賛美歌が聞こえる(女神転生Ⅳ)   作:アズマケイ

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第4話

ナナシは神殺しになる数日前から不思議な夢をみるようになっていた。

 

 

ある時はツギさんと共に悪魔に取り囲まれた中、大立ち回りを演じる。フリンに親しげに呼びかけられ、手を取ろうとする。キヨハルと共に姉を捜す。巨大な繭を必死でかき分け、ケンジと中にいる誰かを助け出そうとする。共通点はアキラと呼ばれており、ナナシもそれを当然と受け止めていることだ。いつも目覚めるたびに感情を高ぶらせ、ナナシの体を緑に輝かせた。

 

 

ナナシは複雑である。アキラは人外ハンター商会のタブーなのだ。人外ハンター商会を立ち上げたツギハギたちの友人であり、若くして悪魔討伐隊に入隊したという少年。25年たつのに悪行はよく知られている。スカイタワーをひたすら登るというシンプルな考えを提唱した人間だった。東のミカド国と東京がつながるトンネルを造る計画の第一人者として、ツギハギたちと空を目指した。一度は岩盤の上に到達したところまでは評価できる。問題は天使たちが東京の人間をケガレビトとよび、東のミカド国と交流することに激怒し、殺戮に走ったとき、撤退するツギハギたちに刃を向けたこと。要するに裏切り者の代名詞なのである。ナナシがダグザの件やクリシュナの件が露見したとき、真っ先に言われた言葉でもある。ナナシは連日のようにみる夢のためか、どうにもアキラが裏切り者のようには思えない。なにより、ツギさんと呼び始めたのがアキラであり、人外ハンター商会の創立者であるツギハギがハンターネームであり、本名ではないと知ったあたりからそれは確信があった。

 

 

出頭命令が出て、ツギハギたちと対面したとき、それは確固とした事実としてナナシの前に現れた。ツギさんはツギハギだ。だいぶん年を食ってはいたが、間違いなくツギさんだった。さすがに口には出さなかったが、ツギハギたちの言動がナナシを見た瞬間に一変したのは間違いない。仲間たちはずいぶんと辛辣に当たると戦々恐々していたが、ナナシだけは受け取り方が違った。彼らはナナシの向こうにアキラを見ている。それだけ似ていたのかもしれない。初めて出会ったのはナナシと同じくらいだそうだし。ツギハギたちから向けられたのは、長きにわたる修羅を共にくぐり抜けた戦友同士だからできる苛烈な問答だ。容赦なく向けられる言葉の刃、期待しているのはおそらく、ツギさん、もしくはお久しぶりです、そういった一言だった。

 

 

正直、ナナシは不愉快だった。アキラはおそらくナナシにとってとてもつながりが深いのだ、間違いなく。何度も実体験として夢を見ればイヤでもそれは思い当たる。でも、ナナシはナナシである、アキラではない。まして、悪魔討伐隊としてツギハギたちと共に東京を守ろうと奔走した少年ではない。あのとき、あの瞬間が初対面だったのだ。人外ハンター商会の創立者としてあるまじき態度である。ナナシの評価はそこにはなかった。アキラとしての過去が間違いなく過大評価を生んでいた。誰もナナシをナナシと見てくれなかった。不愉快でたまらない。アキラはナナシにとって、所詮踏み台となるべきものでしかない。利用するものはなんでも利用するのだ、ダグザの神殺しとして契約したのも、クリシュナの封印を解いたのもすべては同じ。ナナシのことを認めさせるための足がかりでしかない。ダグザは他者に依存するなどバカバカしいと一笑するが、ナナシにとっては自分がここにいると知らしめることは命題だった。

 

 

