ヤエモンとの一件を何とか収め、リリー・マルレーンは何時もの様に執務に追われていた。傍らにはニグンが控え、様々な点で意見を交わす。その中でも、本日の最重要議題は、王国への対処と次期漆黒聖典隊長の選考である。
「酷い物じゃのう。表向き治安は安定している様に見えるが、内政は瓦解しておる」
この言葉は、風花、水明から上がって来た王国に対しての報告書を見た、リリー・マルレーンの素直な感想だった。
「我が王の仰る通りで御座います。やはり、王国には潰えて貰うのが一番なのでは?」
リリー・マルレーンの言葉を受け、ニグンの口から率直な言葉が漏れる。
「じゃがのう……それが一番と言うのが各王の本音じゃろうが、現実を見れば難しいじゃろうなぁ」
「そうで御座いますか」
「うむ。王国の国民を根絶やしに、と言うのならば可能じゃが、そうは行かんじゃろ?」
「誠に」
「なれば、王国を潰した後には、難民の問題が出て来るからの」
リリー・マルレーンの呟きに、ニグンも同意の頷きで返す。
このやり取り、一見ニグンが馬鹿の様に見えるが、それは勘違いと言う物だ。この手法は、リリー・マルレーンが最も好む会議の形式なのだ。お互いが荒唐無稽な、無茶苦茶な、破天荒な、過激な発言をし、相手がそれを窘める。そう言ったやり取りの中で、徐々に要点を狭めて行き、結論を導き出す。そう言った方法論をリリー・マルレーンは好んでいた。
「なれば、各国との連携を取り、難民の受け入れを……無理ですな」
「うむ。法国と帝国は何とかなるやも知れんが、その場合、どちらかの領地が飛び地となる。これでは治安や統治が難しかろう。その案で行くならば、評議国当たりにくれてやった方が上手く行くじゃろう」
「ですが、評議国とは……」
「そうじゃな。今度は帝国と評議国との戦になりかねん」
「では、聖王国では?」
そう言うニグンの言葉に、リリー・マルレーンは報告書の束を掻き交ぜ、数枚の書面を取り出すと
「無理じゃろうな。彼の国は、国が割れておる」
「貴族派と王制派。南と北の対立ですな」
「そうじゃ。地理的に見ても、利益を得るのは北、じゃからな」
「そうですな。南はアベリオン丘陵と接してますから」
「下手をすれば、利権を巡ってのクーデター、かの」
この結論に、二人は揃って「むむむ」と唸り声を洩らす。王国を潰す、と言う結論は愚策と言う結論に至った。
「なれば、取れる手立ては……」
そう言うニグンの呟きに
「王の首のすげ替え、と言う手もあるのう」
「成程。では我が王よ、三人の内誰に王位を継がせると?」
ニグンの問いに、リリー・マルレーンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ
「一体誰が、王位継承権を持つ者を選ぶと言った?」
ニグンが思ってもいなかった言葉を口にした。そんな言葉を突き付けられ、ニグンは口を開くしか無かった。その表情に満足したのか、リリー・マルレーンは一つずつ答えを開示して行く。
「まずは第一王子。彼は論外じゃな。風花の調べによると、彼の者の後見人は主戦派じゃ。これを選べば戦が続く事になる。それは、妾達の思惑と違える。よって除外とする」
そう言って三本立てた指の一つを折った。此の事に対しては、ニグンも同意見だ。
「次に第二王子じゃが、こ奴も論外じゃな」
「?」
リリー・マルレーンの言葉に、ニグンは妙な違和感を覚えた。
「しかし我が王よ、風花の調べによれば、かの第二王子は、優秀だと聞いておりますが?」
そう、王国にあって、国内の情勢を把握し国を存続させられるのは第二王子しか居ないと言われている。そして、第二王子の後ろには、絶えず国のバランスを保つために動いているレエブン候が居るのだ。しかし、リリー・マルレーンの推測では、そうは行かないらしい。
「ふふん。確かに風花の調べによればそうじゃな。じゃが、もう一つの報告でこう言っておる。人望が無いと。能ある鷹は爪を隠す、と言うが、隠し過ぎて誰も知らん。このままでは、慈悲深い現国王の跡目を無能が継いだ、と言われかねん。そして、行きつく先は、国民の暴動じゃ。最良として貴族派の傀儡止まりじゃよ」
そう言って二つ目の指を折った。此の言には、ニグンも最もと頷くしか無かった。
「では、王女は如何ですかな?」
「それは最も愚策と言える行為じゃな」
バッサリと切り捨てた言葉に、ニグンは黙りこむ。
「良く考えてみよ。彼の王女が提案した政策、失敗する事を前提とした物ばかりであろう?」
「主だった事案ですと、奴隷の解放に、街道の整備などですな」
「うむ。奴隷の解放を
