OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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ビッチと豆の木 前編

 帝国での一件を終え、アウラと毛玉、いやミサカを伴いナザリックに帰還したビクトーリアは、書斎にて今までのナザリックの行動報告に目を通していた。

 

「成程のう。結局ザイトルクワエの正体は不明、と言う事か」

 

「はい。ピニスン、ドライアードが言うには、突然空から落ちてきたそうですが……」

 

 ビクトーリアの呟きに、アルベドが補足する様に答えた。だがその声は、不自然に下の方から聞こえた。

 

 

――ザイトルクワエ。数百年前、突然現れた植物系のモンスターである。トブの大森林の東側に着床し、魔樹と呼ばれる存在。冒険者ギルドの貴重な薬草採取の依頼を受け、その地を訪れたモモンとアウラ、そしてハムスケ。そこで偶然出会ったのがドライアードのピニスンである。ザイトルクワエの復活の危機に助けを求められ、ナザリックの階層守護者達の手で討伐された。――

 

 

「左様か……」

 

「何か不審な点が?」

 

 アルベドの問いに、ビクトーリアは些細な事だとでも言う様に事実確認だけを済ます事にする。

 

「それで、当然討伐後は再調査したのじゃろうな?」

 

「はい?」

 

 嫌な返事が返って来た。ビクトーリアは、ゆっくりと自分の下へと視線を向ける。椅子として自分を座らせているアルベドに。何でも、対リザードマン戦の時にシャルティアがアインズの椅子と成る事で罰を受けたのが羨ましかったそうだ。

 

「討伐後の再調査、したのじゃろう?」

 

 ニッコリとほほ笑んで、ビクトーリアは再度問いかける。しかしアルベドのとろけ切った瞳は、ゆっくりとその光を失って行く。

 

「しておらぬのか?」

 

「………………はい」

 

 アルベドの言葉に、ビクトーリアの眉がピクンと跳ねる。そして

 

「なーにをやっておるのじゃ! 相手は植物じゃぞ! 根っこの一本からでも、復活したらどうするのじゃ!」

 

 叱責の言葉を吐きながら、アルベドの色香漂うむっちりとした肉付きの良い臀部をパンパンと叩く。

 

 ビクトーリアとしては、躾、もしくは罰としての様な行為だったのだが、アルベドにとってはどうやら違ったらしい。痛みに、いや、刺激に対しての反応が異常に艶っぽいのだ。時折「あふっ」とか、「あんっ」などの声が漏れている。捕食者にして被虐性愛者。アルベド、恐ろしい女である。まさに魔性の女。

 

 若干表情を引きつらせるビクトーリアの脳裏に、ふと今回の失態の原因が思い当たる。この失態は当然の結果であると。

 

 アインズが、いや、モモンガが指揮を取っていたのだから、再調査などするはずが無いのである。その最大の理由は、自分達二人が育った環境ゆえであった。自分達の学んで来た学問では、自然科学と言って良いのかは解らないが、植物の生長などの学問がバッサリと割愛されていたのだ。中学、高校、大学などと進めば化学などの授業もあったのだが、所詮小学校レベルではそう言った授業など省略されている。一早く社会の歯車となる教育がなされている為だ。

 

 だからこそモモンガは知らなかった。ブルー・プラネット辺りが居れば、また行動は違っていたかも知れないが……。

 

 その考えに至らなかった自身を恥じ、ビクトーリアはお詫びとして、アルベドの艶を秘めた臀部を優しく何度も撫で上げた。それがいけなかったのか、それとも良かったのか、五回ほど撫で上げた時、アルベド椅子はクシャリと崩壊した。嗜虐と寵愛、それを同時に受け、軽く達してしまった様だ。

 

 桃色吐息を吐きつつ幸せそうに眼を瞑るアルベドを抱き上げ、自室のベッドに寝かせると、ビクトーリアは館を後にするべく外界へと続くドアを開ける。

 

 だが、開け放たれたドアから見えた景色は………………黄色一色の世界であった。その黄色をビクトーリアは半眼で見つめ、盛大に蹴り飛ばす。衝撃を受け、十メートル程吹き飛んだ黄色、いや、ミサカは、すぐに立ち上がり嬉しそうに駆け寄って来る。

 

 何と言うかこのひよこ、異常なまでに防御力と攻撃力が高いのだ。種族特性なのか、防御力はアルベドを上回り、攻撃力はステータスを見る限り、セバスのそれを上回る。誠に恐ろしい生物であった。

