎の言葉が発せられる。何かは解らないが、三隊長の背中に冷たい物が流れた。
「へ、陛下。まよねーずって?」
クレマンティーヌが、恐る恐る謎の言葉の意味を問いかける。リリー・マルレーン考える様な、思い出す様な仕草をしながら
「マヨネーズか……彼の物は、白く、ネバネバ、ドロッとし、口にすると、ねっとりとした触感と僅かな酸味と共に、すっぱい臭いを発生させる物。じゃな」
「テメェ! 人様に何注入しようとしてんだ!」
「うわぁ。何そのエロい物体」
「それは良いっすねぇ。ぜひともヒジカタさんに注入してくだせぇ。下の穴から」
「オキタ、テメェ! 何言ってんだ!」
説明に対して、騒ぎまくる三隊長を見つめながら、リリー・マルレーンは慈愛に満ちた笑みを漏らす。
「ふふっ。あんたがこいつらの大将か?」
只一人、その表情を見ていたダーク・エルフの族長が言葉を掛けた。それに呼応し、リリー・マルレーンもその黄金の瞳にダーク・エルフの族長を捉え
「うぬがダーク・エルフの族長かや? 妾はリリー・マルレーン。法皇をしておる」
「そうかい。察しの通り、俺がダーク・エルフの族長をやっている者だ。名は、カルロだ」
ダーク・エルフの族長の名乗りに、リリー・マルレーンは首を傾げ
「カルロ?」
「ああ、そうだが」
「なんかのぉ、感じが違うのぉ。うぬの場合は……ジロチョウとかが正解では無いのかや?」
「くくっ。そりゃあ良い」
そう言って、お互いにニヤリと半月の笑みを形造る。
「だが、そう言うオメェさんこそどうなんだ? ビクトーリアとか言っていた様に聞こえたが?」
ダーク・エルフの族長 カルロ改め、ジロチョウはリリー・マルレーンへと問いかける。問われたリリー・マルレーンは、今までの意地の悪い笑みを消し、少女の様な頬笑みを浮かべると
「ないしょじゃ」
その艶やかな唇に人差し指を当て、そう言うに留まる。
「ふふっ。そうかい。まぁ、良いさ。今はな」
とりあえず、お互いの第一印象は悪い物では無い様だ。穏やかな空気にその身を置きながら、リリー・マルレーンはジロチョウをじっと見つめる。
「何だ?」
「いやのう、うぬの装束、随分と風変りな物じゃな。それはひょっとすると、和装と言う物かえ?」
リリー・マルレーンの言葉に、ジロチョウのこめかみがピクリと反応した。
――和装。YGGDRASIL内では、サムライ、ニンジャなどの
現在ジロチョウが着ている物も、着流しに羽織と言う和装その物だった。
「オメェさん。その知識をどこで?」
若干の殺気を含みながら、ジロチョウは問いかける。だが、リリー・マルレーンは涼しい顔で
「識っていただけじゃ。そう、只、識っていた、と言う事じゃ」
ただ事実のみを口にするリリー・マルレーンに、ジロチョウは殺気を消し去り
「そうかい。和装か、いやぁ、久々にその言葉をきいたぜ。こいつぁ、昔の仲間に貰った物だ。コイツも含めてな」
そう言って刀をチラつかせる。
「左様か。して、その者は?」
「ふっ。二百年も前の事だ。とっくに墓の下だ」
そう言うジロチョウの表情は、どこか寂しそうに見えた。リリー・マルレーンは短く「すまぬな」と謝罪の言葉を口にした後、両の手をパチンと合わせ空気を変えると
「このクズ共! お家に帰るぞ、とっとと立ちやがれ!」
あまりにもな言葉と共に、フリントロック短銃の引き金を引き、
ヒジカタは頭を掻きながら
「なんでウチの陛下は、ああも口が悪いんだろうな」
呟きながら暗闇へと消える。
「ヒジカタさん。陛下は口だけじゃなく、意地も悪いですぜ」
怖いもの知らずな言葉と共に、オキタが続く。
「あんたらねぇ。いい加減にしなさいよね」
珍しく諌める様な言葉と共に、クレマンティーヌも消えて行った。それに続き、各聖典隊員、クレマンティーヌと行動を共にしていた勅使隊達も闇へと消える。その光景を見つめながらリリー・マルレーンは
