ザイトルクワエの新芽の収集に無事成功したビクトーリアは、一度ナザリックへと帰還し、そこでマーレと別れ別の地に転移して行った。
ビクトーリアが転移した先。そこは、スレイン法国神宮殿内の中庭である。
若き
「あー、おまえらぁ、静かにしろー。面白い見世物が現れただけだぞー」
失礼極まりない言葉を口にしながら、オキタが歩み出て来た。そして、ひよこ、ミサカに乗るリリー・マルレーンに視線を向ける。
「どうしたんでさぁ、陛下。随分と楽しそうな物に乗って。思わず噴き出しそうになりやしたぜ」
そう言ってオキタは、ドSの本性を剝き出しにしたかの様な笑みを浮かべる。だが、そんな事で怯むほどリリー・マルレーンは甘くない。
「ふふん。何を言っておるのじゃ? 面白いのはこれからぞ。オキタ、勅命じゃ。
「りょーかいしやした」
リリー・マルレーンの言葉に、オキタは若干の戸惑いの色を示すが、それを受け入れ城内へと姿を消した。
リリー・マルレーンの指定した待ち合わせ場所。スレイン法国も当然の如く城郭都市である。現在、以前の城郭の外に、新たなる壁を築く工事が行われていた。それは防衛の強化、と言う側面もあるのだが、実際には移住するセイレーンやダーク・エルフ、ダーク・ドワーフ達の居住地の確保の為でもある。その大外掘りの西側、と言う事だ。
オキタの背を見送ったリリー・マルレーンは、ミサカに前進の指示を出す。その言葉通りにミサカは目的の場所へと進路を取った。その途中で奇妙な声を出しながら近づく者と遭遇を果たす。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
声の発生元に目を向けると、そこには目を見開き、これでもかと大口を開けたサイレンが居た。そして、掌をわなわなとさせながらにじり寄って来る。その姿は、神宮殿の地下で魔法の研究に就いているピカリンや、帝国の病気持ちを思い出された。
ゲンナリするリリー・マルレーンに対して、サイレンはなおも近寄って来ている。僅かにだが、息も荒くなっていた。どうやら興奮している様だ。
「はぁ、はぁ、はぁ。へ、陛下……その方は?」
吐く息の間隔を徐々に狭めながら、サイレンはミサカへとゆっくり手を伸ばして来る。だがその行為は、手が届くすんでの所で阻止された。ミサカの足は、いや、その鋭利な爪は、ガッチリとサイレンの頭部を掴んでいたのだ。
「
リリー・マルレーンは、そう言われて改めてサイレンに視線を向ける。巨大な爪でホールドされたサイレンの表情は隠れて見えにくいが、端から見え隠れする物は、どこかうっとりとした物だ。
ミサカの言う通りだった。確かに気持ち悪い。だからこそ、リリー・マルレーンはサイレンに声を掛ける。
「おーい。これ、また子。気色の悪い表情をするで無い。ミサカがおびえておるでは無いか」
「
リリー・マルレーンの言葉に、ミサカも同調する。だが、そんなミサカをリリー・マルレーンは半眼で睨みつけ
「ミサカも取り合えず足を離せ。このままでは、また子が足の裏を舐めて来るぞ」
未だ片足立ちのミサカに、注意の言葉を投げかける。だが、ミサカは若干不安げに
「
警戒の言葉を告げる。その言葉と態度に対し、リリー・マルレーンは尤もだと頷くと
「心配するでない。そうなったならば、妾が蹴り飛ばすからの」
物騒な言葉で話を締める。
この言葉で安心したのか、ミサカはサイレンを解放した。ミサカが力を抜いた瞬間、サイレンは両膝を地面に付け、祈る様な仕草を見せる。
「おお、我らが神鳥、
サイレンは、しっかりと礼を尽くしミサカに言葉を掛けた。だが、相手はミサカである。ミサカは可愛らしく首を傾げると
「
やはり、理解してはいなかった様だ。
二人のあまりにもなすれ違いっぷりに、リリー・マルレーンは溜息を一つ漏らし、さてどう説明したら良いのか思い悩む。そして、導き出された答えは……
「ミサカや。こ奴はのう…………うぬの子分じゃ」
実に投げっぱなしの言葉だった。
「
だが、ミサカの反応は嬉しそうだ。
