天草とセミラミスのイチャイチャを書こうとしたら、9割おっさん達の密談になっていた…このSSは何かがおかしい…。
それでもよろしければ是非。
天草四郎時貞には、最近困りごとが一つあった。
「セミラミス、ここに居ましたか」
廊下を歩いている彼女を見かけ、後ろから声をかける。
ところが、声を掛けられた当の本人はと言うと、明らかにこちらの声が届いているにも関わらず、無視をしてスタスタと歩いていってしまう。
「セミラミス、聞こえていないのですかセミラミス!」
天草は手を大きく振りながら呼びかけるが、相変わらずセミラミスは知らぬ存ぜぬだ。
挙げた手もどうしていいかわからず、中途半端なところで右往左往してしまう。
やがて根負けをした天草は、ふうっと溜息を一つ吐いて覚悟を決めることにした。
「アサシン、聞こえてますか?」
「む?我を呼んだか、シロウ?」
天草が彼女をクラス名で呼ぶと、セミラミスはたった今気づいたとでもいう調子で振り返り、ニタリと微笑んだ。
「…私の事はマスターとは呼んでくれないのですね」
「ん?我はクラス名で我を呼んだ者がいたから振り返っただけだぞ?
我のマスターは藤丸だと言うのに、なぜお前をマスターなどと呼ばなければならない?」
相変わらず嗜虐の笑みを浮かべたまま、僅かに朴を赤くしているセミラミスは、不思議そうな口調で天草にそう尋ねる。
「…いえ、ちょっとした気の迷いでした。
行きましょう、アサシン。私達のマスターが呼んでいます」
「そうか、気の迷いで我にマスターと呼んで欲しいなどと、無礼な混乱もあったものだな。
だが…ふふっ…よいぞ、許そう。貴様の困惑顔は見ていて飽きぬでな」
「…それはどうも」
尚もクスクスと笑みをこぼすセミラミスを見て、天草は彼女が喜んでいるならいいか、と納得することにした。
「では行こうか」
セミラミスはひとしきり笑いを収めると、そう言って今度は天草に向けてそっと片手を差し出した。
「…アサシン、これは?」
「おいおい、まさか丁寧な物腰の紳士ともあろうものが、淑女を連れて行くのに手も取らないのか、シロウ」
「…私は、神父なので女性との接触は控えているのですが…言っても無駄ですね。
これは失礼いたしました、お手をお借りいたします、レディ」
天草がそっとその手を取った瞬間、セミラミスの耳の赤みが僅かばかりにましたのだが、彼女はそんな事はお首にも出さず、この上なく優雅に嗜虐の笑みを保ち続けるのだった。
そう、天草四郎が最近抱えている問題とは、このセミラミスの態度であった。
端的に言って、セミラミスは天草にだけ執拗にいじわるを繰り返していたのだ。
それは見るものが見ればどう言う感情から発生する行動であるのか直ぐにわかるものであったし、事実彼等のマスターこと藤丸立香はすぐに看破し、ニヤニヤと笑みを浮かべながらセミラミスの事は天草に任せるようになった。
だが、生まれてこの方衆生のために走り抜けた天草には、この手の事を察するのは不得手であった。
いや、正確に言えば彼女が自分にそう言った気持ちを持っている事は知っていたのだが、それがどうして今の状態へとなっているのかがわからないのだ。
「と言う事で、相談に来た次第なのです」
「ほう、それで我輩の元に?」
「であれば人選ミスと言わざるを得ないな」
時と場所は変わり、カルデアの執筆ルームの一室。
シェイクスピアとアンデルセンの溜まり場となっているそこに、天草は訪れていた。
「ですが、貴方達は人間の機微を観察し、それを物語に仕立てた事で多くの人から支持を得て来た人達でしょう。
それなら、彼女の不可解な行動に対しても説明がつくかと思いまして」
「ふむ、確かにセミラミス殿の天草殿への当たりについては既に存じております。
なにせ、マスターが楽しそうに周囲に吹聴しておりましたからな」
「なにかと思えばあれか。今更青臭い少年劇を聞かされたとて、話のネタにならん。
俺は寝るぞ」
丁寧に楽しそうに受け答えするシェイクスピアであったが、一方のアンデルセンは興味なさげにぶっきらぼうに応えると、そばにぐちゃぐちゃに積まれていた毛布の山から一枚引っ掴んで、近くのソファで横になってしまった。
