賛美歌が聞こえる(女神転生Ⅳ)   作:アズマケイ

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第5話

ナナシはミヤコの拠点である南砂町駅に戻ってきた。適当にくつろいでいて、と自室に案内され、周りを見渡す。ミヤコは一角にあるパソコンを立ち上げた。報告書を作成しているようだ。ナナシが背の低いテーブル前にあぐらをかくと、暇らしいケットシーが構え構えと飛びかかってくる。かれこれ30分ほど格闘していると、仕事を終えたミヤコが大きく伸びをして立ち上がった。何か飲むか聞かれて、適当に答える。

 

 

「返信が来たわ。追加報酬が振り込まれたみたいよ」

 

 

ナナシはダグザに呼びかける。今回は8万マッカである。ナナシがほしい金額にはまだまだ足りない。いつ止めてもいいし、いつ再開してもいい、とかかれているが、軍資金が足りないのは創立者側も知っているはずだ。どうする、と聞かれ、まだ金が足りねえからいる、と返した。朗報ね、とミヤコは笑う。一人でこなすには荷が重いらしい。

 

 

アサヒから現状報告のメールが届く。あちこちで地下鉄内に悪魔が入り込んでいるようで、助力を求められ、錦糸町までたどり着けないようだ。大丈夫?と心配そうな言葉が並ぶ。素っ気なく、でも簡潔に返信する。無茶はするなよ、悪魔呼び出せないんだから。ありがと、とやけにうれしそうな顔文字が返ってきた。

 

 

湯気が立つ見た目だけならおいしそうなホットココアが渡される。もちろんレプリカだ。ごぽごぽうごめき、泡立っていることを気にしなければわりといける。どのみち25年前よりあとに生まれた世代はココアなるものを飲んだことはないのだ、違いなんてわからない。

 

 

ケットシーがカップから逃げ出した茶色いスライムと格闘している。笑いながら眺めているミヤコにナナシは言葉を投げた。

 

 

「教えてもらおうじゃねーか、ミヤコ。アンタが生き返った理由はなんなんだ?」

 

「簡単にいうと、悪魔に代行してもらったのよ」

 

「なんだそりゃ?」

 

「なんでもお婆ちゃんが高校生の時、悪魔の世界に高校ごと飛ばされるって言う事件があったらしくてね。お婆ちゃんは数少ない生き残りだったらしいのよ。それで、生き残れた理由がこれ。アタシは降魔って呼んでるわ」

 

「ごーま?」

 

「悪魔の魂を自分の体に憑依させてその能力を得るわけ。この状態で死ぬと、悪魔の能力を自分のものにして復活できるのよ」

 

「それってオレと同じで死なないってことか!?オレの場合はダグザだけど、アンタは悪魔を付け替えられるってことだろ?」

 

「まあ、失うものが変わっただけよ」

 

「そういう家だったのか?」

 

 

ミヤコはまさかと自嘲して首を振る。

 

 

「そうだったら、アタシだけ生き残るわけないわ。お婆ちゃん頼って六本木まで行けるわけないでしょ」

 

「ふーん?」

 

 

六本木に頼る人間がいるなら、なんでまた錦糸町に拠点を置いているのか。ついでに両親や親類は全滅したような口振りだが、なにがあったのか。気になりはするが、論点はそこではない。機会があればまた話が聞けるだろう。ナナシはあえてスルーした。

 

 

「お婆ちゃんが元の世界に帰ってきたらできなくなったらしいわ。そういう家系だと思って調べたけどこれといった謂われはなかったみたい。でもまあ、適正があったのよ、たぶんね」

 

 

そして説明が始まった。あらかじめ悪魔を守護霊として降ろしておかないと、憑依させる悪魔がミヤコの体と心を乗っ取り好き勝手してしまう。そのため守護霊の悪魔よりレベルの低い悪魔を降魔させることで未然に防ぐ必要がある。ミヤコは幸運にも悪魔に殺されかけたとき、この降魔の力が覚醒し、近くを通りかかった悪魔が守護霊になることを快諾してくれた。紹介するわね、とミヤコはスマホを差し出した。