「さてと、うぬらにも来てもらうぞ」
そうダーク・エルフ、ダーク・ドワーフの族長に告げた
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
後に一日戦争と呼ばれる戦闘の翌日、謁見の間には十三人の人物とリリー・マルレーンの姿があった。
壇上には玉座に腰掛けるリリー・マルレーン。その両横にニグンと番外席次が立つ。眼下には、セイレーンのサイレン。ヴォーリアバニーのヴァイエスト。ダーク・エルフの族長であるジロチョウ。ダーク・ドワーフの族長。そして、六色聖典の各隊長と元漆黒聖典の隊長が勢ぞろいしている。
スレイン法国が誇る最高戦力の指揮を執る者達をリリー・マルレーンは見つめながら、幾度も目頭を押さえていた。
「如何なされました、陛下」
その仕草を心配してニグンが声を掛ける。だがこの言葉に、リリー・マルレーンはどう答えるべきか思い悩む。
「おおさま?」
今度は番外席次が声を掛けて来た。仕方が無い。そう思い、リリー・マルレーンは口を開く。
「うーん。何と言ったら良いのか解らぬのじゃが、妾の知り合いに良く似た者が居るのじゃよ」
「?」
ニグンには言葉の意味が解らなかった。
リリー・マルレーンの瞳に映る物。それは、黒いフードをすっぽりと被った、小柄な骸骨の顔をした者だった。言うなれば小型のアインズである。それとも、アレが死神と言う物だろうか? 悩んでいても仕方が無い。本題に入る前に、事実確認を済ませておこうとリリー・マルレーンは口を開く。
「あー、コンドウ。うぬ、死ぬのか?」
「は?」
リリー・マルレーンの問いに、ゴリラ改めコンドウが返事を返す。
「あのー、陛下? 意味が解らないんですが」
質問に質問で返され、リリー・マルレーンは「うむむ」と唸り
「いやの、さっきからうぬの隣に
その言葉と共に、全員の視線がコンドウの隣に注がれる。だが、一番に言葉を発したのは、よりにもよってオキタだった。
「死出の旅路に連れて行くのは、コンドウさんじゃ無く、ヒジカタさんにして下せえ」
「いやいや。それよりも、ウチのヘタレ元隊長か、兄貴に」
それに乗ったのはクレマンティーヌ。
「お前ら、場を弁えろ」
静かにヒジカタは突っ込みを入れる。がやがやと場は湧きあがるが、一行に
「皆さん茶番も楽しまれた様ですので、エリートの私から説明します。陛下。彼の者は
「「ほう」」
スレイン法国に属する、ほぼ全ての者達から驚きの声が上がる。その光景に、リリー・マルレーンには非常に違和感を覚えた。何故に、コイツらは驚くのだろう? 驚きを顕にしなかったのは、イサブロウとニグン、そして元漆黒聖典隊長の三名のみだった。
「ちょいと待て。何故にうぬらは驚いてるのじゃ? 聖典の隊長じゃぞ? 漆黒の様に、後ろ暗い物ならばともかく、土じゃろ? 大地の信仰者じゃろ? 風花みたいに何しとるか解らん者でも無し、水明の様に詐欺師の集団でも無く、陽光や火滅みたいな過激派でもなかろう? 何故に皆知らんのじゃ?」
混乱するリリー・マルレーンに、ニグンはそっと囁く。
「土は暗殺部隊ですよ、陛下」
最も物騒な部署であった。それならば、あの仮面も誰も会った事が無い事も頷ける。だが、それは見解の間違いだとイサブロウは告げる。
「恐らく、陛下が考えている事は間違いです。彼女。ああ、山冠聖典の隊長は女性なのですが、彼女が顔を隠し、ほぼ誰の前にも姿を現さなかった理由は……」
「う、うむ。理由は?」
リリー・マルレーンは前のめりになって、イサブロウの言葉を待つ。
「非常に恥ずかしがり屋でして……」
「はあ?」
「それでいて、極度の上り症でもあります」
「はあ」