「誠に。では我が王は誰に王位を継がせると? 以前仰っていた者に?」
「いや。彼の者はエ・ランテルでの防衛を任せたいのじゃがなぁ。王国には、さしあたって国民に信頼されている者を就けたいのう。王国戦士長辺りが適任か」
「王国戦士長! ガゼフ・ストロノーフですか! しかし、あの者は統治など……」
ニグンはリリー・マルレーンの言葉に疑問を呈する。だが、そんな事はお見通しだとリリー・マルレーンは笑う。
「解っておる。王などは飾りで良いのじゃよ。信頼を得る、安心させる象徴じゃ。内政は……そうじゃのう、件のレエブンなる者に任せれば良いではないか」
それも一理有る、とニグンは困惑しながらも納得する。その方が、諸国との連携が取りやすそうだ、と。
「ま、仮定の話じゃがな。じゃが、レエブンなる者とは、一度話がして見たい。イサブロウに連絡を付けさせよ」
「畏まりました、我が王よ」
ここで話は終り、次の議題へと移行する。
「では、我が王よ。漆黒の隊長の件なのですが」
「うむ。妾はこ奴を引っ張り出そうと思うておる」
そう言ってリリー・マルレーンは、一枚の古ぼけた書類を提示する。それを受け取り、目を通したニグンは、言葉を失った。そこに書かれていた人物は、法国にとって最高機密中の最高機密に値する人物であったからだ。
「わ、我が王よ。こ、この方は……」
声を震わせ、ニグンは何とか言葉を絞り出した。だが、リリー・マルレーンの対応は、冷静その物だ。
「そうじゃ。法国最強聖典の槍は、彼の者以外ありえんよ」
「ですが我が王よ、あの御方は何百年も地下に籠ったままで……」
「それに関しては杞憂じゃ。アレは妾が行けば、必ず面会に応じる」
そんな余裕を見せるリリー・マルレーンだが、ニグンはその態度に妙な違和感を覚えた。
リリー・マルレーンの物言いでは、まるで件の人物と親しい間柄の様では無いか? 五百年近く、法国の地下に籠っている人物と。
いや、法皇の真の名であれば、知っていてもおかしくは無い。地下に籠っている者は、法皇リリー・マルレーンの真名の者を封じたとされる者達に近しい人物だからだ。ニグンが思いやむ中、リリー・マルレーンは席を立ち、その者との面談へと向かうため自分に案内を申し出ていた。此の言に、ニグンはゆっくりと頷き了承すると、先に出て法皇執務室を後にした。
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二人は、神宮殿の地下へと延びる階段をゆっくりとした歩調で下って行く。誰もが神宮殿の最地下と思っている場所にたどり着き、通路の最奥にある六大神の遺物が眠る宝物庫へと歩を進める。雑然とガラクタの様な古ぼけた品の中を通り抜け、壁にぶつかると思った時、ニグンの手が動いた。空中で十字を切るような仕草をし、何やら言葉を呟いている。どうやら何かの術式の様だ。一連の儀式が終わると、壁がゆっくりと左右に分かれて行く。その壁に阻まれていた先には、更に地下へと続く階段があった。
ニグンに促され、リリー・マルレーンもその階段を降りて行く。徐々に明かりが遠くなり、代わりに酒気が強くなって行く。
どれほどの距離を下ったのか、突き辺りに鉄製の頑丈な扉が見えた。古く、所々錆つき、一見では牢獄の様に見える。実際、そうなのかも知れない。誰も人が来ない地下深くで蹲る人物にとっては。
ニグンは一度リリー・マルレーンに視線を向けると、扉に向け声を掛ける。
「従属神様、我らが国に皇が立たれました。此処にいらっしゃいます。どうか、扉を御開け下さい」
従属神。そう、ニグンが言う通り、この扉の向こうに居るのは、闇の神と崇められているスルシャーナのNPCである。礼儀正しく言葉を綴るが、扉からは何の反応も無い。
「従属神様……」
再び声を掛けるが、結果は同用であった。困りはて、ニグンは再び視線をリリー・マルレーンへと向ける。リリー・マルレーンもそれを理解し、ニグンを下がらせた。
「妾がこの国の皇となった。うぬに用がある。ここを
ミトラ。リリー・マルレーンがこの言葉を口にした瞬間、扉の向こう側から微かな物音が聞こえた。
「誰?」
か細い声が、それだけを告げる。
「誰? 誰じゃと? うぬが知らぬ訳がないじゃろう?」
「嘘! ま、まさか…………ビクトーリア様?」
「左様。煉獄の王……。いや、うぬにとっては、黄金の魔女 ビクトーリア・F・ホーエンハイムじゃ」
リリー・マルレーンの言葉を確認する様に、扉がゆっくりと開かれた。
