「ふむ、私としたことが人間界を壊してしまった」
炎髪赤眼の少年は顎に手を置いて周囲を見渡した。
ぽっかり穴が空いた海面に海水が吸い込まれるように流れ込む光景を見ながら、また周囲を見渡した。
「む、巨大な鉄の塊が宙に浮いているとは」
少年は滑るように空を飛び、浮遊戦艦の前で止まった。
「し、司令・・・・・・・・」
「くっ・・・・・・!」
司令と呼ばれた少女は身構えた。数多の精霊をこの目で見てきたが、今回は話が違う。隣界の絶対強者である熾精霊が目の前にいるのだ。
心拍数が跳ね上がり、冷や汗が止まらない。神々しさと威圧感を放つその姿に、本能が警鐘を鳴らしている。「早く逃げろ」、と。
未曾有の脅威に目を瞑りそうになった瞬間、目の前の少年が口を開いた。
「ーーーーーーーー」
口をパクパクさせ、何かを言っている。
「し、司令!熾精霊が何かを喋っています・・・・・!」
「・・・・・・・・?」
少女は艦橋のモニターに映された映像を見た。確かにその少年は口をパクパクさせ、何かを喋っている。
(敵対意思を感じない・・・・・・?)
小首を傾げては悩む素振りをし、また口をパクパクする、という行動を何回か繰り返すと、突如落胆したかのようにがっくり項垂れた。
「回線を繋げて」
「は、はい・・・・・・!」
『やはり、この鉄塊には人間が乗っていないのか・・・・・・』
ブツブツ言いながらまた考え込んでしまった。
「あ、あー・・・・・聞こえる?」
『むっ!?』
全身を盛大にビクつかせ、目の前の鉄塊を見る。
『人間が乗っているのか・・・・・・・?』
「ええ、そうだけど・・・・・・・・」
『なんとっ!?』
少年のアホ毛がブンブン左右に振れる。
『人間界に憧れて幾星霜、やっと来れたがまさかそのようなけったいな鉄塊に乗っていたとは!少し壊してしまったが、人間界に来た甲斐があった!うむ!』
一人納得したように頷く少年に全員が呆気に取られる。
すると、途端に真面目な顔になりこう言った。
『人間よ、話がしたい』
「・・・・・・・・?」
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「ほぉぉぉ・・・・・・・・・・」
素足でペタペタと浮遊戦艦〈フラクシナス〉
の中を物珍しそうに眺めながら歩く。その度にアホ毛がぴょんこぴょんこと跳ねる。
「し、司令。お連れしました」
艦橋に通された少年、
「ほう、貴公がこのけったいな鉄塊の主か?」
「ええ」
「では、自己紹介からしなくてはなるまいな。私は隣界を守護する熾精霊、
「それで、〈アポロ〉。話とはなにかしら」
「うむ、貴公らはASTを知らぬか?」
「もちろん知ってるわ、私たちと敵対関係だもの」
「ふむ・・・・・・・・・」
「何故そんな事を・・・・・・・?」
「無論、殺すためだ」
僅かな殺気が艦橋内に満ちる。
「奴らは少々悪戯が過ぎたのでな、ASTは私が一匹残らず根絶やしにする」
「ねぇ、あなた。人間が憎くないの?」
「おかしな質問だな。私は寧ろ貴公らを好いている。だからこうして現界したのだ」
さも当然かのように喋る精霊に一同はまた、目を丸くした。
「あ、あの〜・・・・・・・」
気弱な男性がそーっと手を挙げた。
「なんだ?」
「熾精霊って、その、あなただけ・・・・・なんでしょうか?」
「そんな訳あるまい。私以外にあと四人いる」
「え?でも五人もいたら喧嘩とかしないの?」
今度は快活な女性が声を上げた。
「私ら熾精霊は隣界を守護する役目がある故、干渉し合う事はまずない。今まではな」
「今までは?」
「うむ・・・・・・・まぁ、この話はまた今度としよう・・・・・・・・・・・む?」
すると、少年は何かを感じ取ったかのように明後日の方向を向いた。
「ーーーーー?」
「奴め、もう気づいたか・・・・・・・・・」
ボソリと呟いた瞬間、艦橋内に警報が鳴り響く。
「な、なに!?」
「幼き主よ、今すぐこの地を離れた方がいい」
「だ、誰が幼いですって!?」
「いいから離れろ、死にたくなければな」
「っ?どういう意味・・・・・・?」
「ぜ、前方に巨大な空間震を確認ーーーーー!こ、これは・・・・・・・・・・・崩壊現界ですっ!」
