201x年、東京を未曾有の惨禍が襲った。突如現れた悪魔の大群、それを利用して日本を変えようとした女、それらを強引に解決しようと東京に打ち込まれた核兵器。奇跡が起こり、空が岩盤に覆われ、人々は辛くも核の脅威から救われた。しかし、悪魔と共に幽閉されてしまった人々は、地下での生活を余儀なくされる。
そして時は流れ20XX年。湾岸エリアとよばれる場所がある。かつて行政、商業、文化などの広域的な拠点として栄える中心地の一つだったが、悪魔が跋扈する無法地帯と化していた。隆起した岩盤が北東に迫り、南西は海。公共機関が破壊され、老朽化が進む一方の海上を走る道路と地下鉄を徒歩で移動しないと他のエリアに行けない湾岸エリアは、まさに人工の孤島である。悪魔の軍勢が襲いかかったときの惨状は25年たった今でも残されたままだ。下町情緒の残る古きよき江戸の風情と、新しい町並みが混在し、高層マンションが映えた町が荒廃するのははやかった。人がいない町は風化するのも早いのだ。
人間がいなくなった町は、もともと悪魔しかいない有様だった。しかし、スカイタワーを天使勢力が占拠したことで、もともと住んでいた悪魔は追い出され、ここに流れ着く。日を重ねるにつれて悪魔が増えすぎて蟲毒状態となり、おぞましいほどに強い悪魔が跋扈するようになった。彼らの影響で南砂町全体が人間にとって猛毒に汚染されてしまっている。かつて4万人もの人間が住んでいたとは到底思えない有様である。25年前に放棄されたこの町は、風化していく一方だ。そんな、人が住めない土地となってしまった南砂町にも関わらず、ターミナルは設置されている。主な利用者は高レベルの悪魔を退けることができる腕利きの人外ハンターだ。使い物になりそうな物資を探しにやってくるのだ。早々に放棄された町には、慢性的な物資不足に悩まされている東京の人々にとって、ある意味で宝の山なのである。
かつて南砂町駅と呼ばれたターミナルの設置されている地下鉄の一角に、職員が休憩所としていた部屋がある。そこだけ人の生活があるのは、あまり知られていない。大型ショッピングモールから拝借してきたもので埋め尽くされた快適空間の中心で、毛布に包まれている固まりに近づく影がある。
「ミヤコー」
てほてほと真っ赤な長靴をならし、二足歩行の猫が体を揺らす。まだ寝たいと反対側に寝返りをうち、うずくまってしまった彼女に、頬を膨らませた猫は、てえいっとその上に乗っかった。短いうめきが聞こえる。重いから退いてくれとのばされた手を器用に避け、無駄なステップを踏みながら彼女の名前を呼ぶ。
「ミヤコー、ミヤコー!おいら、オナカ減ったゾー!なんか食わせロー!」
赤い羽付きの帽子からのぞく耳が彼女の言葉を聞き取り、むううと猫は口をとがらせる。赤いマントを翻し、サーベルをならし、愛らしい猫の騎士は駄々をこねる。
「やだー!やだー!はやく、はやく、ミヤコー!おいら、オナカ減って死んじゃうゾー!おいらが死んじゃってもいいのカー?」
わめき散らす仲魔の声に寝たふりの限界を感じたのか、もぞもぞした固まりが動き出す。猫の魔獣は、にひひと笑う。
「おっはよう、ミヤコー!」
抱きついてきたおませさんを受け止めて、まだ寝ぼけ眼の彼女は大きくあくびをする。
「おはよう、ケットシー。どこからスリムになりたい?」
抱いていないと眠れない鉄のお守りがケットシーの喉をくいとあげる。銃撃が弱点のケットシーはそのまなざしが本気だと悟って、大慌てでミヤコから離れて、距離をとる。反射的に近くの棚の上まで駆け上がった魔獣は、ぶわっとしっぽを逆立てた。
「えええっ!?なんでだよ、ミヤコー!プリティーでラブリーなおいらになんて言う仕打ち!ううう、ミヤコのいじわるううう」
「どこが意地悪か教えてくれない?ケットシー。普通に考えてアタシの方が被害者でしょ。そしてこれは正当防衛、はい無罪」
「ぜったい違う!っていうか、悪魔の襲撃心配してるの、ミヤコ?え?大丈夫、大丈夫、ミヤコがおいらを守るから!」
「やっぱ昨日精霊にしときゃよかったわね、失敗したわ」
「いやだー!おいらはもっとかわいい悪魔と合体したいんだよう!よりによってショウジョウなんてやだーっ!!ドアマースがいいーっ!」
「あははっ、ドアマースなんて使うわけないでしょ?もったいない」
「やっぱり宝石店と交換する気満々じゃないか、ひっどい!」
