OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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その名は夜右衛門

 ザイトルクワエ改め、ビオランテの調教を終えたリリー・マルレーンは、自身の執務室で、ある人物を待っていた。ほどなくして、控え目なノックの音が響く。リリー・マルレーンは、これだけで目当ての人物だと容易に想像出来た。入室の許可を出すと、その人物が恐る恐る入って来た。ゆっくりと開いた扉の陰に隠れながら。

 

「あ、あの! おおおおおおおおお、およ! お呼びに、よ! より! ペ、ペンネ・ブラン・アルマリート、参上いたしましゅたん!」

 

 緊張からか、それとも生来の上り症からか、ペンネの言葉は噛み噛みだった。その行動をリリー・マルレーンは、微笑ましく、また呆れ気味に眺める。だが、当の本人は依然怯えたままだ。

 

「あー、えんぴつ。そう緊張するでない。取って食おうなどとは思っておらんゆえ」

 

「ほ、ほんとうですか!」

 

 ペンネが髑髏の仮面越しに顔を近づけ確認を取る。その行動にリリー・マルレーンはゆっくりと頷き

 

「無論じゃ。その仮面を取るだけで良いぞ」

 

 満面の笑みで、悪意を感じさせない様に注意を払い言葉を紡ぐ。

 

 だが、この言葉を聞いたペンネの行動は素早かった。一瞬で部屋の奥へと移動すると、リリー・マルレーンに背を向けしゃがみ込む。流石は暗殺を旨とする山冠聖典の隊長、まるで忍者か瞬間移動の魔法の様だ。

 

 しかし相手はリリー・マルレーン。これしきの事ではひるみもしない。忍び足でペンネに近づくと、耳元で囁く様に言葉を告げる。

 

「ほうれ、何をしておるのじゃ? 妾に素顔を見せるがよい」

 

「ひっ!」

 

 引き攣った声を上げ、ペンネは反対の角へと瞬間移動?し、蹲る。その素早さにリリー・マルレーンは感心しながら再度同じ事を心みる。だが結果は同じだった。二度、三度と同様の行動を取った両者だったが、一向に事態は進行せず、最後には取っ組み合いのやり取りとなった。

 

「何をしておるのじゃ! 早よう仮面を外さんか!」

 

「いやーー! やめてーー! 仮面以外なら何してもいいから!」

 

「ほう。ならば、うぬの乳を見るが良いのか?」

 

「………………はい」

 

 ペンネの答えにリリー・マルレーンは驚愕する。

 

「何じゃと! 素顔よりも乳を取るのか! すべこべ言わずに仮面を取れ!」

 

「いーやー! おっぱい見てもいいから、素顔はや-めーてー!」

 

 ドッタンバッタンと、最早取っ組み合いの体をなしながら、仮面の争奪戦が続く。その間にもペンネは「仮面を外すと呪いが……」とか、「死んだ祖父の遺言が……」などと理由を言って何とか外さずに済む様に立ち回るのだが、そんな言葉はリリー・マルレーンには通用しない。結局の所、約三十分と言う時間を費やし、仮面はリリー・マルレーンの手に渡る。

 

「ふっ、ふっ、ふっ。妾の勝ちじゃ」

 

 最初の目的を忘れ、リリー・マルレーンは仮面を高々と掲げ勝ち誇った言葉を口にする。方やペンネはと言うと、往生際悪く両手で顔を隠しリリー・マルレーンに背を向けていた。

 

「陛下……」

 

「何じゃ?」

 

「下も脱ぎますから、顔だけは……」

 

 ペンネは最終手段として、自身の下半身を交渉材料に出して来た。これでは、今現在、上半身が裸の様な発言だ。控え目なふくらみを晒しているかの様な言葉だ。この発言に、リリー・マルレーンは驚愕を超えドン引きだ。

 

 だが、もう一方で本来の悪戯心もムクムクと湧きあがって来た。奪い取った仮面を被る様に頭に載せると、ニンマリとした笑みを浮かべ

 

「わたしリリーちゃん、今あなたの十歩後ろにいるの」

 

「ひぃ!」

 

「わたしリリーちゃん、今あなたの七歩後ろにいるの」

 

「ひひぃ!」

 

 言葉と共に、ゆっくりと近づいて行く。五歩、三歩と同じセリフを口ずさみながら歩を進める。そして、ペンネの背中にピッタリと自身の身体を密着させ

 