「なっ・・・・・・!」
「〈ポセイドン〉か・・・・・・・・幼き主よ、私が時間を稼ぐ。その内にこの地から逃げるのだ。熾精霊は同じ熾精霊でしか止められない」
そう言い残し、少年はその場から消えた。
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「見つけましたよ」
青い六枚の翼と光輪、そして鋭い目付きの美少女が少年と対峙する。
「何用だ」
「何用?笑わせないでください、〈アポロ〉。我ら熾精霊の役目をお忘れか。我々は隣界を守護する者。一人でも欠ければどうなるか、分からないあなたではないはずです」
「もちろん理解している」
「ではなぜ・・・・・・!人間を守るような事をする!奴らは滅ぼさねばならない存在だ!ASTなる者達に、一体どれ程の同胞を・・・・・・!」
「それは一部の人間だ。全ての人間が、「悪」であると断じるべきではない」
「あなたは昔からそうだ・・・・・・・人間に対してあますぎる!」
少年は目線を後ろに向けた。既にあの戦艦はこの場からからかなり離れた場所に移動したようだ。
「
「南極大陸がもう三分の一しか残ってない・・・・・・・・」
目元のクマが目立つ女性が映像を見ながら言う。かつての広大な南極大陸は、今や日本列島程の規模にまで縮小されていた。
「ただ話をするためだけに態々来た訳では無いのだろう、〈ポセイドン〉」
「ええ、力づくであなたを目覚めさせてあげます。人間は滅ぼさねばならない存在だと」
数秒の睨み合いのうち、両者が声を上げた。
「
「
少年は紅蓮のコートを身に纏い、少女は青と白を基調としたドレスを身に纏った。
「あなたは同胞を奪った人間共を赦すと言うのか!それは、我らに対する裏切りだ!」
「違う、私たちは分かり合えるはずなのだ」
「世迷い言を抜かすなッ!〈アポロ〉!」
「これ以上の論は無意味のようだな、〈ポセイドン〉。ならばーーーー」
少年は手を掲げ、自身の力の象徴を具現化する。
「ここは退いてもらうぞ、〈ポセイドン〉。ーーーーーー〈
巨大なーーーーそう、まさに太陽の如く巨大で膨大な熱量を放つ一対の焔の翼を生やした火球が、少年の頭上に生まれ落ちた。
「退く訳にはいかないーーーー!〈
言の葉を紡いだ瞬間、彼女の目の前に巨大な火球に匹敵する巨躯を誇る、巨大な水馬が出現した。
「いつまでもあなたに後れを取る私ではないぞ。〈アポロ〉」
〈ポセイドン〉はその水馬を一対の槍に変化させ、矛先を〈アポロ〉へと向けた。
それに応えるように〈アポロ〉もその火球を、一振の長剣へと変化させる。刀身からゆらゆらと陽炎を放つ程の熱量を放出していた。
「どうしても戦わなければならないのか、〈ポセイドン〉」
「今更何をーーーー!」
一気に間合いをつめ、一対の槍を振り下ろした。それを躱し、振り下ろしによる斬撃は海面を二つに割いた。これが熾精霊の力、ただの振り下ろしさえ、地形を変形させる災害に成り果てる。
「人間など、我々をただの化物としか思っていない!生きているだけで害悪だと断じる愚かな単細胞生物を生かす価値などどこにあるッ!」
驟雨のように降り注ぐ槍撃を一つずついなし、躱していく。
「奴らのせいで、多くの同胞を失った!それを赦すなどと・・・・・・!」
「赦してなどいない、赦した事など一度もない。私たちの同胞を奪った一部の人間は必ず見つけ出し根絶やしにする。だが、全ての人間がそうであるとも限らないはずだ!」
「ふざけるなッ!人間など、犠牲がなければ生を謳歌出来ぬ獣の名だ!他者を蔑み、裏切り、欺き、奪い、殺す!それを平然と当然かのようにやってのけるーーーーー!」
赤と青の軌跡を残しながら、縦横無尽に空を飛び回る二つの光を〈フラクシナス〉の中から見ていた。
「て、天変地異だ・・・・・・あれが、熾精霊同士の対決・・・・・・・」
「それが、人間の本性だ!!羨望は欲望を生み、欲望は破滅を呼ぶ!だが一度他者を見下し、蔑み、自身が優位に立ち、自分たちが正しいと言い張り民衆共束ねあげる快楽を知ればもう抜け出せない、抜け出そうともしないッ!その自己中心的な考えで、我らは多くの同胞を失ったのだッ!奴らは生きる価値のない豚だ!力で屈服させ、服従させ、根絶やしにするしかない豚共だッ!!」
