OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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絶望

「待ったー!」

 

 その声に反応しフラッグポールをあと数センチと言う所で止めたビクトーリアは空を仰ぎ見た。そこには、漆黒のアカデミックガウンを纏い焦った様に右手を付き出す死の支配者の姿があった。

 

「あれ、モモンガさん?」

 

 モモンガは地面に降りるとゆっくりとビクトーリアに近づくと

 

「何やってんだアンタは! 部屋に居ないと思ったらこんな所で好き勝手暴れて心配する方の事を少しは考えて……」

 

 怒りの感情を顕にしていたモモンガが急に押し黙る。

 

「どうしました?」

 

「いえ、精神が沈静化された様で」

 

この言葉にビクトーリアは首を捻りながら

 

「どう言う事です?」

 

「アンデッドの基本特殊にある精神作用無効化の影響で、感情が一定以上になると強制的に沈静化されるらしいんですよ」

 

「それって、心が種族に引っ張られているって事ですか?」

 

「恐らくは。実際、そこに転がっている肉塊を見ても何も感じませんし。ビッチさんもそうじゃないですか?」

 

 モモンガは言葉にはしないが「これだけ殺しても何も感じ無いでしょ」と告げていた。

 

「それに、ビッチさんが此処を助けようとした根っこも、此処が農村のせいかも知れませんし」

 

 その言葉にビクトーリアは成程と頷くと、表情を引き締め先ほど起きた事柄を語り出す。

 

「モモンガさん、悪い情報があります。どうやら此処はゲームが現実になった世界では無く、別の世界の可能性が……」

 

 モモンガは顎に手をやると、一瞬の沈黙の後

 

「やはりそうですか。あれを見た時からそうでは無いかと」

 

 そう言ってビクトーリアの殺害現場を指差す。モモンガもビクトーリアと同じ物に違和感を覚え、同じ結論へと辿りついた様だ。

 

「ええ。ナザリックの防衛に関しても、一度考えた方が良いかと」

 

「そうですね」

 

 そこまで言うと、ビクトーリアは申し訳なさそうな表情をし

 

「モモンガさん、勝手な行動と我がままを言っているのは百も承知でお願いします。この村を助けるのを見逃してもらえませんか」

 

 そいって頭を下げる。

 

 モモンガはため息をひとつ吐くと

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前」

 

「は?」

 

「セバスが俺に言った言葉ですよ」

 

「セバスが?」

 

「ええ。たっちさんの子供であるお前が、その言葉を忘れたかって叱られたと言っていましたよ。それがとても嬉しかったとも」

 

「はあ」

 

 セバスの抑揚のない物言いについカッとなって言ってしまった。その時の事を思い出しビクトーリアの顔は赤く染まる。

 

「まあ良いでしょう。情報の蒐集も大事な事ですから。ナザリックの事は、デミウルゴスにメッセージを飛ばしておきます。でも後でちゃんと罰を受けて下さい」

 

「デミウルゴス? アルベドでは無くてですか?」

 

「アルベドの方が良いですか?」

 

 声色からでしか判断出来ないが、モモンガは楽しそうにそう言う。表情が有ったなら、ニヤニヤと笑いながら言っているのだろう。大変な事になってもいいですか? と。

 

「ありがとう」

 

 ビクトーリアは、二重の意味でモモンガに対してお礼の言葉を口にする。二人はそこで会話を終了しビクトーリアは再び駆け出し、モモンガはデス・ナイトに指示を飛ばした。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 村の中央広場では、村を襲った部隊の中心人物達が慌てふためき混乱の中にいた。その理由は、遠くから聞こえて来る声とも咆哮とも取れる音のせいだった。

 

 その声は、デス・ナイトの挙げる声だったのだが、彼らはそれを知らないのだから。もっとも、知っていた方が幸せだっただろうが。なぜなら、これから起きる、恐怖が支配する演目に参加せずにいられたのだから。

 

 部隊長であるベリュースは、部下であるロンデスに指示と言う名の罵倒を浴びせ続けており、それに耐えながら、ロンデスは偵察を言いつけた同僚のエリオンの帰りを今か今かと待っていた。

 

 しかし何時まで待ってもエリオンは帰ってこず、痺れを切らしたベリュースからの言いつけにより、ロンデスが偵察に出ようとした時にそれは起こった。嫌な事から逃げ出す様にロンデスが駆け出した瞬間、何かが自分めがけて突進して来たのだ。

 

 もみ合う様に一緒に転がり、起き上がりながらそれを確認する。

 

 ロンデスは驚愕し声を出す事を忘れた。それは何故か? それは自分の同僚であるエリオンの上半身だったからだった。

 

 まだピクピクと動くそれを見つめ、ロンデスの身体は混乱と恐怖に支配されて行った。まずは胴体を一刀の下に切断、または引きちぎるほどの者がおり、なおかつそれを凄まじいスピードで投げる事が出来る者であると言う事。

 

 そんな事を出来る者がいるのか? と聞かれればロンデスはYESと答える事は出来る。

 

 しかし、それは英雄譚に名を連ねる者達や、神人と呼ばれるその英雄に先祖返りをおこしたイレギュラー中のイレギュラー達だった。

 

 自分の内から湧きあがる恐怖と必死に戦いながら、やっとの事で起き上がったロンデスの眼に人影が映る。それは長い棒を持った赤いドレスを纏った女性の姿だった。

 

 闇の中からゆっくりとこちらへと歩いて来る。

 

 うっすらと見えるその姿は、神の信徒であるロンデスには、天使に見えた。

 

 しかし、そうは見えない者達がいるのは当たり前の事で、いきなり出現した怪しげな女に剣を向けた。殺意と共に剣を向けた瞬間、女の姿はかき消え、再び目に映った時には既に眼前で、手に持った棒を横に薙いでいた。

 

 まさに一瞬の出来事とはこの事を言うのだろう。ロンデスの眼に女が映った瞬間、自分の横を何かが通り過ぎて行った。

 

 それが今、剣を抜いた者の頭部だったと気付いた時、ロンデスの意識は飛びそうになった。

 

 何とか意識を繋ぎとめたロンデスは気が付いた。気付いてしまったと言った方が正しいのかも知れない。先ほど自分の同僚を屠った者。英雄や、神人にしか出来ないと思っていた芸当が出来る者が今、目の前に敵としてある事に。

 

 そしてロンデスは新たな絶望も発見してしまった。今この瞬間、生まれて初めて神を呪った。

 

 目の前の絶大なる絶望の後ろに、もう一つ絶望の姿がある事に。赤いドレスを纏った絶望の後ろには、巨大な白骨化した戦士が従者の様に従っていたのだった。

 

「デ、デス・ナイト!」

 

 ロンデスは思わずそう叫んだ。

 

 伝説の中で語られるアンデッドの騎士。

 

 人に話せば鼻で笑われる程のあり得ない存在。

 

 しかし、目の前にいるモンスターの名を聞かれれば、そう答えざるを得なかった。

 


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