ミヤコにつれられて、ナナシがやってきたのは銀座だった。神の御業戦争前は歴史のある商業地区であり、高級歓楽街でもあった銀座は、かつて明治という遙か昔の都市計画が残る優雅な雰囲気の街だったらしい。格式や伝統にこだわりすぎた結果、高級ブランド店や老舗が建ち並び、時価も高いことで有名だったらしい。アートの街とも呼ばれ、大小さまざまな画廊が集まり、その数は世界一とうたわれたことがあったそうだが、今は昔の話である。その名残だろうか、複数の地下鉄が乗り入れていた関係で地下街はすさまじい広さを誇り、様々な商店が軒を連ねている。
たとえば、かつては邪教の館とよばれ、今は業魔殿と呼ばれている悪魔合体を行う専用の特殊な施設。悪魔合体のアプリの主であるミドーによく似た老人を立派な額縁で飾っているそこは、ヴィクトルという何年立っても外見が代わらないことに定評がある眼力の鋭い外国人の男がオーナーをしている。表向きはホテル、もしくはターミナルを保有する巨大な客船を利用した海上ホテルを運営しているが、巨大な合体施設を有しているため、もっぱら宿泊するのは裕福層のクライアントやハンター商会などの重役達。会合に使用されているようだ。ミヤコ曰く、ここはチャネリングなどを利用して召喚する守護霊や守護天使の能力を向上させる数少ない施設であり、よく利用しているという。ここでは悪魔を愛用する武器と合体させることで属性を付与したり、特定の悪魔に対する対抗策を作成するのに重宝しているらしい。
ミヤコが受付を顔パスで通り抜け、慣れた足取りで豪華絢爛な螺旋階段を上っていくと、真っ赤な絨毯の先に豪奢な扉があらわれた。その傍らにはメイド服をきた無表情の女性がたっている。美人だがあまりにも冷たい印象を受けるのは、血が通っていない真っ白な肌のせいだろうか。
「お久しぶりでございます、ミヤコ様」
「久しぶりね、メアリ。オーナーはいる?」
「申し訳ございません、マスターはただいま大事な案件を抱えておりまして数日戻らない予定です。お急ぎですか?」
「あ、そうなの?残念。まあ、いいわ。他で調達するから。ねえ、こないだ頼んでたのできてるかしら?取りに来て欲しいって連絡あったと思うんだけど」
「はい、こちらでお預かりしておりました武器の新調が終わりましたので、お返しいたします。少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げ、機械的に微笑んだ彼女はくるりと後ろを向くと奥の扉に入っていった。
「なあ、ミヤコ」
「なに?」
「あいつ、悪魔?にしてはマグネタイトが少ないけど。でも人間じゃないよな?」
「お、さすがは神殺し。マグネタイトで判別するとか悪魔じみたことするわね」
「これが一番楽なんだよ、人間に化けるやつもいるから」
「なるほど。じゃあ教えてあげるわ。あの子は造られた悪魔、通称造魔って呼ばれているお人形さんよ。いわば使い魔ね。ここのオーナーは優秀な悪魔合体士でね、悪魔と人形を合体させて生命を作り出すことにご熱心なのよ」
「へえ」
「いろんな組織が合体施設を造ったり、秘術を研究してるけど、やっぱここが一番精度的に安定してるのよ。うーん、いつもはここで悪魔を降ろしてるんだけど当てが外れたわ。降霊の術はヴィクトルじゃないとできないのよね。仕方ない、別のところに行きましょう」
「じゃあヴィクトルって奴が武器合体もやってんのか?」
「いいえ、それはムラマサって人が担当してるわ。職人気質だから気に入られないとやってくれないけどね。気になるなら、ハンター商会でムラマサさんが悪魔を求めてることがあるから受けてみたらどう?なんかいもやってれば顔なじみになって造ってくれるようになるわよ」
「ふーん、そっか。わかった、覚えとく。俺は魔法が主体だからあんまり使わないけど、槍とか使う奴いるしな」
「仲間想いね」
「ちげえよ」
くすくす笑うミヤコにナナシは目をそらした。しばらく待っているとメアリがミヤコの武器、いくつかのガラスでできたケースを差し出してくる。それを受け取ったミヤコは、業魔殿を痕にした。
ミヤコがいく店はブラックカードがなければ、門前払いをくらう店ばかりだった。
悪魔や悪魔召喚士を相手にマグネタイトの売買を行う特殊な店、生体エナジー協会。かつて魔界でのみ流通していたマッカという通貨は、文明が崩壊して25年たつ東京ではかわりに流通しているのだ。本来、生体エネルギーであるマグネタイトは電気のようあものでためておくことができないエネルギーなのだが、ここでは特殊な方法でストックをためることができるのだ。悪魔を倒したあと、その残滓をスマホに吸収することができるのはこの技術の応用だといわれている。大穴があき、月齢が復活した東京では今まで枯渇など心配しなくてもよかった悪魔達は月齢によって必要なマグネタイトが変動するようになり、その価値が増している。一定しない悪魔のマグネタイト量は召喚するときの枷にもなりつつある。ストックはあって損はない。もっとも、常時ダグザというケルト最高神の眷属という状態であるナナシには不要な心配だ。あるいは金に困ったときの最終手段で自身のマグネタイトを売るということも可能である。ミヤコは苦笑いしている。駆け出しの頃はよくここにきてくれたと店主は笑っている。マグネタイトの枯渇は悪魔にとって死活問題である、最悪、ここで金を払えば消滅は免れるのだ。まさに地獄も金次第である。