「寝てしまいましたね…」
「彼にとって見ればあまりにも今更な話題ですからなぁ。
では、私からかつてのご縁に準じて、一つご教授致しましょう」
二人は少しだけ姿勢を正して、テーブルに向かい合って座る。
アンデルセンの寝息と薪の爆ぜる音以外聞こえず、灯りはテーブルの上のランプと暖炉の光のみという状況は、秘密の密会をしているような怪しさがあった。
「そも、貴方は一つ大きな勘違いをされている。
人の好意からは、必ず優しい行動が起こるというのがそもそもの間違いなのです」
「彼女は私に好意を寄せていてくれてるからこそ、あのような行動を取っていて、それはごく自然な事だと?」
「ええ、付け加えていうなら、とても幼稚でもあります」
シェイクスピアの言葉に、天草は思わず眉を顰める。
「幼稚…アッシリアの女帝がですか?」
「まさしく、貴方と同じですよ天草四郎時貞。
彼女には今まで愛した人はいこそすれ、常にそこには奸計と打算が潜んでいた。
彼女が生前愛した二人の夫。
彼等も決して愛していなかった訳ではないのでしょう。しかし、そこには常に自分にとって有益となるからと言う計算が潜んでいた」
天草はコクリ首肯する。それは彼とて既に調べていた事だからだ。
「おお、なんと女性の真に恐ろしき事か!男なんぞは所詮猿と大差無いですからなぁ、一度惚れてしまえば飽きてしまうまで、その女性の全てしか愛せない。
しかしながら計算高き女性というものは、愛と利益を同居して考えられる物なのですよ。
セミラミス殿に与えられたのはそうした愛の形だったのです」
そこで感極まってきたらしいシェイクスピアはガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、世界全てが愛おしいとでも言うように両手を大きく広げ、声を張り上げる。
そしてその両手で抱きしめるように、ギュッと強く握り拳を作った。
「そしてだからこそ!乙女が抱く純真な心持ちというものに、全くの経験を持ち得ないのです!
年頃の女性であれば誰であれ一度であれば噛み締める、苦く甘酸っぱい青春の形!
彼女はそれだけは生前一度も味わう事は無かった!
それを何と言うかご存知ですか、天草殿?」
机の上で両の手を組んで自身の前に置いた姿勢のまま、天草はゆるゆると首を横に振る。本当に理解でき無かったからだ。
しかしシェイクスピアは最早天草の返答は必要としていなかった。
天草の挙動など伺う様子もなく、高ぶった感情のままに、天草へ向けて答えを叩きつけた。
「そう!その感情を人は恋と呼ぶのです!」
「…恋?」
あっさりと出てきた回答ではあったが、それを聞かされてもなお、天草にはよく理解できていなかった。
一通り声を張り上げて満足したのか、シェイクスピアはハアハアと息をする荒げながら、再び椅子に座ると、今度は比較的(あくまで当人にとっては、だ)ゆっくりと話を続けた。
「そう、恋なのです。
彼女は初めて自分が味わう感情に惑っている。
だからこそ、貴方にどう関わったらいいのかわからないのです。
貴方にこちらを向いていて欲しい。
でも正体不明のこの感情に素直に振る舞うと、とんでもない無体を見せてしまいそうで恐ろしい。
それでも私の事を見続けて欲しい、私に関心を持って欲しい。
それを幼稚(ウブ)といわず、何と言うのでしょう。」
「その感情の発露が、あのような行動につながったと?」
「その通り。そしてこれは、ごく普通の青春と言うものを経験してきた者であれば、誰であれ気づくモノなのですよ」
ひとしきりシェイクスピアの言葉を聞いて、初めて天草は困惑した表情から思案する様な表情に変化を見せた。
自分の顎にそっと手を置いて考える。
「だからこそ、マスターはあのような笑みを浮かべていたのですね」
「そういうことですなぁ。彼の性格であれば、日常生活のなかとて大層モテた事でしょう。
この事に関しては貴方やセミラミス殿より、彼の方がよほど熟練している。
貴方達のその未熟な想いを彼は見逃さなかった」
「……え?」
その時、シェイクスピアがなんとなく放ったであろう最後の言葉が、天草の心に引っかかった。
この劇作家は今最後になんと言った?