最早言葉が無かった。それでもリリー・マルレーンは法皇陛下だ。威厳を持って山冠聖典隊長に声を掛ける。
「山冠聖典隊長よ」
「は、はい」
消え入りそうな声だった。
「名は?」
「ペ、ペンネ。ペンネ・ブラン・アルマリート、です」
「左様か。ではえんぴつ、仮面をと――」
「いやです!」
喰い気味で拒否して来た。
「取り合えず、仮面をの――」
「いやっ!」
仮面を外させようとリリー・マルレーンは声を掛けるのだが、ペンネ、えんぴつは拒否の言葉を繰り返す。徐々に身体も震えて来ている様に見える。
「あー、わかった、わかった、わかりました。しかし、うぬの顔を妾が知らぬ訳にもいかぬ。後ほど見せてもらうぞ。良いな? 無論、誰も同席はせぬ」
その言葉に、えんぴつは小さく頷く。だが、此処で声を上げる者がいた。否定では無く、肯定の。だが、その声は大きく騒がしかった。
「流石は陛下! 良き采配ですな!」
コンドウだった。しかしリリー・マルレーンは、コンドウの発言に対し、ピクンと眉を跳ね上げ
「うるさいのう。少しは小声で話せぬか? 今度発言する時は、手を挙げる様に。もし、断りなく口を開いたならば……」
「開いたならば?」
「うぬのケツの毛を毟るぞ」
リリー・マルレーンの発言に近藤は身体を硬直させ、自身の尻を両手で押さえる。そして、僅かに震え出した。
「陛下。プレイを想像して、コンドウさんが興奮してやす。ドMのコンドウさんには、むしろご褒美だと思いやすが?」
このオキタの発言を受け、リリー・マルレーンは英断を下す。
「では毟り役は、ヒジカタとイサブロウ。以上」
「何でだよ!」
「何故ですか!」
小気味言い突っ込みであった。最近恒例になりつつある、スレイン法国のコント劇場を終え、一同はやっとの事本題へと進む。
「今から、人事異動を行います!」
「陛下。その言い方では、威厳も糞もありませんよ」
イサブロウである。その言葉に、リリー・マルレーンの眉が跳ねる。そして、各聖典の隊長達の顔をグルリと見渡した。
漆黒聖典、ヘタレ。
風花聖典、クソマジメ。
山冠聖典、シャイ。
水明聖典、ゴリラ。
火滅聖典、ナマイキ。
陽光聖典、ドS。
まともなヤツが一人も居ない。リリー・マルレーンは、一度頷くと
「お前ら、全員死刑!」
「「何で!」」
隊長六人からの突っ込みが響く。一人は元が付くが、実に良い響きだった。
「あー、では本題へ行くぞ。漆黒聖典、すでに元ではあるが、うぬを隊長職から外す。席次はそのままとする。次の隊長が決まるまでは、雌猫、うぬが代理じゃ」
この言葉に、クレマンティーヌは「えー!」と不満の声を挙げるが、次の隊長に心当たりがある、と言うリリー・マルレーンの言に渋々了解の意を告げた。
「次、小娘」
「ん? 私?」
思いもよらなかった呼びかけに、番外席次は首を傾げる。
「うぬは、漆黒に席を置いたまま、妾直属の部隊の隊長とする。副隊長はまた子。ジロチョウ親分は相談役とする。ダーク・ドワーフの方は、鍛冶職を仕切れ。以上、質問は?」
場の全員から質問は出なかった。只、数名から溜息は漏れたが。
人事異動の報告会を無事に終え、リリー・マルレーンは立ち上がり扉へと歩き出す。そして、扉の前で立ち止まると、何かを思い出したように振り返り、今後の行動を口にする。
「妾は疲れたので、一週間の有給休暇を取ります! 各自、隊長としての責任を持って行動する様に! 先日の
そう言い残し、去って行った法皇陛下の背中を見つめながら
「「作文?」」
全員の声が重なった。
感想お待ちしております。
次話からは、新章、異世界探訪編となります。
あまり出番がなかった、アウラやマーレとあっち行ったり、こっち行ったり。
それと、えんぴつのあだ名は、今後のエピソードで変更になります。