いささか行き過ぎた表現だったが、祀られた側から見れば、巫女を子分や召使と言う存在と取っても間違いではないだろう。それに、この方がミサカにとって解りやすい筈だ。
そう思いながら、若干の不安を胸に視線をサイレンへと向ける。するとサイレンの瞳も、リリー・マルレーンに向けられていた。それと同時に、サイレンが一度頷く。どうやら今の説明で良いと言う意思表示の様だ。それを受けリリー・マルレーンも一度頷いた。それを合図に難しい挨拶は終了とでも言う様に、サイレンは話題を切り換えた。
「それで陛下は何を為さりに行くのだ?」
「ガーデニングじゃ!」
「が、がーでん?」
「うーん………………植樹、とも言うがのう」
そう言って虚空から箱を取り出し開いて見せる。その中には、根っこをウニウニと動かし続けるザイトルクワエの苗が。
「うわっ! 何だ、このミミズ千匹の様な物は! びゅ!」
ミミズ千匹、この言葉を発した瞬間、サイレンの頭頂部を衝撃が襲う。
「卑猥な言葉を言うでない!」
警告の言葉と共に、リリー・マルレーンの踵が直撃したのだ。
「何が卑猥だ! 我はミミズ千匹と言っただけだぞ!」
「それが卑猥なのじゃ!」
「どう言う事だ! ミミズも千匹も卑猥では無いぞ!」
サイレンの反論に、リリー・マルレーンは最もと頷き
「確かにまた子の言う通り、ミミズも千匹も卑猥では無い。じゃが! じゃがじゃ! この二つが合わされば、卑猥な言葉となる。数の子と天井などもじゃな。タコ壺も別の意味を持ちうるゆえ、注意する様に」
注意喚起の宣言を口にした。
だが、意味の解らないサイレンは、首を捻るばかり。その様子を半眼で見つめていたリリー・マルレーンは、ミサカの背から降り、サイレンに言葉の意味を耳打ちした。リリー・マルレーンから、真実を語られるサイレンの顔は、徐々に赤味が差して行く。
「そ! そんな意味が……。陛下、我は理解したぞ。無知とは恥ずべき事だと!」
ガッツポーズをしながら、サイレンは高らかに学問の追及を宣言する。そんな、美女達の寸劇が終わろうとしていた時、新たなる演者が加わる事になる。
「陛下ぁ、何やってるんでさぁ」
リリー・マルレーンの言いつけ通りエルフ達を連れ、オキタが歩いて来た。リリー・マルレーンはサイレンからオキタへと視線を移し
「いやのう、また子が往来で、卑猥な言葉を叫んでいたので注意をしていたのじゃ」
「へーえ。そりゃあいけやせんねぇ。発情中の鳥は鳥籠へ、って事でさぁ」
「ふむ。また子を鳥籠で調教のう…………良い案じゃな」
「陛下も良い御趣味をお持ちで」
オキタとリリー・マルレーンは、顔を突き合わせて「ふっ、ふっ、ふっ」とサドっけたっぷりの黒い笑いを浮かべる。
だが、ふと周りを見渡せば、皆の目が冷やかな物である事に気付く。つまりは、ドン引きされていたのだ。
その事を敏感に感じ取ったリリー・マルレーンの行動は早かった。胸の前で、手をパチンと会わせると
「さて、人員も集まった事なので、目的の場所へ向かうとしましょう!」
ぎこちない言葉で、次の行動を促した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一同がゾロゾロと目的の場所へと到着する。
現場は地均しを終えたばかりなのか、何も無い場所であった。リリー・マルレーンは、その場所を見定める様にゆっくりと歩き、ある一点で立ち止まる。
その場所を何度も確かめる様に踏みしめ、ザイトルクワエの苗木を置いた。するとザイトルクワエの苗は、自分の意志で根を動かし地面へと埋まって行く。リリー・マルレーンはその行動を満足げに見つめ、桶の水を掛けると、エルフ達に指示を出す。
「うむ。娘さん達や、成長促進の魔法を頼めるかや?」
だが、エルフ達は首を傾げている。どうやら意味が解っていない様だ。
「うむむ。うぬらの
リリー・マルレーンの問いに、エルフ達は頷きで返す。
「それでの、それをこの苗木に使って欲しいのじゃよ」
この言葉で、エルフ達はやっと理解出来た様だ。この様子を眺め、エルフ達の心がまだ縛られている事をリリー・マルレーンは感じ取る。事細かな事まで言わなければ、行動に移せないからだ。その中で僅かに他の者より力有る瞳をした、水色の髪をしたエルフが口を開く。