「シェイクスピア、その言葉ではまるで…私まで彼女に関心を抱いているように思えますが」
「おや、違いましたかな?」
ふと天草が顔をあげてシェイクスピアの方を見てみると、彼はニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべながら天草の事を観ていた。その表情には、いいネタが見つかったとありありと書いているように天草には感じられた。
瞬間的に、まずいと天草は直感する。
勿論、この男から話を聴いているうちに彼の術中に嵌る危険性は考慮していたのだが、それでもシェイクスピアの話運びはあまりに巧みであった。
もはや天草の心の中には、疑問という名の楔が穿たれた。この場において彼は、シェイクスピアの言葉からは逃げられなくなっていた。
「…私は、世界を救済する。
その為には万人を愛したとて、個人を愛する事などあり得ませんよ」
天草の反論に、シェイクスピアはその笑みを絶やさぬまま応じる。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。尊い願いの為に、貴方は自身の感情を全てうっちゃった。
ですが、いかな聖人とて人間だ。
人の想念、他者への想いというものからは、どうしようとも逃れられぬのです。
万人の為に戦い続けた聖人が、たった一人へと恋心を抱いて一人の少女になった例を貴方はご存知の筈だ」
「俺は彼女とは違う」
反射的に返した天草の言葉に、しかしシェイクスピアはまるで動じた様子が無い。
「いえいえまさか、確かに貴方と彼女は相容れぬでしょう。だが、多くの人に幸福になって欲しいと言う気持ちは二人とも同じなのです。
ようは指向性の問題ですなぁ。今まで万人に向いていたモノが、一個人へと変わっただけなのです」
「違う!」
天草は椅子から立ち上がり、両手を机の上に叩きつけた。
この話を聞き続けてはならないと、その思いだけが先行していた。
「俺は衆生を救うのだ、その為に一個人に関心を抱くなど許されない!」
「違いませんとも、『元』マスター。では聞きますが、貴方はセミラミス殿にそつない態度を取られたからといって、なぜ困っているのです?」
「………え?」
「そつない態度を取られて迷惑なら、マスターに報告してチームを変えてもらうなら、或いは徹底的に無視するなり、他にやりようは幾らでもあったでしょう。
なのになぜ貴方はそれらの方法を取らずに、一番難しいであろう『女帝の腹心を探る』などと言う手段をとったのですか?」
「それは…」
それは何故だ?
天草は自分に問い掛ける、今まで避けてきた事に、或いはもう気づいていた事に。
「だが…だが、それは駄目だ。許されないのです、キャスター。
俺は、あの地獄を生き延びて誓ったのだ。
衆生を救うと、その為に人としての感情を全て削ぎ落とすと!