 

 そのミサカだが、ビクトーリアの前まで走り寄って来て――。

 

「げーーーーー」

 

 何かを吐いた。

 

 その口からはびちゃびちゃの吐瀉物では無く、丸い物がぽとりと吐き出される。いわゆるペリット、と言う鳥類が吐き出すゲロである。この行動に対し、ビクトーリアは眉をピクリと跳ねさせ、再び蹴り飛ばす。またしても十メートル程吹き飛び、何事も無かった様に戻って来る。それはそれは楽しそうに。

 

 そして、くちばしで自身の吐いたペリットを突く様に指し示す。どうやらビクトーリアに受け取れと言っているようである。

 

「………………これを、妾にかや」

 

「ぴ!」

 

 本当にそうであった。思い悩んでいると、ミサカのつぶらな瞳が悲しげに濡れて行くのが見てとれた。ビクトーリアは溜息を吐くと、その若干粘つくペリットを手に取り、解体して行く。少しずつ少しずつ外皮の様な物をはぎ取って行くと、その中心部分からインペリアル・トパーズを思わせるオレンジ色の宝石が現れた。

 

 ゲーム内では、ドラゴンが時々落とすドラゴン・ドロップの様な物か? と思いながらビクトーリアはそれを見つめていたが、ミサカはくちばしでビクトーリアの胸元を指し示す。ビクトーリアの胸には、九本指の首飾り(ナイン フィンガー ネックレス)が。

 

「はめよ、と言うのか?」

 

「ぴぴ」

 

 どうやらそうらしい。ビクトーリアは、九本指の首飾り(ナイン フィンガー ネックレス)の中央の石を外し、ミサカのペリットをはめ込んでみた。その行為に、ミサカは満足げに頷き

 

ぴぴぴ(きこえる? おねえちゃん)

 

「!」

 

 耳から聞こえる声は、ミサカの鳴き声なのだが、それと同時に翻訳される様に脳内に少女の様な幼い声が響く。

 

「ミ、ミサカなのかや?」

 

ぴぴー! ぴぴぴ!(そうだよー! ミサカだよー!)

 

「何じゃ? これは……」

 

ぴぴー(しらなーい。)ぴぴぴ(ミサカねぇ、)ぴぴー、ぴぴぴー(おねえちゃんと、おはなししたかったのー)

 

 この事象に対して、ミサカは知らない、と言うよりも無意識での現象の様だ。ならば、巫女であるサイレンに聞いた方が何か解るかも、とビクトーリアは思い至る。この事は一時棚上げである。

 

「ミサカよ、妾はちいと用がある。うぬは留守番を――」

 

ぴぴー!(ミサカもー!)

 

 付いて来る気満々だ。ビクトーリアは僅かに思い悩むが、それも一興とミサカの背中に飛び乗り腰掛ける。

 

「ミサカよ、目的地は闘技場。発進!」

 

ぴっぴぴー!(いっきまーす!)

 

 僅かな助走の後、いきなりトップスピードに持って行き、ミサカは怒涛の勢いで疾走して行った。土煙を上げミサカのスピードはさらに増して行く。そして、あっと言う間に闘技場に到着した。だが、そのスピードは一向に落ちない。闘技場の入口となる、細い通路にミサカは狙いを定める。

 

「ミサカ! 止めよ! さすがに危険じゃ!」

 

ぴぴぴー!(だいじょうぶ!)

 

 有言実行! 自分の横幅とほぼ同じ程の通用門をすり抜けた。それでも速度は落ちず、闘技場の中程で横滑りする様に停止を掛ける。土煙を上げ、何かを弾き飛ばしミサカは停止した。

 

ぴっぴぴー!(とーちゃーく!)

 

 誇らしげに胸を張るミサカに対し、ビクトーリアはゆっくりと背中から降りると正面へと回り

 

「調子に乗り過ぎじゃ。馬鹿者!」

 

 言葉と共に三度(みたび)蹴り飛ばした。だが、やはりすぐに帰って来た。全くダメージを感じさせずに。

 

ぴっぴぴー!(ひっどーい!)