孤児で名前がわからないからナナシと自分でつけたのだ、物心つく前の子供が。周りがミナシゴとかナナシノゴンベエとかいうから、それが自分を示す名前だと勘違いして。名前は、ととうちゃんと呼ぶことになる人に聞かれたとき、ナナシと名乗って驚かれて初めて自分の名前ではないと知ったのだ。その衝撃と惨めさと言ったらなかった。もうナナシにとって、ナナシという言葉以外しっくりこなくなっていたから、ナナシでいいやとなったのだ。名前をつけようかと提案こそあった。あんまりだ、孤児だから、名前がわからないからナナシだなんて、引き取った俺が笑われる。そう渋られたが、ナナシはナナシだからナナシがいいと駄々をこね、結局このいびつな名前となったのである。そんなナナシにとって、アキラという赤の他人と同一視して対応されることは屈辱の何者でもなかった。ふざけるなと思った。かつての盟友と同一視して、裏切るなよと言われたとき、怒りが爆発したのだ。

 

 

「誰と重ねてるのか知らないが不愉快だ。そんなの知るか、くそくらえ」

 

 

不思議なことにツギハギとフジワラは怒らなかった。むしろ、裏切りませんと握手を交わすよりよほど信用できると笑った。やられたと思った。きっとこうやって本音を聞き出したかったのだろう。二人の反応が歓喜に沸いていたことから考えても、きっとこの反応こそが求めていたものだったのだろう。その誰かに心当たりがなければまず出てこない言葉でもあるし、アキラと似たような反応だったのかもしれない。脱却できない自分に嫌気がさす。それでも、ツギハギからナナシという名前は覚えておこうと楽しげに言われたとき、うれしかった。我ながら単純すぎて笑える。すまない、と言われたとき、すっとしたのは事実だ。

 

 

ダグザに他者に振り回される哀れさを笑われたが、バツ悪くなって沈黙を貫いた。周りの反応が一変しても、一貫して必要としてくれているダグザに協力する気でいるのは変わらないが、すかっとした。これでいい。できればもう本部にはいきたくない。そう思った矢先、その本部連中から直々にクエストが来たのである。報酬が破格だった。シェーシャ討伐と悪魔の殲滅を前に装備を一新するには軍資金が足りず困っていたときの通知である。狙ったようなタイミングだったから、行くしかなかった。

 

 

そこで出会ったのがミヤコなのだ、もう笑うしかない。

 

 

ミヤコはナナシに初めてあった対応をしたから、夢を見たことはないのだろう。ナナシはイヤと言うほどミヤコが夢の中に出てくるから知っているのだ。名前は違うけれども、アキラの年の離れた姉は間違いなくミヤコである。もしかしたら、という期待はあった。ナナシは孤児だ。自分がどこの誰かしらない。錦糸町に流れ着いたのだ、どこの人間かすらわからない。

 

 

気づいたら一人でストリートチルドレンをしていた。遺物漁りをしてその日暮らしをしていた。悪魔に食われるか、悪い大人に暴力を振るわれるかのどん底の生活をしていたら、アサヒと出会った。数回の交流のあと、錦糸町に悪魔がやってきてまだハンターをしていた父ちゃんに助けられたが、ストリートチルドレンの仲間はみんな食われた。アサヒの母親も食われた。父ちゃんが人外ハンター商会のバーのマスターが死んだため後を引き継ぐことになり、男手が足りないからと拾われた。それからアサヒは義理の姉か妹みたいなものだ。

 

 

そんなナナシにとって、自分とよく似た顔をしているであろうアキラの姉はかなり気になる存在だ。しかもうり二つのミヤコは、生き別れの姉かもしれないと思うくらいには期待させる人間だった。ダグザが小僧の親族かと口走る程度には似ている。しかし、今のところは全く意識していない。残念だ、とらしくなく落胆するくらいにはナナシはこのクエストを満更でもなく感じていた。フリンによく似た青年やアキラのことを考えれば、どちらも知っている人間には転生なんて馬鹿げた言葉がよぎるくらいには似ているらしい。ツギハギたちがクエストをよこした理由がなんとなくわかった気がしたが、それに感謝するのはしゃくなのでクエストをこなすだけである。

 

 

 結界を突破した先で、ナナシが見たのはなにもない新宿である。悪魔も人間もいない。ただ荒廃しきった新宿の街並みが広がる。

 

『アキラ』

 

姿をとらえることができないほど、高速で動く人間だった。いや人間というのもおこがましい、人間だったなにか、である。

 