ミヤコはスマホを取り出した。新品なのは、先日、銀座にある宝石店にたっぷり精霊を持ち込んだ時に、いつのまにかスマホを落としてしまったからである。予想外の出費だったので、ほしい装備が買えなかったのだ。それを根に持つミヤコのまなざしに、ケットシーは涙目である。たくさんの悪魔を合体させ、精霊アーシーズを作りだし、当時カーシーだった彼で精霊合体したことで、低レベルにはあるまじき性能を持つケットシーは誕生した。なんでも召喚にかかるマグネタイトの消費を極力抑えたいそうである。非常に手間をかけて満足いく性能を出すのに数日かかったのは、カーシー時代の記憶からわかっている。護衛もかねているが、ケットシーから言わせれば自分はいらないくらい、ミヤコは腕の立つ人外ハンターである。
「アゼル」
ミヤコはスマホに入れているAIを起動させた。
『なんだ、マスター』
「邪教の館起動してくれる?」
『了解した』
「やっぱり悪魔合体する気なんだ!?ガーネットかアメジストかパールと交換しちゃうんだー!?ミヤコの鬼!悪魔!人でなし!」
「いい加減黙ろうか、ケットシー。本気でショウジョウと合体させるよ?」
「それだけはいやーっ!」
さめざめと泣き始めたケットシーだったが、ミヤコが振り向きもせず簡易キッチンにいこうとするので、大慌てでおいかける。マグネタイトの供給は充分なのだが、好奇心旺盛なこの悪魔、興味津々なのである。昨日ショッピングモールから調達した缶詰をあけ、なにが入っているのかわからない紫色のパンに挟んで食べる。あいにくこの食生活が人々に定着してから生まれた世代だ、飽きたとは思うが悲壮感はない。人間の食べ物に興味津々のケットシーは、ぺろっと平らげてしまった。ミヤコがおいしそうに食べているから、これが人間にとってはおいしいんだろうと考える。個人的には一昨日のチュパカブラの唐揚げの方がおいしかったけど。それを告げると、ミヤコはないわーと首を振った。まだまだ人間はわからないことが多い。
「今日はなにすんだ、ミヤコー?おいら、いっぱい活躍したいゾ!」
「ちょいまち、調べるから。アゼル、クエストなんか来てない?」
『ああ、人外ハンター商会から依頼が来ているな。ルフとアンズーの定期調達、アルラウネの果実の納品依頼が3件。個人からはサンジェルマン伯爵から宝石の納品依頼もある』
「代わり映えしないわねえ。なんかおもしろいのない?」
『面白いのと言われてもだな、マスターが拠点を変更しない限り、難しいだろう。南砂町の依頼を迅速にこなせるのはマスターだけだからな』
「ま、そうなんだけどね。さて、どうするかなあ。たまには気分転換に討伐依頼でも受けますか」
「おおっ、おいらのデビュー戦!」
『それならちょうどいい依頼がきたぞ、マスター。少々変則だが』
「お、いいね。どんな依頼なの、アゼル?」
『人外ハンター商会の仲介屋からだ。南砂町の南の方角に、不自然な空間のゆがみが発生したらしい。南砂町は今悪魔の蟲毒と化しているから、どんな悪魔が生まれてもおかしくはない。今、フリン奪還に向けて多くのハンターが動いているため手が空いているハンターが不足している。一体なんの異変なのか調べてほしいとのことだ。前金で6万マッカ、出来高で追加報酬を払うそうだ』
「そうなんだ?たしかにこの時期だし、不安材料は消したいわけね。了解。というか、それのどこが変則的なわけ、アゼル?よくある話じゃない」
『この依頼はマスターだけでなく、もうひとりハンターがいる』
「ああ、なるほど?チーム戦ってこと?まあ、一人で行って帰ってこないよりは賢明よね」
『マスターにはガイド分の追加報酬も含まれているそうだ』
「ここに初めてくるハンターってこと?なんで?普通、ここに慣れてるハンター派遣するもんじゃないの?」
『依頼者は人外ハンター商会だ』
「直々の割に中途半端な依頼ねえ。その他のハンターって誰?」
『数日前に登録したばかりだが、フリンを上回る勢いでランキングを駆け上がっている《期待の新人》だ』
「それってクリシュナ復活させたっていう新人君?ダクザとかいう魔神に憑かれてるってもっぱらの噂の?」
『そうだ』
「あー、了解。つまり監視役になれと」
『そういうことだ』
「本部直々の依頼じゃ断れないじゃない。わかったわ、受けるわよ」
ミヤコは先行きが不安なのか、ためいきをついた。