 

「黙りなんし!」

 

 文句を言うミサカを、ビクトーリアが妙な郭言葉で一括する。だが、すぐに一人と一匹は、自分達が注目の的になっている事に気づく。どうやら本日闘技場では、何かが行われていた様だ。周りを見渡せば、数名のリザードマンにデス・ナイトが一体。そしてアウラの姿があった。遠くにはマーレの姿も確認出来る。

 

「ビクトーリア様、一体どうしたんですか?」

 

 表情を若干引き攣らせながら、アウラが声を掛けて来た。極端な性格の者が多いナザリック地下大墳墓だが、今日のこの一人と一匹は頭一つ突きぬけている。言うなれば、田舎の細道をレーシングマシンで大暴走して来た感じだ。世界ラリー選手権の世界だ。

 

 だが、アウラの引き攣りはその行動だけでは無かった。お騒がせ犯達は、ゆっくりと差し出されたアウラの指が示す先に視線を向ける。そこには、壁にめり込む様に倒れる毛玉があった。目を凝らして毛玉を観察する。その正体は、目を回しているハムスケであった。ビクトーリアはアウラへと視線を戻し

 

「あ奴は何を遊んでおるのじゃ?」

 

 疑問を口にする。ミサカも同様らしく、可愛らしく首を傾げていた。

 

「遊んでるじゃ無いですよ! 事故ですよ! 事ー故!」

 

「事故とな? 危ないのう。アウラも気を付けるがよいぞ」

 

ぴー!(ほんとだね!)

 

 この一人と一匹の言葉に、アウラは溜息を吐き

 

「事故の原因はミサカです! ミサカに跳ね飛ばされたの!」

 

 真実を突き付けられた一人と一匹は、お互い視線を合わせ

 

「何をやっておるのじゃキサマは!」

 

ぴー!(だってー!)

 

「とりあえず、拾って来い」

 

ぴー(はーい)

 

 ビクトーリアの言葉に、渋々納得しミサカはハムスケを拾いに向かう。これでやっとまともに話が出来ると、ビクトーリアは溜息を溢しながらアウラと向き合う。

 

「アウラよ、うぬにちいと頼みがあるのじゃが――」

 

 そう口にした瞬間、闘技場に叫び声が響く。

 

「あー! 見つけたでありんす! お姉さま! 再度勝負を!」

 

 シャルティアの様だ。記憶が無いとは言え、先の一戦の敗北がそうとう悔しいらしい。そもそも、ビクトーリアを仮想敵として産まれたシャルティアにとって、ビクトーリアに勝利する事が己のアイデンティティーの一部となっているらしい。胸のパットがずれるのも気にせず、大股でビクトーリア、アウラに近づいて来る。だが、シャルティアは知らなかった。この場にはビクトーリア以上に厄介な者がいる事に。

 

ぴぴー、ぴぴぴー!(おねえちゃんは、わたしのー!)

 

 ハムスケをサッカーのドリブルの様に転がしながら、ミサカがシャルティアに向かって突進する。

 

「え?」

 

 ドドド! と言う音と共に迫り来る何かに気付き、そちらに視線を向けようとしたシャルティアだが、そうする事も許されずミサカに跳ねられた。

 

「「あ」」

 

 ビクトーリアとアウラ。二人からはその言葉しか出なかった。

 

「きゅ~~」

 

 シャルティアは、跳ね飛ばされた勢いで壁に激突しのびていた。アウラは慌てもせず、メイド長であるペストーニャへと連絡し、視線をビクトーリアへと戻す。二人はこう思ったのである。アレくらいでは怪我もしないだろう、と。

 

「ビクトーリア様。それで、あたしに頼みとは?」

 

 覚えていたらしい。全く賢い娘である。

 

「うむ。うぬに魔樹の所までの案内を頼みたくてのう」

 

「魔樹? あー、この間あたし達が倒したヤツですね」

 

「うむ」

 

 そう言うが、アウラは少し困った様な表情を浮かばせる。

 

「うーん。お受けしたいのはやまやまなんですが、あたし今日は階層守護の当番日なんですよ」

 

「そうかや。では無理にとは言えぬのう」

 

 そう言ってビクトーリアは天井を見つめる。他の階層守護者に同行を求めるか? そう考えるが、皆忙しそうだ。

 

「あ! ビクトーリア様。マーレでもいいですか?」

 

「良いのかや?」

 

「はい! ぜんぜん大丈夫ですよ! マーレー! ちょっと来なさいよ!」

 

 アウラは闘技場の客席に座っていた弟に呼びかけた。

 




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