OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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ビッチと豆の木 中編

 アウラは大声で闘技場の観客席に座る弟を呼びつける。その声に気付き、顔を上げた(マーレ)は立ち上がりトコトコと階段を降りて来た。その行動を見て、アウラが苛立った様に声を上げる。

 

「何やってのよ! 早くしなさい! マーレ!」

 

 その時不意に、アウラは頭頂部に重みを感じる。ビクトーリアが手を乗せていたのだ。ぐりぐりと少し乱暴ぎみに頭を撫でると

 

「そう言うな。慌てて転んで怪我でもしたら大変じゃ。人にはそれぞれペースと言う物がある。素早き者、頑丈なる物、悪知恵が回る者。じゃろ?」

 

「は、はい!」

 

 忠義の示し方は色々ある。それぞれが出来る事を、得意な分野で奉げれば良い。ビクトーリアの伝えたい事は、そう言う事なのだ。

 

 しかしアウラは後を僅かに振り返り、目に映る者達を見て苦笑いを浮かべる。マーレを急がせる事での怪我の心配をしていたが、今だサッカーボールと化しているハムスケと、気を失っているシャルティアは良いのだろうか? と。アウラがそんな事を考えている内に、マーレが息を切らせながら到着した。

 

「はぁ、はぁ。お、おねえ、ちゃん、なに?」

 

「もう! これだけの事で情けない」

 

 言いながらアウラは溜息を吐き、本題を口にする。

 

「マーレ。あんたちょっとビクトーリア様の道案内して来なさい」

 

「え?」

 

 アウラのあまりにもな直球での物言いに、マーレは杖を握りしめ、その幼い少女の様な顔にキョトンとした表情を映す。

 

「あ、あの。えっと。どう言う事? お姉ちゃん」

 

 言いながら首を傾げる。意味が解らないと。まあ、それはそうだろう。アウラは行き先を言ってはいないのだから。アウラもそれに気付いたのか「ああ」と頷き

 

「こないだ退治した魔樹があったじゃん。あそこに案内してほしいんだって」

 

 やっと行き先を告げた。

 

 そう言われてマーレは、上目遣いでビクトーリアを見つめると

 

「あ、あの、僕で良いのでしょうか?」

 

「何がじゃ?」

 

 マーレの問いに、ビクトーリアは首を傾げる。

 

「も、もっと強い方達の方が……。アルベド様とか、シャルティアさんとか……。あ、あと、頭の良いデミウルゴスさん、とか?」

 

 ビクトーリアは、マーレの言いたい事を理解する。だがアウラが行けない以上、マーレが適任なのだ。まあ、アインズを無理やり引っ張って来ると言う方法もあるが、エ・ランテルで汗水流して? 仕事をしているので、ここは金儲けに励んで貰うのが良いだろう。

 

 ではアウラを除いた他のメンツは? アルベドは現在夢の中なので却下。コキュートスは、リザードマンの村の統治で忙しそうなので無理。デミウルゴスは………………言葉を話せない眼鏡には道案内など出来はしない。シャルティアは……。

 

 ビクトーリアは後を振り返る。無理だ。それならばハムスケでは? 未だにボールと化しているので、正気に戻るまで時間が掛かりそうだ。

 

「マーレしか居らんな。申し訳無いが頼めんか?」

 

 言って少女の様な笑みを浮かべる

 

「は、はい! 畏まりました。 マ、マーレ・ベロ・フィオーレ、精一杯ご期待に答えられる様、が、頑張ります」

 

 マーレにしては大きな声で、そう宣言した。心なしか顔が赤くなっている様に見える。マーレの承諾の返事に対し、ビクトーリアは一度頷くと

 

「アウラよ。食堂に行って菓子を貰って来てはくれぬか?」

 

「え? お菓子ですか?」

 

「うむ。コック長に、何時もアルベドが貰っている奴をくれ、と言えば解る筈じゃ」

 

