OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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君の名は?


ビッチと豆の木 後編

 ザイトルクワエの新芽の収集に無事成功したビクトーリアは、一度ナザリックへと帰還し、そこでマーレと別れ別の地に転移して行った。

 

 ビクトーリアが転移した先。そこは、スレイン法国神宮殿内の中庭である。

 

 若き修道士(モンク)達が、それぞれの得物を手に修行に勤しんでいる最中に、それは現れた。全てを飲み込む様な暗闇。その中から、巨大なひよこに乗った法皇陛下が姿を現す。その暗闇が、何を意味する物かを知らない若い修道士(モンク)達は騒然となった。だが、この場にはそれを知る者も居た。

 

「あー、おまえらぁ、静かにしろー。面白い見世物が現れただけだぞー」

 

 失礼極まりない言葉を口にしながら、オキタが歩み出て来た。そして、ひよこ、ミサカに乗るリリー・マルレーンに視線を向ける。

 

「どうしたんでさぁ、陛下。随分と楽しそうな物に乗って。思わず噴き出しそうになりやしたぜ」

 

 そう言ってオキタは、ドSの本性を剝き出しにしたかの様な笑みを浮かべる。だが、そんな事で怯むほどリリー・マルレーンは甘くない。

 

「ふふん。何を言っておるのじゃ? 面白いのはこれからぞ。オキタ、勅命じゃ。森司祭(ドルイド)職業(クラス)を持つエルフを三人程連れてまいれ。場所は……そうじゃのう、建設中の、大堀の西側で良いじゃろう」

 

「りょーかいしやした」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、オキタは若干の戸惑いの色を示すが、それを受け入れ城内へと姿を消した。

 

 リリー・マルレーンの指定した待ち合わせ場所。スレイン法国も当然の如く城郭都市である。現在、以前の城郭の外に、新たなる壁を築く工事が行われていた。それは防衛の強化、と言う側面もあるのだが、実際には移住するセイレーンやダーク・エルフ、ダーク・ドワーフ達の居住地の確保の為でもある。その大外掘りの西側、と言う事だ。

 

 オキタの背を見送ったリリー・マルレーンは、ミサカに前進の指示を出す。その言葉通りにミサカは目的の場所へと進路を取った。その途中で奇妙な声を出しながら近づく者と遭遇を果たす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 声の発生元に目を向けると、そこには目を見開き、これでもかと大口を開けたサイレンが居た。そして、掌をわなわなとさせながらにじり寄って来る。その姿は、神宮殿の地下で魔法の研究に就いているピカリンや、帝国の病気持ちを思い出された。

 

 ゲンナリするリリー・マルレーンに対して、サイレンはなおも近寄って来ている。僅かにだが、息も荒くなっていた。どうやら興奮している様だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。へ、陛下……その方は?」

 

 吐く息の間隔を徐々に狭めながら、サイレンはミサカへとゆっくり手を伸ばして来る。だがその行為は、手が届くすんでの所で阻止された。ミサカの足は、いや、その鋭利な爪は、ガッチリとサイレンの頭部を掴んでいたのだ。

 

ぴー(おねえちゃん、)ぴぴぴー(この白いの)ぴぴ、ぴー(なんかきもちわるい)

 

 リリー・マルレーンは、そう言われて改めてサイレンに視線を向ける。巨大な爪でホールドされたサイレンの表情は隠れて見えにくいが、端から見え隠れする物は、どこかうっとりとした物だ。

 

 ミサカの言う通りだった。確かに気持ち悪い。だからこそ、リリー・マルレーンはサイレンに声を掛ける。

 

「おーい。これ、また子。気色の悪い表情をするで無い。ミサカがおびえておるでは無いか」

 

ぴぴー!(そうだよ!)