あとは、いつもナナシが利用しているヒールスポットである、回復ポットではなく、正真正銘の回復に特化した施設があった。神話世界の悪魔達が地上に進入してきたとき、壊滅的な悪魔の活動により竜脈が活性化、かつて奇跡を起こした聖地が復活したらしい。回復の泉の精霊はそこを守護する者である、とよく利用するのにようやくその正体を知ったナナシは、その豊満な体の女性はすさまじい年上だとしって絶句している。驚くところが間違っているとミヤコは笑った。その聖地の管理者である精霊や神霊にマグネタイトを与えることで回復力を利用できるのは当然のこと。ナナシのよく利用するところと違うのは、回復に必要な特技を持っている悪魔を強化できることだ。ナナシが食いついたのはここだった。
さっそく召喚した回復要因の悪魔を預け、お金を払う。強化して欲しいスキルが提示され、レベルをあげなくてもいい快適さにナナシはうれしそうだ。お金はかかるが、ミヤコはそれくらいなら、とブラックカードを出してくれた。これはミヤコとクエストをこなすときは必ずこなければいけないとナナシは密かに決意する。よこしまなガッツポーズに隠れてないわよと苦笑いしてミヤコは先を促した。
ハンター商会や阿修羅会とはちがった繋がりから武器や防具、特殊装備を販売している店、チェーン店なのかいつでもどこでも同じ店主がやっているという薬局。今回は特に用はないとミヤコはスルーしたが、どうやら一定以上のランクのハンターでなければ入れない会員制のクラブやバーがあるようだ。ミヤコの財布には高級会員制クラブのカードがあったはずである。お酒が飲めない年齢にはまだ早いとミヤコは笑うが、文明が崩壊してからはや25年である。法律もなにもないと思うのだが、その時代を知る人間がまだ生きているのだ、しばらく20歳以上は飲酒禁止という文化は続くだろう。
いつもとは違う雰囲気の店を練り歩き、はやくハンターランキングをあげたくなってきているナナシにミヤコはつれてきた甲斐があったとうなずいている。焚きつける意味もあったし、気分転換の意味もあったのだ。そしてミヤコはようやくお目当ての店を見つけたらしく、入っていく。ナナシも後に続いた。
「やあ、ミヤコちゃん。久しぶりだね、元気そうでなによりだ」
気さくに話しかけてきた男性に、ミヤコはどもと笑う。
「そこにいるのはミヤコちゃんの彼氏かい?」
「なにいってるんですか、マスター。せめて弟でしょ」
「いんやわかんないぞー、君はあれだろ?最近噂の神殺しくん。それくらいの実力者ならミヤコちゃんのお目にとまるんじゃないかい?」
「冗談も休み休みいってよ、マスター。今、大事な任務中なんだから」
「ああ、わかってる、わかってるとも。ミヤコちゃんがここにくるのはたいていそういう時だからね」
マスターはナナシにウインクする。なにしてんの、とミヤコはあきれ顔だ。たしかにミヤコの言うとおり食えないおっさんである。
そこは悪魔の流通を取り仕切っている業者の組合だった。そこで行われているのは悪魔召喚プログラムのネットワークを持つ者達だけが許されている仲魔の売買だ。その仲介をしている者達の集まりなのだ。方法は2つある。相手が提示する金額を支払い悪魔を買う方法、もしくは売る方法。そして相手が指定した悪魔を提示することではじめから提示されている悪魔を入手できる交換を前提にした方法。ここで人気があるのは「特定の強化系魔法を得意とする悪魔」や「特定種族の悪魔」、「非常に珍しい悪魔」である。報酬として追加で悪魔やお金をもらえることもあるそうだ。悪魔召喚プログラムが使用できない今、後者の方法は停止状態である。悪魔召喚士ばかりの店である。致し方ない。ミヤコが選んだのもやはり前者の方法だった。
「状態異常と呪殺に強い悪魔がほしいわ。できれば火の魔法に特化したやつ。お金に糸目はつけないから、できればレベルが上限のものをお願い」
ナナシは目を丸くした。ここにつっこみに定評のある相棒がいれば、悪魔合体で今まで稼いだ金を一瞬で一桁にかえるリーダーがいうことじゃないといってくれただろうが、残念ながらここにいるのはナナシだけである。店主はいつものように従業員に指示をとばす。どうやらミヤコはいつもこういうおおざっぱなオーダーをしているようだ。
悪魔を降ろして戦う特殊な体質のミヤコである。憑依させる悪魔は高いレベルの方がいいに決まっているが、なんとも豪快だ。ナナシは思わず笑ってしまう。30分ほどしてマスターが提示してきた金額は、目玉が飛び出るほど高額だったのである。