「はい! 解りました! すぐ行ってきますね!」

 

 そう言ってアウラは駆け出して行った。

 

 残されたビクトーリアは、以前アウラが持っていた地図を取り出す。それが胸の谷間からであった為、マーレの顔はさらに赤みを増した。

 

「うん? どうしたのじゃ?」

 

「あ、いえ。その……ごめんなさい」

 

 ビクトーリアは何を謝るのかと疑問に思いながら、闘技場の地面に地図を広げた。

 

「マーレよ。魔樹が居った場所はどのあたりじゃ?」

 

 問われたマーレだが、別の事を考えていたのか驚いた様に言葉を返す。

 

「あ、あの。えっと。ここら辺りになります」

 

 そう言って指示した場所はトブの大森林の東側。帝国と王国を縦断する様に広がる大森林の王国側。

 

「ふむ。マーレはその位置を知覚できるかや?」

 

 ビクトーリアは難しげな言葉で問いかけているが、簡単に言えば、そこまでゲートの魔法を繋げる事が出来るのか? と言っているのだ。

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 確認作業も終盤に差し掛かった頃、アウラが戻って来る。その手には、三十センチ強の箱が。

 

「お待たせしましたー!」

 

 元気よく、それでいて慎重にアウラが近寄って来る。注文された品をビクトーリアへと渡し、自身のお使いの意味を尋ねた。

 

「ビクトーリア様、これって一体何に使うんですか? これってケーキですよね?」

 

「うむ。これはのう……」

 

そこまで言ってビクトーリアは、右手の指をこめかみへと当てる。

 

「用意は整ったぞ。早よう扉を開けよ」

 

 誰かへとメッセージの呪文を飛ばした様だ。

 

 言葉が終わるとすぐに眼前に暗闇が浮かぶ。だが、その大きさは五十センチ程。その暗闇から、細く美しい女性と思われる腕がニュウっと伸びて来る。その腕をビクトーリアは忌々しげに見つめると、お使いの品を手渡す。腕は、まるでお盆でも持つ様に、ワンホールのケーキを受け取ると闇へと消えて行った。

 

 そして僅かな後、再び闇が現れる。だが先ほどとは違い、今度は人が通れる程の大きさで。

 

「まったく、段々と図々しく成りおって。一体誰に似たのやら……」

 

 そう言うビクトーリアを、アウラとマーレは不思議そうに見つめていた。それに気付いたのかビクトーリアは疲れた笑いを浮かべ

 

「あれはオーレオールじゃよ」

 

 腕の正体を告げた。

 

「「え?」」

 

 アウラとマーレ、二人の声が重なった。どうやら信じられない様だ。

 

「まったく。知っておるか? 最近あ奴、手土産を持参しんと転移門を開放せんのじゃぞ」

 

「マジですか?」

 

「マジじゃ」

 

 ビクトーリアとアウラは盛大に溜息を吐く。

 

「あ、で、でも、それだけビクトーリア様に甘えているのかと」

 

 叱られているとでも思ったのか、マーレがオーレオールのフォローに入る。

 

「はぁ。そう言う見方も出来るか。まあよい。ではアウラよ、マーレを借りるぞ」

 

「はい!」

 

「ではマーレ、案内を頼む。桜花聖域を通り、ナザリックの頂上部に出たら、魔樹の所まで再転移じゃ」

 

「は、はい!」

 

「ミサカァ! 遊びを止めよ、行くぞ!」

 

ぴー!(はーい!)