部屋の中からは、二十代前半と思われる女性が姿を現した。長い黒髪を、後ろで一つ太い三つ編みにし、瞳はブルーとグリーンのオッドアイ。鎖骨から流れる胸は、豊かに膨らみ、色香を湛える腰つきは誰もが見惚れる物だ。
だが、このミトラが人間種ではないと三つの点が語っている。人のそれと同じ場所に存在する耳は、肉食獣の様な三角を形作っており、左右色の違う瞳は、ネコ科の様な瞳孔を湛える。そして、一番の特徴は、尾骶骨辺りから延びる細く縦縞で彩られた尻尾。
ワータイガー。これが彼女の、ミトラの種族。
ミトラは確かめる様にリリー・マルレーンを視界に納めると
「ビクトーリア様」
ただ、それだけを呟く。
「左様。妾じゃ。久しいのう、ミトラ。何年ぶりじゃ?」
気さくな感じで話すリリー・マルレーンだが、その声は酷く平坦に聞こえた。少なくとも、ニグンにはそう聞こえた。感動の再会、と言う物では決して無いと。
「何年ぶり、ですって?」
呟くような口調だったミトラの言葉に、熱が戻る。一歩一歩確かめる様にリリー・マルレーンへと近付き、その襟元を掴み自身の方へと引き寄せる。
「何をしに来た! 何の用がある! あなたが! あなたが居てくれれば……シエル様は、死を選ばなかった。それなのに、今さら、今さら現れるなんて……」
強く詰問する様な言葉だが、最後の方は泣いている様に聞こえた。突き付けられる言葉に、リリー・マルレーンは耐える様に沈黙を貫く。
光の指し込まぬ地底深くに、ミトラの言葉だけが響いていた。詰り、責め、罵倒していたミトラだが、ゆっくりと感情が溶けて行ったのか、その言葉は徐々に変化していった。
「あなたが、あなたが居てくれれば……」
「……すまぬ」
黙って思いを聞き続けたリリー・マルレーンの言葉は、これだった。たったの一言。謝罪の言葉だった。
だが、この言葉を聞いて顔を上げたのはミトラの方だ。ミトラだって解っている。嫌と言うほど解っている。目の前の人物に、何の罪も無い事を。自らの主人が死を選んだのも、それが彼自身の選択だった事も。
だが、目の前の人物は謝るのだ。責任は全て自分にあるかの様に。ミトラの瞳から、涙が溢れる。それは、無念からか、八つ当たりに対しての後悔からか。
「酷い顔じゃ、ミトラ。せっかく美人に造ってやった物を」
「ひ、酷い物言いです、ね。創造主様」
茶化す様に言葉を綴るリリー・マルレーンに、力一杯否定するミトラ。
蚊帳の外と化していたニグンであったが、聞き流せ無い言葉が飛び込んで来た。
「わ、我が王よ。今、従属神様は、我が王の事を創造主と申されましたが、一体?」
根源的な疑問をニグンは口にするが、リリー・マルレーンは涼しい表情で
「うむ。ミトラは妾が創った最初のNPCじゃ」
真実のみを口にする。
NPCと言う言葉の意味は解らなかったが、この言葉によって、ニグンは身が震える思いだった。自身が信仰する神は、破壊神でありながら創造神でもあったと。そんな感動するニグンを余所に、二人の会話は続く。
「大体じゃミトラ。うぬは何をしておるのじゃ。妾が週給銀貨三枚であくせく働いておるのに、うぬときたら……」
「何百年ぶりの再開だと言うのに説教ですか? ビクトーリア様」
「説教もしたくなると言う物よ。嫁に出した娘と再開して見れば、引きこもりとは」
「ひ! 引きこもり! それは言葉が過ぎると言う物です!」
「何が、言葉が過ぎるですか? このヒキニート」
リリー・マルレーンとミトラの争いに、第三者が油を注ぐ。リリー・マルレーンの背後に立つ影。タナトスである
「誰だお前は?」
ミトラの瞳が細く鋭く変わる。
「あなたの妹、と言う事になります。不祥ながら」
「不祥、だと?」
「ええ。NPCと書いてヒキニートと読む姉上様」
「無礼な……妹とて容赦はせんぞ」
ミトラは不敵な笑顔で、タナトスと対峙する。だが、タナトスの態度はどこ吹く風。豪胆さならば、似た者姉妹と言った所だろうか。
しかし、この場にはもっと上手の者が存在する。姉妹同士のじゃれ合いを、意地の悪い笑みで見つめる者が。
「ふふん。ヒキニートは嫌かえ、ミトラ」
リリー・マルレーンの思いがけない言葉に、姉妹が同時に振り返る。
「ヒキニートは嫌か、と聞いておるのじゃが?」
リリー・マルレーンの二度目の問いに、ミトラは僅かに沈黙し
「と、当然」
肯定の言葉を口にする。下知は取ったと、リリー・マルレーンはニンマリと笑い
「ならば働け。今、この時点から、うぬが漆黒聖典の隊長じゃ」
事も無げに言い放った。
ミトラの各種設定は、独自の物です。
次話からは、新章「王国編 序章」です。
久々に本編合流となります。
感想お待ちしております。