『アキラアキラアキラ』

 

ナナシは目を見開いた。ナナシはこの声を知っている。

 

『アキラアキラアキラアキラアキラ』

 

腐り落ち、ぽっかりと空いた二つの黒い穴からどろりとした黒い液体を垂れ流し続けるそれは、歩く屍というにはあまりにもオゾマシい異彩を放つ。喉をふるわせる独特な声が脳内に響く。けだるい甘さがあった。

 

悪魔にエストマを命じようとするが、逃走の成功する確率は0パーセントが踊っている。悪寒が走る。ナナシが逃げようとする先を潰すように放たれたどろりとした黒いものはすべてを飲み込み、黒い波紋が広がっていく。近くにいた悪魔がその泥をかぶった瞬間、すべてが溶解した。スライムに変化し、消えていく。現界するためのマグネタイトが足りなくなったのだ。それだけでは足りず、すべてが黒い泥の中に溶けていく。どうやらすべてマグネタイトに変換するとんでもない悪魔のスープでできているようだ。一体どんなことをすればこんな悪魔ができるのだろうか。

 

『どこ、どこ、アキラ、アキラ、アキラ』

 

ずるずる、ずるずる、と声が近づいてくるにつれて、なにか重いものを引きずっている不気味な音がこだまする。ナナシはそれを知っている。

 

それは、アキラが懸命にケンジと共にかき分けた巨大な繭だ。真っ白な繭だ。天使が選ばれし人間だけを誘拐し、放り込んだオゾマシい機械。神の御心に沿うよう改造を施すための装置。今の東のミカド国の祖先になった改造人間にするための装置。天使の力が動力源だった。空高く誘拐しようとした天使たちを殲滅して繭は墜落した。そしてアキラはケンジと繭をかき分けた。誘拐された姉を捜して。そして、どうなった?

 

「なにをしておるのだ、小僧!死にたいのか!」

 

視界が炎に包まれた。ナナシはアエーシュマの言葉に我に返る。どうやら勝手にスマホから出てきたようだ。ダグザはあきれている。黄泉がえりの力を使えば、何度でも蘇生が可能だが、それを当てにして何度も死なれたら面倒だからとダグザは基本的に助言はするが手は貸さない。自分で考え、行動し、責任を持つことを繰り返し説いている。それがダグザの求める神殺しの条件だとうそぶいて。未だに神殺しの意味が分かっていないが、他者の存在に振り回されるたびにダグザの眼孔が鋭くなる。徹底した個人主義がお好みのダグザは、交渉で悪魔を引き入れること、交流を持つこと自体に難色を示している。悪魔召還プログラムがなければ人間は悪魔と対等に戦えないため渋々許している状態だ。さぞお気に召さないにちがいない、ダグザの言葉はひどく寒々としている。

 

女の悲鳴が聞こえる。アキラ、と居もしない誰かを捜しまわる繭と一体化した化け物は、黒い液体を垂れ流しながら這いずり回っていた。どうやら炎が効果的なようだ。

 

空気が焼かれて呼吸がままならない。立ちこめる黒煙が悪魔の位置の補足を邪魔する。濃厚すぎるマグネタイトがあたりを支配している。感覚が麻痺してぼやけてしまっていた。それを突き破ったのは、爆発的な炎だった。

 

ミヤコだった。

 

 

「やっぱこいつで正解みたいね。買いだめしといてよかったわ」

 

 

炎属性を付与した特別製の弾丸によってえぐられた跡が地面に刻まれる。すべてを溶かし、マグネタイトに変換する蟲毒の液体にも効果は抜群なようで、あきらかに蒸発しているのがわかった。

 

 

「ミヤコー、おいらどうする?これ使う?」

 

「そーね、頼むわ」

 

「りょうかーい!殺戮だー!」

 

 

ケットシーが斬撃を繰り出す。どうやら炎属性の効果が付与されているようで、掠った傷口から勢いよく蛍光色の緑が吹き出している。やっぱ悪魔と合体した剣はひと味違うとケットシーはご満悦である。