 

 リリー・マルレーンの言葉に、ミサカも同調する。だが、そんなミサカをリリー・マルレーンは半眼で睨みつけ

 

「ミサカも取り合えず足を離せ。このままでは、また子が足の裏を舐めて来るぞ」

 

 未だ片足立ちのミサカに、注意の言葉を投げかける。だが、ミサカは若干不安げに

 

ぴー(でもぉ、)ぴぴー?(おそってこない?)

 

 警戒の言葉を告げる。その言葉と態度に対し、リリー・マルレーンは尤もだと頷くと

 

「心配するでない。そうなったならば、妾が蹴り飛ばすからの」

 

 物騒な言葉で話を締める。

 

 この言葉で安心したのか、ミサカはサイレンを解放した。ミサカが力を抜いた瞬間、サイレンは両膝を地面に付け、祈る様な仕草を見せる。

 

「おお、我らが神鳥、雷神鳥様(サンダー・バード様)。健やかなお姿を拝見出来、巫女として嬉しい限りです」

 

 サイレンは、しっかりと礼を尽くしミサカに言葉を掛けた。だが、相手はミサカである。ミサカは可愛らしく首を傾げると

 

ぴぴぴ?(みこってなに? ) ぴぴぴ?(ごはん?)

 

 やはり、理解してはいなかった様だ。

 

 二人のあまりにもなすれ違いっぷりに、リリー・マルレーンは溜息を一つ漏らし、さてどう説明したら良いのか思い悩む。そして、導き出された答えは……

 

「ミサカや。こ奴はのう…………うぬの子分じゃ」

 

 実に投げっぱなしの言葉だった。

 

ぴぴぴ!(ミサカの子分!)

 

 だが、ミサカの反応は嬉しそうだ。

 

 いささか行き過ぎた表現だったが、祀られた側から見れば、巫女を子分や召使と言う存在と取っても間違いではないだろう。それに、この方がミサカにとって解りやすい筈だ。

 

 そう思いながら、若干の不安を胸に視線をサイレンへと向ける。するとサイレンの瞳も、リリー・マルレーンに向けられていた。それと同時に、サイレンが一度頷く。どうやら今の説明で良いと言う意思表示の様だ。それを受けリリー・マルレーンも一度頷いた。それを合図に難しい挨拶は終了とでも言う様に、サイレンは話題を切り換えた。

 

「それで陛下は何を為さりに行くのだ?」

 

「ガーデニングじゃ!」

 

「が、がーでん?」

 

「うーん………………植樹、とも言うがのう」

 

 そう言って虚空から箱を取り出し開いて見せる。その中には、根っこをウニウニと動かし続けるザイトルクワエの苗が。

 

「うわっ! 何だ、このミミズ千匹の様な物は! びゅ!」

 

 ミミズ千匹、この言葉を発した瞬間、サイレンの頭頂部を衝撃が襲う。

 

「卑猥な言葉を言うでない!」

 

 警告の言葉と共に、リリー・マルレーンの踵が直撃したのだ。

 

「何が卑猥だ! 我はミミズ千匹と言っただけだぞ!」

 

「それが卑猥なのじゃ!」

 

「どう言う事だ! ミミズも千匹も卑猥では無いぞ!」

 

 サイレンの反論に、リリー・マルレーンは最もと頷き

 

「確かにまた子の言う通り、ミミズも千匹も卑猥では無い。じゃが! じゃがじゃ! この二つが合わされば、卑猥な言葉となる。数の子と天井などもじゃな。タコ壺も別の意味を持ちうるゆえ、注意する様に」

 

 注意喚起の宣言を口にした。

 

 だが、意味の解らないサイレンは、首を捻るばかり。その様子を半眼で見つめていたリリー・マルレーンは、ミサカの背から降り、サイレンに言葉の意味を耳打ちした。リリー・マルレーンから、真実を語られるサイレンの顔は、徐々に赤味が差して行く。

 

「そ! そんな意味が……。陛下、我は理解したぞ。無知とは恥ずべき事だと!」

 