 

 そう言って二人と一匹は闇へと姿を消した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 何も無い荒れ地と化した森林の一角に闇が口を開く。その中から生み出される様にビクトーリア一行が姿を現す。

 

「ここかや?」

 

 辺りを見回しながら、ビクトーリアは呟く様に口を開く。

 

「は、はい」

 

ぴぴ(なんかくさい)

 

 その言葉に、マーレは肯定の言葉を返し、ミサカはこの場の感想を口にする。そう、この何も無い場所、まさに爆心地と言った方が的確な場所なのであった。

 

 ビクトーリアの脳裏に過去に見た映像が浮かぶ。

 

 黒く変色した大地に、無数に転がるかつて人だった物達。

 

 腕の無い骸。

 

 足の無い骸。

 

 頭の無い骸。

 

 そして、何かも解ら無くなった者。

 

 その映像が、何枚も何枚も脳裏に映し出される。そのせいか、ビクトーリアの身体がグラリと揺れた。

 

「ビ、ビクトーリア様?」

 

ぴぴぴ?(おねえちゃん?)

 

 揺らめくビクトーリアを心配して、マーレとミサカが声を掛ける。

 

「だ、大丈夫じゃ……」

 

 大地を強く踏みしめ、映像を振り払うかの様に頭を振りつつそう答える。

 

(どう言う事じゃ? カルネ村で力を振るった時には何も感じてはいなかったはずなのに……。モモンガは精神が種族に引っ張られていると言っていたが…………違うのう。恐らくは元からなのじゃな。そうか、そう言う事か)

 

「かかっ! くくっ! ぎゃーはっはっはっはっ!」

 

 ビクトーリアは急に狂った様な笑い声を上げ、その額を黒く染まった大木に打ち付けた。ビクトーリアの額から一筋の鮮血が流れ落ちる。

 

「ビ、ビクトーリア様!」

 

ぴぴぴ!(おねえちゃん!)

 

 マーレとミサカが、慌てて声を掛ける。だが、ビクトーリアの目は二人を映してはいなかった。

 

「見つけたぞ。はっきりと確信出来た。これでアイツを日の下に……」

 

 ぶつぶつと独り言を呟くビクトーリアに、マーレが手を触れる。その感触に、ビクトーリアの身体がビクりと反応を示す。

 

「マ、マーレ?」

 

「は、はい。……大丈夫、ですか?」

 

 そう言うマーレの瞳は、恐怖と困惑で僅かに揺れていた。

 

「すまぬ。もう大丈夫じゃ」

 

 そう言って額の血を拭い、魔樹が茂っていたと思われる場所へと歩を進める。

 

「ここらかえ?」

 

「は、はい。この辺りだと思います」

 

「ふむ。では、妾はこの中心付近を探る。マーレとミサカは外周辺りを頼む。何か可笑しな物を見つけたら、呼んでくりゃれ」

 

「は、はい!」

 

ぴー!(はーい!)

 

 その言葉を合図に、二人と一匹は現場調査を開始する。だが、マーレとミサカの行動は不発に終わる事をビクトーリアは知っていた。何故ならば、目当ての物は目の前にあったからだ。

 

 魔樹の残滓。

 

 炭化した残り物。

 

 荒れ地の飾り。

 

 つまりはゴミ。

 

 それに隠される様に、それはあった。

 

 それは存在した。

 

 そこに生えていた。

 

 黒く染まった大地を割り、瑞々しい色を湛え、魔樹ザイトルクワエの新芽が。ビクトーリアは傷つけない様にそっとソレを掴むと、ゆっくりと引き抜いた。若々しい緑色の茎の下方には、白い根があった。その七つ程に分かれた根は、無脊椎動物の様にうねうねと蠢いている。間違いはなさそうだ。

 

 ビクトーリアは虚空から小さな宝石箱を取り出すと、ザイトルクワエの苗を入れ、虚空に戻す。得る物は得たとビクトーリアは立ち上がり、手をパンパンと叩き汚れを落とすとマーレとミサカに呼びかけた。

 

「どうじゃ、何か見つかったかや?」

 

「い、いえ。何もありません!」

 

ぴぴぴー!(なんにもないよー!)

 

 一人と一匹の返事にビクトーリアは一度頷くと、ナザリックへの帰還を口にした。

 

 




シ「はっ! お姉さま、勝負!」
ア「もういないって」


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