 

 

「悪魔と合体・・・・!?そんなことができるのかね!?」

 

「シュミットっていうのよ。まー、一部のコミュニティでしか流通してないっぽいし、驚くのも無理ないわよね。ここで生きて帰れたら紹介してあげてもいいわよ、ナナシ」

 

「へ、言ってろ」

 

「ほらほら、ぼーっとしてないで援護してよね、ナナシ」

 

「言われなくても。ほら、退いてろ。巻き添え食ってもしらねーぞ」

 

「え、ちょ、容赦ないわね?!」

 

 

とりあえず、敵が近すぎる。戦闘はもっと遠くで行いたいのだ。足りない力は流れた血の分だけ供給されるダグザのマグネタイトを溶かして吸収する。ナナシの体から発光色の光がこぼれ落ちる。緑色の鮮やかな瞳が開かれたとき、砲台から火炎放射が放たれた。降り注ぐ炎に身を焼かれながら絶叫する繭の女めがけて連打を浴びせる。よく燃えているが効いている気配がない。さきほどミヤコが放った炎属性の銃撃を喰らわせたときの方がよっぽど効いていた。これはどろどろの液体の方が本体だろうか。ナナシは息を吐く。意識を集中させる。ケットシーとミヤコはナナシを守るように前衛にたち、攻撃を続けた。液体が蒸発するにつれて、繭の女の絶叫は小さくなる。

 

あたりは焦げ付いた大地が燻され、焦げ臭い。

 

異空間を形作っている闇が見えてきた。このまま砲台を発射させようとしたとき、繭の女を中心に毒々しい紫が渦を巻き、そして空間ごと世界を飲み込んだ。どうやら広域魔法である。ケットシーの悲鳴が聞こえた。アエーシュマのうめきが聞こえる。ナナシの世界は暗転した。またダグザの力を借りて蘇生するのか。この調子だとミヤコは死んだのだろうか。舌打ちしたナナシに、ダグザが笑う。

 

 

『小娘は奇妙な術が使えるようだな』

 

「は?」

 

 

ガラス玉が砕け散るような、きれいな音がした。濁りきった闇に取り込まれ、影に取り込まれていきそうになった体が蘇生される。ナナシがよみがえるとき感じるあの感覚だ。留まっていた血の巡りが再開し、マグネタイトが隅々まで流れていき、とけ込み、一体化していく。静かだった。体の中で血液ではない何かが静かに脈動しているのがわかる。手のひらにある傷は緑色の蛍光色を発している。生命の危機になると赤く揺らめくが今は元気な証拠だ。

 

 

思わず周りをみる。ケットシーとアエーシュマがいる。無傷だ。スマホを見れば魔法力も体力も全回復しているのがわかる。てっきりナナシをかばって吹き飛んだと思ったミヤコの体が五体満足で存在している。ただその表情は不機嫌そうだ。

 

「あーもー、こんなとこで死ぬなんて計算外もいいとこよ。ナナシ、今のうちに撤退しましょ、これじゃ埒があかないわ。あの悪魔、アタシたちが死んだと思ってどっかいったみたいだし」

 

「アンタ、なにしたんだ?」

 

「ん?見てわかんない?リカームドラよ」

 

「はあっ!?」

 

 

リカームドラは自らの命と引き替えに仲間の魔法力と体力を全回復する捨て身の回復魔法である。ナナシも一度、資金繰りに困り手を出そうとしたことがあるが、ダグザに黄泉がえりを拒否されそうになったため泣く泣く止めた。リカームドラで他の仲間を回復させ、サマリカームという蘇生魔法で復活させれば簡単に全回復できるとミヤコは笑う。

 

 

「まあ、アタシの場合、アンタと違って1回しかできないんだけどね。下準備しないといけないから、戻りましょ」

 

「・・・・・なにしてんだよ、アンタ」

 

「質問はあとで受け付けるわ。まずは今回わかったことを本部に報告するのが先よ。元手がないとね、何事も」

 

「おう、わかった。あとで説明してもらうからな」

 

「りょーかい」

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