 

 

そこには澄んだ赤紫のローブをかぶった男がいる。癖のある黒髪と黒い目をした褐色の男だ。普通の人間に見えるが背後に見え隠れする白い翼が人外だと知らせている。

 

 

『初めまして、神殺しのナナシ。そしてダグザ。オレは砂漠の神アシズとかつて呼ばれていた者だ。信仰していた人間がいなくなったあと、天使どもの勢力に取り込まれた際、アゼルという名に変えられた。どちらでも構わん、好きに呼べ』

 

「じゃあ、アンタは天使たちの勢力なのか?アゼル」

 

『東のミカド国の勢力なのか、と言われればそうだと答えるが、殺戮の天使どもの勢力かと言われればそうではない。天使とて一枚岩ではないのだ、ナナシ。人間を管理すべきではなく、人間の意志に任せることこそが神の御心にそうと考えているのだ、オレたちは』

 

 

その言葉にナナシの瞳の奥が揺れる。

 

 

「一つ聞いていいか、アゼル」

 

『なんだ』

 

「ミヤコの守護霊してんのは、マンセマットの指示かよ?」

 

 

アゼルは意味深に口元をつり上げるが、真意は見えない。ただ紡がれる言葉はとても楽しそうだ。ミヤコは不思議そうにそのやりとりを見ている。

 

 

『オレはミヤコやお前のような人間が好みでな、人が人であろうとする限りは助力することもいとわないことにしているのだ。通りかかったのは全くの偶然だ。あの時、オレの守護するにたる人間がミヤコしかいなかったというだけのことよ』

 

「どーだか」

 

『ずいぶんと嫌われたものだな』

 

『ナナシよ、オレの神殺しよ。くれぐれもこの悪魔の甘言に乗るんじゃないぞ。小娘の守護霊だとしてもな』

 

「へーえ、アタシのこと、認めてくれるんだ?」

 

『黄泉がえりの手間を省かせてくれた貸しはいずれ返すつもりだ。小娘どもが挑む結界の先は、どうやらその術式が必須のようだからな。せいぜい、小僧を守れ』

 

「いわれなくても守るわよ。ナナシの魔法、まるで大砲みたいだったもんね、すごい威力じゃない。あれがないとあの悪魔は倒せそうにないし」

 

「なに勝手に決めてんだよ。オレはアンタに2度も助けられてんだ、まだ借りを返してねえんだよ。それまで死ぬな」

 

「死ぬなってこれまたきっつい縛りねえ」

 

 

けらけら、とミヤコは笑う。ナナシと同じだ。臨死体験を幾度もすることで死への恐怖が希薄になっている。ナナシは唇をかんだ。不機嫌になってしまった理由がわからないミヤコはどうしたの?と首を傾げる。いらついたまま、ナナシはなんでもねーよと息を吐いた。

 

 

「それより、アゼルはスマホに住んでんの?よく落としたとき、こっちに置き去りにしなかったな。アエーシュマみたいに」

 

「それはいわない約束でしょ?ナナシ。分霊呼び出したら、えっらい怒られたの思い出しちゃったじゃない」

 

 

うへ、とミヤコは肩をすくめた。ダグザと同じくスマホを通信手段としているが、常時憑依している状態のため脳内会話だけでも可能だ。ミヤコが思考の邪魔だからと便宜優先で行っているだけらしい。アゼルは自立的に行動するため、時々ミヤコと相反する行動をとるが、それは承知の上とのこと。

 

 

「そんな便利なもんじゃないわよ、アゼルが降ろしてる悪魔を制御してくれないとアタシの体と心は乗っ取られる訳だしね」

 