「わたしリリーちゃん、今あなたの後ろにいるの」

 

 そう言ってペンネの耳に、ふぅっと息を吹きかけた。

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

 嬌声を上げペンネは逃げようとするが、リリー・マルレーンにガッチリと掴まれ行動は不発に終わる。この行動で敗北を悟ったのか、ペンネはゆっくりと身体の力を抜いた。

 

 此の事によって、ようやくペンネの素顔をリリー・マルレーンは見る事になる。白髪を思わせる薄緑色の髪を、ショートカットにし、どこか東洋系の雰囲気を醸し出す容姿に漆黒の瞳、ハッキリ言って美少女の類のルックスだ。

 

「ふむ。なかなかの美少女ではないか」

 

 リリー・マルレーンは素直に感想を漏らす。だが次の瞬間、ペンネの顔は一瞬で真っ赤に染まる。そして、再び顔を両手で隠しながら執務室内を走り回る。

 

「いやー! 嘘です! 嘘に決まっています! 陛下は嘘付きです!」

 

 ドタバタと走るペンネを追いながら、リリー・マルレーンは説得を心見る。

 

「う、嘘では無い! うぬは正真正銘の美少女じゃ! 誇りを持つのじゃ! 妾が保障するぞ!」

 

「違います! 違います! 私が美少女なんて!」

 

「聞き訳の無い娘じゃ! 良いから止まれ! 顔を真っ赤にして走り回るなど、うぬは機○車ヤエモンか!」

 

 異世界では意味不明な突っ込みと共に、リリー・マルレーンはペンネを組み伏せる。倒れ突っ伏すペンネの正面に回り、サラサラと指触りの良い頭を撫でながらリリー・マルレーンは慈愛の笑みを持ってペンネと対峙する。

 

「ヤエモンよ」

 

「ヤエモン?」

 

 リリー・マルレーンの中で、ペンネの呼び名は、えんぴつからヤエモンへと変更された様だ。

 

「ヤエモンよ、自信を持つのじゃ。うぬの髪色も、この肌も、そして全てを映す様な黒き瞳も妾は大好きじゃぞ」

 

 そう呟きながらリリー・マルレーンの指は、ヤエモンの瞼を、頬を、可憐な唇を撫でた。

 

「へ、へいか……」

 

 ヤエモンの呟きと共に、その瞳から涙が零れ落ちた。そして、ゆっくりと身体を起こし

 

「…………好き」

 

「はい?」

 

 ヤエモンの口から信じられない言葉が飛び出した。

 

「好きです。陛下」

 

 聞き間違いかと思ったが、どうやらそのままの意味らしい。

 

 リリー・マルレーンはヤエモンの額に掌を当ててみる。どうやら熱は無い様だ。

 

「そ、そうか。妾も嬉しいぞ」

 

「はい。ありがとう御座います。この思いと共に、神々の下へと参ります」

 

「は?」

 

 ヤエモンは言うや否や、自身の首筋にナイフをあてがった。だが、その行動は瞬時にリリー・マルレーンの手によって止められる。

 

「う、うぬは何をしようと言うのじゃ!」

 

 ヤエモンは、突然リリー・マルレーンに言葉と共に手を掴まれポカンとした表情を浮かべる。

 

「何をしようとしたのじゃ!」

 

 再度リリー・マルレーンは問い詰める様に言葉を投げかける。そこでやっと理解出来たのか、ヤエモンがたどたどしい言葉で理由を口にした。

 

「へ、陛下に告白など、あ、あってはならぬ不敬な事。で、ですから自害してお詫びしようと……」

 

 この言葉に、リリー・マルレーンはがっくりと膝を付く。確かにそうかも知れないが、極端過ぎると。

 

(うーむ。こ奴と言い、ナーベラルと言い、どうにも極端な輩が多いのう。抑圧されているのか? 何とかせんと、パンクしそうじゃなあ)

 

「良い」

 

「は?」

 

 リリー・マルレーンの口から突然発せられた許可の言葉に、ヤエモンは再びキョトンとした表情を浮かべた。言葉が理解出来ていない様である。ヤエモンのそんな表情を見つめながら、その可愛らしい額を人差し指でつつきながら

 

良い(よい)と言うておる。人の感情は止められぬ物じゃ。しかし、その感情が悪意ある物じゃとしたら、それは抑制するべきじゃ。じゃが、好意を持っての感情ならば、地位や立場で押さえる物ではなかろう? 違うかや?」