「そ、その。へ、陛下。わ、私達、ふ、複数の術者を、あ、集められたと言う事は、ぎ、儀式魔法でしょうか?」
勇気を振り絞っての言葉なのだろう、ぎこちなさからそれは読み取れた。リリー・マルレーンは、この勇気とも呼べる行動に満足し笑顔を浮かべると
「うむ、そうじゃのう。妾は
正面に立つエルフを試す様に、疑問の言葉を口にする。問われたエルフは、一瞬恐怖の表情を浮かべたが、二度ほど首を左右に振り
「ど、どの程度成長させるのか? 期間はどの程度なのかで、ち、違います」
過去の記憶を振り払う様に答えを提示する。
「成程、成程。すぐに五メートル程まで成長させて欲しいのじゃが……。どうじゃろう?」
「そ、それならば、ぎ、儀式魔法が最適かと……」
「左様か。頼めるか?」
「は、はい! ご主人様。い、いえ、陛下のお望みならば!」
(ん? 今何か不遜な言葉が聞こえたのじゃがぁ。それに娘の瞳。妙に色っぽいと言うか、艶っぽいと言うか……。艶ぼくろを思い出すのう)
心の中で目の前のエルフの分析をするリリー・マルレーンを余所に、エルフ達はザイトルクワエの苗木を囲み、呪文を展開して行く。地面に魔方陣の光が浮かび、力がザイトルクワエの苗木に満ちて行く。その光を瞳に映しつつ、リリー・マルレーンは虚空から茶色のマントを取り出し身に纏う。準備は整った。
リリー・マルレーンは瞳を細め、成長して行く魔樹に集中して行く。時間にして約三十分、魔樹はリリー・マルレーンの指定した大きさにまで成長した。リリー・マルレーンの右手が上る。
その行動を汲み取り、エルフ達の詠唱が止まった。その瞬間、
「くくっ。会いたかったぞ、我が手駒」
「陛下。こりゃあ、不味い物じゃありやせんか?」
「な、なんじゃこれわー!」
「
リリー・マルレーン、オキタ、サイレン、ミサカ。それぞれが思い思いの反応を示す。
混乱、と言っても良い状況の中で一人、リリー・マルレーンは羽織っていたマントを脱ぎ去った。その古ぼけた、お世辞にも上物と言えないマントの下から現れた物は、普段のドレスとは違う物だった。
身体の線を隠す事の無いぴったりとフィットした布地。
扇情的とも言える太ももに沿って走るスリット。
現代的に言えば純白のチャイナドレス。
だが、リリー・マルレーンの身に纏うそれは全く別の物。
かつて、シャルティア・ブラッドフォールンを支配下に置いた物。
ワールドアイテム、傾城傾国。
リリー・マルレーンは右手をゆっくりと上げ、力ある言葉を紡ぐ。
「世界の理を破棄し、彼の者を妾の駒とせよ」
リリー・マルレーンの言葉に呼応し、ドレスに彩られた龍が光を放つ。その光はリリー・マルレーンの身体を駆け上がり、前へと突き出された右腕を伝いザイトルクワエを飲み込んだ。
一瞬場が光で支配された。だが、すぐに光は収まり、視界が戻って来る。
オキタやサイレンはザイトルクワエに警戒の姿勢を取るが、その心配は無用の心配だった様だ。触手は依然うねうねと空中で蠢いているが、攻撃の意思は無い様だ。
リリー・マルレーンに視線を向けると、顎に指を当て何か考えている様に見える。
(ふむ。支配が完了した瞬間、コレか……。名前はザイトルクワエ。ん? 横にカーソルが点滅している。名前の変更が可能なのか? 種族は [魔樹/竜種] 成程のう)
ザイトルクワエを支配した瞬間、リリー・マルレーンの脳裏にステータスの様な物が流れ込んで来たのだ。それを理解したリリー・マルレーンは脳裏に浮かぶ名前を除去する様に、左手を大きく振るうと、右手の人差し指で魔樹を指し示し
「ふふっ。魔樹よ。うぬは一度滅び復活を果たした。よって新たなる名で妾に支えるか良い」
このリリー・マルレーンの言葉に魔樹は「グワッ!」と声を上げる。
「スレイン法国 法皇 リリー・マルレーンと、煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムが命名する。汝の名はビオランテ!」
リリー・マルレーンの命名に、ビオランテは再度「グワッ!」と声を上げた。