なのに、俺だけ一人のうのうと色恋沙汰に現を抜かすなどあってはならない、俺は聖人で無ければならないのだ!」
普段は考えられないほどに感情を剥き出しにする天草と、あくまでもそれを観察対象として楽しそうに受け流すシェイクスピア。
あまりにも緊迫した状況ではあったが、そこに一つ差し込まれた声があった。
「うるさい、人が眠っているのに静かに出来んのか貴様らは」
その幼い容姿からは考えられない程に渋みの効いた男性の声。
アンデルセンが目を覚ましたのだった。
「おや、お目覚めですかな、アンデルセン殿」
「目覚めるもなにもあるか、直ぐそばで大声で喚き散らしておいて」
アンデルセンは体を起こすと、ボリボリと自身の頭を掻きながらソファから降りる。
そしてそのまま半分眠そうな調子でシェイクスピアの隣の席に腰を掛けると、天草にぶっきらぼうな調子で声を掛けた。
「俺の安眠のためだ、お前の悩みを解決してやろう」
起きてすぐにふてぶてしくのたまうアンデルセンに、天草は怪訝な表情を浮かべ、シェイクスピアは露骨に嫌そうに首を顰める。
「これは困りますなぁ、我が友よ。今は私が彼から相談を受けているところですぞ」
「黙れ三大悲劇作家。
貴様の考えなぞ知ったものか、俺は俺自身の安眠のために、この場を納めに来ただけだ。
さて、俺の話を聞け天草四郎時貞。
貴様は多くの人間を救わんが為に、個人への執着を捨てたといった。
ああ、あまりにもバカバカしい願いだ。万物を救うなどと愚昧をまくしたてるには、たしかに人間としての真っ当な感情など、捨てなければいけないと、そう思うのだろうさ」
アンデルセンの口から出て来たのは、天草四郎という男のあり方であった。いや、彼の言い方に合わせるならば、天草四郎の物語と言うべきか。
「はっ、そんな考えはな、犬にでも喰わせてしまえ。いいか天草四郎時貞、貴様に良いことを一つ教えてやろう。
そも、人間は強欲な生き物だ。特に愛だ恋だと言ったものには、まるっきり際限のない欲を発揮する。
貴様のそれは、全人類への愛とまた別に新たな恋が芽生えたに過ぎん」
「新たな…恋…?」
ゴクリと、天草はアンデルセンの言葉を吞み下す様に繰り返す。
「そうだ、お前の阿呆みたいに純粋な欲望、人類の救済などという独りよがりな願望は、まだ少しも薄れてなどいない。
ただ、もう一つそれとは別の物が産まれただけだ。
一人の女に恋をしながら、全人類の救済を夢みてはならないのか?
道具として頼って来た女に、今更恋心が芽生えてはいけないのか?
まったくバカバカしい事だ、人間はそもそも最初から間違えている。余分な感情をもう一つや二つ抱えた所でそれは重荷にはならない」
アンデルセンの言葉を聞きながら、天草は自身の心の中に一つたしかな物が芽生えていた。
それは今までまったく使わずに鍵を閉めていた部屋に、乱暴に押入られて電気をつけられた様であった。
「ですが、それはあまりに乱暴では無いですか?
俺は、今まで衆生の救済をのみ思いながら、サーヴァントとして生きてきた。今更そんな事をして良いのでしょうか?」
「構うものか。女のケツを追っかけながら世界を救済しろ、女の機微に振り回されながら人類の完成を祈れ。
人にはそれだけの強欲さが許されている」
天草が今まで使わずにいた部屋が開け放された事で、彼の中で抑圧された感情が一気に噴き上がるのを、天草は自分のうちに感じていた。
思い出すのは彼女の顔。
あまりに尊大で、こちらの困り顔を見てはコロコロと笑い、女帝としての誇りを失わずに自分の力となる事を許してくれた彼女。
カァッと頰が熱くなる。
身体が熱に浮かされた様に落ち着きがなくなり、胸の高鳴りが止まらない。
堪らなく、セミラミスに会いたいと天草はこの時感じていた。
「…ありがとうございます、アンデルセン」
「礼などいらん。この程度のネタ、二束三文にもなりはしないからな。
貴様はとっとと毒の女帝でも追いかけるといい、それでこの書斎も静かになる」
「はい!」
言われて、天草は弾ける様にして椅子から立って書斎を出た。
心が弾み、体を前へ前へと押し出してくる。
足が自然と駆け出すのを止める事が出来ない。
彼女に会ったとて、俺は何を話したらいいかまるでわからない。
謝罪から入ればいいのか、何事も無く挨拶をすれば良いのか、それとも何かそれらしい言葉の一つも囁けばいいのか。
そも、自分の感情が処理出来ないのだから、彼女に何をしたいのかなど、検討がつくわけもない。
ああ、でも俺はきっと今--彼女に恋をしている。
「吾輩としては、もう少し彼の苦悩を見守っていたかったのですがなあ」
「はっ、それを面白がるのは、俺やお前の様な捻くれ者だけだろうさ。
大衆に最も受ける物語の締めというものを教えてやろうか?
それはな『そして二人は幸せなキスをしましたとさ』だ」