『安心しろ、マスター。マスターがオレを楽しませている限り、オレがマスターを裏切ることはない。人から離れていくのならば、せめて人らしくありたいと立てた誓いを破ることがなければな』

 

「そうはいっても基準が曖昧すぎてどうもねえ」

 

「乗っ取られたらどうするんだよ?」

 

「どうしようもないわよ。アゼルが代わりに人格として現れて行動するのか、降ろしてた悪魔が憑依して活動するのか、どっちからしいけど。そもそもアゼルよりレベルが高い悪魔は降ろさないから、アゼルのさじ加減ひとつなのよね。まあ、どうしようもないわ、この力に目覚めなきゃアタシは死んでたんだ。拒否権なんてある訳ないのよ、はじめからね」

 

「オレと一緒か」

 

「あー、やっぱその傷がきっかけ?」

 

 

ミヤコの目線は頬を大きくえぐる悪魔の爪の痕に向けられる。反射的に緑色に発色するそれをなぞるナナシは、こくりとうなずいた。親近感が沸いたのかミヤコは笑う。

 

 

「ここまで来てわかったと思うけど、南砂町ってあの橋と地下鉄を歩かないと脱出できないでしょ?ターミナルなんて、設置されたのフリンが来てからだもの。もし、閉じこめられた人たちがいたらどうなると思う?」

 

「面倒なことになるな」

 

「でしょ?外は悪魔が闊歩してる。人外ハンター商会なんてない。もちろん悪魔に対抗できる人なんていない。ここに閉じこめられてもみなさいよ。正気でいられるわけがないわ。ま、つまりはそういうことよ。だからみんな、あっちを目指したのよ」

 

 

ミヤコが指さしたのは巨大なアミューズメントパークである。食料や物資はここより豊富にちがいない。

 

 

「それでも25年も経てば物資が尽きてくるわ。そのうちみんな限界を感じたらしくてね、争いが耐えなくなったのよ。ところで天王洲の事件は知ってる?」

 

「天王洲?天王洲ってあのやたら遺物がでてくるターミナルか?あそこってなんかあった?」

 

「あー、やっぱ知らないんだ。ま、簡単に言うなら、あそこの人たちも外に出られないままシェルターで25年も過ごしたから気が狂っちゃったのよね。食料も尽きて、飢えた人たちは、一番手短なところから食料を得ることにしたのよ。ただ精神的に耐えられないから、牛頭の魔神を崇めて貢ぎ物を捧げることでそのオコボレという形でね。牛の神を崇めていながら牛を食べるっておかしいと思わない?」

 

「おかしいな、それ。普通、避けるだろ」

 

「そ、つまりはそういうことよ。必要だから作ったわけ、神様を。そしたらマジもんの神様が降臨したもんだから。いよいよみんなマグネタイトの供給ラインになっちゃったみたいでね。今となってはルシファー勢力に1体追加されちゃったってわけ。言えるわけないわよね、これは牛の肉だっていうしかないわよね。アタシたちの世代は牛の肉の味をしらないわけだから?」

 

「似たようなことが起こったのか、アンタんとこにも?」

 

「そーいうこと。見たらわかるけど、このあたりの悪魔って桁違いに強いでしょ?一緒に逃げたお父さんもお母さんも成す術がなかったわ。アタシだってアゼルが応じてくれなきゃ死んでたわ」

 

「そーか」

 

「うん、そう。実力付けて帰ってきたわけ。あのときひどい目に遭わせた奴らがどうなってるか興味半分でね。見ての通りもぬけの殻だったんだけど。悪魔に襲われたのか、逃げたのかはわかんないけど・・・・・・・たぶん、死んだんでしょうね。一応、生まれ育ったとこだし、離れがたいからここにいるのよ、アタシ」

 

「ふうん」

 

 

ナナシは落胆する自分に気づいていた。ミヤコはナナシの姉ではなさそうである。

 

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