 

 おどける様に、ふざける様に、当然の事と言うかの様にリリー・マルレーンは口を開く。

 

「で、ですが、陛下……」

 

 リリー・マルレーンの言葉が、救いではあるが間違いだとヤエモンは言う。

 

「そうじゃのう。許されざる事なのじゃろうなぁ。じゃがな、ここは何処じゃ? このくらいの事、妾の力で握りつぶしてくれるわ」

 

 だがリリー・マルレーンは、その悩みこそ小さな物だと笑う。その程度で不敬などと言う事柄は、自身が統治する場所では存在しないと。

 

 慈愛に満ちた光を湛えた瞳を宿し、優雅に豪胆に笑うリリー・マルレーンを、ヤエモンは憧れの様な瞳で見つめていた。後で思い起こせば、この時が、真の意味でペンネがスレイン法国の神を戴いた瞬間だった。神の信徒としての誕生だった。この事を、件の神が知ったなら、きっと鼻で笑うだろう。褒めても何も出ないと。

 

 さて話を戻し眼前を見ると、とろけた様な瞳のヤエモンが居た。その濡れた様な瞳に、リリー・マルレーンは見覚えがあった。そう、その瞳は奴らの物と同一だ。あの淫魔共と。

 

 ならば、早急に手を打たねばならない。あの二人の様になる前に。先手を取られる前に。

 

 だが、リリー・マルレーン。いや、ビクトーリアに手立ては思いつかなかった。少女を慰めた経験も無ければ、女性をあしらった事も無いからだ。そんな経験は皆無だったからだ。

 

 だから取れる手は一つしか無かった。優しく抱きしめる事だけだった。その豊満な胸に、ヤエモンの頭部を抱え込み、身体を密着させると、言い聞かせる様に優しく何度も頭を撫でる。ただ、それだけだ。だが、それだけで良かった。

 

 良く考えれば解るはずなのだ。神に仕える事を、唯一の喜びと捉えていた様な旧スレイン法国体制の中で、暗殺部隊の隊長にまで上り詰めた人物の人生が、まともであった可能性など、僅かな物なのだから。ナデポ、ニコポ、と言われる物かも知れない。だが、それで救われる者がいるのならば、それはそれで良いのだろう。問題は、それ以降どうするか? である。

 

 神への信仰のみに、今までの人生を捧げて来た少女にとって、初めて味合うであろう温かみと肉の感触。以前、この神宮殿の地下で一人隔離されていた少女と同じ様に。

 

 責任を取らねばならないのだ。この少女を、ペンネを抱きしめた瞬間から、リリー・マルレーンは責任を負ったのだ。逃げられない、降ろす事は許されない荷を背負ったのだ。それは……ペンネだけでは無い。

 

 あの時、ニグンの言葉を受け取った時に背負った荷なのだ。スレイン法国の法皇として。

 

 だからブレた。あの時、ザイトルクワエの居た場所で意識が遠くなった。何とも思わなかった、過去の戦争の写真を思い出し、吐き気を催した。

 

 モモンガは、精神が種族に引っ張られていると言った。だが、違うのだ。何が違うか? モモンガがアンデッドだからか? それは違う。モモンガがアンデッドだから、人の死に様を見ても何も思わないと言うならば、彼は何故生きている物を憎まないのだ? 答えは簡単に導き出される。そう、答えは簡単なのだ。

 

 自分達は、もともとそう言う人間だったのだ。自分達は壊れていたのだ。人の死を見ても、人を殺しても、何も感じない程に。感じない程度に壊れていたのだ。

 

 人の中で暮らしながら、人と通じていながら、孤独感に苛まれていた鈴木悟と言う人物と、常に一人で、絶えず孤独で居たビクトーリア・F・ホーエンハイムのプレイヤー。どちらも人を、人と言う者を、物としか見えていなかったのだ

 

 だから感じなかった。

 

 だから動じなかった。

 

 自分達のリアルはYGGDRASILにしか無かったのだ。

 

 だからモモンガは、この世界で仲間を探そうとするのだろう。

 

 ならば、自分も向き合うべきなのだろう、かつての友に里子に出した彼の者と。

 

 




人と繋がりを持ったビクトーリア。
人と居ながら、ナザリックの為のみに行動するモモンガ。

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