 ガッツポーズをしながら、サイレンは高らかに学問の追及を宣言する。そんな、美女達の寸劇が終わろうとしていた時、新たなる演者が加わる事になる。

 

「陛下ぁ、何やってるんでさぁ」

 

 リリー・マルレーンの言いつけ通りエルフ達を連れ、オキタが歩いて来た。リリー・マルレーンはサイレンからオキタへと視線を移し

 

「いやのう、また子が往来で、卑猥な言葉を叫んでいたので注意をしていたのじゃ」

 

「へーえ。そりゃあいけやせんねぇ。発情中の鳥は鳥籠へ、って事でさぁ」

 

「ふむ。また子を鳥籠で調教のう…………良い案じゃな」

 

「陛下も良い御趣味をお持ちで」

 

 オキタとリリー・マルレーンは、顔を突き合わせて「ふっ、ふっ、ふっ」とサドっけたっぷりの黒い笑いを浮かべる。

 

 だが、ふと周りを見渡せば、皆の目が冷やかな物である事に気付く。つまりは、ドン引きされていたのだ。

 

 その事を敏感に感じ取ったリリー・マルレーンの行動は早かった。胸の前で、手をパチンと会わせると

 

「さて、人員も集まった事なので、目的の場所へ向かうとしましょう!」

 

 ぎこちない言葉で、次の行動を促した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 一同がゾロゾロと目的の場所へと到着する。

 

 現場は地均しを終えたばかりなのか、何も無い場所であった。リリー・マルレーンは、その場所を見定める様にゆっくりと歩き、ある一点で立ち止まる。

 

 その場所を何度も確かめる様に踏みしめ、ザイトルクワエの苗木を置いた。するとザイトルクワエの苗は、自分の意志で根を動かし地面へと埋まって行く。リリー・マルレーンはその行動を満足げに見つめ、桶の水を掛けると、エルフ達に指示を出す。

 

「うむ。娘さん達や、成長促進の魔法を頼めるかや?」

 

 だが、エルフ達は首を傾げている。どうやら意味が解っていない様だ。

 

「うむむ。うぬらの職業(クラス)である森司祭(ドルイド)の魔法に、植物の成長促進の魔法があるじゃろ?」

 

 リリー・マルレーンの問いに、エルフ達は頷きで返す。

 

「それでの、それをこの苗木に使って欲しいのじゃよ」

 

 この言葉で、エルフ達はやっと理解出来た様だ。この様子を眺め、エルフ達の心がまだ縛られている事をリリー・マルレーンは感じ取る。事細かな事まで言わなければ、行動に移せないからだ。その中で僅かに他の者より力有る瞳をした、水色の髪をしたエルフが口を開く。

 

「そ、その。へ、陛下。わ、私達、ふ、複数の術者を、あ、集められたと言う事は、ぎ、儀式魔法でしょうか?」

 

 勇気を振り絞っての言葉なのだろう、ぎこちなさからそれは読み取れた。リリー・マルレーンは、この勇気とも呼べる行動に満足し笑顔を浮かべると

 

「うむ、そうじゃのう。妾は森司祭(ドルイド)職業(クラス)は取っては居らぬからのう……。どうなのじゃ? 集団での儀式魔法しか、成長促進の魔法は使えぬのか?」

 

 正面に立つエルフを試す様に、疑問の言葉を口にする。問われたエルフは、一瞬恐怖の表情を浮かべたが、二度ほど首を左右に振り

 

「ど、どの程度成長させるのか? 期間はどの程度なのかで、ち、違います」

 

 過去の記憶を振り払う様に答えを提示する。

 

「成程、成程。すぐに五メートル程まで成長させて欲しいのじゃが……。どうじゃろう?」

 

「そ、それならば、ぎ、儀式魔法が最適かと……」

 

「左様か。頼めるか?」

 

「は、はい! ご主人様。い、いえ、陛下のお望みならば!」

 