「〈ポセイドン〉ッーーーーー!」
「私は赦しはしない!奴らは一匹残らず喰い尽くす!その道にあなたが立ちはだかろうとも、私はッ!」
突撃してくる〈ポセイドン〉を前に、〈アポロ〉は〈
「ッーーー!?」
〈
「なにを・・・・・・・」
「貴公の思いは痛いほど分かっている。何よりも隣界の平穏を目指してきたのは、誰でもない貴公だということも」
「ではなぜ・・・・・!」
「私たちはいい加減、わかり合わなければならない。人間を滅ぼしても、亡き同胞たちは戻ってこない」
「分かっている、分かっている!だが・・・・・私は赦す事など・・・・・!」
「だから私は見守ることにしたのだ。人間という種族が生きる価値のあるものなのかーーーー」
「〈アポロ〉・・・・・・・・・」
「少なくとも私は先程、信頼に足る人間達に会った。だから今は退いてほしい、〈ポセイドン〉。ーーーーー我が友よ」
「・・・・・・・・・・・・いいでしょう。今回ばかりは、退く事にします」
「ありがとう」
「か、勘違いはしないでください!別に、あなたに「友」と呼ばれて嬉しかったから退くわけではありませんからねッ」
「うむうむ、わかっている」
そう言って〈ポセイドン〉は消え、〈アポロ〉も霊装を解いた。
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「ーーーーと、言うわけで。私も貴公らに協力したいのだ」
「本気で言っているの?」
「無論、私はいつでも本気だ」
素っ裸の〈アポロ〉が腰に手を置いて胸を張った。
「着る服はないのかね?」
「うむ、隣界でも私は常にこの格好である。しかし、人間界においてはこの姿は相応しくないのだろう?ちなみに、私は男だ」
「え、その顔で?」
「む、幼き主よ。何故そのような顔で見る」
「どう見ても、顔が女の子でしょ」
「そうは言うてもな」
「琴里、その前に名前をつけないと」
「そ、そうね。うーん・・・・・・・」
「No.の01で、炎みたいに赤い髪に赤い目・・・・・・」
「あ!」
赤い軍服を羽織った少女が口を開いた。
「一ノ瀬 焔なんてどう?」
「司令にしては中々いいネーミングセンス」
「ナチュラルにディスってんの誰よ」
「いいかね?君の名前はこれから一ノ瀬焔だ」
目の下のクマが目立つ女性が〈アポロ〉の前に立った。
「おお!素晴らしい名だ!確か、人間界では名を付ける人を「おかーさん」と言うのだったな。幼き主よ、いや・・・・・・おかーさん」
「誰がおかーさんよ!私は五河琴里!」
「おお、貴公にも名があったのか。おかーさん」
「違うって言ってんでしょーー!!」
これは一人の熾精霊の、物語ーーー
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用語
熾精霊
隣界の守護を役目とする五人の精霊の総称。
並の精霊より高位の存在として、半ば伝説となりつつある存在である。
人間界に現界する事はほとんど無いが、現界するだけで地形を変えてしまうほどの空間震が起きてしまう。また「火」、「水」、「雷」、「風」、「土」の五代元素を司っている。
熾精霊内での序列を表す。
01 識別名〈アポロ〉
名前 一ノ瀬 焔
突如南極大陸上空で、現界したNo.の一人。炎髪赤眼を携えた美少女の顔を持った少年である。一人称は「私」、他人は「貴公」と呼ぶなど騎士然としているのかよく分からない口調で話す。一本伸びたアホ毛が特徴的。感情に合わせて自在に動く。霊装は焔のコート〈
司る五大元素は「火」。〈
しかし、彼の本当の姿は・・・・・・・・・・・・・・・・・?
02 識別名〈ポセイドン〉
名前 ???
〈アポロ〉の後を追うようにして現界したNo.の一人。目付きの鋭い端正な顔立ちの美少女。基本敬語で話すが、感情が高ぶると少し砕ける。発現する天使は巨大な水馬の形をした〈
五大元素「水」を司る。水流の制御、浸透、溶解現象、冷却、熱交換、雨・津波・渦潮・洪水などありとあらゆる水の力を有する。