(ん? 今何か不遜な言葉が聞こえたのじゃがぁ。それに娘の瞳。妙に色っぽいと言うか、艶っぽいと言うか……。艶ぼくろを思い出すのう)

 

 心の中で目の前のエルフの分析をするリリー・マルレーンを余所に、エルフ達はザイトルクワエの苗木を囲み、呪文を展開して行く。地面に魔方陣の光が浮かび、力がザイトルクワエの苗木に満ちて行く。その光を瞳に映しつつ、リリー・マルレーンは虚空から茶色のマントを取り出し身に纏う。準備は整った。

 

 リリー・マルレーンは瞳を細め、成長して行く魔樹に集中して行く。時間にして約三十分、魔樹はリリー・マルレーンの指定した大きさにまで成長した。リリー・マルレーンの右手が上る。

 

 その行動を汲み取り、エルフ達の詠唱が止まった。その瞬間、(くびき)から解放された様に、ザイトルクワエが動き出した。根の半分を触手の様に蠢かせ、幹の頭頂部辺りに大きな花を咲かせている。花弁の中心には、爬虫類、鰐の顔の様な物が牙を見せながら口を開いている。

 

「くくっ。会いたかったぞ、我が手駒」

 

「陛下。こりゃあ、不味い物じゃありやせんか?」

 

「な、なんじゃこれわー!」

 

ぴぴー!(ミサカ、コレきらーい!)

 

 リリー・マルレーン、オキタ、サイレン、ミサカ。それぞれが思い思いの反応を示す。

 

 混乱、と言っても良い状況の中で一人、リリー・マルレーンは羽織っていたマントを脱ぎ去った。その古ぼけた、お世辞にも上物と言えないマントの下から現れた物は、普段のドレスとは違う物だった。

 

 身体の線を隠す事の無いぴったりとフィットした布地。

 

 扇情的とも言える太ももに沿って走るスリット。

 

 現代的に言えば純白のチャイナドレス。

 

 だが、リリー・マルレーンの身に纏うそれは全く別の物。

 

 かつて、シャルティア・ブラッドフォールンを支配下に置いた物。

 

 ワールドアイテム、傾城傾国。

 

 リリー・マルレーンは右手をゆっくりと上げ、力ある言葉を紡ぐ。

 

「世界の理を破棄し、彼の者を妾の駒とせよ」

 

 リリー・マルレーンの言葉に呼応し、ドレスに彩られた龍が光を放つ。その光はリリー・マルレーンの身体を駆け上がり、前へと突き出された右腕を伝いザイトルクワエを飲み込んだ。

 

 一瞬場が光で支配された。だが、すぐに光は収まり、視界が戻って来る。

 

 オキタやサイレンはザイトルクワエに警戒の姿勢を取るが、その心配は無用の心配だった様だ。触手は依然うねうねと空中で蠢いているが、攻撃の意思は無い様だ。

 

 リリー・マルレーンに視線を向けると、顎に指を当て何か考えている様に見える。

 

(ふむ。支配が完了した瞬間、コレか……。名前はザイトルクワエ。ん? 横にカーソルが点滅している。名前の変更が可能なのか? 種族は [魔樹/竜種] 成程のう)

 

 ザイトルクワエを支配した瞬間、リリー・マルレーンの脳裏にステータスの様な物が流れ込んで来たのだ。それを理解したリリー・マルレーンは脳裏に浮かぶ名前を除去する様に、左手を大きく振るうと、右手の人差し指で魔樹を指し示し

 

「ふふっ。魔樹よ。うぬは一度滅び復活を果たした。よって新たなる名で妾に支えるか良い」

 

 このリリー・マルレーンの言葉に魔樹は「グワッ!」と声を上げる。

 

「スレイン法国 法皇 リリー・マルレーンと、煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムが命名する。汝の名はビオランテ!」

 

 リリー・マルレーンの命名に、ビオランテは再度「グワッ!」と声を上げた。

 


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